ドローンメーカーが世に問うシネマカメラ

「DJIがシネマカメラを発表した?」、この一報を聞いた時、驚きよりも「いよいよ来たか」という思いがよぎった。独自のレンズやハッセルブラッドへの支援など、しばらく前からDJIがシネマカメラを出すのでは?と耳にするようになっていたからだ。くるべくしてきた感はある。そして2021年後半に斜め上をいく仕上がりで、我々の前にお披露目されたことは言うまでもない。

左から前篤氏(プロジェクトマネージャー)、中川敬太氏(メカエンジニア)、リン・ジュエンシ氏(画質エンジニア)

Ronin 4Dは、どのような着想で生まれたのか?開発陣に直接お話を聞く機会を得たので、今回は、中川敬太(メカエンジニア)、リン・ジュエンシ(画質エンジニア)、前篤(プロジェクトマネージャー)の三者にRonin 4Dについてお話を伺った。

Ronin 4Dが生まれるまでの道のり

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]
試行錯誤の跡が見える大量のラフスケッチ

――商品化までにいろいろなことがあったとおもいます。開発のロードマップを教えてください。

前氏:

「多くの人がトップレベルの映画のような撮影手法を実現できる世界を作りたい」と考え、Ronin 4Dの開発を2016年末に開始しました。 最初のプロトタイプはX7カメラを搭載した地上版Inspire2のようなカメラで、Z軸は搭載していましたが、内蔵NDもマウント交換もなく、対応できるのは限られたユースケースだけでした。当時はまだ、現実と私たちが理想とする商品像の間には大きなギャップがありました。
その後、世界中の撮影監督の方々とやり取りする中で徐々に市場ニーズへの理解が深まり、最適なソリューションがどのようなものか見えてくるようになりました。 大きな転機となったのはプロの撮影要求に答えられる高性能チップを自社開発したことです。このチップにより、映像処理能力が格段に向上し、8K75fpsやProResRAWといったハイレベルのプロフェッショナルユーザーのニーズにも応えられる商品になっています。
Ronin 4Dは2020年末には大部分が完成していました。そこから1年間、映画、ドラマ、CMなど、多くの撮影プロジェクトでのテストを重ね、細部まで改善して、より良いユーザーエクスペリエンスを提供できるように仕上げています。

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]
独自開発されたチップ

――最初から、白鳥のような頭が上がる(ジンバル部分)スタイルでしたか?

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]
第一世代のプロトタイプ。製品版とは全く異なるデザイン、幾度かの変遷が見られる

中川氏:

Ronin 4Dの開発を始めるにあたり、3軸ジンバルとシネマカメラの統合が課題でした。 開発当初はInspire2のように3軸ジンバルを吊り下げるスタイルに対してグリップをつけたもので、Z軸は搭載されていませんでした。 一方で3軸ジンバルでは取りきれないカメラ上下方向の映像ブレを改善するために、モーターで姿勢を制御できるZ軸の開発を進めていました。

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]
第二世代のプロトタイプ

中川氏:

さまざまなプロトタイプを検討する中で、カメラを目線の高さにあわせやすいこと、長いレンズを装着した際に地面やリグなどに衝突しづらいこと、全体のサイズを小さくできることなどから、3軸ジンバルを上下逆に取り付けたほうがよいという結論に至りました。 カメラ本体と3軸ジンバルをZ軸で接続することで、あらゆるブレに対応したRonin 4Dのスタイルにたどり着きました。

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]第三世代のプロトタイプ。

――外観がユニークで話題になっています。なぜグリップを握るスタイルに落ち着いたのでしょうか?

Vol.04  DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]

中川氏:

Ronin 4Dには通常のシネマカメラに加えて3軸ジンバルとZ軸が搭載されているため、撮影者が操作できる機能が多いです。 左右のグリップにカメラの基本的な操作に加えて4軸ジンバルを操作するためのレバーやボタンなどを配置することで、撮影者一人でできるだけたくさんの撮影シーンに対応できる新しい操作性を確立することを目指しました。
グリップはRonin 4Dの新しい機能を直感的に扱うためにとても重要であるため、操作デバイスの選択と適切な配置、様々な手の大きさや形にフィットするグリップの形状について、たくさんのプロトタイプを作り、検証しました。 特に、右グリップのフォーカスホイールにはドローンのプロペラや3軸ジンバル、Z軸にも搭載される自社開発のブラシレスDCモーターを内蔵しており、LiDARレンジファインダーやフォーカスモーターと連携することで自動マニュアルフォーカスなどの新しい操作性を実現しました。
グリップは傾斜角度の調整や、簡単に取り付け/取り外しができるクイックリリース機構を備えており、リモートモニターに取り付けることでワイヤレスで4軸ジンバルやレンズを操作できます。

――Z軸やジンバルが目立ちますが、その他の部分でメカ設計として気を付けたところがあれば教えてください。

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]

中川氏:

