積み重なった技術が凝縮されたカメラ、PMW-F55/F5
今年のInter BEEのキーワードはやはりデジタルシネマだったと思う。デジタルシネマはいわゆるポストHDの行く先であり、パソコンや科学技術の飛躍的な進歩とともにワークフローのファイルベース化が可能にした世界だ。2008年にCanon EOS 5D Mark IIがデジタル一眼レフによる動画撮影を実現し、ファイルベースの大判センサーを使った「シネマ」の技術が一気に花を咲かせた。そしてその後続々と大判センサーを搭載したカメラが発表・発売され、いよいよフィルムでないと表現できなかった映画の映像感がデジタルにとってかわる時代となったのだ。更には4Kという高い解像度を持つREDが更にデジタルシネマの裾野の広げ、ハイスピード撮影やHDRといった更なる撮影手法がデジタルで可能になった。RAWやLOGといった概念やそれに伴うカラーグレーディングの考え方も、もはや映像制作のワークフローには欠かせないものになったといえる。
そして2012年11月、いよいよデジタルシネマの本格的な到来を象徴する出来事があった。それはSONYの新しいCineAltaシリーズ、PMW-F55とF5の発表だ。特にF55は4K解像度を持つデジタルシネマカメラで、SONYが長い月日をかけて積み重ねてきた技術が込められた一台である。発売は2月ということだが、先駆けてこれらのカメラを使う機会があったので、使用感を含め記したい。
XAVCという新コーデックが可能にした機動力のある4Kワールド
まず、なぜこれらのカメラがエポックメイキングな一台であるかというと、それは「XAVC」という新しいコーデックが搭載されているからだ。今まで4Kの撮影は「RAW」で行う方法しかなかった。RAWとはいわゆるセンサーからの生データのことで、RGB化される前の情報が詰まった「重い」データのことだ。REDであれはR3Dであり、ALEXAであればARRI RAWであり、またEOS C500であればCanon RAWといったように、なかなかHDよりも大きい画像そのものの映像をRGB化されたコーデックに落とし込むことができなかった。そのためにデータの現像行程が必要で、ポストプロダクションの作業がどうしても複雑になりかねない。
ところがAVCコーデックの延長としてSONYが開発したXAVCコーデックは、4096×2160ピクセルの4K解像度に対応したイントラフレーム圧縮で構成される。いわゆるRGB化された動画ファイルで、かつAVC形式となれば、数々のノンリニア編集ソフトはもちろんのこと、多くのシーンで「簡単に」使用できる環境を整えられることが予想されるだろう。つまり「重い」「大変」「費用がかさむ」という印象の大きい4Kの世界が、XAVCの登場で一気に多くの人の手の届くところに降りてくることになる。またXAVCは10bit4:2:2のデータを有しており、4K24pでおおよそ240Mbpsのデータ量で(128Gで1時間程度)、その解像感もさることながら、新しいS-LOG2を使用したLOG収録を行えば、なんとダイナミックレンジ14Stopもの高画質を収めることのできる効率的な素晴らしいコーデックだ。
4Kをネイティブで~デジタルシネマもパソコンでオンライン編集する時代へ
ちなみに実はすでにXAVCはPremiere Proを使うとネイティブで扱える。現段階ではプラグイン対応となっており、ROVI / TotalCodeというデコーダー(有料/ Winのみ)インストールする必要があるのだが、このXAVCが、簡単にPremiere Proで編集可能になるのだ。筆者は、ネイティブで編集の大切さをいつも重要視している。ネイティブとはいわゆるProResなどの中間コーデックに書き出すことなく、カメラで収録されたデータをそのまま編集のタイムラインに載せられることを指す。このF55やF5のXAVCで記録した4KのデータはPremiere ProでもAfter Effectsでも通常のHDファイルと全く同じ感覚でワークフローを立てられるのだ。
今回7分ほどの作品をF55で撮影したのだが、4Kであるにもかかわらず編集はわずか正味3日間で終えられた。Premiere Proで編集を行い、After Effectsでコンポジットを施し、その後DaVinci Resolveで色補正といったワークフローであったが、あまりにもシンプルだったために、まるでDSLRの素材を扱っている感覚に陥ってしまったほどだった。Premiere Pro内の動作もかなり軽快で、私の環境では4KのXAVCの素材はレンダリングすることなくネイティブでリアルタイム再生が行え、正直とても驚いた。いよいよ4Kデジタルシネマもスタンドアローンのパソコンでオンライン編集が可能になる時代がやってきたということだ。
実用的ですばらしいカメラデザイン
もちろんXAVCというコーデックも素晴らしいのだが、今回のカメラに関しては筐体デザインそのものがあまりにもよくできているというのが率直な意見だ。すっきりとした大きさであるにもかかわらずズッシリとした重さと、メタルな質感には好印象が持てる。また左側面に集められたコントロール系のボタン類とモニタ、右側面に集められたSDIやオーディオのインターフェースは非常に使いやすい設計となっており、現場でも評価されるだろう。またモジュール式を採用していてリアにはバッテリーがつけられるだけでなく、RAWレコーディングのユニットがオプションで搭載可能だ。OLEDなどのEVFのラインアップも準備されており、別付で選択できるようになっているため自分のスタイルにあったものを選べる。カメラバランスも最高で、よくぞここまでのデザインに行き着いたものだと心から思えるカメラだ。
圧倒的な画力と次世代のセンサー
