Cine Gearは映画の祭典。見慣れたニューヨークのセットと、3つのスタジオ建屋、巨大なプール、会議室など、パナマウントスタジオの多くを占拠して行われる一大イベントだ
txt:手塚一佳 構成:編集部
共に同じ映画人の祭典へようこそ!
Cine Gear Expo 2018は映画の祭典だ。パナマウントスタジオを広範囲に押さえて毎年6月に行われるイベントは、いわゆるハリウッドスタイルのガチガチの商業映画からチープ極まりない学生映画、純粋アートの芸術映画までフォーカスする。数百ドルのスチル転用シネマレンズのとなりに数十万ドルのハイエンドシネマレンズが普通に並ぶのは、このシネギアの本質を一目で表していると言える。
インディーズもハイエンド商業も難解なアート映画も、共に同じ映画人、なのだ。会場での自己紹介も非常にシンプルで、どういう作品のどこに名前がテロップされているか、というだけ。自己紹介の後は、お互いに作品を褒め合って昼間から酒を酌み交わす。あいつは××だから映画関係者じゃ無い、と排除は一切なく、皆、映画仲間。映画の本場らしい和気藹々としたイベントだ。
さて、筆者は映画には主にCGスタッフ、エフェクト屋、合成屋として関与している。他のライター諸氏は恐らく撮影サイドからの視点となると思うので、私からは収録や後処理、ワークフローなどを中心にお伝えできればと思う。
Panasonicブース
定番のPanasonicブースからご案内したい。スタジオ屋内に設置されたPanasonicブースでは、定番のシネマカメラVARICAMシリーズの他、ミドルクラスカメラEVA1を展示し、大いに盛り上がっていた。
WOWOW製WonderLookProを中心にした暗室展示は、安価なリアルタイムグレーディング環境を実現しており、今年後半の半生RAW普及後の撮影シーンを先取りしていた
なかでも筆者の注目点は、暗室で行われていたWOWOWのWonderLookProのオンセットグレーディング実演展示だ。WonderLookProを同じくWOWOW製のIS-miniXと組み合わせれば、リアルタイムで様々な種類のカメラから同時にオンセットグレーディングが可能となる。
日本のカラーグレーディングシーンでは、ようやく後処理としてのグレーディング環境こそ整ってきたものの、肝心の撮影時の環境が正直まだまだイマイチである。そういう場面で、この安価なWonderLookProを中心にしたシステムを組めば撮影時に破綻の無いように色を揃えた上で、ある程度色を揃える対応LUTを現場で作ってしまえるというのは大変に魅力的だ。
特に、WonderLookProは、デュアルISOで極めて優秀な暗所性能を持つEVA1との相性は抜群で、VARICAMの映像にも違和感なくマッチングさせることに成功しており、価格帯を遥かに超えた高品位なオンセットグレーディングを実現していた。VARICAMメインのハイエンドな撮影であっても、サブカメラとしてEVA1を導入するケースも多い。そんな場面でこのWonderLookProを使ったシステムを組めば、非常にスムーズに後処理工程に入れるだろう。
また、同ソフトによるVEコントローラ的な使用方法も提案されており、大変に興味深い展示であった。こういう高度に技術的な展示が見られるのも、このCine Gearの面白さの一つだと言える。
ATOMOSブース
ATOMOSブースはPanasonicブースの隣に置かれ、EVA1などの外部収録におけるその連携を強くアピールしていた。各カメラにSHOGUN INFERNOなどの収録機を繋ぐ定番の撮影方法だけで無く、ケーブルを伸ばして大型収録機のSUMO 19をスタッフモニター兼で使うワークフローは映画と非常に相性が良く、NABから対応を開始したProPesRAWと合わせて、大いに注目を集めていた。
ただ、ProPesRAWを考える時にやはり気になるのがAppleの不在だ。今回のCineGearでもApple本体のブースは無く、CineGearと同時期開催で大いに期待されたApple社独自のイベントWWDCにおいても、残念ながらProPesRAWについて一切の言及が無かった。
ブースでは、社長であるジェロミー・ヤング氏が自ら案内をしていて、その気合いの入り方が伝わって来る
Panasonicだけで無くSONYカメラもProPesRAWをフォローしているが、肝心のProPesRAWはAppleのコーデックだけに当然にMacでしか動作せず、それも、現状はMac上でもApple社製のFCPXのみの対応だ。
