昨今、日本を始めとするアジア各地で急速に盛り上がっている話題の一つに、カジノ構想がある。先日、選挙で圧勝した大阪維新の会の「大阪都」構想(事実上の大阪への一部遷都構想)でも、収益源として、カジノの設置がクローズアップされている。無論、カジノには映像エンタメがつきもので、我々映像業界人にも無縁の話ではない。今回は、年末年始の節目の回ということで、ロンドンとマカオ、2つの都市の様子から、ちょっと真面目にそのあたりを探ってみようと思う。
マカオを手本に、アジア各地で広がるカジノ構想
筆者は、CG映像を中心とした映像制作会社のオーナークリエイターだが、CG映像だけではなく、実写映像等も手がけている。最近では、キャンピングカーを買って、そこにUST機材を積み込み移動スタジオとして使う「USTCAMP」なんていうこともはじめた。そうした様々な映像の中でも、ここ数年意識して取るようにしてきたのが、パチンコパチスロの液晶演出映像制作の仕事だ。実は私自身はパチンコやパチスロはほとんどやらない。7号と呼ばれるパチンコパチスロ産業自体も、警察の認可がなかなか下りなくなり一時の勢いはなくなってきている。だが、敢えてそのあたりの映像演出に力を入れているのには訳がある。それは、カジノ構想との関連だ。
日本では、東京、沖縄、そして大阪など各地にカジノ構想がある。ITバブルの景気回復でいったんは下火になっていたのだが、2011年の東日本大震災と、それに続く福島第一原発事故で、復興資金源として再び注目されはじめている。カジノに置いてある様々なギャンブル機器には日本のパチンコパチスロメーカーも参入しており、また、低迷を続けるコンピュータゲーム映像など他のエンタメへの応用も考えられる。その研究も兼ねて、私は、パチンコパチスロの仕事を試してみているのだ(参考記事)。
既にアジアには、昔からのマカオをはじめ、韓国、シンガポール、フィリピン、カンボジア、ベトナム、マレーシアなど、各地にカジノがある。そのいずれもが、中国などアジア新興発展地域の富裕層を狙ったもので、物珍しさもあって大いに人を集めている。中でも、老舗のマカオが、それまでの「飲む・打つ・買う」の「鉄火場」路線から大きく転向し、ラスベガス式の「エンターテインメントシティ」へと大きく舵を切ったのは、記憶に新しい。残念ながら世界不況の影響で、旧来のそうした鉄火場的なところもしっかりと残ってしまっているが、コタイ近辺のエンターテインメントシティエリアもちゃんと人を集め、今までマカオには無縁だった女性客や家族連れを中心に、大きな盛り上がりを見せている。
中でも、ラスベガスに初号店のあるヴェネチアンリゾートカジノホテルは、巨大なショッピングモールに無数のレストラン、さらにはシルクドソレイユのサーカス常小屋まで備え、ラスベガス式のエンターテインメントシティの姿をきちんと打ち出すことに成功している。無論、周辺に立ち並ぶ新しいホテル群も、ヴェネチアンに習いやはり明確なエンタメ指向であり、ラスベガスのメイン通りの名から取った「コタイストリップ」の通称に相応しい姿を演出している。
マカオでは、主に中国本土から多くの旅行客を集めることに成功しており、その売り上げ高は、ついに本家ラスベガスを大きく抜き、今ではなんと、マカオの3ヶ月の売り上げで、ラスベガス全体の1年分の売り上げを稼ぐに至っている(2010年の、ラスベガスにおけるカジノ年商約65億米ドル、マカオのカジノ年商260億米ドル)。マカオは物価も安く、また、平均的な掛け金もラスベガスに比べて格段に安いことを考えると、これは大変な盛り上がりだ。
現在、マカオには、年間2200万~2500万人もの人が訪れている。対するラスベガスは年間3700万人。ラスベガスの方が人数が多いのにマカオの売り上げが4倍なのは、それだけ中国の富裕層がカジノに填っている証拠だとも言える。アジア各国がカジノ設置に盛り上がっているのも、この、マカオの成功を見たからに他ならない。
オリンピックへ向け重い腰を上げる、老舗カジノシティロンドン
アジアの巨大で最新設備の新興カジノに対し、欧州では貴族文化の一環として18世紀後半からカジノが楽しまれてきた。中でもイギリスのロンドンでは、未だに貴族が現存していることもあり、ちょっとしたホテルには大抵カジノが付属している。ただし、ロンドンのそうしたカジノは昔ながらのカジノということもあり、どのカジノも小規模で、数テーブルのテーブルゲームと数十台のゲーム機が置いてあり、その片隅には厚化粧の女性が座るという、まさに「鉄火場」の様相だ。欧州のカジノはジャケット着用などドレスコードにうるさいが、これも、そうした鉄火場に秩序をもたらすための手段の一つに他ならないだろう。いずれにしても、ラスベガス型のカジュアルカジノに慣れた身にとって、なんとも「重い」のが、欧州のカジノといえる。
こうした欧州カジノの特徴としては、地元の人間はあまり寄りつかない、という点が上げられる。実際、ロンドンでの仕事先に話を聞いたが、そのほとんどが、今でもロンドンにカジノがあること自体を知らなかった。特にそういう法律があるわけではないが、不文律で完全にセグメント分けされていて、観光客と貴族階級だけが知る「悪い」遊びなのだ。
