東京・竹芝にある「JR東日本四季劇場[秋]」は、劇団四季の専用劇場のひとつとして、日々ロングラン公演を支えている常設の舞台空間だ。演目ごとに演出の再現性が求められ、毎回、照明・音響・映像を正確に同期させることが不可欠となる。
そうした緻密な舞台演出を支えるのは、現場を知り尽くした技術チームの存在である。今回は、劇団四季の舞台を裏側から支えるシステム設計と、その中で導入されているNETGEAR製品の活用について取材した。
お話を伺ったのは、劇団四季 音響・音楽部の森下 要氏、舞台美術部の髙橋 英雄氏、前田 映真氏。世界を魅了する舞台の安定運用をいかに実現しているのか、その舞台裏を明かしていただいた。

劇団四季の舞台を支えるネットワーク設計

役割分担と現場の運用体制
劇団四季では、現場の技術チームが明確に分業されている。映像担当の前田映真氏は、同期制御された演出環境について次のように説明する。
前田氏:
本番では、音響や照明の卓と完全に連動して映像が出ます。本番中は映像オペレートが発生しないため、メンテナンスやトラブル対応に集中できるよう、1人は現場に常駐しています
音響の森下要氏は、機材のセットアップや運用支援を担っている。
森下氏:
セットアップ担当として、オペレーターが快適に作業できる環境を整えることを意識しています。俳優からの要望や本番中に起きた現場で対応しきれない問題は、我々が協力して対応します
このように、セットアップとオペレーションを分けた体制は、劇場の現場における安定した再現性の実現につながる。あらかじめ設定を固定化し、変更の余地を減らすことで、本番中のヒューマンエラーを最小化しているという。
同期制御とネットワークの役割
前田氏は、同期の重要性についてこう述べる。
前田氏:
人間のタイミング合わせでは限界があり、必ず誤差が出てしまいます。Qの指示を1人が出すだけで、音響・照明・映像が全てネットワークで同期するという構成は、舞台演出の一体感を支える鍵になっています
森下氏は、近年の機材事情についても解説する。
森下氏:
機器設定にはPC接続が必須で、音源ではDanteやAVB Milanなどのプロトコル対応も求められます。ネットワークは単にコントロール用途だけでなく、音源や制御、映像、照明との同期など複数系統に分かれ、ますます複雑になっています
舞台の世界では「一糸乱れぬ演出」が観客の没入感を生む要素であり、機材間のわずかな遅延やズレも違和感に直結する。そのため、同期制御はもはやオプションではなく必須要素といえる。

劇場内ネットワーク構成の工夫
通信設計を担う髙橋英雄氏は、ネットワーク設計の考え方について語る。
髙橋氏:
VLANで分ける部分と、物理的にスイッチを分ける部分を組み合わせています。コントロール系は48ポートスイッチ内で拠点ごとにVLANを切り、音響はネットワークを完全に独立させています
森下氏は、演目ごとの設計ポリシーにも触れる。
森下氏:
ロングラン作品では、昔の演出を大事に保つことが多く、新しい機材を入れるにも「味」が変わらないよう配慮が必要です。技術更新と作品性のバランスは常に考えています
現代的なネットワーク設計を導入しつつも、作品が持つ空気感や時代性を損なわないよう、必要な機材や構成をあえて残している点は、劇場演出ならではの「美意識」とも言えるだろう。実際、劇団四季の現場では、空調の風や湿度・温度までも、演出に影響する要素として厳密に管理されているという。
その中でネットワークもまた、時代に合わせて進化している。特に「同期」という観点では、従来のタイムコードや手動トリガーでは難しかった精度と再現性が、IPネットワークの導入によって格段に向上した。音響、照明、映像といったセクションを一体化させるうえで、ネットワークはもはや単なる通信インフラではなく、演出の中核を担う存在となっている。

