ティアックはデジタルミキサーの新製品「TASCAM Sonicview」シリーズの出荷開始を発表した。TASCAM Sonicviewシリーズは、新たに開発した96kHz/54bit float FPGAミキシングエンジンや、マルチカラータッチスクリーン搭載などクラスを超えた音質と操作性を備えた次世代デジタルミキサーで、100万円以下の価格を実現している。今回、話題のデジタルミキサーがどのような想いで誕生したのか、開発者に聞いた。
一部は先行販売開始
泉氏:TASCAMは、2022年秋に国内市場においてTASCAM Sonicviewシリーズを先行出荷の開始を発表しました。しかし、先日のファームウェアV1.03アップデート公開や、SNSで導入報告をしている方もいらっしゃいます。実際は発売開始の状態ですか?
松野氏:
一部のお客様には先行発売を行っています。V1.03のファームウェアアップデートは、お使いいただいているお客様に対して公開しました。一定台数を用意して出荷開始中ですが、それ以降のお客様に対してはお待ち頂いている状況です。次の生産時期は秋頃を予定しているため、2022年秋発売予定とさせてただきました。
泉氏:プレスリリースでは「デジタルミキサー市場に本格参入」としていますが、御社はすでにいくつかのデジタルミキサーを発売してきています。本格参入とした理由を教えてください
松野氏:
「DM-3200」(2005年)、「DM-4800」(2006年)などのデジタルミキサーを発売してきましたが、市場を10年以上空席にしていました。また、当社のミキサーはアナログ時代からも含めるとレコーディングプロダクション系に特化しており、ライブサウンド向けミキサーには参入していません。そのような理由で、本格参入といたしました。
100万円以下のクラスで複数画面搭載
泉氏:TASCAM Sonicviewシリーズの中でも特にUI部分は目を引きます。そのあたりの設計思想やこだわりを聞かせてください
遠藤氏:
今回のミキサーを一言でいうと、「クラスを超えた次世代のミキサー」と紹介しています。「使いやすさ」と「音の良さ」を重要なポイントとしており、例えば同価格帯のデジタルミキサーでは1画面モニターのものしかありませんが、「使いやすさ」をどの様に具現化するかで行き着いたのがマルチカラータッチスクリーンの複数画面構成でした。
ホーム画面は、アナログミキサーのように全体を俯瞰できます。EQをかけたい場合などはワンタッチですぐに操作可能で、アナログミキサーライクな使い方ができます。
また、1画面ごとに完全に独立した操作が可能でかつ、3つの画面にEQ、COMP、Auxセンドなどワンモジュールのパラメーターを並べて操作することもできます。サウンドチェック、リハーサル、本番で使い方も違うと思いますが、各工程でもっとも使いやすい方法をフレキシブルに実現できることをコンセプトとしました。
播氏:
アナログミキサーの様にチャンネルストリップ的に1モジュールのパラメーターを縦に見えるように、8フェーダー毎に1画面を装備して1画面8チャンネル単位で表示できるようにしました。また、1画面に8個のエンコーダーを配置して様々なコントロールを容易にしています。
使い勝手を向上させる工夫も多数取り入れています。例えば「GAIN/Level」系は赤、「GATE」系は黄緑、「EQ」系は青などひと目で機能が分かる様に、機能ごとにイメージカラーを持たせています。ロータリーエンコーダーの下にあるLEDインジケーターもフルカラーLEDを採用し、画面の操作対象と色を合わせることでパラメーターの種類を判別しやすくしています。
遠藤氏:
暗闇でもキーが見えるように、薄く光る仕組みを導入しました。ライブ中にキーを見失うことがあると現場から聞いていましたので、会場消灯時も淡く光る仕組みを取り入れて視認性・操作性を確保しました。
逆に昼間の野外で使用する場合は、LEDが見えなくなることがありますが、試行錯誤の結果、LEDをあえて点光りさせることで昼間の野外でもキーがオンなのかオフなのか分かるようにしました。サイズとしては、16チャンネルモデルはラックマウント可能です。
今時のミキサーにお馴染みの専用リモートコントロールソフトウェア「TASCAM Sonicview Control」もあります。macOS、Windows、iPadOSに対応しており、Wi-Fiで接続することで遠隔操作可能です。このソフトはオフラインエディットにも対応しています。
本体背面にはタブレットシェルフの取り付けが可能で、24チャンネルモデルには3つ、16チャンネルモデルには2つ取り付ける事ができます。表裏を逆に付けるとノートパソコン設置用の台にもなります。
松野氏:
お客様から頂いた声を徹底的に反映させて、アクセサリーやGUIでも、いかに市場で使いやすい製品にするかを追求しました。
また、行いたい操作にたどり着くためのボタン操作は極力減らすことができました。デジタルミキサーを極限まで進化させると、アナログミキサーのように、より直感的に操作が可能になります。
業務ユーザーやプロからの音質評価は大好評
泉氏:すでに使用しているユーザーさんの反応はいかがですか
松野氏:
手前味噌になりますが、今お伝えしたGUIや特に音質に関しては多数のプロユーザーの皆様から音質評価の面でご好評頂いております。この高音質を支える新開発のClass 1 HDIAは、当社の技術を結集した高品質なマイクプリアンプと自負しております。
播氏:
これまでも音質を意識して製品を開発してきましたが、今回は特に力を入れて開発しました。低音の出方や高音の音質など、部品選定や定数のわずかな設定で変わりますので、その辺りを細かくチューニングして、やっと今の音にたどり着くことができました。
遠藤氏:
当社は放送局などのコネクションが特に強い会社です。デモを聴いていただくときに、同じクラスや少し上のクラスのミキサーと比較した時点で、「違うね」とすぐに反応していただけます。そして同じクラスと比べるのをやめて、放送局のメインスタジオに導入されている何千万円クラスの卓と比較してみるということもありました。