とはいえ、2012年のロンドンのオリンピックでの観光客を目の前にして、指をくわえているわけにもいかない(例えば、ワールドカップが来るのにカジノを作らなかった馬鹿な国は日本くらいだ)。ロンドンのカジノも再整備が進んでおり、オリンピック会場近くに大型カジノと巨大ショッピングモールを含む「ウェストフィールド・ストラットフォード・シティ」ホテルリゾートを開設し、大きいニュースとなっていた。しかしながら、このカジノも、テーブルゲーム数十卓、ゲーム機150台と、マカオどころかラスベガスの小規模ホテルにも劣る規模で、あくまでも、オリンピック特需目当てに、今までの伝統的なカジノの延長線上で作られたものだということがわかる。
試しにこうした伝統的なカジノに入ってみたが、全てが会員制で会員になるのにまず一手間。そこから一晩の待機時間を経て中に入ると、中はさいころの目やカードの模様に絶叫を上げる葉巻に蝶ネクタイのオジサンが一杯いて、アジアの小国出身の貧乏人の我が身にはなんとも居心地が悪かった。賭のレートも一手数千円とべらぼうに高く、とてもではないが一般人が参加できる雰囲気ではない。ラスベガスにしてもマカオにしても、一手せいぜい数百円で、普通の人間なら2~3万円も持っていけば数日間楽しめるのとは大変な違いだ。なにより、ゲーム機も少なく、映像屋としての面白さはあまり無い。我々映像業界にも関係のあるような、若い人間が溢れる「エンターテインメントとしてのカジノ」という概念は、今のところまだまだラスベガスとアジア地域だけのものだということが出来るだろう。
ロンドンには、こうした劇場があちこちにある。街全体がエンタメに溢れている
とはいえ、当たり前だが、英国にエンターテインメントが存在しないわけではない。例えば、ニューヨークのブロードウェイと並び、ロンドンの中心街周辺はミュージカルの本場として知られ、狭い路地に数々の劇場が建っている。ピカデリー・サーカスには、名前に反してシルク・ド・ソレイユのような本物のサーカスこそ居ないものの、高級デパートやブランドショップ直営店の建ち並ぶショッピングには世界最高の地域で、一大観光都市としてのロンドンを支えている。
ロンドンにおいて、あくまでもカジノは数多くのエンタメの中のスパイスの一つに過ぎず(それも、きつめの香りのスパイスとして扱われ)、決して収益の中心ではないのだ。そういう事情を見ると、ロンドンオリンピックとはいえ、あくまでも既存カジノの延長としての設備投資しか行わない事も理解できる。
ロンドン中心部の中華街は大いに盛り上がっていた。ここでもやはり中国パワーを目の当たりにする
カジノの問題点とは?
鳴り物入りで完成したばかりのフィッシャーマンズリーフだが、人は少なく、レストランも多くが閉店してしまっていた
それでは、ラスベガススタイルの、カジノを中心としたエンターテインメントシティには、問題がないのだろうか?いや、もちろんそうではない。多くの人が心配する治安の問題などは政策一つでどうにでもなる事はラスベガスやマカオが証明しているが、肝心のエンターテインメント産業そのものへ与える影響は、実はかなり大きい。例えば、マカオでは、総合エンターテインメントシティを目指すために、巨大ゲームセンターを含む遊園地「フィッシャーマンズリーフ」をフェリーターミナルのすぐそばにオープンしたが、この業績がいまいちなのだ。人間は素直なもので、賭博というより刺激の強い遊びが目前にあると、ゲームのような仮想空間での遊びをあまり楽しまなくなってしまうようなのだ。
ゲームセンターは大型体感ゲームばかりが並ぶオタクには夢のような素晴らしい光景!だが、客は私しかいなかった。さらに店員もいない…
お隣の韓国では、アジア経済危機を期にパチンコ・パチスロを全面禁止したが、その影響で映画やゲームセンターなどのエンターテインメント産業が大いに盛り上がっている。韓流映画や韓流音楽の品質が比較的高いのも、この流れの一環だ。また近々、空港併設のシネマコンプレックスが一新されるというのもこの影響だろう。無論、人間の悲しい習性で、いわゆる闇パチンコも横行して犯罪組織の跋扈を許し、それはそれで社会問題化しているようではあるが、本来賭博に費やされてきた資金とやる気が正常な消費やエンタメに向かうというのは、成功と認めても良い傾向だろう。
このほか、韓国にはラスベガススタイルの大型カジノがいくつも存在しているが、これは、入場にパスポートを必要としており韓国国民は入れない。自国民ではなく他国民にのみ賭博で浪費をさせるというのはえげつないといえばえげつないが、観光客の誘致と外貨獲得というカジノ設置の本来の役割を考えれば、極めて正常で冷徹な政治判断ということが出来るだろう。
とはいえ、ラスベガスやマカオのような自国民にカジノを開放した上での成功例も存在している。特にラスベガスでは、ゲームセンターや演劇、サーカスなどもカジノ本体以上に盛り上がっており、そうした成功も不可能ではないことが理解できる。マカオもそうしたカジノ以外も見据えたエンタメ産業全体の盛り上がりを目指しており、今後の展開次第では、フィッシャーマンズリーフのような非カジノ系エンタメも盛り上がりを見せることとなるのではないだろうか。
日本も、東日本大震災とその後の原発事故の影響で、今後は外貨獲得や観光客の呼び込みがかなり重要課題となって来ることが予想される。過去の歴史から見ても、大陸プレートの大規模変動の影響で、もうしばらくの間地震や噴火などの大災害が続く事が予想されるのも大きい。日本におけるカジノ設置問題も、こうした他国の先例を見据えた上で、冷静且つ素早く、判断を下してゆきたいものである。