映像仕事であちこち回っていると、各国の様々なこだわりに出会う。その中でも面白いのが、乗り物へのこだわりだろう。中でも、英国ロンドンの街は、乗り物へのこだわりが非常に深く、また、映像文化との繋がりも深いので、非常に面白い。今回は、ロンドンの街から、そうしたこだわりの見える風景をお伝えしたい。
乗り物の「擬人化」が大好きな国
日本と英国は「全く似ても似つかないところが似ている」という言い回しがあるくらい、異なる文化を持った国だ。とはいえ、日本は海軍などの海自を全て英国式に取り入れた背景があり、そのため、共通している部分も無いわけでは無い。そのせいなのかどうかはわからないが、乗り物の中でも、特に船や、その延長線上にある飛行機に対する扱いは非常に近いものを感じる。
その一つが「擬人化」だ。日本でも何かというと萌えキャラやゆるキャラを作って擬人化したがる傾向が強いが、英国の乗り物に対する擬人化レベルもなかなかのものといっていいだろう。例えば、ヴァージン航空の飛行機には機首部分にそれぞれイメージキャラのフェアリーが描かれ、ちゃんと飛行機ごとに名前も付いている。私は欧州行きで英国出入りを使うことも多いのだが、そういうときには今までに乗った事のある「彼女」かどうかを搭乗前に確かめることにしている。萌え絵とはほど遠い素朴な絵だが、ヒースローでのEUで一番厳しい、嫌がらせのような入国審査も忘れるくらいのかわいらしさだ。これはかつての船舶からの伝統だという。
船といえば、イングランド地方では運河が張り巡らされていて、そこを走るキャナルボート(ナローボート)と呼ばれる船がある事でも知られている。キャナルボートは、長距離・長期間の移動に備えて居住環境が良いだけで無く、実際に住居を兼ねていることが多い。住所を完全に水の上の乗り物に移してしまって移動しながら生活するというのは土地に国民を縛り付ける性向の強い日本では難しいが、こうした船においても生活が成り立つのが、本来先進国というものだろう。税金や行政サービスは船舶の登録地を仮の住所として処理し、郵便物などは専門の預かりサービスや転送サービスに頼ることが多いようだ。
キャナルボートにおいては、天候やニュースなどの情報入手手段としてテレビは不可欠で、各船には立派なアンテナが付いている。テレビを見る文化自体は日本よりもかなり弱いといってよい英国だが、こと、キャナルボートにおいてはテレビを見ていない家(?)の方が少ないのでは無いだろうか。日本でもテレビ離れが問題になっているが、単にテレビを見ろ見ろというのでは無く、情報として役に立ちさえすればひねくれた英国人(失礼!)ですらちゃんとテレビを見るのだ、ということが自体の解決方法を示しているように思える。要は、現在のテレビは安易なエンタメに走りすぎ、役に立つ情報や素晴らしい物語があまりに少ないのでは無いだろうか、と思えてならない。
さて、こうしたキャナルボートにおいては、さすがにコストのかかるキャラクターの絵こそ少ないものの、一艇一艇に名前がちゃんと付けられ、とても大切にされているのがわかる。石原都政になってから撤去されてしまったが、かつて東京にも多くあった船だまりでも、こういう暖かい光景が多く見られたような記憶がある。
鉄道駅は国際ターミナル
ロンドンに限らず、欧州においては、鉄道は日本でのそれとはだいぶ違う受け止められ方をしている。日本ではローカル線と長距離線はおろか、地下鉄すらも同じ「鉄道」という括りで、路線バスと同じ日常的な乗り物の一つとして見なされる傾向が強いが、欧州ではそれらは明確に区別され、鉄道、特に長距離線は、主に国際移動の手段として認識されている。したがって、鉄道の基幹駅は、単なる交通要所というよりも国際ターミナルとして国を代表する文化交流の中心地となっているのである。余談だが、バスはバスで大陸アジア地域においては国際移動手段として普及しているので、これはこれでいずれ取り上げたい。