ネットワーク化による恩恵と新たな課題
ネットワーク導入により、劇場での運用は大きく効率化された。森下氏は実感を語る。
森下氏:
ケーブルが軽量化され、仕込みが圧倒的に楽になりました。信号の切り替えもPCから数クリックで行えるようになり、調整や切り替えの負担が減りました
映像を担当する髙橋氏も、制作現場の変化を実感しているという。
髙橋氏:
以前は、数分の映像を作るだけでもスタジオを借りて数日かかることもありましたが、いまではPC上で自分たちで作成・修正ができる場面が増えました
一方で、配線の可視性が失われ、トラブル時に「見てわかる」状態ではなくなった点には不安もあるという。バックアップ切り替えやトラブル発生時の判断において、現場経験やネットワーク知識の差が影響することも課題となっている。
こうした背景からも、ネットワーク化=万能という誤解を避け、適材適所での運用設計が必要だといえる。
NETGEAR ProAVスイッチが支える舞台裏
導入の背景と選定理由
劇団四季の現場では、システムを設計・管理するセットアップチームと、本番オペレーターチームが分業されている。そうした中で、どちらの立場からも「使いやすい」と評価されていたのが、NETGEARのProAVスイッチと設定ソフトウェア「NETGEAR Engage」だった。
髙橋氏は、導入の決め手についてこう語る。
髙橋氏:
まずコストパフォーマンスが非常に高いです。スイッチのような通信機材は、上を見ればいくらでも高性能なものはありますが、NETGEARは必要な機能が揃っていて、安心して使える範囲に収まっている。AVB、特にMilanへの対応も早かったことが大きかったです
現場視点での使いやすさ
また、髙橋氏は運用現場での使いやすさにも言及する。
髙橋氏:
NETGEAR Engageは視覚的に設定内容が見えるので、VLANの切り替えやポートの状態確認なども直感的に行えます。インジケーターが両面にあるのも地味に便利で、ラックの中で確認するときに助かるんです
IT系ネットワーク機器では設定画面が複雑だったり、想定外の専門知識が必要になる場面も多い中、ProAVシリーズは"現場で扱えること"を重視して設計されている印象だ。GUIやプリセット機能も、AV運用に即した設計思想が感じられ、オーディオや照明、映像といった各セクションの連携を前提に作られている点が、劇場のような複合環境での使いやすさに直結している。
なお、PRONEWSでは過去に「NETGEAR Engage」の便利機能などを解説しているので、気になる方は以下より、記事を参照してほしい。
現場における運用上の課題
髙橋氏は、GUIによる操作が簡単になった一方で、その奥にある設定の複雑さが、現場スキルによって大きく差が出る要因になっていると指摘する。
髙橋氏:
GUI操作である程度までは扱えますが、それ以降はプロファイルの中身を理解しないと対応できません。そうした知識の差が、不安材料になることもあります
劇団四季のように高い再現性と長期安定運用が求められる現場では、継続的に使えるUIや、初心者でも理解できるドキュメントといった「共通言語」の整備が、属人化を防ぎながら運用の安定性を支える鍵となっている。
支援体制と今後の期待
髙橋氏も、現場で繰り返される問い合わせ内容を整理し、設定のパターン化やトラブル対応フローをあらかじめまとめておくことの重要性を感じているという。ベンダーと技術チームがより密接に連携し、情報を蓄積・共有する体制の強化が求められている。
その点でNETGEARは、製品提供にとどまらず、ProAV分野に特化したトレーニングプログラムや技術サポートを継続的に展開しており、導入後も安心して現場運用を続けられる体制を整えている。こうしたサポートの存在も、現場から高く評価される理由のひとつだ。
まとめ
今回の事例では、音響・映像・照明の各セクションが、安定性と精度を両立させるためにネットワーク制御を積極的に活用し、長期公演体制にも対応した設計がなされていた。
作品の世界観や過去の演出を尊重しつつ、新しい技術を的確に取り入れる、そのバランスを実践する劇団四季の舞台運用からは、技術と表現の両面に対する深い理解とこだわりが感じられた。演出の再現性や運用の安定性、そして「観客の目には映らない部分」まで綿密に構築された舞台裏こそが、観る者の心を動かす源になっているのだろう。
そうした現場の支えとして、NETGEARのProAVスイッチは、スペックだけでなく、運用のしやすさ、サポートの柔軟性、GUIのわかりやすさといったクリエイティブな現場に寄り添う存在として、今後に期待したい。