
重く冷たく、担いだ瞬間に腰に激痛が走り一歩も動けなかった。「とても扱える物ではない」それが筆者のステディカム最初の体験だった。20年以上前の某放送機材展での思い出である。それから10年後、多くの諸先輩オペレーターの方々、また毎年進化を続けているステディカムの技術・製品の恩恵を受け、筆者は10年以上前に果たせなかったオペレーターの門戸を開くことができた。
そこからさらに10年を経て、今年2025年。ステディカムを使って様々な現場の経験を積むことができるようになった筆者は、Cine Gear LA Expoには待望の新型ステディカムが展示されるという情報を聞き、初めてロサンゼルスの土を踏む決意ができた。この記事では2025年6月7日から8日の2日間に渡ってユニバーサルスタジオで開催された展示会の模様を、ステディカム・オペレーターの視点から紹介する。

Tiffen新型Voltシステムをリリース!

Cine Gear LA Expoの会場は、受付があるゲート4付近から徒歩15分ほど移動したところにあるオープンセットのエリアだ。著者は会場の中央付近にあるステディカムブランドのスタビライザーを製作しているTiffen社のブースに向かった。注目は昨年の Cine Gear LAでプロトタイプが出た3軸制御タイプのVOLTシステム VOLT 3だ。

昨年Tiffen社はAero-30リグをアップデートし3軸制御Voltシステムを搭載したSteadicam AXISを発表している。始めから3軸制御Voltシステムが内蔵されているAXISに対して、今回発表された「VOLT3」システムは、Steadicam M2トップステージに3軸制御のコントロールボックスを側面に取り付け、Pan方向へのモーター制御を加えた新設計Voltジンバルをポストに装填する仕組みになっているのが大きな特徴だ。
ステディカムオペレーターで今回のVOLT3システムの開発チームにも関わったタイソン・ガラン(Tyson Galland)氏によるとM2のような大型リグにパン方向への電子的な制御が可能になったことで、従来オペレートが困難だったドン・ファン(カメラをオペレーターの進行方向に対して後方にカメラを向けるオペレート)や、3セクションポストによるロング・ハイモード、ロング・ローモードにおいて安定したオペレートが可能になったという。
AXISとの違いはほぼないが、Voltプリセットが事前に3つセッティングでき(AXISでは2つ)、オペレート中に状況に応じて制御の具合をワンタッチで切り替えることができる。価格は6月30日までの早期注文に対して10,995米ドルで購入でき、それ以降の標準価格は12,995米ドルまで上がる予定となっている。


本年5月ステディカムVoltシステムの開発チームは2025年のアカデミー科学技術賞を受賞した。そのチームの主軸のエンジニアであったスティーブ・ワグナー(Steve Wagner)氏(写真右)とロバート・オーフ(Robert Orf)氏(写真中央)に、開発について話を聞くことができた。
特にVOLTシステムを作る上での難しさは、加速度センサーを加えたデジタル水平水準器と、それをもとにリグを制御するメカニカルな機器の電気的な干渉を防ぎつつ装置を小型化すること。ステディカム開発者のギャレット・ブラウン氏やジェリー・ホルウェイ氏が監修し、ノーマルのステディカムと同じような慣性力(重いものや長いものを振り回すときに感じる重さ)を表現することが難しかったという。あくまで基本はノーマルのステディカムであること。これが他の電子式ジンバルシステムとの大きな違いとのことだ。
GPI PROスタビライザーもアップデート

同じくステディカムと同じ機構を持つスタビライザーシステムとして多くのオペレーターに愛用されているGPI PRO SYSTEMSも機器をアップデートした。トップステージの電源コネクター周りを現在のニーズに合わせて全体的にアップデートし、ポストの下部に取り付ける電源ジャンクボックスも24Vのバッテリープレートが追加された。

新しく開発されたモニターヨークはポスト部分もしくはバッテリープレートに並行な位置に取り付けることができるようになった。さらにジャンクボックスには視認性の高いデジタル水平水準器も搭載されより利便性が向上したという。
超軽量!輪ゴムを使用したスタビライザーアーム

Cine Gear LA には日本からも数人のステディカムオペレーターが足を運んでいた。中でもSOG(Steadicam Operators Guild) の永森芳伸氏、同じくSOGでニューヨーク在住の押野健一氏、NHKテクノロジーズの関本浩則氏(写真右)、の3名が注目していたのが、リグの荷重をスプリングの代わりに輪ゴムを支える軽量のスタビライザーアームだ。

