昨年12月27日に掲載した「[POST HDを考える]Vol.03 大判センサーカメラを理解する〜NEX-FS100Jの画作り」の中で、ふるいちやすし氏は「ソニーに画作りに的を絞ったイベントが実現できたら」と希望した。その提案を実現する課程の中で、ふるいち氏とソニービジネスソリューション株式会社の営業・マーケティング部門の後藤俊氏とのピクチャープロファイルにテーマを絞った対談が実現した。ピクチャープロファイルの機能を中心に、改めてNEX-FS100Jの魅力について紹介していこう。
大判イメージセンサーの登場によって本当の意味での画作りが可能となった
-ピクチャープロファイルとはなんでしょうか?
後藤俊氏(以下、後藤氏):映像の特性を決めるガンマカーブ、ブラックレベル、発色などのパラメータを調整、変更するメニューのことです。ピクチャープロファイルが最初に搭載されたのは2006年に発売したHDVカムコーダーのHVR-Z1Jからで、当時はHDでの色補正は高価な機材が必要だったため重宝されていました。しかし近年はPC性能が向上しHD編集環境上での色補正も容易になってきたことから、他のカメラとの混在やレンズの個体差に対応するためのちょっとした補正で使用されるケースが多くクリエーション的な意図を持って活用される方は少ないような印象があります。
ソニービジネスソリューション株式会社 営業・マーケティング部門 マーケティング部 CCシステムMK課の後藤 俊氏
-なぜNEX-FS100Jからピクチャープロファイルで画作りができるようになったのでしょうか?
ふるいちやすし氏(以下、ふるいち氏):ピクチャープロファイルはHDVの頃から搭載されているパラメータなのですね。しかし、HDVのクオリティでしたら、利用しなかったのではないでしょうか。NEX-FS100Jが大判イメージセンサーで1920×1080 60pでの収録ができるようになったことは大きいです。明るく、表現力豊かに撮れるので、パラメータを触ってもっと画作りしたいという欲求が生まれたのではと思います。
映像作家・音楽家のふるいちやすし氏
後藤氏:NEX-FS100Jは何が凄いかというと、スーパー35mm相当の大判イメージセンサーを採用していることです。数年前はスーパー35mmイメージセンサー搭載カメラといったらデジタルシネマカメラのF35で1000~2000万円クラスになります。CCDの製造工程とか歩留まりとかの問題でこのような価格になってしまいました。しかし、CMOSで実現することにより、安価に作れるというような状況になりました。今までハリウッドの大作映画を撮影するようなデジタルシネマカメラで採用されていた大きなイメージセンサーを搭載したカメラが市場実勢価格50万円台で実現できたのです。そして、大判イメージセンサーによってピクチャープロファイルをチューニングする意味が漸くでてきたわけです。ふるいちさんのようにピクチャープロファイルで表現したい画作りをして頂けるというのは、非常に嬉しいことです。
スーパー35mm相当のCMOSセンサーとレンズ交換式を採用したNXCAMカムコーダーNEX-FS100J
-ピクチャープロファイルの使い勝手はいかがですか?
ふるいち氏:ピクチャープロファイルを使って画作りをガンガン使い始めてみると、いろいろと欲が出てきます。例えば、「COLOR LEVEL」(色の濃さ)の設定値は「+7」で濃くなり、「-7」で薄くなり、「-8」で白黒で撮影することができるのですが、この-7と-8の間が欲しいとか、リニアに設定出来ないかとか。
また、使っていて面白かったのは「COLOR DEPTH」(色の深さ)ですね。「深さ」と表現されていますが、「暗さ」と表現したほうがクリエーターにはわかりやすいのかなと思います。「R」「G」「B」「C」「M」「Y」のそれぞれの色の深さについて、「-7」から「+7」で調節できます。これにはびっくりです。例えば、1つの画を撮るのに、全体のホワイトバランスや彩度などのバランスでだいたい色調を決めたりするのですが、グリーンだけはもう少し明るくあって欲しいなと思う時に対処できるわけです。色関係だけをとってみてもここにあるパラメータの掛け算になるわけですから、無限だと思います。ということは、我々クリエーターの個性が、自由に表現できる環境が無限にあるということではないでしょうか。
昔、DVフォーマットのカメラでAG-DVX100というパナソニックのカメラがバカ売れしました。過去に何度か使ったことがありますが、「AG-DVX100で撮ったんだね」とわかってしまうほど均一化された特徴がありました。たぶんNEX-FS100Jを使いこなしたら、このようなことは起こらないと思います。クリエーターの個性がそのまま表れますので。
-映画『彩~aja~』では、ピクチャープロファイルをどのように活用されていますか?