そして肝心な画質だが、XAVCの捉える映像は非常に素晴らしい。今回デジタルエッグでカラーグレーディングを行ったのだが、カラリストの大田徹也さんは「とにかくきれいですね。色補正でも非常に粘りがあって、ALEXAやREDとはまた違った良さがあります。いやぁ恐ろしいカメラですね」と言っていた。S-LOG2のLOG撮影が基本となるが、この1300%、14Stopというダイナミックレンジが魅せる映像表現はおそらく今までにない領域を我々に与えてくれるはずだ。実際に撮影をしてみて、ダイナミックレンジに余裕がありすぎて、露出の山をどこでそろえるかカメラマンと意思をそろえるのが難しいカットもいくつかあった。
さらにF55、F5に搭載されるセンサーの0db基準感度がなんとF55でISO1250、F5でISO2000を実現したということは大きな注目に値する。従来のデジタルシネマカメラの基準感度がISO800であることを考えると露出でいう1Stop程度明るさを担保できることになる。暗い状況であっても、ノーライトで本番を回せるすごいカメラだ。今回11月の低い太陽で午後4時という悪条件の中ノーライトでパンフォーカスの森の中を撮影したのだが、F55は見事に森の葉っぱのグラデーションだけでなく光のハイライトから暗部までしっかりと捉えた素晴らしい4K映像を映してくれた。さすがに私も「ダメかな」と疑心暗鬼の中撮影を進めたが、そんな不安はまったく無用であったと言える。SONYの開発の方にお話しを伺ったのだが、実は実際の基準感度はもう少し高いとのこと、2月の発売に向けて最終調整がまだ続くようだ。
またF55はグローバルシャッターである「フレームイメージスキャン」の機能実装に成功している。これはいわゆる全画面読みだしのことで、センサーが捉える映像を一度に1フレームの映像として記録する機能のことだ。通常はセンサーから読み出す際にわずかなレイテンシーが生じてしまうため、速い被写体の動きを捉えるときに起きるローリングシャッターや、フラッシュなどの一瞬の光が線になってしまうフラッシュバンドなどの映像破たんが起きてしまうことがよくある。各社いかにこの映像破たんを軽減するかが課題となっているが、SONYは見事にそういった現象をなくすことをこのカメラで実現した。高感度のセンサーとも併せて、いよいよ次世代のカメラが登場したと感じる。
4K/60pが織りなす新しい映像美
今回の撮影で最も効果的な映像だったのが4K/60pの世界だ。F55は4Kであれば60pまでの撮影をXAVCで行える。24pの作品であれば2.5倍のハイスピードとなるわけだが、4Kの解像感における60pはとりわけ人の表情や感情を表すのにとても効果的である。今回カメラと同時に新しいSONYのPLマウントレンズシリーズの6本のラインアップが発表されたのだが、特に最長レンズである135㎜との掛け合わせは驚くほどの美しい映像を60pで捉えることができる。女子高校生の悩みを描いた作品だったために、撮影ではこの135㎜と4K/60pの収録を多く行った。絞りが8程度であっても非常に細やかなボケ感を得ることができるだけでなく、発色の良さ、そして60pならではの美しい被写体の動きが何とも言なえい4Kの世界を描き出してくれた。
周辺機器にも「注目」の技術が詰まっている
ちなみにこのPLマウントシリーズはT2.0でそろえられた明るいレンズ群であり、金属のフレームで重厚感ある作りになっている。またフォーカスとアイリスリングの位置が統一されているため、レンズ交換の際にフォローフォーカスの調整が非常に楽だ。またコストパフォーマンスもよく(1本30万円前後)、描写する映像は切れがあり、発色も素晴らしい。もともとPLマウントのレンズを使用するだけで撮影の敷居が高くなりがちではあるが、このレンズシリーズは非常に優秀であると同時にデジタルシネマを更に身近にしてくれたと撮影を通じて感じた。また、同じく発表された新型のバッテリーも素晴らしい。オリビン型リン酸鉄リチウムイオン式を採用したVマウント型なのだが、なんと約1時間でフル充電が完了する。カメラの電気量も25Wと省電力なため、一日の撮影も実際3本のバッテリーで全く問題がなかった。カメラ本体だけでなく、大切な周辺機器の技術も確実に次世代を見据えている。SONYが満を持してデジタルシネマの舞台に、最高のカメラソリューションを掲げたといっていいだろう。
今回は新たにSxS PRO+というメディアを用意。4K/60p記録に対応すべく、1.5Gbpsの転送速度を確保する従来のSxSと同型のメモリだ。カメラにはこのSxSのスロットが2基搭載されており、リレー記録などの機能が利用できる。さらにXAVCのほかにMPEG HD422とMPEG-4 SStP(来年度第2四半期リリース予定)の3種類のコーデックに対応し、なんと1枚のSxS PRO+に4K XAVCとMPEG HD422を同時に記録できる「パラレルレコーディング」という機能を搭載した。オフライン編集を意識した同時記録で、効率的なワークフローを構築することができる。またオプションでRAWレコーダー(AXS-R5)もラインアップに並んでいる。これはカメラのリア部に取り付けられるRAWモジュールなのだが、およそ2Gbpsのデータレートを持つ16bitリニアのRAWファイルを4Kで記録することができる。いわゆるハイエンドのワークフローにもしっかりと対応した形だ。
デジタルシネマの世界を変えるカメラ
発売まで2か月となり、おそらく多くの期待が市場で膨らんでいるに違いない。もちろんF5もF55もそんな期待に十分応えることができるだけの力を持っているといっていいだろう。デジタルシネマが繰り広げる4Kという世界はまだ発展途上であることは間違いないが、フィルムを超える映像の世界が身近なパソコン1台でワークフローを完結させることができるまでに、最先端の技術が可能にしてくれた。そして我々が誇りにするメイドインジャパンのカメラがその可能性をさらに多くのクリエーターやカメラマンに与えることになると心から感じている。
※CineAltaのカメラ群をはじめ下記サイトでサンプルムービーを確認する事ができる。
DigitalMotion Picture Cameras