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IBC2022が3年ぶりにアムステルダムで開催された。会場は連日の大盛況で、初日の会場時には200mほどの行列になっていた。展示会という側面で見ると革新的なものや目新しいものが展示出品されていたわけでは正直ないかもしれない。なによりも、会場内には笑顔が溢れていたのがすべてを物語っている。

10年ほど定点観測してきた筆者がIBC2022で新たに感じたマクロな目線でのキーワードは、「ノンリニア」、「ナラティブ」、そして「サスティナブル」である。

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ノンリニアでナラティブな映像コンテンツとは

ノンリニアというとノンリニア編集をイメージしてしまうのだがそうではない。ここでいうノンリニアとは、リニアTV、あるいはリニアチャンネルの対義語として扱われる概念である。これからは時間軸が固定されたリニアなコンテンツではないものが重要になる、という指摘である。リニアTVという表現は日本ではこれまでほとんど耳にしたことがないと思うが、これは従来型の放送もしくは単純なストリーミングのことを意味している。

「ナラティブ(Narrative)」とは物語という意味で、「ストーリー(Story)」によく似た意味合いである。ストーリーとは物語の内容や筋書きを指し、主人公をはじめとして登場人物を中心に起承転結が展開される、いわゆる完パケ映像ということだ。一方のナラティブとは、視聴者自身が紡いでいくとでも言うべき内容だ。これは主人公というか、主体者は登場人物ではなく視聴者自身であるとも言える。そしてナラティブな物語には結論も終わりもない。すなわちこれはゲームに近い概念だ。

すでに若年層を中心に、短尺のコンテンツが広く支持されているのは周知の通りだ。若年層に限らず、30分や1時間の動画を根気よく視聴することを苦痛と感じてしまうのだ。TikTokなどは一瞬で視聴の可否を判断されて、映像コンテンツは指先で軽く跳ね飛ばされてしまう。これからの映像においては、これまでの完パケ映像「だけ」ではなく、ゲームに近い、結論も終わりもないものが求められるのだ、という主張がIBC2022の複数のセッションで非常に目立ったのである。

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こうした新しいコンテンツのあり方に関する議論が起きる背景には、バーチャルプロダクション、メタバース、ボリュメトリックビデオなどの技術革新とその普及があるからだと考えられる。バーチャルプロダクションには仮想現実と現実拡張の両方があるが、どちらも大きな可能性を秘めている。こうした技術によって映像や音声が独立したオブジェクトとして別々に存在する、あるいは別々に切り出して扱えるようになってきている。

iOS 16ではワンタッチで画像の切り出しが可能になった。こうしたオブジェクトをこれまでは制作者が撮影、編集、MAで完パケとして組み立ててきたわけだが、これゲームのように端末側で、かつ視聴者の意思によって自由に行うことができるようになる、という指摘である。

サスティナブルという視点は少なくとも欧州では非常に支配的

アメリカや日本では、放送におけるサスティナブルに関する議論をほとんど見かけることはない。せいぜいラジオ局が「グリーン電力で放送しています」とアピールするくらいかもしれない。ところが欧州においては使用電力やハードウェアのリサイクルなどといった、環境負荷をできるだけ減らすという動きが、どこまで本気かどうかはともかく多くの場面で主張されていた。

オンラインで配信を行う場合のサーバーの使用電力に関しても、欧州の次世代放送規格で策定が進んでいるDVB-NIPでは、巨大なCDNサーバーをできるだけ減らし、伝送路に衛星を利用して各地に小規模なCDNや5GタワーにCDNを組み込むような想定が行われている。

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DVB-NIP
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DVB-NIP

高画質化の歴史とは一線を画する新技術に注目

ではここで一旦、過去10年ほど前から今回のIBC2022までの主なトピックを、順を追って振り返ってみよう。これはもちろんIBCに限ったことではなく、テレビや放送全体の話であるのは言うまでもない。

  • HDTV
  • 大画面テレビ、スマートテレビ
  • 4K8K
  • IPプロダクション、放送局内のIP化
  • END to ENDのIP化

という流れは、ここまでの放送技術と制作技術は、要するにすべて高画質化の歴史であるということだ。ところが、

  • 仮想現実と拡張現実
  • バーチャルプロダクション、メタバース、ボリュメトリックビデオ(2022~)

はそうではない。高臨場感という側面ももちろん大きいが、ノンリニアな動画コンテンツを可能にする技術なのである。

IBC2022のマクロではないトピックとして、バーチャルプロダクション、メタバース、ボリュメトリックビデオを挙げておきたい。これらはコロナによってこの2、3年で飛躍的に進化しており、NAB2022で各社が提唱したことの延長線上で、IBC2022では各社が展示やデモを行い、関連するセミナーやパネルはなんと10本を超えていた。

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ソニーブースでのNcam社のカメラトッラッキング装置
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メタバース用のボリュメトリックキャプチャー用アプリ「Volu」はIBC2022 BEST USE OF AIを受賞
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お馴染みの「HADO」がLIVE 5G XRイベント使用された事例

リニアチャンネルの未来とは?