ロンドンの有名な国際駅といえば、ユーロスターが発着する「セントパンクラス駅」だ。ローカル線のキングスクロス駅と一体化しており、大陸に繋がる大型駅としては唯一といってもよい著名な駅である。正確にはアッシュフォード駅など複数のユーロスター駅が英国側にもあるが、ロンドン直通ということでセントパンクラスで乗降する者が大半だ。
セントパンクラスからは2013年中にはドイツへの直行便も予定されていて、いずれはケルンへの乗り入れが決まっている。そうなると、ケルンPhotokina等でのロンドン利用というのも考えられるだろう。筆者も、この駅は大好きで、数え切れないくらいの回数の利用をしている。ちょっとパリによった際、あるいはちょっとロンドンによった際、日帰りで英仏両国をまたげるのはユーロスターの独特の楽しさだ。
ただし、国際線なので荷物検査は厳重で、また、悪名高い英国の入国審査はここでも健在だ。ただし、英国への入国審査はパリなどの出国側の駅で行われるので、ヒースロー国際空港のように同じ質問を繰り返し受けて1回でも答えが違ったら別室送りといったような、理不尽極まりない対応を受けることは少ないと言われている。
セントパンクラス駅は古い駅舎を有効活用して使っており、その広大なスペースを利用して駅舎内に高級ホテルやショッピングモールを有するなど、一大観光拠点としても人を集めている。ここで撮影をした経験のある同業者は多いだろうが、私の経験した撮影許可が非常にスマートで面白い。まず、セントパンクラス駅での写真は基本的に三脚を立てなければほぼ全て無許可でOK。ただし動画に関してはプライベートだろうが商用だろうが必ず許可が必要になる。動画カメラを回した瞬間、たとえそれがホームビデオカメラだろうがなんだろうが、警備員がすっ飛んでくる。ちょっとした雑誌ネタ程度の撮影でもNGであることには驚いた。
しかし、撮影許可証は場所を占拠して行う撮影で無い限りは警備員自身が持っている申請書で済むケースが多く、私の場合もその場で(あるいはせいぜい警備事務所で)一枚のフォームを書き上げてそのまま撮影が続けられた。もちろん、コストもかかる大型商業撮影はまた話が異なるのだろうが、誰にも迷惑がかからないような一人撮りのスモールビジネスでの撮影までそうした予算のある撮影と同じ扱いという日本式のやり方に慣れていると、こっちの方が現実的だよなあ、と思わざるを得ないのだ。もちろん、これは私の場合たまたまその場で済んだだけという可能性もあるので、ちゃんと事前に撮影許可を手配しましょう!英語でのこうしたやりとりは大変に面倒ですし!
セントパンクラスの駅舎内は、映画好きならば誰もが見たことのある風景だろう。そう、ハリー・ポッターでも使われた、典型的な「イギリスの駅」なのだ。こうした公共施設がごく普通に映画に使えるのが、英国の映画に対する理解の深さだろう。日本ではなかなか各地の駅などを、それを意識せずに舞台とした作品などは難しい(大々的に町おこしなどで名前を出せば簡単なのだが、それはそれで避けたい作品も多いだろう)。
セントパンクラス駅では、待ち時間が長い国際線ターミナルだけあって、その中には喫茶店が建ち並び、パンとコーヒーの素晴らしい香りが立ちこめている。本格的なアフタヌーンティーこそホテル側で無いと楽しめないだろうが、軽食程度ならこの駅舎部分でも充分に楽しむことが出来る。ファッションショップや雑貨、本屋も建ち並び、ショッピングモールとしても大した規模だ。実際、わざわざこのセントパンクラス駅に買い物や食事に来る人も多いという。
しかし、そこは国際ステーション。文化の交流点としての工夫もあちこちにある。その中でもお気に入りが、所々に置かれたピアノやちょっとしたオブジェだ。中でもピアノは腕に自信のあるものがさらっと弾いて行くことが多く、とかく心が荒みがちな国際旅行での清涼剤になっている。日本の空港や主要駅にも、こうした誰でも弾けるピアノなどが置いてあれば面白いのに、と思うが、難しいのだろうか。