txt:石川幸宏・編集部 構成:編集部

OTT普及による映像業界への影響

IBCがいま最も先端の映像事情を垣間見れる展示会であることは本特集Vol.01でも言及したが、話題はやはり放送の行く末への懸念や不安感といった話が多かった。

ここ数年の傾向としてこうした話は多く、例えばCNNの地上波放送の広告収入が、ついにネット配信のCNN GOの広告売上に抜かれたことや、英国BBCが数年内にデジタル地上波放送自体の停波を考えている、などの噂話も聞かれたが、やはりその背景となっているのがネット配信放送、OTT(Over The Top)/VoIPの急速な普及・拡大と現在の映像業界における影響の大きさだろう。

NetflixやAmazon Prime、Huluに代表されるOTTの普及拡大は今や全世界的なものになっており、欧州でも同様に拡大している。会場の展示でも、ネット配信の進展に従って、放送の形が完全に変化してきていること明らかだ。

描かれるのは現実か虚像か?

14ホールは以前から前衛的で近未来の映像市場の様子を見せてくれる“真のFuture Zone”だ(真のという意味は、これとは別に8ホール上に「Future Zone」という展示会場が以前から存在するが、そこにはVR/AR技術やNHKの8K放送などが10年以上前から展示されている)。

出展社はGoogle(YouTube)、Facebook、Vimeoなど、今のネット映像というキーワードを牽引してきた企業が軒を連ねる。ここで行われているプレゼンテーションの大半は、大なり小なり新たな視聴方法についての提案=映像におけるマネタイズに関してだ。

14ホール内に設けられたCONTENT EVERYWEREのセミナー会場で行われたオンラインビデオに関するマネタイズのパネルディスカッション

時間は有限で1日24時間しかない。これは未来永劫不変だ。映像というコンテンツはリニアなコンテンツであり、視聴には必ずその実時間を伴う。24時間という限られた時間の中で、その中の何時間、何分を自社のサービスに費やしてもらうか?この競い合いの世界になっている。要はどうやって生活の中に映像コンテンツを取り込んでもらえれば、課金価値としてそのサービスを選択してくれるか?である。そのエンターテインメント要素と快適な映像ライフを提供する技術のある意味で最先端技術の、ある意味での方向性(?)をここで見ることができる。

ここ数年このエリアを見てきて思うことは、毎年そのプラットフォームの変化が激しいこと。そしてずっと安定している企業も少ないこと。またコンテンツホルダーの買収が繰り返されるグループステーションの肥大化で、毎年そのフォーメーションも変化している。

それ故に、来年ここの出展社が果たして同じ形をキープしているかの保証はないというのもこの特異な世界の傾向でもある。

今年はVimeoが「Vimeo OTT」と名打ったブース展開で新たなコンテンツサービスを謳ったり、Googleも新OS、AV1の新たなソリューションを展開したりなど、様々な展開が見られたが、全体的には「より細分化された番組コンテンツをどう制作、配信して、課金価値として提供できるか」がテーマだったように思う。視聴者のコンテンツへの興味は、よりパーソナライズされている。

IP普及の難しい点とST2110の標準化

現状のIP化、OTTの流れと欧州の導入事情などについて、ソニーのメディアソリューション事業部門 部門長の喜多幹夫氏にお話を伺った。

ソニー株式会社VP ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社
プロフェッショナル プロダクツ&ソリューション本部 メディアソリューション事業部門 部門長
喜多幹夫氏
※photo:松本サキ

放送のベースバンドの世界が、それまで同軸ケーブルで繋げばどんなメーカーの機種ものでも繋がるようになっていたのに対し、IPの世界では、以前はソニーも他社も独自のIPプロトコルでソリューション提案をしていて「IPの世界はクレイジーだ!」と言われ続けてきました。それがこの数年で標準化がどんどん進んで、今や世界標準の信号プロトコルはST2110で標準化されました。

ただしIPが難しいのは、SDI同軸ケーブルによる放送データの場合は、ビデオ信号だけでしかも一方通行でよかったのです。ところが、IPの場合は、弊社の「Live Element Orchestrator」のデモ展示でもあったように、様々なメタデータやコントロール信号も流れる世界になっていく中で、接続されている機器を常に監視して、どこで何が起こっているかを把握できる状態にしておくことが重要です。

そこも標準化しないと最終的には繋いで全てが動くという世界にはならないんですね。現在ちょうどそこを一所懸命にやっているという感じです。信号プロトコルの部分ではST2110に標準化されて、これからは圧縮技術ですね。

ソニーのLive Element Orchestratorのデモ

■IPのメリット/リモートインテグレーション

確かにST2110が策定されて、全世界的に「やはりIPでいくんだな」という機運は高まっている年だと思います。ソニーはそのずっと以前から、先駆けてIP化を独自のプロトコルで進めてきており、その点では色々と先駆的に学ぶことができました。すでに60式ほど導入事例があります。そのほとんどは1つのスタジオであったりOBトラックであったり、一箇所で完結しているものでした。

IP化するメリットは、場所を超えた制御、つまり遠隔地のリソースをシェアできることです。そうなるとファシリティ間をネットワークプロトコルをマルチプルで繋いでいくことになります。別のサイト間を挟んでいくと、LANだけでなくWANなども関わってきます。この部分になってくると我々にはノウハウがありませんでした。

