聞き手:石川幸宏

Ki Proが映画『相棒-劇場版Ⅱ-』で採用された理由とは?

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(C)2010「相棒-劇場版Ⅱ-」パートナーズ

テレビ朝日系列の人気TVドラマシリーズ『相棒』の制作現場では、撮影方法など常に新しい技術的チャレンジを行ってきた。2008年のシーズン8からは、ファイルベースのデジタル撮影とノンリニア編集による新たなワークフローを試みている。2010年12月23日から公開される映画『相棒 -劇場版Ⅱ-』でも、もちろん全編デジタル撮影されているが、今回更なる技術的チャレンジとして、日本初とも言える全編ファイルベースでの収録によるワークフローを実現した。このデータ収録に使用されたのが、AJA Video Systems社のテープレスメディアレコーダー「Ki Pro」だ。斬新なワークフローと撮影概要について、撮影監督の会田正裕氏(アップサイド)に話を伺った。

-最新のフル・ファイルベース・ワークフローで、劇場用映画にチャレンジしたということですが?

「相棒-劇場版Ⅱ-」は、Panasonic AJ-HPX3700+Ki Proでの新たなチャレンジであり、カメラの2/3インチセンサーを最大限活かしつつ圧縮でどこまでできるかという挑戦でした。もともとTV版「相棒」が現在AJ-HPX3700 でP2HD収録していることもありますが、映画の撮影においてはどちらにせよバックアップのデータレコーダーも欲しいということで、今回はKi Proを使用することになりました。Ki Proを選んだ理由としては、撮影から編集、バックアップまでのワークフローをトータルに考えた時に、今あるファイルコーデックの中でProRes 422が取り扱いの汎用性、利便性も良いからということからです。

Ki Proの一番良いと思ったポイントは、編集コーデックを撮影コーデックに採用したという発想ですね。収録コーデックはこれまでカメラメーカー側が決めてきましたが、こういう考え方もあるなと非常に感心しました。またカメラをAJ-HPX3700にした理由ですが、これはASC(全米撮影監督協会)が、現行のあらゆるデジタルシネマカメラをテストしており、その結果を見たところ35mmへのフィルムレコーディングした結果、いまある2/3インチセンサーを搭載したカメラの中ではAJ-HPX3700の画質が非常に良かったのです。

以前Ki Proでテストを行ったときに、情報量も多いですが非常に良い画質で収録できたこともあって、今回はメインの収録をKi Proで、バックアップとして本体のP2HDを使うという方法で撮影しました。今回は爆発シーンなど国内で撮影できないものもあり、フィリピンでもロケを行ったのですが、もちろんそこにもKi Proを持っていきました。Ki Proでの収録の方が、音に関しても後処理もしやすいし、ワークフローも非常にシンプルです。

映画一本Ki Proのような安価で便利な機材で撮りきる、というのも痛快なチャレンジとして面白いかなと思いました。今回はHSシーンも10カット以上あり、HSカメラはWeissCamを使用していますが、これもカメラ収録を行った後、一旦Ki Proに取り込んでファイル化しています。

-圧縮コーデックへのこだわりはありますか? aida_02.jpg

撮影監督の会田正裕氏(アップサイド)

私はデジタル撮影に関して、非圧縮よりも圧縮されたコーデックをいかに使うかという点にこだわっています。非圧縮での撮影は、昔は高価すぎてできませんでしたが、今はやろうと思えばやれるような、それほど高価ではない機材も整ってきている。しかし今後、スーパーハイビジョンなど画像技術はますます拡大、高画質の方向へ向かっていくことでしょう。つまり、私たちはデータ量や現場での取り回しなど色々な問題を回避するために、絶対に圧縮と付き合っていかなければならないと思うんです。

今回の「相棒-劇場版Ⅱ-」の制作にも、圧縮で撮影~収録することにこだわりました。圧縮を使用した撮影方法やデータ比較など、これまでも様々な研究をしてきていますが、圧縮のワークフローを頑張ることは、今ある制作フローの中で、最終画質を最大限保つことにも繋がるだろうと私は考えています。

-厳重に3つのバックアップを行ったようですが?