Ronin 4Dは3軸ジンバルとZ軸が目立ちますが、シネマカメラとしての基本的な性能を充実させることにも注力しました。
フルサイズイメージセンサーを搭載し、一般的なシネマカメラよりも多い9段分の機械式NDフィルターを内蔵しています。3層のNDフィルターを上下方向に動かすことで、回転式の切り替え機構よりも大幅な小型化を実現しました。
カメラヘッドの小型軽量化により3軸ジンバルのモーターのトルクに余裕を持たせ、より高画質で重いレンズを搭載することが可能となりました。
レンズマウント内に交換式のフィルターを内蔵しており、モアレや偽色を低減するためにローパスフィルターを選択したり、解像感を重視してローパスフィルターレスにするなど撮影者がカスタマイズすることができます。

――なぜMマウントを選択したのでしょうか?Mマウントの選択理由をお教えください。

前氏:

Ronin 4Dはフリーランスの方から大規模映画撮影PJまで、様々なユーザーに幅広くお使いいただける商品となっています。その中で、実際にどのようなレンズであればニーズを満たせるか検討した結果、DLレンズだけではハイエンドのユーザーのニーズには応えることはできないと判断しました。
市場のレンズを幅広く調査した結果、ジンバルとZ軸によってレンズの重量やサイズに制約がある中で、小型・軽量ながらハイエンドユーザーも満足いただける素晴らしい性能を持ったLeica Mマウントのレンズ群が最も適していると判断しました。

――ジンバルのトルクがすごく強いですね。

中川氏:

できるだけ高画質で重いレンズに対応するために、チルト軸に2つのモーターを搭載してトルクに余裕を持たせています。 重量の大きなモーターを左右対称に2つ配置することで、チルト軸のペイロードの重心とレンズの光軸を一致させるように設計しました。
ほとんどのレンズは円筒形状で重心が光軸とほぼ一致していることを利用して、レンズ交換の際のバランス調整を簡素化しています。 たとえば、RS2では様々な大きさや重量のレンズやカメラの組み合わせに対応するために5箇所(チルト軸3箇所、ロール軸とパン軸各1箇所)のバランス調整が必要であるのに対し、X9では2箇所(チルト軸とパン軸軸の各1箇所)だけで多くのレンズ交換に対応できます。
また、重いレンズのために、カメラヘッドにカウンターウェイトを搭載できるようにしています。 カウンターウェイトはカメラヘッドとロールアームの間に配置され、LiDARレンジファインダーやフォーカスモーターなどと同時に使用することが可能で、それぞれが4軸ジンバルの複雑な動きに干渉しないように設計されています。さらに、より大きなレンズも取り付けられるようにカメラヘッドを支えるアームの幅や先端の形状などを工夫して設計しています。

――Z軸ブレを抑えるために、5つのセンサー(前方・下方・ToF・IMU・気圧計)を使用していますが、ここに至るまでの経緯をお聞かせください。

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]

中川氏:

Ronin 4DのZ軸は通常のスプリングのみで防振するZ軸とは違い、モーターで姿勢を制御することができます。
屋内の暗い場所や屋外の明るい場所など様々な場所で、正確かつ安全にZ軸を制御するために下方ToFセンサーや前方&下方ビジョンセンサー、IMU、気圧計など多くのセンサーを搭載しています。これらのセンサーはZ軸に加えて3軸ジンバルの制御にも使用されており、最新の制御アルゴリズムと連携することで従来の3軸ジンバルよりも安定した制御を実現しています。
ドローンの安定飛行や衝突回避の開発で得た知見を、Ronin 4Dの4軸ジンバルの制御に活用しています。

――LiDARフォーカスシステムについて、MFレンズをAFにする機能は面白いですね。どこから着想を得ましたか?

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]
前 篤氏(プロジェクトマネージャー)

前氏:

Ronin 4Dのユースケースとしては、ワンマンオペレーションについてもカバーするため、いかなる条件下でも常にAF機能を使える状態にしておく必要があります。
一方、ハイエンドユーザーのニーズに応えるためには、マニュアルレンズの電動フォーカス対応は必須でした。 これらの要求から、Ronin 4DではLiDARシステムとFocus Motorのどちらも搭載できるようにジンバルカメラを設計しました。様々なユーザーニーズに応える商品を目指した結果、自然とマニュアルレンズについてもAF機能が使えるようになっています。
ユーザーの方から精度がちゃんと出せるのかとよく聞かれるのですが、きちんとレンズのキャリブレーションを行えば、びっくりするほど高精度に制御できます。

――6kmも飛ぶ映像伝送は現存する伝送機ではクオリティの高いものだと思います。やはりドローンでの技術が使用されているのでしょうか?

