txt:田中誠士 構成:編集部

パナソニックS1HのRAW出力を検証する

コロナ禍な昨今、小規模体制な撮影ニーズが急増していると感じる。

筆者はこれまで多数のカメラを使用してきたが、昨今では以前にも増してワンオペ撮影を行う機会が多くなっている。企業系VP制作では、そもそも2020年4~6月頃はロケ撮影予定がほぼ全てリスケジュールになり、7月にようやく再開した状況で、お客様からは「なるべく少人数で対応して欲しい」という要望が多くを占めた。このような背景から、ワンオペ撮影のニーズはこれからもますます増えるのではないかと予測している。

パナソニックS1Hは機動力が高く絵の質がまさにシットリとして、品のある画質が魅力的で、筆者はS1Hを発売当初に購入して以来頻繁に使用している。2020年5月25日公開のファームウェアVer.2.0では、当初HDMI端子からのRAW出力が実装予定と聞いていたが、開発遅れにより延期のアナウンスがあった。2020年7月28日のVer.2.1にてRAW出力がようやく実装されたということで、早速その使用感についてレビューしたいと思う。

S1H取扱説明書より。最大5.9Kの解像度、12ビットの動画RAWデータを対応した外部レコーダーにHDMI出力できるようになる

あれほど難しかったRAW運用のダウンサイジングがもたらす衝撃

S1H RAW出力のレビューの前に、RAW収録について触れておきたい。筆者が初めてRAW撮影を経験したのは、以前所有していたソニーの4Kスーパー35mmカメラ「PMW-F55」で、AXS外部レコーダー「AXS-R7」をドッカブルした構成でTV-CM撮影を行った時だった。もう5年以上前になるが、当時はまだ編集環境という意味でも、RAWファイルの重たさの意味でも、ポストワークフローのハードルが非常に高く、とにかく苦しんだ思い出しかなかった。個人的なイメージとしては「RAW収録とは複雑で、重く、手間がかかり、作業コストも大きく跳ねる」というものだった。それがここ数年で大きく変化したと感じている。

S1HとATOMOS NINJA Vの組み合わせでは、S1Hの新ファームウェアへのアップデートだけではなく、NINJA VのAtomosOS 10.52へのアップデートが必要になる。この両方のアップデートにより、S1HのRAW出力信号を受けてProRes RAW形式でNINJA V内での収録が可能になる。

この時、S1H本体では何もRECできないことに注意が必要だ(例えば、NINJA VでRAW収録しつつS1H内でmp4収録する、という使い方はできないということ)。とは言え、ここでの解説は省略するが、ProRes RAWという形式は言わば「ProResの使いやすさと、RAWの柔軟性を併せたフォーマット」と表現できるもの。

ProRes RAWファイルは拡張子を見れば分かるが、「.mov」として保存され、特にレンダリング作業などが不要な「お手軽なRAW形式」と言えよう。よって、通常の素材収録、編集と非常に似た運用感覚で、あまりにもすんなりと扱えてしまうため、「これで本当にいいの?」と拍子抜けするぐらいで作業可能だ。

このProRes RAW形式というのが本当の意味でのRAWとしてどうなのか、という議論が発表当初からあるものの、その議論はここでは置いておくとして、これだけお手軽にRAW収録が行えて、編集時にはRAWのメリットがしっかりと享受できる事実には衝撃すら受けた感覚だった。

S1H本体とNINJA Vのアップデート作業

S1H本体のファームウェアアップデートは、パナソニックのWebサイトからファイルをダウンロードして、SDカード経由でアップデートするという単純なもの。ダウンロード含め、ものの10分程度で完了できた。

本体に加え、NINJA Vのアップデートも必要のため、こちらもATOMOSのWebサイトからダウンロードして専用メディアに格納し、アップデートを行った。ここでは自動再起動がかかり、Webサイト上でのアクティベーション処理を要求された。

全体として30分程度の時間ということでやや手間がかかったものの、全体を通しておおむねスムーズにアップデートは完了した。

S1H+NINJA Vを運用してみた感想

S1Hはミラーレススチルカメラの形をしたシネマカメラということで、そのままでは正直なところ運用しにくい。そこで、筆者はZACUTOのリグでビルドアップしている。センターハンドル部に自由雲台を介してNINJA Vを配置することで、バランスを取ってホールドしやすくしている。

ZACUTOのPanasonic S1ケージ

カメラ重心バランスと剛性感というのは非常に重要な要素だと考えていて、安心して使える構成かどうかは、素材の質を大きく左右すると思っている。NINJA Vに使用する際にはNEP製の小型軽量なバッテリーを採用するなど、そうした点には気を使っている。

NINJA VにはNEP製の小型軽量なバッテリー

S1Hのメニューの中で、RAW出力の選択メニューから[HDMI RAWデータ出力]→[ON]にすると、NINJA Vの方も信号を自動認識してProRes RAW形式での収録モードに切り替わる。