最大入力レベルが+32dBuであるのも一つのポイントです。当然それだけ確保していても歪むことはあります。しかし、TASCAM Sonicviewはバリバリとデジタル的に破綻することはありません。実用的な部分でも大変評価をいただいています。
さらにTASCAM Sonicviewには、集積回路のFPGAによる超低レイテンシーの部分で相当なこだわりがあります。インイヤーモニターがコンサートのモニタリングシステムの主流になったことにより、ミュージシャンは音の遅れに敏感になっています。加えて、Danteのようなプロトコルが普及すると、IPで送っているのでそこでの遅延も0ではありません。システムの核となるミキサーで、できるだけ遅延を少なくすることを1つのコンセプトとしました。
ミキシングエンジンにDSPを搭載することは多いと思いますが、さらに低遅延を実現するためにFPGAを採用して実現しました。FPGAでのミキサーエンジンの実現はチャレンジもあり、苦労もありましたが、FPGAでは2サンプルしか遅延が発生しません。
アナログtoアナログ遅延でも0.51msのレイテンシーは、おそらく今ある世の中のハイエンドミキサーと比べても遜色ないかと思います。以前のモニター環境では10ms以内が一つの基準と聞いていましたが、あるPA会社にヒアリングしたところ、現在のモニター環境では耳のいいこだわりのあるミュージシャンはそれでも分かる、5ms以内が理想と言われました。そこに対して当社のミキサーは0.51msを実現しているのは強みであると思っています。
Dante I/O、USB I/O、GPIO対応で様々なソリューションを実現
泉氏:Danteとの相性や今後の展開などはいかがですか?
遠藤氏:
当社はプレーヤーやレコーダーを強みとする会社で、もともとシステムとして製品が納入されていることが多数でした。従来のDante製品は、どちらかといえばエンドポイントの近くからのアプローチでしたが、今回、TASCAM Sonicviewシリーズというシステムのコアにできるものを発表することができました。Danteも相変わらずシェアは高いと思います。引き続きTASCAM Sonicviewシリーズをコアにして、今後何ができるかを検討していきたいと思っています。
しかし、デジタルオーディオネットワークの規格に関して、今後もDanteのみの展開で進めるかどうかは分かりません。世の中の状況やトレンドがありますので、業界動向をウォッチしながら最適なプロトコルを検討したいと思います。
泉氏:他メーカーとの機器互換接続はいかがですか?
遠藤氏:
TASCAMでの例を挙げますと、2015年に発売した「DA-6400」シリーズでは、さまざまなテストを行いました。TASCAM SonicviewシリーズのI/OオプションカードはマルチトラックレコーディングカードのIF-MTR32を除いてDA-6400と共通です。つまり、MADIやDanteにも対応します。当時、MADIとDanteで各社と機器互換接続のテストをおこなったところ、MADIは各社の規格に対する解釈の違いや相性の問題などがあり調整に苦労しました。対して、Danteはインターフェースの開発元がAudinateで統一されていますので、ほぼ問題は起きません。それ以後も、Dante製品を発売していますが、市場からこれとこれが繋がらないという話はほぼ聞きません。
しかし、IPネットワークの世界ですので、当然システムが大きくなればネットワーク環境で問題が起きるのは当然あるかと思います。一対一でやるよりはシステムとしての検証など必要に応じて行っていくべきだと思っています。
泉氏:ライブ配信の業界ではNDIとの連携が話題ですが、その部分ではいかがですか?
遠藤氏:
現時点で、具体的にNDIの対応計画はありません。今はまだ映像の方が主流ですが、今後は音も取り込んだシステムになっていく気がしています。映像と音声をIPネットワーク上で通信する規格としてはST 2110もあります。それらを常に比べながら製品がどの市場とマッチして、どのような展開がきたら有効かを踏まえつつ、検討をしている段階です。
泉氏:最後に、購入を検討している放送局やPAに対して意気込みを一人ずつ聞かせてください。
松野氏:
TASCAM Sonicviewは自信作です。早くお客様に満足していただく顔が見たいのと、今の半導体不足の中でいかにスピーディーにお客様に届けて、お仕事のお役に立つこと、いかにして実現できるか、これが製造メーカーとしての使命だと思います。ぜひ楽しみにして、お待ちいただきたいと思います。全てのお客様にオススメしたい商品です。
遠藤氏:
一言で言うと、とにかく触ってください。聴いてください。良さが分かります。
播氏:
お客様にぜひ使って欲しいです。お客様やユーザーの言葉に答えられるように、迅速に対応して、さまざまなお客様に使ってもらえたら良いと思っています。
TASCAM Sonicviewは国内の先行のお客様に納入が終わり次第一般受注を開始予定で、2023年から海外のユーザーに供給開始だという。今後のシリーズの展開が楽しみだ。
泉悠斗|プロフィール
1996年生まれ。小学生の頃より映像の世界にのめり込む。2019年より富山県に本社を構える神成株式会社にて、映像事業を主とした「AVC事業部」を創設し事業部長に就任。最新のテクノロジーを取り入れた映像制作を得意とし、富山県を拠点としながら全国で映像制作を行い、「広瀬香美ツアーライブ」などのオンラインアーティストライブ配信をはじめ、富山県主催の移住促進番組「オンラインde相席富山」、eスポーツイベント「TOYAMA GAMERS DAY」など、企業から官公庁までの映像制作を幅広く手掛ける。また、高校放送機器展事務局長として、学生の映像制作活動支援を行う。