※日本では最大4㎞まで可能

前氏:

ドローンでの映像伝送システムDJI O3を流用しています。ドローンでは、高速で飛行する機体の制御が必要なため、安全確保のためには長距離伝送、耐干渉性、低レイテンシを備える伝送技術が必須です。 そのドローン開発で培った映像伝送に、地上カメラで必要な機能をうまく足し合わせてRonin 4Dの映像伝送システムを実現しました。DJIはカメラからリモートモニタまでシステムのすべてを自社開発しているため、End to Endで最適化設計することができ、市場最高レベルの超低遅延を実現しています。
映像伝送システムについては撮影現場でのユーザーエクスペリエンス向上のため、他のRonin製品用のアクセサリーも発売する予定です。

――画像のチューニングについて目指した部分はどこでしょうか?

Vol.04 DJI Ronin 4D開発者に訊く[Ronin 4D is…]
リン・ジュエンシ氏(画質エンジニア)

リン氏:

画質チューニングでは、ハイエンドシネマカメラと遜色ない画質を目指しました。具体的には、
 1.純粋な黒再現
 2.正確かつ後編集しやすい肌色再現
 3.偽色、ジャギなどアーティファクトを抑止
 4.低周波ノイズを除去し、自然な階調で色彩豊かに表現できる画像
この4つのポイントを重視し、画質をチューニングしています。

――デュアルISOで高ISOによる暗部撮影の仕上がりはどうでしょうか?

リン氏:

通常のセンサーであれば、高ISOかつ高温環境下で撮影すると暗部ノイズが酷くなり、暗部に色がついてしまう傾向があります。
Ronin 4Dでは、シミュレーションを重ねた最適な放熱設計と、消費電力を抑えたハードウェア設計で熱源を最小限に抑え込んでいます。その上で、新開発のCineCore3.0チップによる高度な黒レベル補正技術を用いて、純粋な黒やグレーを再現できるようにしています。
さらに、CineCore3.0チップは高度なノイズ処理回路を搭載しているため、人間が不快に感じる低周波ノイズやクロマノイズを重点的に除去し、必要な情報は残したまま、より良い質感を表現することができます。これらの技術を用いることによって、Ronin 4Dの高ISOの暗部は、純粋な黒やグレーを再現しつつ、良い質感を出すことが可能です。

――カメラは設計だけでなく、製造面でも難しいと聞きますが、今回のRonin 4Dではどのようなところで苦労したのか教えてください。

前氏:

ドローンで培ってきた大量生産技術と、Inspire2、Zenmuse X7などのカメラ生産で培ってきたカメラ調整検査技術をベースにカメラの製造工程を設計しました。
今回のDJI Zenmuse X9は内蔵NDやフルフレームセンサーを可能な限り小型化して詰め込んでいるため、部品精度や構造に対する要求レベルは極めて高く、カメラの生産工程で最も重要なマウント面に対するセンサー位置を調整する装置の開発では大変苦労しました。
実際に要求精度を満たすためには、調整装置単体だけではなく、製品設計や製品部品精度も大きく影響してきます。要求精度を満たすために製品設計の変更を盛り込んでもらうなど、関係部署の協力のもと、設計と生産が1チームとなって取り組むことで、満足のいく性能を達成することができました。

国内外の反響は? シネマカメラの定番となるのか?

――国内外反響はいかがですか?選出されたMasterたちの反応はどうでしょうか?

前氏:

おかげさまで、国内外から想像をはるかに超える反響をいただいております。
商品リリースに際して、世界中の撮影監督の方々をお招きして、Ronin 4Dの使用体験を共有してもらいました。撮影監督の方々には、Claudio Miranda氏、Erik Messerschmidt氏、Xiaoshi Zhao氏、Peter Pau氏が含まれます。
Erik Messerschmidt氏の撮影プロジェクトでは、夜の街並みのシーンが多く、極端な照明条件下におけるカメラ性能が試されました。シャドーの中のディテールだけではなく、色合いも維持できていたので、低照度シナリオでのRonin 4Dの性能にとても満足されていました。また、映像伝送システムについても、従来のシステムのケーブルやワイヤーで生じる制限が、Ronin 4Dのシステムでは全く無くなっていて、さらにカメラのNDフィルターや色温度の調整も遠隔操作できることが非常に便利だと話されていました。
Xiaoshi Zhao氏は、ステディカムを使って階段のシーンを撮影する際、以前は専用のスロープを使用して滑らかな映像を撮れるようにしていたが、Ronin 4Dを使ったプロジェクトでは、スロープの準備は全く必要なかったと話していました。
すでに公開されている長編映画の中でも、Ronin 4Dを使って撮影された映画は少なくありません。
2014年に初代Roninをリリースしてから、DJIは常にプロフェッショナル映像制作市場を重視してまいりました。この7年間に、全世界の撮影監督の方々と連携して、様々な撮影要求を満たす商品群をリリースしてきました。
私たちはこれからも継続して撮影監督の方々と連携し、より素晴らしい作品作りのために、未解決の撮影課題解決に取り組んでいきます。皆様からのフィードバックを是非お聞かせいただきたいです。