NINJA VではATMOS Xメディアとなるソニー製の専用メディア2TB「SV-MGS2T」を使用。ProRes RAW形式において、約92分間の収録可能と表示された。現実的な範疇にはなっているかと感じている。

2TBのAtomX SSDmini「SV-MGS2T」

S1Hから[HDMI RAWデータ出力]→[ON]にした場合、本体そのものはカメラヘッドの役割となるが、本体のEVFやモニターにも同時に表示できることから、フォーカス合わせや画角決めはなんら問題なく運用することができる感触だった。

また、ビューイングLUTも適用できるため、仕上がりをイメージしながらの露出決めも直感的に行うことができる。実際にRAW収録構成を運用していることを一瞬忘れて、通常撮影しているかのような感覚になった。これは非常に重要なことで、特にワンオペ撮影時には実運用できちんと使える、ということを意味していると思う。

RAWはポストプロダクションで色を付ける前提のワークフロー

https://www.pronews.jp/pronewscore/wp-content/uploads/2020/08/camera2020-VOL08-14.png Final Cut Pro Xで撮った素材をチェック。カラーカーブでRec709ターゲットでコントラストとショーケース内のサンプル内容が潰れない程度に微調整
※画像をクリックすると拡大します

RAW収録とは言わば「カメラセンサーから直接出力された、カメラ内部回路では処理されてないプレーンな出力データ」ということになる。RAW素材を編集するには、それに対応した編集ソフトを使用する必要がある。S1H+NINJA Vの構成では、ProRes RAW形式で収録されるため、Final Cut Pro XやAdobe Premiere Pro、EDIUS等で編集可能だ。

RAW収録では、センサーから出力された生データをそのまま使うことができるため、いわゆるLog収録素材などよりも情報量が多く、画像に色を着ける作業、すなわちカラーグレディング時にその耐性が高まる。保持するデータ量が増えるほど、撮影時のエラー修正への対応幅が広がり、思うようなルックに近づけることができる、というメリットがある。

例えばH.264 Long GOP等での収録を行った場合、大きくファイルファイズを圧縮することができる。これは、フレーム間差分の記録という概念の圧縮方法であり、不可逆圧縮と呼ばれる圧縮形式だ。この素材を使ってカラーグレーディングをしようとすると、各フレームが持つ情報量は大半が差分データとなり、色調整しようとしても階調が崩れ、バンディングが発生してしまう。より圧縮の少ないイントラフレーム圧縮形式だとしても、色情報としてのビット深度は欠落しているわけで、調整幅はやはりそれでも限定的になる。

しかし、RAW素材であれば、センサーの持つポテンシャルを最大限に引き出すことができ、今回の場合だと12bit階調、4096階調の情報量を活かすことができるようになる。コントラストの大きなシーンではこの階調のある素材が救世主のようになり、飛んでいるように見える部分や、黒く潰れているように見える箇所を持ち上げてリカバーする余地が出てくるわけだ。

この大きなメリットをこの小さなカメラ構成で享受でき、ポスプロとしても今の時代であれば比較的にスムーズにカラーグレーディング、編集も行うことができる。S1H+NINJA Vという非常にコンパクトな機材でこんなにも手軽にRAW収録ができるということであれば、それは使わない手はない。

一度体感すると後戻りできない快感の世界

今回この記事執筆の依頼を受けたことで、ある意味、重い腰をあげて今回のファームアップを行なって試してみたわけだが、こんなにも手軽にRAW収録が成立するとは正直なところ思わなかった。食わず嫌いせずに、やはり新しい技術にはトライしてみるものだなと(笑)。

ワンオペ撮影においては現場にはDIT専従の技術者がいるわけではないので、RAW収録というハードなワークフローは困難なものと考えていたが、これだけお手軽にRAW収録が運用できて、編集という意味でもこれまでのLog収録時とそれほど変わらないなら、積極的に使っていこうという気になる。それでいて、5.9Kというオーバー4KなフォーマットまでRAW収録可能となるわけだから、S1Hというカメラの旨味をさらに引き出せる美味しいセッティングだと言えよう。ぜひともこの「快感」を体感していただきたいと思う。

【田中誠士】
1975年 兵庫生まれ。2002年に株式会社フルフィルを創業し、グラフィック関連業務の拡張として2010年ごろより映像業界へ携わる。2018年現在、大阪中央区および東京銀座にてフルフィルスタジオを運営し、年間50作品内外の企業系VP制作を行う。昨今では自らシネマトグラファーとして撮影を行い、プロデュースするスタイルでの作品も多く、医療系分野の外資系企業顧客が多い。

フルフィルスタジオ

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Vol.07 [Camera Preview 2020] Vol.09