以上の状況から鑑みても、2018年6月現在、まだProPes RAWが業務用として使える状況にあるとは言えないだろう。この先のことはわからないが、現状でのProPes RAWは、あくまでも半生RAWの導入実験としてのテストケースで使ってみる、という以上では無い点が確認出来てしまったのは良くも悪くも今回のCine Gearでの成果だ。
とはいえ、元々ATOMOS社製の収録機では、Cinema DNG形式でのRAW収録が可能だ。データ量こそ増えてしまうが、RAW撮影の機材としては必要充分であり、ミドルクラスカメラにATOMOS社製収録機を付けることで、オンカメラRAWのようなハイエンド環境を実現することが出来る魅力は何物にも代えがたい。今後も当面の間、ATOMOS社製収録機はミドルクラスカメラのRAW収録の中心に立ち続けるのであろう。
ACESブース
カラーグレーディングに関わる者なら誰もが知っている米アカデミー傘下のカラー制定団体、ACESもブースを出していた。とはいえ、業界人専用で知り合いにコーヒーを出すだけの臨時のラウンジのようなスタイルであったが、知る人ぞ知る映画関係者が集う、実にCine Gearらしい場となっていた。
展示物こそ一切ない文化祭の休憩場所のようなスペースであっても、10年前にSIGGRAPHで会ったきりの米国映画関係者に偶然会えたりと、非常にエキサイティングなブースであった。ACESやアカデミーについては、実はCine Gearの直後、アカデミーの研究所であるピックフォードセンターを訪問取材したので、そちらはまたコラムでお知らせしたい。
Tokina VISTAブース
NYストリート入り口付近に設置されたTokinaブースでは、VISTAシネマレンズシリーズを試すことが出来た
日本からもいくつかメーカーブースが出ていたが、その中でも、TokinaブースではVISTAシネマレンズ群を展示して、話題を集めていた。大規模スタジオ以外ではレンタル運用するほか無い一本数千万円のスーパーハイエンドシネマレンズとは異なり、自社所有可能な価格帯(実売、1本50万円台〜100万円弱)でありながらフルサイズセンサー対応のVISTAシネマレンズ群は、フルサイズセンサーでのDCI 4K光学解像度(100線/cm)を軽く超える必要充分な画質で、充分に購入検討に値するシネマレンズ群だ。
とりあえずVISTAの広角ズームと、広角、中、望遠の3本セットくらい抑えておけば、どんなハイエンドの映画撮影にも対応できる。300万円前後でそれだけ揃うのだから、押さえで揃えて置いて損は無いだろう。
CW SONDEROPTICブース
CW SONDEROPTICブースでは、Leica Cine lenseの展示を行っていた。ハリウッドやカンヌで定番のSummilux-CやSummicron-Cだけで無く、大判センサー向けのLeica Thaliaシリーズまでもが各メーカーのカメラと共に実レンズ展示してあり、多くの関係者の注目を集めていた。
こうして実機で並べて比較すると、案外カメラ本体性能の差があることに気がつかされる。例えば同じRED社のDSMC2カメラでも、Dragonセンサーでは歪みが目立つレンズであっても、MONSTROセンサーだと収差が出ないことがある。同じレンズ、同じ処理系であっても、センサーで全く描写が違うというのは大きな発見であった。
そんなCW SONDEROPTICブースで筆者が気になったのが、Leica M 0.8シリーズだ。このシリーズは見た目もそのままLeica Mシリーズ向けのスチルレンズそのものなのだが、その小ささ、軽さ、そしてフルサイズセンサー対応の高性能さ、何よりも描写の豊かさは特筆に値する。
筆者自身、日頃からLeicaカメラを愛用しているが、あのLeicaの絵がそのまま映像に出来る、というのは大変な魅力と言える。特に、T6程度に絞った時の美しさはさすがのLeicaの描写であり、素晴らしいの一言だ。しかも、1本100万円台と、買えないこともない価格帯なのも魅力だ。
ギアの距離が近かったり、多少ブリージングがあったりと、スチルレンズ転用ならではの問題点はあるが、それすらも味に感じてしまう素敵なレンズだと感じた。
Vocas Systemsブース
Cine Gearでは、日本ではなかなか見られない映画専門の機材が多数見られるのも面白いところだ。筆者が注目したのは、Vocas Systemsブース。日本ではRIGの専門豪奢で知られる同社のブースでは、LumaCon linear collimatorが展示発表されており、これが驚異的な製品だったのだ。