ドイツの ROCKET STABILIZERが提供しているAPOLLOアームは、ARRIと共同開発されたアームで2種類の輪ゴムを使い分けてテンションを調整し、最大耐荷重は77ポンド(35kg)になるという。前述の永森氏によると従来のスプリングを使用したアームと比較して「非常にシームレスな上下動ができる」との感想。

2種類の輪ゴム。太いものが1ポンド刻みの調整で、薄い物で1/3ポンドの荷重調整ができるという。推奨使用温度は摂氏-15℃から50℃。気温差が20℃以上あると性能が20%落ちてしまうので、その場合はゴムを気温に合わせて付け替えをすることをお勧めするという。

また同じく輪ゴムを使ったアームとしてNB StabilizerのNBアームも回転リグのRock-a-byeと組み合わせたデモが行われていた。
筆者もオペレートをしたところ、アームが軽いことでオペレーターの負担が大きく軽減できることが実感できた。

前述のAPOLLOアームが筆者の現地での計測では何と2.89kgの軽量! NBアームは3.6kgだった。参考までに同じ程度の対荷重を持つTIFFENのG70x2アームは5.9kgで、筆者が持って現地で使ったステディカム最軽量のアームであるPilotアーム(対荷重6kg)ですら2.4kgあった。アームが軽量化しただけでもオペレーターの肉体的負担は著しく下がるのだから、それによってオペレーターがカメラの構図や動きに集中できる恩恵を得ることは言うまでもないだろう。
カメラリグの傾向はオペレーターの負担軽減に
筆者がステディカム以外にもENGカメラでの撮影が多いことから、カメラを肩に乗せる際の負担を軽減するリグが目に止まった。

ステディカムベストのようなデザインのergorig(アーゴリグ)。大型シネマカメラを肩に乗せる際はショルダーパットを取り付ける必要があるが、このリグを使えばベースプレートを外すことなく、そのまま肩にカメラを乗せても肩を痛めることがない。筆者が試着した印象では肩の部分にだけ鎧カバーがついている感触。実際にドラマの現場では三脚、クレーン、ハンドヘルドとカメラセッティングをシームレスに替える必要があり、その際にはとても役立つように感じた。
スペインの SteadyGum はVロック部分に一脚の足を装着して、腰の部分にカメラの荷重を分配することで肩の負担を軽減している。装着器具の軽量さや、バッテリーやメディアを交換する際の取り回しの良さもあり、筆者も1つ欲しいと思ったリグだ。

前者はフィルムカメラ向け、後者はENGカメラ向け。これらはいずれも日本の機材レンタル店で借りることができるので、興味がある方は試していただきたい。
総括
オペレーターの負担を減らす機材の開発は古今東西変わっていない。その多くはカメラオペレートの経験者・熟練者に向けたもの。そうした中で、ステディカムVoltシステムの開発は別の方向性を目指していると感じた。
Cine Gear LAの翌日、Tiffen本社では Stabilizer EXPOというイベントが開催されていた。Cine Gear同様の機材展示の他にVoltオペレーターによるトークイベントが開催され、まさにステディカムオペレーターの寄り合い的なイベントだ。


そうした中に初めてステディカムに触れるという若きフィルムメーカーも来場していた。その一人がTiffenスタッフの丁寧な説明を受けてVOLT3の試乗に臨んでいた。

彼は決して体格に恵まれておらず、むしろ華奢だと言えた。リグを担いだ一歩一歩の足取りは重く頼りない。しかしインストラクターは「いいね!その調子だ!」と明るく励まし続ける。そしてVOLT3に助けられた彼のショットは、本職のオペレーターのように見事に水平を保ち安定している。これは本当にステディカムの大きな進化だと感じた。
ステディカムの発展は10年前に私を助け、そして今もこの業界に足を踏み入れようとする若者に門戸を開くものである。1976年から50年を迎え、2度目アカデミー科学技術賞を受賞(VOLTシステム開発に対して)したステディカムの進化とは、多くの人に動く映像ショットの素晴らしさを教えてくれるものなのだと。Cine Gear LA Expoを通じて一番に感じた。

株式会社スタジオアイアンベル代表取締役・東京国際大学国際メディア学科非常勤講師・Steadicam Operators Guild (SOG) 所属。2018年に米国Steadicam Operators Association (SOA)主催の秋季ステディカムワークショップにてステディカムの発明者ギャレット・ブラウン氏、ジェリー・ホルウェイ氏の指導を受ける。2022年に「ステディカムオペレーターズ・ハンドブック 日本語版」を翻訳・出版。ステディカム・ENGカメラオペレーターとしては、OBSオリンピック放送機構にて東京2020オリンピック・パラリンピック、北京2022冬季オリンピック、パリ2024オリンピックに参加。

