SIGGRAPH 2009が閉幕して1週間余り。振り返れば、今年のSIGGRAPHは、どこを見回しても、立体視の話題には事欠かなかった。立体視映画のメイキングはもとより、ゲーム開発の世界、ハードウェアや表示装置にいたるまで、業界全体で立体視環境の躍進が見てとれた。米国の盛り上がりと日本の現状を踏まえると、立体視に対する温度差や時間差も感じるのだが、このCG業界、映像業界における立体視の盛り上がりは確実に日本にも押し寄せてくるであろうと考えられる。
また、今年の SIGGRAPH 2009における Emerging Technology部門での日本勢の活躍も目立った出来事であった。SIGGRAPHのEmerging Technologyで展示された日本初の作品のいくつかは、10月22〜24日の3日間、お台場の科学未来館で開催される第17回 国際学生対応バーチャルリアリティコンテスト(IVRC2009)で観ることができる。毎年、IVRCで初披露された作品が、翌年のSIGGRAPHで展示されることも多い。最新技術展示に興味のある人は、IVRC2009も期待してほしい。
SIGGRAPH会場入り口に描かれたチョークアート
CG開発者向けに豊富なExhibition TalkやBOFセッション
SIGGRAPHでは、研究分野の発表だけでなく、実際に現場で働いている技術者、開発者にとっても有益な発表やセッションも数多く開催される。今年の1つの特徴としては Exhibition Talk や BOF(Birds of a Feather) とよばれるセッションが数多く設けられていた。これは、出展企業が独自に詳しい技術内容に関して紹介するものだ。そのなかからいくつか紹介しておこう。
●Khronos Group/OpenGL 3.2
Khronos Groupは今回、広く使われているグラフィックスAPIである OpenGL の新バージョンOpenGL 3.2 をリリースした。Microsoft Direct3Dアプリケーションからの移植の容易さを向上させ、仕様のコア部分にジオメトリシェーダが含まれるようになった。OpenGL 3.Xから2つのプロファイルを持てるようになり、最新のグラフィックス環境を活用して旧来の使わない仕様を切り捨てる「コア・プロファイル」と、旧来の OpenGL アプリケーションの動作のための互換性を重視する「コンパチビリティ・プロファイル」を選択することができる。OpenGL 3.Xの浸透とともに、古い仕様、古いハードウェア依存だったAPIなどが緩やかに切り捨てられ、より新しく効率の良いOpenGL環境へと移行していくものと思われる。
組み込み向けのOpenGL ES は、iPhone、Android携帯電話、Palm Pre、PlayStation 3、Symbian携帯電話など、数多くのデバイスに組み込まれて世の中に広がっていることがアナウンスされた。今後は、デスクトップグラフィックス向けのOpenCLなどもモバイル環境に浸透してくると話していた。
●Khronos Group/OpenCL
OpenCLは、グラフィックスプロセッシングユニット(GPU)を汎用的な計算に使うためのC言語ベースの言語とその仕組みだ。すでにAppleが、次期MacOS XであるSnow LeopardにOpenCL環境を組み込むことをアナウンスしている。OpenCLの言語仕様は、C言語(C99)の仕様拡張として定義されるため、C言語プログラマーにとっては親しみ易いプログラミング言語となるだろう。 GPUを最大限に活用する環境としては、NVIDIAのCUDAが現在広く使われているが、OpenCLの場合、ベンダーに依存しない、オープンで無料で使える環境・仕様であることが大きな違いだ。そのためNVIDIAは、CUDA環境で動作するOpenCL互換環境も発表している。OpenCL の登場により、CPU/GPUの垣根無く、ハードウェア環境を最大限に生かしたアプリケーション開発が容易に可能となるため、開発者にとって歓迎されている。
●SONY ImageWorks/オープンソースプロジェクト
CGプロダクションはこれまで、自社内で開発した技術は貴重なノウハウとしてクローズドなものとして運用し、外部に公開することはなかった。サポートの手間や、バージョンアップや不具合修正などの手間がかかるため、公開するメリットが薄かったからだ。
ところが最近、DigitalDomainのコンポジットソフトウェアNUKEが一般に商品として販売開始されたり、ILMの拡張画像フォーマットOpenEXRが公開されたり、開発した技術を一般に解放するものが目立ってくるようになった。しかし、学生時代からこれらのオープンな技術に親しんだ優秀な人材を確保したり、サードパーティ製の優秀なツールが誕生するのを歓迎する意味でも、最近は様々な技術がオープンになってきている。