ふるいち氏:それまでのカメラで映画を撮るときは色をシーンごとに変えてしまうと、後で収拾がつかなくなってしまいます。基本的に、全体の雰囲気を決めるベースとなるプロファイルは1作品で1つぐらいしか使っていませんでした。ところが、今回の映画『彩~aja~』をNEX-FS100Jで撮ったときは、比較的シーンごと作り変えました。それぐらい作画という意味では突っ込んでいけました。
ドラマなので、ストーリーの展開によって変えたり、徐々に緊張感が高まっていくシーンにはディテールを強くしていったりとか、赤を強くしていったりとか、ピクチャープロファイルを有効に活用しました。映像をころころと変えるとか、カメラマンやVEさんの中には、邪道中の邪道だと思われるかもしれませんが、今回の様に制作者の個性を積極的に活かして画作りができる機会が持てる事はうれしく思います。このことを世の中の沢山のクリエーターの方に知って欲しいです!
-ピクチャープロファイルによってクリエーターの個性を活かせる画作りができるようになったわけですね
ふるいち氏:僕はNEX-FS100Jのことをクリエーターズカメラと呼んでいます。つまり、「創作」のカメラということです。その対極は「記録用」のカメラです。別にドライな意味で言っているわけではありません。記録用のカメラもプロフェッショナルな世界です。しかし、同じカメラを持って同じ作業をしているようでも「記録」と「創作」は分けて考えなければいけないんじゃないかなと思っています。NEX-FS100Jは記録用のカメラとしても恐らく優れていると思うのですが、それは僕が語るべきではありません。僕が言っているNEX-FS100Jの長所は創作のほうです。例えば忠実にこの光を撮るということではありません。クリエーターとして「これはどう見えているの?」あるいは「どう見せたいの?」というところのことです。
正直言ってビデオの世界に創作はありませんでした。正確に言うと、キヤノンのEOS 5D Mark IIが登場するまで創作はなかったといってもいいかもしれません。Vシネとか作ってきた人がいっぱいいるけれども、画作りという意味では創作は無理だったんじゃないのかな?と思います。それができるカメラということを知ってほしいと思っています。
後藤氏:ソニーの開発陣では、記録用のことをテイク系、創作用のことをメイク系と2つの分け方をしています。例えば、HXR-NX70Jという防塵防滴の小型なタイプはテイク系の最たるものなのです。NEX-FS100JもNXCAMというブランド名をつけているので、HXR-NX5JのようにENGのサブカメからブライダルまで何でも手軽に撮れるカメラの延長線上で見られがちです。たしかに震災の被災地にこのカメラを持って取材を行ったり、建築家のドキュメンタリーをオートフォーカスと手振れ補正の機能を使って撮られている方もいらっしゃいます。
もちろん付属レンズやオート機能もご活用いただきたいのですが、種々の交換レンズとピクチャープロファイルを使いこなすことでさらに創作の幅を広げることができます。この価格帯のカメラの中では群を抜いてメイク系としてのポテンシャルを秘めているので、ふるいちさんのようなクリエーターの人たちに表現ができるカメラとして使っていただけるのではと思っています。
ピクチャープロファイルの魅力を解説したNEX-FS100Jハンドブック
NEX-FS100Jの機能や外部機器との組み合わせ、ピクチャープロファイルなどを解説した「NEX-FS100Jハンドブック」
-イベントなどでNEX-FS100Jハンドブックを配布されていますが、このハンドブックを作られた意図はなんでしょう?
後藤氏:HDVやNXCAMカムコーダーでテイク系を主に撮られていた方に「大判センサーのいろは」や「大判センサー搭載カメラの基礎」をお伝えしたいなという意図でハンドブックを制作していましたが、発売後にふるいちさんがピクチャープロファイルを活用した撮影を積極的に行って頂いたこともあり、「ピクチャープロファイル」にもフォーカスできたと思います。また、HandycamのNEX-VG20を引き合いに「NEX-FS100Jとどのように違うのか?」という質問をよくいただくですが、ピクチャープロファイル機能は正にその違いの最たるものです。NEX-FS100Jの特長をしっかり伝えられる内容になっています。前半は、NEX-FS100Jだけに限らず、大判センサーカメラ全般に言える「撮影に関する機能や効果」などを解説し、後半は「レンズや外部機器との組み合わせ」、「ピクチャープロファイル」について20ページぐらいで解説しています。
-ピクチャープロファイルに相当なボリュームを割いていますね
後藤氏:1/3ぐらいの量を割いています。ふるいちさんのような映画とかドラマとかの撮影をする方だけではなくて、マルチカメラで撮影するとか、レンズの色を合わせるだとか、カメラごとの色を合わせるだとか、ブライダルで言えばウエディングドレスのみを強調する、ある一定の色成分のみを強調する方法などを解説しています。
レンズ交換できることと60p記録も魅力
ピクチャープロファイルについてもじっくり解説が行われている
-ピクチャープロファイル以外に注目したい機能などはありますか?