IBC2022では、これらのキーワードを踏まえて、リニアTVの今後を考察するパネルディスカッションが開催された。

「Future of Linear」というパネルセッションでは、リニアチャンネルは今後も存在し続けるが、ストリーミングプラットフォームによる配信が増加すると結論付けた。なおここでのリニアチャンネルとは伝送路は電波に限定されるものではない。パネルの冒頭では、リニアTVが今後もリアルタイムで視聴者に共有体験を提供し続けるだろうとして、9月8日に世界中の何百万人もの視聴者がエリザベス2世の逝去に関する情報を得るためにTVニュースにチャンネルを合わせたことを紹介した。

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左からGoogle TV Robert Andrae氏、Euronews Maxime Carboni氏、BBC Benjamin Rosenberg氏、Zee5 Global Archana Anand氏、The Local Act Consultancy Marion Ranchet氏

モデレーターのThe Local Act ConsultancyのMarion Ranchet氏は、「2021年にはすべての市場でリニアテレビの視聴時間が減少し、ストリーミングはすべての市場で増加する」というOmdia社による最新の調査結果を引用し、「特に若い視聴者のリニアチャンネル離れが上の世代よりはるかに速いペースで進んでいる」と報告した。

Zee5 GlobalのArchana Anand氏は、「ストリーミングが『母艦』となり、他のすべてはストリーミングの一部(サブセット)になる」と述べた。「なぜならリニアは多くの点でストリーミングでも実現することができ、ライブや予約視聴を選択する消費者はストリーミングでもそれを得ることができるからだ」とした。加えて彼女は、「ストリーミングのパーソナライズ、パッケージング、価格設定が上の世代をも惹きつけるのはもはや時間の問題だろう」とも述べた。

BBCのBenjamin Rosenberg氏は、「BBCは視聴者がどこにいても、つまりリニアでもオンラインでも視聴者に到達できるよう努力している」ことを強調した。「我々の戦略としては、伝統的な放送から離れていくタイミングを見極めていくことである。我々はそれを悪いことだは考えていない。視聴者のこれまでのリニア放送での体験を基に、さらに多くのものを提供することができる」と語った。

仮想現実と拡張現実のパイオニアであるNonny de la Peña氏は、「How Immersive Tech Will Create New Narratives and Transform Entertainment」と題した基調講演で、AI、AR、バーチャルプロダクション、メタバースなどの分野で進んでいる大きな進歩を紹介した。

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Nonny de la Peña氏

彼女は「コロナによって、テクノロジーにアクセスできる人の間に信じられないほどの格差があることを目の当たりにした。テクノロジーは基本的な権利であり、私たちは皆それを使い、生きていくために必要なものなのだ」として、アクセシビリティーの重要性を指摘した。また、サスティナブルも重要な考慮事項だとし、バーチャルプロダクションアセットの共有ライブラリーを作る必要性について語った。

彼女はまた、メタバースの成功のためのオープン化の重要性について、「Facebook、Twitter、Instagramなどのプラットフォームは、すべてウォールドガーデンである。これからは自分のアイデンティティをどこへでも持っていけるようにすることが非常に重要である」と指摘した。

放送業界はメタバースを受容するべき

セッション「Step into the Metaverse」の中で、Media.MonksのLewis Smithingham氏は、我々はいまメタバースの入り口にいると述べた。そして同時に、没入型・インタラクティブ技術への期待は大きく、メタバースが誇張されすぎていると考える多くの人々のイライラを高めているという。

彼は「私たちの生活のあらゆる側面が仮想化の影響を受けることになる。特に若い視聴者は、より没入感のある、よりインタラクティブなコンテンツ体験を要求している」と述べた。

さらにSmithingham氏は「メタバースが可能になったのは、新しいツールや技術が統合されていくからだ」と説明し、5G、ボリューメトリックビデオ、センシングツールとしてのLIDAR、NDI 5、ATSC 3.0、Viz Engine 5、バーチャルプロダクション、フォトメトリックスキャンなどを例にあげ、没入型、インタラクティブ、そしてインクルーシブでなければならないと付け加えた。

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様々な周辺技術
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タブレットに慣れている女の子が、小さなテレビ画面にタッチして壊してしまうというプレゼン資料

また多くの放送関係者が誤解している点についての指摘として、「メタバースは、VRヘッドセットを中心としたものという認識が広まっているが、それ以上のものである」とも述べた。そして「メディアテクノロジー業界は、メタバースがもたらす変化に適応できれば、大きな利益を得ることができる。放送局はストーリーを伝える方法を知っているのでアドバンテージは高いはずだ」とエールを送りつつも、「メタバースに取り組まなければ取り残されることになるだろう」と警鐘を鳴らした。