Appleによる空間コンピューティングのデバイス「Apple Vision Pro」が、いよいよ6月28日に、日本で発売された。空間コンピューティングとは、現実世界とデジタル情報がシームレスに共存して、インタラクティブに作用するテクノロジーである。筆者は、Appleの協力により、発売に先駆けて、Apple Vision Proの実機を試用した、デモを体験することができた。本記事では、その模様をレポートしてみたい。

概要

Apple Vision Proは、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を含む、XR(クロスリアリティ)のテクノロジーに対応したゴーグル型のデバイスだ。コントローラーによらず、視線(アイトラッキング)やハンドジェスチャー、音声指示で、直感的に操作することが可能になっている。

Apple Vision Pro

Appleが開発した空間オペレーティングシステム「visionOS」を搭載。ユーザーの周囲の空間上に、インターネットの情報、映像や写真、3Dコンテンツ、アプリ、ゲーム等を表示させて、現実とデジタルのコンテンツが融合した世界をつくりだす。

同時に、現実の空間における、周囲の人々とのコミュニケーションも、スムーズに維持される点が特徴だ。

デバイスの仕様としては、チップは、同社のApple M2プロセッサと、ヘッドセットのセンサーによる情報処理を担うApple R1を搭載。

ディスプレイは、片目0.98インチ、解像度は3800×3000、画素数2,300万ピクセルの高精細なマイクロOLED(有機EL)ディスプレイが、2つ搭載されている。

高精細なマイクロOLEDディスプレイ

カメラは、ステレオスコピック3Dメインカメラシステムにより、空間写真と空間ビデオの撮影が可能になっている。

センシングとしては、2つの高解像度メインカメラ、6つのワールドフェイシングトラッキングカメラ、4つのアイトラッキングカメラ、TrueDepthカメラ、LiDARスキャナ、4つの慣性計測装置(IMU)、フリッカーセンサー、環境光センサーなど、多くのセンサーを搭載している。

カメラとセンサー類

オーディオ機能としては、空間オーディオに対応。臨場感のある音響を楽しむことができる。

さらに、虹彩による生体認証など、セキュリティーやプライバシー機能が提供されている。

デバイスの重量は、本体が約620g。外付けのバッテリーパックが約350gである。

Apple Vision Proは、2023年6月5日に開催されたAppleの開発者会議「WWDC2023」において、発表され、2024年2月2日に米国で発売された。

その後、米国以外の国でも発売が開始され、6月13日に、日本、中国、シンガポールで予約注文が始まり、6月28日に発売。同月28日には、イギリス、フランス、ドイツ、イギリス、カナダ、オーストラリアでも予約注文が開始され、それらの国では、7月12日に発売予定である。

フィッティング測定をおこなう

以下は、先日、筆者が発売に先行して体験したApple Vision Proのデモのレポートである。

まずは、iPhoneかiPad ProのFace IDの赤外線センサーによって、顔面の形状を測定し、ユーザーに最適にフィットするライトシーリング(顔に沿って、フィットさせることで、鼻の周囲などから入る外光を遮断するもの)と筐体を保持するヘッドバンドのサイズを選定する作業をおこなった。

実際にデバイスを購入したり、デモを予約する際にも、同様のスキャンをおこなうことになる。Apple Vision Proは、メガネは使用できないので、視力矯正が必要な場合は、レンズメーターを使って度数を測定し、適切なZEISS Optical Inserts(16,800円)を組み込んで利用する。筆者の場合は、裸眼で体験をした。

ライトシーリング

装着と基本的な操作

今回のデモでは、後頭部と側面で筐体を保持するソロニットバンドによって、Apple Vision Proを取り付けた。ソロニットバンドは、伸縮性のリブ構造の素材が用いられており、クッション性や通気性も良好。Appleらしい、ファッショナブルなデザインとなっている。

Apple Vision Proのデモ体験中の筆者

因みに、頭頂と後頭部用の2本のストラップを用いてよりフィット感を高めるデュアルループバンドも付属しているので、長時間使用する場合などは試してみると良い。バンドのサイズは、いずれも、L/M/Sの3種類。

Apple Vision Proは、コンピューターに接続することなく、単体で駆動するが、バッテリーは内蔵されていないので、付属の外付けのバッテリーを用いて使用する。

一般的な使用では、最大2時間程度。映画鑑賞等では、最大2.5時間程度の使用が可能である。

Apple Watchでもお馴染みのデジタルクラウンが、本体の右上に配置されており、これを押すと、ホームビューが表示される。1秒間長押しすると、周りのアプリやコンテンツの方向を変更できる。このデジタルクラウンを回すと、仮想世界とパススルーによって視認できる現実の映像の濃度の割合が変化して、環境内におけるイマーシブ(没入)のレベルを、任意に調整することができる。