ふるいち氏:レンズ交換が可能なところですね。光学のところで1つのベーシックなトーンを作っておくということは、凄く大切なことです。様々な35mmフィルムの世界のレンズがあって、それがいきなりビデオクリエーターの前に「よかったらどうぞ」と並んでしまった。これは大変なことです。8,000円のレンズが凄く面白いということだってあります。
あと、1080/60p記録です。このセンサーで滑らかな動きが撮れるというのは凄いなと思います。音声は記録されないので、「ここは音いらないからスロー」というところは本体の「S&Q」ボタンをポンと押すだけで、操作性にもストレスもありません。PVとか撮る人はこの機種はマストだと思います。
後藤氏:ピクチャープロファイルだけでなく、色々とご活用いただきましてありがとうございます(笑)。
-ありがとうございました。
次のページ:ふるいち氏による動画作例を交えたピクチャープロファイル運用の解説
『彩~aja~』のカットからFS100で作り上げた画作り
ここからは私の最新作、『彩~aja~』のカットから画作りについて語ってみよう。ただし、最初に断っておくが、これは教科書ではない。あくまでふるいち個人の遊び方のような物で、真似してどこかで叱られても私は責任を取らない。それほど、この作品では冒険を重ねており、また、それがカメラの能力を把握する最良の手段だとも思っている。つまり限界を攻めて初めて分かるという事だ。これでFS100というカメラがどこまで大胆な遊びに付き合ってくれるカメラであるかは分かってもらえると思う。後は皆さんそれぞれがそれを最大限に活用して、自分なりの画作りをしてもらえば良いと思う。
これは作品の冒頭のカットだが、ここからせせらぎ、それに浸した足、その水をすくう手、そしてその水で絵を描く画用紙と続くこの1カットに私のカメラと画に対する考え方がかなり凝縮されている。ここではすでに作りこんだピクチャープロファイルを使っているが、その説明は後にするとして、私が愛してやまないフランスのアンジェニューレンズについて語りたい。その特徴としてオールドフレンチレンズらしい柔らかさと独特のコーティングによる色味などが挙げられるが、そのどれも高画質とは縁遠い物だ。古いレンズであるが故の低解像度とコーティングの弱さから来るレンズ内での乱反射がどうやらその独特な風合いを作っているようだ。このガラス玉の悪戯が私の心をくすぐる。ただそれだけの事だ。このフォーカスを外した画では全体が渦を巻いたようなボケ方をしているが、これもまた、オールドアンジェニューの特徴の一つだ。
まるでルノワールの絵のようなタッチで面白い。アンジェニューに限らず、古いレンズはそういった様々な癖がある。それがデジタルムービーの世界で使えるようになったのだからたまらない。もちろん高解像度、高画質を求めるなら今のレンズを使うに越した事はないのだが、光学上の低解像度という物はデジタルのそれとは違い、とてもセンシティブな表現として使える物だ。それを超高性能なセンサーで捉えておく事には矛盾どころか大きな意味があると思う。
ゆっくりパンダウンしてゆき、ここでフォーカスも明るさもぴったり来るように設定しておいた。水のきらめき、肌の色、草木の柔らかい反射や暗部の小石に至るまで全てが表現できているのは浅いコントラストと柔らかいディテールのお陰だろう。アンジェニューレンズの影響も大きいが、FS100側のピクチャープロファイルでも同じ方向に大胆にコントロールしている。いい色、いいトーンだと思う。
その後、水をすくった手の動きにあわせてパンアップしたところで光を浴びた白い画用紙が飛び込んでくる。実はこの時使っていたアンジェニューは絞りリングにクリックがなく、スムーズに絞り込んでいく事も可能だった。だがあえてそれはしたくなかった。お陰で完全に明部がすっ飛んで、腕の肌のグラデーションも破綻してしまっている。それを覚悟で絞りをそのままにしたのは、そういう調整じみた事がこのカットに映り込むのが嫌だったのと、光を浴びた画用紙というのは白より白く輝く物だという私自身の感覚をそのまま表現したかったからだ。そんな事は編集段階でエフェクトでもかけりゃ、簡単にできてしまいそうなもんだが、その場で自分が感じている光と空気をそのままカメラに吸い込ませたい。そういう意味ではこの1カットは完璧にこの時この場の空気を持ち帰れた大成功なカットなのだ。ここに記録カメラマンではない私の基本的な考えがある。