このLumaCon linear collimatorでは、本来大規模な屋内施設が必要なレンズの調整や収差確認等、レンズの詳細な光学的テストを室内で行う事が出来る。2メートルちょっとの縦型の装置の中央にレンズを付けたことで、10メートル以上の距離を擬似的に作り出し、それを専用ソフトで解析することで、従来のチャートを壁に貼り付けた光学管理されたスタジオでの検査よりも、精細で、より早く正確な光学検査をすることが出来る。
もちろん、レンズの破損や劣化を疑う際にも活躍するこの装置だが、それよりも今はより検査の必要性が広がっているという。特に最近のシネマレンズは昔ながらのフランジバック調整機構だけで無く、マウント交換式機構や後玉光学変更機構など光軸や焦点、収差に影響する仕組みが付いていることが多く、レンズテストを行いたい場面は多い。しかし、いちいちそうした調整の度にラボにレンズを出している余裕は無い。
そんなとき、この装置が1台あれば、撮影の合間に自社内でレンズ調整を行える。ベースに余裕があるのであれば撮影現場に持って行くことすら出来るだろう。屋外に従来の光学検査に必要な十数メートルの光量管理された暗室を作るのは困難でも、高さ2メートルちょっとの直射日光を遮る環境を作るのは容易なことだ。そうした、ワークフローやレンズ管理を大きく変える可能性のある装置が転がっているのも、また、CineGearの面白さだと言える。
X-riteブース
Cine Gearに来る度に筆者が買い換えているのが、カラーグレーディングに必須のカラーチャートだ。今は展示場内の販売は少なくなってしまったが、Cine Gearで実製品を見てからHollywoodの映画機材専門店でチャートを仕入れて帰るのが定番だ。
定番のX-riteチャートに、グレー、ブラック、ホワイトの面積を大きめにとったVIDEO向けチャートが登場。1フレームで色と明度の両方のチャートを取れるのは非常に便利だ
さて、携帯チャート定番のX-riteブースでは、VIDEO向けの携帯チャートを展示して、話題を集めていた。従来は、同社のスチル向け携帯チャートとグレーボード、ホワイトボード、ブラックボードを持ち歩き大体2回に分けて撮影して色味の調整のベース作りを行っていたが、このVIDEO向け携帯チャートであれば一枚の撮影で色管理が出来る。グレーエリアは携帯チャートのごく一部なので、グレーの面積は狭く、ホワイトバランス用には別途グレーボードは持ち歩く必要はあるが、それでも1フレームで参考色を取れるというのは、昨今のカラーグレーディングのワークフロー上、非常に大きいメリットだろう。筆者がさっそく購入を決めた1品でもある。
PROFOUNDブース
最後に、韓国から出展していたPROFOUNDブースもご紹介しよう。昨今、最も大きく変化した機材の一つが照明だ。LEDの高性能化によって、柔軟性のある曲面配置の照明が一般化し、照明手法そのものが大きく変化しつつあるのだ。
今回のCine Gearでも照明の進化は止まらず、PROFOUND製のProFlex LED照明は、その最先端を行く。大変に柔らかい同社製のProFlexは、一見ペラペラの紙だ。しかし、なんと、踏んでその上を飛び跳ねても破損せずに点灯を続ける。ぐしゃぐしゃに丸めてポケットに入れて運んでも何ら問題無く、おまけに薄型なので非常に軽い。ぐしゃぐしゃの形状のままでの点灯も可能だ。
照明自体としての性能も高く、グリーンインデックスなども良好であり、調光機能も万全。自然光からタングステン光までをフォローしていた。この耐久性と自由度の高さは、単に携帯性を高めるだけで無く、撮影出来る映像そのものも変え得る画期的な製品であると思う。
総括
筆者も愛用するストレージメーカーG-Technologyのブースでは、麦わら帽子と飲み物を配っていた そして始まるストレージ談義が最高だった!Thunderbolt 3のフルスペックを屋外運用で出す方法について熱く語れるイベントが他にあるだろうか!?さて、こうして気になったブースをざっくりとご紹介してきたが、やはり、他の展示会では見られない映画に特化した製品が見られるのがCineGearの面白いところだ。しかも、昼間から各ブースやスタジオのあちこちで飲食物やアルコールが提供されるため、みんな半ば酔っ払って参加しているのが面白い。そして、酒が入って始まるのが、映画談義だ。
特に、CineGearでしか会えないトップクラスの人材との機材面とその映像的な効用に関する談義は、CineGearの一番の目玉だと個人的には思っている。昨今の世情を反映して、入り口の警備が厳しくなり、長蛇の列を経なければ入場できないなど大変に困った点もあるが、毎年参加したいイベントであるのは間違いがない。
txt:手塚一佳 構成:編集部