アニメーション制作スタジオが多く集まる高円寺に、2006年にソニーPCLが開設したアニメーション映像編集に特化した高円寺スタジオがある。今回、同スタジオで編集を担当する神野学氏と、映像に関わる様々な自社ソリューション開発に携わる宮坂義明氏に同スタジオでのアニメーションの編集の流れや自社開発ツールを活用したオンライン編集ワークフローについて伺った。
アニメーション作品の編集ワークフロー
神野氏:
最初に、作品の絵コンテを元に作成されたカット毎のムービーファイルが送られてきます。それらをAvid Media Composer(以下:MC)にインポートしてカッティング(オフライン)の作業を行います。
一旦MCでコンテ通りにカットを並べ、通して見ながらカットの調整をしていきます。この段階ではまだ音は付いていません。演出の方と共に編集目線でセリフの整理や各カットの尺をコマ単位で変更したり、カットの順序変更や、必要があればカットの追加を提案する場合もあります。
剣劇であれば一瞬でズバッと切った方が良いのか、ちょっと溜めてから切った方がいいのか、といった違いもあります。一連でムービーを見て、より演出意図が伝わるように提案をしていきます。
その後、アフレコが行われた音声が戻ってきます。アフレコ後に映像がより完成に近いものに更新されることがあるので、キャラクターの動き、表情などを確認しつつ、アニメーションの精度があがるにつれて、キャラクターのセリフや息づかいの間をよりシビアに詰めたり、間尺を空けたりして編集の精度もあげていきます。
その後最終的なダビング(MA)作業となります。アニメーションと実写の編集の違いをよく質問されますが、「ここの繋がりをもう少し良くしたい」「キャラクターの心情に照らし合わせるカットを追加したい」という、編集としての視点はアニメーションも実写も同じだと考えています。編集の精度と共に作品のクオリティも上がると考えています。
高円寺スタジオではカッティング作業とオンライン編集を一貫した環境で行えるので、映像クオリティの管理は当然ですが、オンライン編集の段階で入ってくる修正もカッティングでの意図、作り上げてきた作品性という部分もしっかり理解して対応できるのも特徴の1つだと考えています。
ソニーPCLで独自開発された作品をより高品質に仕上げるソリューション群。バンディングノイズを改善する「PixelShake」
宮坂氏:
オンライン編集をしていく上で作品をより高品質に仕上げるために、様々な要素技術を組み込んでアルゴリズムから独自に開発しているツール群があります。
1つ目はバンディングノイズを改善する「PixelShake」です。元々は大型LEDビデオウォールを展示会などで提供する際に、映像を送出する機材上でリアルタイムに映像素材のバンディングを独自のアルゴリズムで軽減させるプログラムとして始まりました。この技術を高円寺スタジオのワークフローでのバンディング対策に応用しようということで独自にプラグイン化しました。
神野氏:
アニメーション制作は多くの場合10bitで処理されていますが、放送局への納品形態によっては8bitになってしまいます。せっかく高いクオリティで作っているのにオンエア時にはバンディングが出てしまうのをなんとかしたいというクライアントからのニーズがありました。
またオンライン編集時、素材上にバンディングが確認された場合、工程を遡ってカットを作り直す時間的余裕がないことも多いですし、別ツールで処理を施すのではなく、MC上ですぐに処理結果を確認したいという思いがありました。
宮坂氏:
そこでSDKを使ってPixelShakeをMCに組み込むことにしました。MCの通常エフェクトと同様の手順で適用することができます。
神野氏:
10bitの時点でPixelShakeを使って階調の要素を抑えることで8bitにしてもバンディングが軽減されます。オンライン編集時に提供できる独自のサービスとして使用しています。
高品質なアップスケールを実現する「RS+」
神野氏:
作品の作業工程全てを4Kで作るのはまだまだ難しく、2K制作が多いのが現状です。最終納品に4K解像度が求められている場合、当社は高画質のアップグレード(アップスケール)のソリューションを独自に開発しています。
宮坂氏:
「RS+」は、ソニーPCLのR&Dチームが、様々な要素技術や独自技術を組み込んで編集室の環境で使えるようにしています。
神野氏:
ワークフローとしては、2K映像をRS+に読み込ませて、CG、手書きアニメ、実写などコンテンツの特性に応じて様々なパラメータをカットごとに調整して4Kにアップグレードしていきます。
宮坂氏:
それぞれの特性に応じてデフォルトで調整してあるパラメータを使ってシンプルな処理をすることも可能ですし、専任のコーディネーターがRS+でどのように調整すべきかを作品の意図や様々なアウトプット毎に考えて映像の仕上がりのニュアンスを細かく設定する場合もあります。
また、「この部分はもう少し細かいステップで変化させられるようにしてほしい」などの要望を受け、こちらで使い勝手を向上させていくといったコミュニケーションもとっています。この辺りは独自開発の強みではないかと思います。
直近では「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q EVANGELION:3.333 YOU CAN (NOT) REDO.(4K Ultra HD Blu-ray)」、「FINAL FANTASY VII ADVENT CHILDREN COMPLETE 4K HDR REMASTER BOX」にRS+を採用いただいています。
ダイナミックレンジの相互変換を高品位に実現する「Luminous Tone Mapping」
神野氏:
4K放送が開始した頃に、映画の配給会社から「色や輝度の変換について、制作意図を踏まえてしっかり管理された状態で納品したい」という要望をいただきました。そこで誕生したのが「Luminous Tone Mapping」です。
宮坂氏:
Luminous Tone Mappingは、制作意図に合ったカラーパイプラインを作り、それを適用する独自開発のツールになります。作品本来のテイストを損なわないようにHDR化する際のベースを作るという位置付けになります。
神野氏:
Luminous Tone Mappingを適用してOKの場合もありますし、そこからさらに味付けが必要であれば部分的に手作業でのカラーグレーディングも行います。アニメーション作品の4K HDR化のフローとしてはMCでのオンライン編集時にPixelShakeを適用し、RS+で4K化した後、Luminous Tone MappingでHDR化を行う流れとなります。
アニメーションの場合、SDRで作られた時点で色については世界観が作り上げられているので、Dolby VisionなどのHDR化では主に炎や火花、太陽などといった輝きの明るさの幅、階調の鮮やかさに焦点を当てています。技術的にはもちろん色の変更も可能ですが、制作意図を汲んで「変えない」という決断をするのも大切だと考えています。
「劇場版「鬼滅の刃」無限列車編」ではRS+とLuminous Tone Mappingを使って映像のDolby Vision化を行っています。
AIを活用した高品位なプログレッシブへの変換技術「AI i/p変換」
神野氏:
インターレース映像をプログレッシブ化する際に映像を破綻させずに変換するのは長年の課題でした。AIを活用した「AI i/p変換」はその課題を解消してくれます。
宮坂氏:
60フィールドを60フレームにするのは、半分答えがあって半分答えがない状態です。その答えがない部分をどうやって埋めていくかというのが課題でした。止まっている画もあれば動いている画もあるため、前後6フィールドからそれぞれの画の特徴を解析させて目的のフレームの画を作る作業を学習させるモデルを独自に作りました。安定して良い結果を出して運用できるまでに追加学習を繰り返し行いました。これからも継続して学習させていきます。
昨年BSフジで放送されたドラマ「ビーチボーイズ」の4K HDRリマスター版ではRS+、Luminous Tone Mappingと共にAI i/p変換を採用いただきました。
作品クオリティ向上を目指し、独自開発を続ける
宮坂氏:
我々としては映像技術を熟知したスタッフが、作品の意図を理解した上で、より良いクオリティをアウトプットできるよう、開発チームと共に新しい技術を取り入れながら、ワークフローを提案し、視聴されるお客様により良い映像体験をしてもらうことが大切だと考えています。
神野氏:
当社ではポストプロダクションの入り口であるオフライン編集から様々な用途のアウトプットまでを全て受け持つことができます。その強みを活かして各工程でどのような技術を使うべきかの提案をしていきます。一方で、作品性などを鑑みて過剰な提案はせず、ある種の引き算の判断も大切だと考えています。
当社は技術提供をしていますが、技術だけでは頭でっかちになりがちで、それだけではモノづくりは絶対にできません。制作意図、どういう目線でこの作品を創ろうとしているのか、どのような世界観なのか、ということを理解した上で技術提供するべきだと考えています。