開発技術の公開として大きな出来事の1つに、SONY Pictures ImageWorks のオープンソースプロジェクトがある。まだ発表されたばかりなので、今後の詳しい展開は不明だが、OSL(Open Shading Language)というシェーディング言語、FIELD3Dというボクセルデータを扱うためのライブラリ、MayaReticuleというカメラマスキング用のMayaプラグインなど、SONY ImageWorks社内のワークフローで使われているさまざまな技術・ツールが公開されていくようだ。
●Intel/Intel Media SDK
ビデオのエンコード/デコードはとても計算負荷のかかる作業だ。高速なマルチコアCPUや、特別なハードウェアチップが搭載されていたとしても、そのCPUやハードウェアに最適化したコードや実装方法が必要になるなど、開発者にとっては容易な環境と言えるものではなかった。Intelが公開したIntel Media SDKは、それらの混沌とした環境を統合するために開発されており、開発者はハードウェア環境の違いを考慮しなくても最適な方法で利用することができるようにするものだ。
●NVIDIA/OptiX、SceniX、CompleX
グラフィックスカードベンダーのNVIDIAは、一番の話題となったレイトレーシング用APIのOptiXのほか、以前のSceneGraph APIをレイトレーシング用に進化させたシーンマネジメント用APIのSceniXや、以前NVScaleと呼んでいた大量のデータを効率よく扱うためのシーンスケーリング用APIのCompleXを発表し、デモを行った。
●ATI (AMD) / ATI Stream SDK v2.0 beta
CPUベンダーAMDの子会社であるATI Technologiesは、OpenCLのx86系CPU向けのドライバが含まれるパブリックベータとしてATI Stream SDK v2.0 betaを発表した。今後数カ月以内にGPU用OpenCLドライバが含まれるものもリリースするとのことだ。
2010年はロサンゼルス、2011年はバンクーバーで開催
SIGGRAPH2009 アートギャラリー Generative Fablication部門の展示『Morning Line』(Matthew Ritchie and Daniel Bosia)
来年のSIGGRAPH 2010は,再び映画の街ロサンゼルスでの開催となる。ロサンゼルスで開催される年は、周辺地域にハリウッドなどの映画産業が発達していることもあって、多くの参加者を迎える。その一方、今年開催のニューオリンズは米国南部という場所が災いして、参加者も展示社数も昨年のロサンゼルス開催より減ってしまってはいた。ただ、日本人の参加者数でみれば、今年は減りそうだとの事前予想もあったが、フタを開けてみれば昨年並みの様相であったように思う。数年前のハリケーンによる大洪水被害から復興した街の観光収入に貢献できたと考えればそれも良いのかもしれない。
さらに、再来年のSIGGRAPH 2011は、カナダ、バンクーバーでの開催が予定されている。なぜにカナダ?と思われる人もいるかもしれないが、カナダは国の援助もあって、実はCG産業が大きく発展している国なのだ。現在ハリウッド映画の制作には欠かせない主要な3DCGソフトウェアであるMaya、Softimage、Houdiniなどの発祥の地でもある。SIGGRAPH開催によって、カナダのCG事情を知るとともに、多くの交流が得られることが期待されている。
アジア版SIGGRAPHとして昨年から12月に開催されているのはSIGGRAPH ASIAだ。2回目の今年は、初の日本開催となる。SIGGRAPH ASIA 2009は規模こそ、北米で開催されるSIGGRAPHよりも小さいものの、イベント構成やクオリティは遜色なく、充実した内容となるようだ。
基調講演は「エンハンスドリアリティー」というタイトルで、ユーザーインターフェース、AR(Augmented Reality:拡張現実)の分野の第一人者である暦本純一氏(東京大学大学院情報学環 教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所 インタラクションラボラトリー室長)が担当。コースプログラムとして、ピクサーの『カールじいさんの空飛ぶ家』(原題『Up』)のメイキングや、セガAM2研の平山尚氏によるゲームメイキングに関するコース、Teddyなどのスケッチインタフェースで知られる五十嵐健夫氏のコースなどが予定されている。
パシフィコ横浜で開催されるSIGGRAPH ASIA 2009は、日本ならではのロボット・ロボティックスなどの話題も含め、大いに盛り上がりそう。日本のコンピュータグラフィックスの将来像や、世界の第一線で活躍するCGアーティストや技術者達の声を聞くことが今から楽しみだ。
(安藤幸央)