収録はKi Proのストレージモジュールを10台用意して、撮影後、毎日ラボに入れるという手順でした。データを受け取る側で日付別にファイルを管理してもらっていましたが、撮影部側ではまた別のバックアップを用意しました。初のKi Pro全編収録ということで、やはり何か事故があっても困るので、保険の意味でもカメラ側でAVC-Intraのバックアップと、それに加えてKi ProのアウトをAVCHDレコーダーにつないで、SDHCカードで2重のバックアップ体制で臨みました。

驚くことにAVCHDだと、SDHCカード32GB×3枚で、2時間の映画の全素材が収録できてしまうんです(笑)。でもこれは非常に便利で、常にこれを持ち歩いていて、カットのつながり等の確認が必要な場合に使用しました。この仕事の後、実はいま弊社のすべての撮影クルーではこの方法でバックアップを取っています。パナソニックのAG-HMR10などがあれば簡単にバックアップが取れますし、最悪の事態でもこのデータを活かすこともできますから。

「瞬時にデータが飛んでしまう!」というファイルベースでの作業の怖さはありますが、こうした軽いデータというのも上手く扱うことで非常に便利になります。そしてとにかく安心ですし、これも一つのファイルベースの恩恵と受け止めています。

-データの安全性確保の重要性はどのようにお考えですか?

撮影現場や編集室でデータをやり取りする上では、そのシーンごと、撮影環境ごとにデータの取り扱いには細心の注意を払う必要があります。Ki Proからのデータ出力は、すべてSDI/Fiberコンバーターを使用して光回線を使ってデータ転送を行いました。これはケーブルトラブルなどでデータ破損しないための配慮で、ケーブルに関してもジャッカルテクノロジーという会社の非常に伝送に信用のある光ケーブルを使っています。また空撮や爆破シーンではKi ProもSSDのモジュールを使用し、振動などでもまったく問題なく、ノントラブルで撮影できました。

デジタルワークフロー成立への難しさと、ラボ編集室構想

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『相棒-劇場版Ⅱ-』は、最終的にこういう画で見せるという素材に徹して撮った作品です。日本での現状におけるデジタル映画撮影で難しいのは、DIのワークフローも撮影システムもハリウッドほど完全に確立しているわけではないので、技術的にはカラーコレクションで最終的な画が劇的に変わるということがわかっていても、撮影素材が現場で確認できたほうが良い場合が多いのです。

理論上は後々のカラーコレクションを想定してlogで撮影する方が一番良いとは言え、logですと撮影中の途中経過の画像が見えないので、プロデューサーや監督など最終編集権のある方が、その経過を実感として確認できません。後にカラコレして良い画像に仕上げても、撮影時とはイメージが大きく変わってしまい、正確な判断ができないことから、ポストプロダクションでの作業がスムーズに行かない、というようなことが生じてきます。

現在弊社では、こうしたワークフローをクライアントに提言出来る環境として、入り口からアーカイブまでをクライアントにプレゼンできるような編集室兼ラボ的なスペースを構築中です。いま新しいデジタルワークフローが次から次へと出て来ていますが、これらをすぐに実験できるような機材構成で、パーツ提案ではなくワークフローごと提案できることが重要です。

そういう意味でもKi Proを使って、ProRes 422という高画質な圧縮コーデックで収録、その場ですぐに確認でき、ワークフローもシンプルに構成できるという、今回のワークフローは良い結果だったと言えます。今回は、最終の上映形式もDLP版とフィルム版を作っていますが、面白いのは黒の再現性はフィルムの方が良いことです。DLPだと100%しか諧調を表現できませんが、素材に眠っている黒の諧調がフィルムだとちゃんと再現されていました。

これはまさに2/3インチセンサーで撮った素材の限界値に近いものが観られる、という作品に仕上がった結果です。レコーダーは『ちゃんと撮れている』ということが一番重要なのですが、実はそれが一番難しいことです。Ki Proはそういう点で、諧調にしても、トーンにしてもちゃんと撮れていて、さらに一つの映画作品が大きなトラブル無く、ちゃんと撮れたという結果が重要だと思います。

ファイルベース制作の効率性、有用性は、現場でのトライ&エラーによって、その信頼性が確立されていく。「相棒-劇場版Ⅱ-」で実施された、このデジタルワークフローもそれを証明している。トライ&エラーによって構想されたワークフローを確信へと至らしめるには、それなりの経験値とノウハウが要求されるが、今後こうした前例が増えることで、制作領域の幅と新たな可能性が広がることが次々と証明されていくことだろう。 いずれにせよKi Proが、完全なファイルベース・ワークフローの、新たな扉を開いたことは間違いない。

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PRONEWS編集部による新製品レビューやイベントレポートを中心にお届けします。