そして、左側のトップボタンを押すことで、ヘッドセット自体から、手軽に空間写真や空間ビデオを撮影できる。

Apple Vision Proには、コントローラーはなく、目や手、声を用いた、直感的な操作が可能だ。

基本的な操作は、画面内の選択する対象を見つめて、人差し指と親指を合わせてタップする。その際、手先の位置が、座っている状態の膝のあたりであっても、ちゃんと認識されるので、楽な姿勢のままで体験が可能なところも秀逸である。また、画面内に出現するバーチャルキーボードをタップして、テキスト等の入力もできる。

アプリを立ち上げるなど、Siriによる音声操作も可能である。

ソロニットバンド
デジタルクラウン
トップボタン

設定とホームビュー、環境をコントロールする

本体にバッテリーを接続すると、Apple Vision Proが起動する。すると、目の前の空間に、大きく「Hello」という文字が浮かび上がり、いよいよ空間コンピューティングの体験が始まるという期待感が高まる。使用開始時は、デジタルクラウンを長押しして、視点の中心にディスプレイが配置されるように整える。

デジタルクラウンをもう一度押すと、目や手の設定のプロセスが開始。ユーザーによって、視線入力を最適化させる必要があるので、デバイスの使用前に、画面内の中央に現れる円を見つめたり、上下左右の複数の円を目線と指先のタップで指定して、調整をおこなう。また、手を突き出して、手の表裏をデバイスに認識させる。ホームビューでは、MacやiPhone等でお馴染みの見慣れたAppleのアプリ群が立ち並ぶ。その中の任意のアイコンに視線を向けると、そのアプリが飛び出るように反応する。その状態で、タップすると、アプリが起動する。

Apple Vision Proでは、パススルー機能によって、自分がいる部屋の周囲を視認できるが、前述の通り、デジタルクラウンを回転させることで、イマーシブのレベルを調整することができる。今回は、米国オレゴン州の最高峰であるフッド山を背景として、自然の仮想空間の環境の中で快適に作業をおこなうことができた。Apple Vision Proに搭載されているEyeSightの機能は、ユーザーの目や表情をリアルタイムで表示できるので、デバイスを使用中でも、他者とのコミュニケーションを維持することが可能である。EyeSightでは、ユーザーがデバイスの世界に集中している時は、表面が青色に表示され、他の人に注目を向けた場合、自動的に、ユーザーの目が相手にも見えるように変化する。

ホームビュー
Eyesightの機能

空間コンピューティングで作業をしてみた

設定やWiFiの接続など、一通りの準備が整ったところで、実際に空間コンピューティング上で、いくつかのアプリを試してみた。

Safari

まず、空間コンピューティングでウェブを閲覧すべく、Safariをたちあげてみた。

すると、空間上にウェブページがダイナミックに現れ、テキストや写真が、鮮明に表示された。スワイプは、親指と人差し指を合わせて、空中で動かす。ピンチ&ドラッグで、スクロールやウィンドウの移動が可能。両手をタップして、左右に引っ張ることでズームイン、逆の操作でズームアウトになる。また、四隅をつまむことによって、ウィンドウのサイズが調整できる。

また、空間を広く使って、開いているすべてのタブを表示することができた。アプリやWebブラウザの位置は、広い空間上に自由にレイアウトできるので、マルチウィンドウで作業の効率を図ることも容易だ。

Keynote

Apple Vision Proの実用的な用い方として、お勧めだと感じたのが、このKeynoteによるプレゼンテーションである。登壇会場を想定したイマーシブな背景(環境)の中で、プレゼンのリハーサルをすることができるから、本番に備えた実践的な準備に、とても役立つことだろう。

JigSpace

3DプレゼンテーションツールのJigSpaceでは、空間に、実物大のF1カーを出現させて、6DoFのあらゆる角度から眺めてみた。スケールは、任意に変えられ、タイヤなどの部品を取り外して、詳細に観察することができて便利である。産業や教育分野で、大いに活用が見込まれる機能だと感じた。

高品質なエンタメの視聴体験を堪能

写真

次に、iPhone 15 Proで、撮影された写真を、閲覧してみた。空間一杯に拡大して、表示すると、独特のスケール感が感じられて、今までにない新鮮な鑑賞体験となった。周囲の照度は落ちて暗くなるので、写真に集中することができる。

360°パノラマ写真を選択した場合は、私の周囲を取り囲むように画像が展開し、まるで、それが撮影されたアイスランドの地にいるかのような感覚に浸れた。

360°パノラマ写真

空間写真と空間ビデオ

Apple Vision Proでは、空間写真や空間ビデオを、楽しむこともできる。

私が閲覧した空間写真は、メキシコの子どもたちが遊んでいる様子を、Apple Vision Proで撮影したものだった。それは、思い出を、奥行きのある3Dで追想するという新しい文化の可能性を予感させる体験であった。