この度、nevionというノルウェーのオスロに本社がある専門の会社と提携したのはまさにこの部分で、彼らがネットワークの中にあるスイッチを全てソフトウェアで制御して、フロー制御をダイナミックに行える世界もっともハイレベルなノウハウを持っています。

ノルウェーのネットワーク企業nevionとの戦略的パートナーシップを締結

■OTTへ傾倒する放送局

OTTのようなネット配信放送が充実してきたことで、IP化は実際にもヨーロッパがやはり進んでいる感じはありますね。BBCのようにOTTへ力を入れている放送局も多いですし、やり方を変えれば誰でも放送局が作れてしまう時代になっています。

しかし、番組コンテンツを作る力はやはり放送局さんが持っているので、ネットに力を入れてきている放送局は増えていると思います。そこのIP化という部分で、特に国営のキー局などは地方局をIPで繋ぎたいという要望は多くなっています。もちろん放送局によっても温度差はありますが。

それに対して北米では、今コンテンツホルダーが買収×買収でグループステーションの規模がさらに拡大している状況ですが、各々インフラが違うので、それがひと段落すればきっとネットワークを整備したいと思い始めるはずなので、次にIP化の波がくるのではないでしょうか?今はまだそのタイミングが来てないかなと感じます。

■キーワードは、クラウド・ソフトウェア・IPネットワーク

IP化するにあたって、キーワードとなるのは「クラウド・ソフトウェア・IPネットワーク」です。放送局にもこれまでとはまた違った種類のエンジニアが必要なります。しかし放送局にIP系のエンジニアが揃っているところはまだ少なく、そのレベルはまちまちです。それによって我々に求められる内容も変わってきます。

欧州のトレンドは、リモートプロダクション向けのIPアダプターのエクステンションボックスの展示もその一端です。通常システムカメラはCCUとセットになっていますが、リモートプロダクションを行う際に伸ばせるのはIPのケーブルですので、CCUはスタジオ側に置かなければなりません。でもこれらはほんとはマシンルームに置きたいものなので、現場でST2110でIP化するところだけ、小さいユニットでカメラのそばに置ければ、あとはIPネットワークで引き回せるという発想で、既存の資産を活かしつつ、IP化を進めているのは欧州が一番早いですね。

また北欧では特にウインタースポーツの中継現場、例えばアルペン競技などではOBトラックを山の上まで上げることができないのでそもそもSDIで引き回せないという事情もあって、リモートプロダクションという概念が進んでいるようですね。

SDIで使っていたシステムカメラをIPのST2110に変換してIP化できる。また給電もできることから既存のシステムカメラを簡単にIP化することができるエクステンションアダプターを展示

総括

地下鉄車両内のIBCのサイネージ広告にはIBCの開催期間中、アムステルダム市内のバス、メトロ、トラムが全て乗り降り自由の無料パスが宣伝され、来場者誘致を煽っていた

余談だが、今回アムステルダムに訪れた際、欧州圏に住む日本人と会話する機会を得た。そこでもやはりNetflixの話になった。日本のコンテンツとして全世界配信されている山田孝之主演の話題作「全裸監督」も欧州で人気だという。特に女性層でも視聴者は多く、それを機に日本の性事情への興味が井戸端会議の話題にもなっているという話も耳にしたが、それはそれとして、NetflixなどのOTTが一般へ急速に浸透している現況と、それが人々の日常になっているという実情をまさに反映している事象のように思う。

一つ言えるのは、次の時代の覇権を握るのはコンテンツ次第だということ。そして1日24時間しかないことと、面白ければみんな観るというのは、TVや映画が映像の主流時代から普遍的に変わらない。

映像コンテンツの市場価値として、いま最もプライオリティが高いポジションにあるのはスポーツやイベントのライブ中継だ。放送は今その牙城を必死で守ろうとしているが、オンデマンド配信のOTTとの組み合わせは課金システムとの連動性においては極めて重要だ。

欧州ではネット配信の場合、番組コンテンツに対して払う対価の優先順位が設定されており、ライブ(生放送)が最もプライオリティが高く、視聴金額も最も高い。その後1日以内、1週間以内、数ヶ月以内と、キャッチアップ配信(見逃し配信)の遅延タームによってそれぞれ料金が低くなっていくという設定になっている。

また英国の場合、BBCと民放がその同じシステムに相乗りしてるということも非常に興味深い。ともあれ映像コンテンツとしてのライブイベントへの関心は非常に高く、また制作サイドにとっても最も重要なコンテンツになっていることは確かだ。その中で前述のIPによるリモートプロダクションなどの新たな制作システムが、ここにきて更なる注目を集めている。

ただし、こうした流れからも察するに、タイムフリーでオンデマンドな視聴方法とコンテンツの面白さという面で、テレビの脱地上波という流れが完全に来ていることは間違いなく、IBC全体のテクノロジーも何かしらOTTほかネット映像配信ビジネスへ向けたものが大半を占めていたといっても過言ではない。

この傾向がどのように推移しているか?OTTが放送より優位に立ったとき、誰がどう覇権を取るのか?それによって何が変わるのか?その未来を少しだけ覗き見することができるIBCへの興味はすでに来年に続いている。

txt:石川幸宏・編集部 構成:編集部


Vol.07 [IBC2019] Vol.01