この小川でのシーンがこの作品の冒頭のシーンであり、ロケの一番最初でもあったので、ここでは撮影を始める前にかなりの時間を画作りに費やした。ここでベーシックなトーンを決めておきたかったからだ。この時は目の前にある被写体をどう捉えるかだけではなく、作品全体のテーマを強く頭に置いたまま作っていかなければならない。その為には時として目を閉じてイメージする事も重要だと私は考えている。トーンという意味では人としての生々しさを残したまま限界までソフトにするという事を決めていたが、「ソフト」という漠然とした感覚が何によってもたらされるかは人それぞれだ。
ディテール、コントラスト、色味、そしてその全体のバランスを取るためにパラメーターの間を行ったり来たりしながら決めていくのだ。このドラマでは「人」の姿、表情を徹底的に撮って行く事を決めていたので、肌の質感と髪や目の黒さとのバランスにはとことんこだわった。その次にこだわったのが森の緑の色調と明るさで、これに関してはFS100の「色の深さ」というパラメーターがある事で、人物の色味を決めてからうまく作っていく事ができた。こうして出来たこの作品のベーシックピクチャープロファイルがこれだ。
まずコントラストを浅い物にしたかったのでブラックレベルを持ち上げた。FS100にはコントラストというパラメーターはなく、ブラックレベルを上げるか、ニーで明部を抑えるか、またはその両方かでコントラストを細かく調整していく。さらにブラックガンマで暗部の諧調カーブも設定できるが、元々暗部のノイズが極端に少ないこのカメラの利点を活かしてブラックレベルを上げることにした。これも私の求めている「ソフト」の一つだ。更にコントラストを強くしたくなかったのでベーシックなガンマもシネトーンではなくスタンダードを選んだ。続いて色味だが、基本的な彩度は抑えている。ホワイトバランスシフトで少しブルー、マゼンダ寄りにしているのは私のいつもの癖と言ってもいい(笑)。
特に若い女性を撮る時にはアンバーで肌の質感を出すより、こちらの方が爽やかで、それでいてリアリティーを損なわないと感じている。最後にRGBCYMの調整で草木の緑や空の青を落ち着かせている(+方向で暗くなっていく)。こうして全体を淡い色にするのが今回の作品の目的で、意外にそういう色世界では視聴者も色に対して敏感になる傾向があるので、時々出てくるビビッドな色の印象は強くなるのだ。これは長時間視聴者を拘束する映像作品ならではの考え方で、スチルで見ると物足りないくらいがちょうどいい。撮影中も何度か彩度を上げたくなる場面があったが、気持ちを抑えた。ディテールはもちろんギリギリまで柔らかくした。こうする事で被写界深度の浅い画でも一体感が損なわれず、自然な立体感が生まれると感じている。
この二つの室内カットは同じ部屋だが場面の意味合いが全く違うため、ライティングも大きく変えている。それに合わせてピクチャープロファイルもそれぞれに作ったのだが、1から作るのではなく、始めに作った物を元にして変更していったのだ。ディテール感やコントラスト感での作品の統一性という意味で私はいつもそうしている。高感度なFS100のメリットを最大限に活かそうと、最小限のライティングで行ったこの撮影は全く新しい経験だった。ノイズも出ているが、非常にキメの細かい、邪魔にならないノイズだと思う。それさえ許容してしまえば、こんなに優しい光の中で撮影できるのだ。また、上記サンプル映像4番ではボタン一つで60pを30p(50%)のスローで記録してくれるSlow&Quick motion機能を使っている。とても滑らかで美しいカットになった。この他にも闇や夜を撮るという事に関してはFS100は新しい方法を与えてくれるカメラだと思う。私自身、まだまだ研究とチャレンジを重ねていきたいと思っている。
『彩~aja~』予告編
作・監督・音楽:ふるいちやすし 公式ブログ:http://ameblo.jp/loo-ral/
主演:笠原千尋(オフィス モノリス所属)
公式ブログ:-雨に濡れた花は太陽を仰ぐ- http://ameblo.jp/chihiro-0926/