空間ビデオに関しては、2本のサンプルビデオを体験した。

1つ目の空間ビデオは、Apple Vision Proで撮影されたもので、リビングで誕生日を祝っている家族のビデオで、視野角が広いもの。2つ目のコンテンツは、iPhone 15 Proで撮影されており、母と娘が屋外でシャボン玉で遊んでいるスクエアな視野角のビデオであった。いずれも、立体感の深度と鮮明な画質が良好であった。

iPhone 15 ProやiPhone 15 Pro Maxを用いれば、いつでも手軽に、空間写真や空間ビデオを撮影することができる。また、キヤノンは、3D映像撮影用のRFレンズ「RF-S7.8mm F4 STM DUAL」の2024年内の発売を目指して開発を進めており、対応予定のEOS R7と組み合わせて使用することで、Apple製品以外では、初めて、公式に認定された空間ビデオ対応の入力機器になる予定だ。

空間ビデオ
開発中のキヤノンRF-S7.8mm F4STM DUALを対応予定の同社のカメラEOS R7に装着した状態

NBAのゲームを視聴

次に、マルチビュー機能で、空間内を贅沢に使って、5つのバスケットボールの試合を、同時視聴してみた。最も気になるゲームを選択して、大きくメイン画面として表示させたり、メイン表示のゲームを任意に変更することもできる。それらを広い空間に、一括して表示できるため、マルチビューの同時視聴も難なく快適におこなうことができた。

映画や3D映画

Apple TVアプリを使って、人気映画や3D映画のコンテンツを視聴。「アバター」など、代表的な3D映画のコンテンツも揃っていた。

TVアプリの映画やテレビ番組で利用できるシアターは、上映環境(背景)を変更したり、視聴する位置を移動することができる。屋外の自然の場所(仮想空間)など、好きな場所で、好きな映画を鑑賞する贅沢を味わえた。

映画の鑑賞

インタラクティブコンテンツ

インタラクティブコンテンツの体験では、冒頭で、美しい蝶が空間に出現したので、筆者の指を差し出してみると、それを感知して、2回ほど、正確に指先に留まった。その後、恐竜が登場、私に近づいてきたので、頭や顔を撫でるなどしてみたところ、こちらの動きにリアルタイムで反応した。このインタラクティブなショートコンテンツは、XRにおける表現と新しいストーリーテリングの可能性を感じさせるものだった。

インタラクティブコンテンツ

Apple Immersive Video

Apple Immersive Videoは、180°の視野角と空間オーディオに対応した8K 3Dのビデオで、視聴者が没入感と立体感を、併せて体験することができるコンテンツだ。Apple Immersive Videoは、Apple TVアプリで利用することになる。今回のデモでは、その紹介コンテンツの「Experience Immersive」を体験した。

山間の断崖に張ったロープを女性が綱渡りする場面などは、従来の映像とは比較にならない、VRならではの緊張感に溢れた体験を味わうことができた。

撮影には、Blackmagic Design社が開発したVRカメラが使用されている模様だ。入力装置であるVRカメラと高品質なデバイスであるApple Vision Proの登場により、VRビデオの領域も、ますます発展が期待される。Apple TVアプリでは、今後もより多くのApple Immersive Video作品が公開される予定である。

Apple Immersive Video
Blackmagic Design社が開発したVR180°カメラ

まとめ

ついに日本でも発売が開始されたApple Vision Pro。

実機を一足先に体験して、まずは、そのシンプルでスムーズな操作感と、非常に高画質な映像や画像と明瞭なテキスト表示、そして、自然な立体感に感動した。

筐体はそれなりの重量なので、一定の装着感は感じられるものの、試用時の40分程度の利用においては、然程、疲労感は感じられなかった。

ストレージの容量は、256GB、512GB、1TBの3タイプが用意されており、価格は599,800円からとなっている。

発売当初から、空間コンピューティングならではのエンタメや実用的な機能が、これほどの高いクオリティーで実現されており、その完成度は、流石と言わざるをえない。導入のネックとなるのは、やはり価格となろうが、このデバイスによって、これまでのVRヘッドセットとは、一線を画した素晴らしい体験と価値が得られることは間違いない。

筆者にとっても、Apple Vision Proの体験中は、子供の頃に夢見た近未来のSFの世界に存在しているようなワクワクした感覚を覚えた。

このような体験は、筆を尽くしてもみても、中々、伝わりづらいものなので、ぜひ読者も実際に実機での体験を試してみることをお勧めする。

Apple Storeの直営店では、オンライン予約をした上で、同製品の30分程度の体験が可能となっている。

複数のウィンドウを、空間上の任意の場所に配置することができる
今回は、デモの合間に、CGによるマインドフルネスのコンテンツも体験した

WRITER PROFILE

染瀬直人

染瀬直人

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター、YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。GoogleのプロジェクトVR Creator Labメンター。VRの勉強会「VR未来塾」主宰。