ようやくインターネットを使った「ライブ放送」が、安定して行えるようになった。USTREAMやニコニコ生放送という言葉も一般的に定着し、あらゆる分野の放送が24時間留まることなく行われている。普通のテレビのように芸能人が出るような番組もたくさんあるが、なんといっても誰でもどこでも、カメラとパソコンと回線さえそろえば番組が制作できるというのが大きな魅力だ。お金をかけなくても、自分たちの番組を持てるというのはチョット胸が熱くなる話でもある。我々がUSTREAMの放送を始めたのが約3年前のこと。もともとテレビの世界にいたこともあり、当時からNEWメディアの可能性として興味本位にいろいろと模索してきた中で、ようやく安定したシステムにたどり着いた感じがする。
HD放送というこだわり―BMDの1M/Eで実現する快適なシステム
少人数でもHDの放送システムを組める時代に~インターネット放送には多くの可能性がある
なかでもこだわっているのは「HD放送」だ。いわゆるHDのカメラをスイッチングして、16:9で画作りを行うというもので、個人的に、WEBとはいえども可能な限り画質には力を注ぐべきだと考えている。当時はパソコンに何台もカメラを繋いで、配信ソフトウエア内でのスイッチングをしていた時代もあったが、「安定」という言葉を追及していくと、必然的にハードウエアによるスイッチングに行き着いた。そこで我々が発売と同時に導入したのがBlackmagic Design社のATEMスイッチャ―だ。使用しているのは1M/Eで、導入してから1年半が経つが、一度もトラブルを起こすことなく極めて快適に動いてくれている。ファームウエアもどんどんと更新され、デジタル時代にふさわしい「超効率的」な機能がきっしりと詰まった一台だ。導入以来、この1M/Eスイッチャ―を中心に様々なシステム構築を試行錯誤しながら進化させてきた。
今我々が放送に携わっているのが、アドビ システムズ社主催の「Adobe映像塾」という放送だ。1年半前にスタートした番組で、この1月、いよいよシーズン4を迎えることになった。今回のシーズンはAfter Effects20周年という節目にあたり、国内で活躍するAfter Effectsのクリエーターをゲストに迎え、次世代の映像制作を制作事例などを通じてトークで展開する内容だ。おかげさまで2月27日(水)に大好評の中、遂に最終回を迎えることになる。企業のプロモーションという枠を超えた、ユーザーとのクロスマーケティングのツールとしてインターネット放送に期待される役割は大きい。
今年4シーズン目を迎えたAdobe映像塾。回を重ねるにつれ、視聴者も増えてきた。多い時で2000人を超えるビューアーになる
さて今回の放送に使用しているシステムを紹介したいと思う。1M/EはHDMIを4入力とHD-SDIを4入力の合計8入力を備えている。基本的には全て60iの信号か720pの信号で全てをそろえる必要があり、マルチフォーマットによるアップコンやダウンコンといった機能がなく、HDCPにも対応していないため、入力ソースには注意が必要だ。
カメラは4台使用。Z5Jはレンズが素晴らしい。XF105の描写力もキレイだ
我々は常に1080iでシステムを組んでいる。使用するカメラは4台。SONYのHVR-Z5Jが3台と、CanonのXF105が1台である。Z5Jは20倍のズームレンズを装備しているため、非常にバラエティ豊かな画作りが行えるだけでなく、フォーカスとアイリスも併せて3連リングによる操作感は非常に放送では重宝する。またXF105はSDIとHDMIの出力を持ち(Z5JはHDMIのみ)、入力ソースの選択に自由度を与えてくれるだけでなく、小型かつ高画質という意味では最強のカメラだと感じている。さらに放送ではデスクトップのWindowsマシンとMacBook Proの2台のパソコンの画面をスイッチャ―に繋いでおり、WindowsはHDMIで、MacBook Proの画面はDVIをSDIに変換させて入力させている。MacBook ProのHD信号にはHDCPがかかっており、残念ながら直接スイッチャーに入れることができない。そのためBlackmagic Design社のDVI Extenderを使ってSDI信号に変換させる必要がある。
何かと便利なDVI Extender。PCの映像をSDI信号に変換できる
UltraStudio 3Dでライブテロップ
3D映像の入出力として作られたUltraStudio 3DのLRの映像にKey/Fillの映像を入れ込むことで、なんとリアルタイムのスーパーインポーズ動画を合成できる
そしてライブCGにも工夫を凝らしている。それが同じくBlackmagic Design社のUltraStudio 3Dを使用したテロップシステムだ。UltraStudio 3DはもともとフルHDの映像を3D用に2系統同時に録画・再生させることが可能で、Thunderboltをインターフェースに持ち、シングルリンクでも1080/60pまでのキャプチャ・再生に対応しているというスゴイ機材だ。実はこれを使うと簡単にHDのライブテロップを放送に取り入れることができる。
まず挿入したいテロップをAfter Effectsでモーショングラフィックスなどを作成する。書き出しの際にBlackmagicコーデックやProResなどで「RGBのみ」と「アルファチャンネルのみ」の2種類をそれぞれ書き出す。あとは専用のキャプチャ・再生ソフトウエアであるMedia Expressを使って、RGBの映像をLchとして、アルファチャンネルの映像をRchとして3D再生させて、それをSDIでスイッチャ―に入力するという仕組みだ。スイッチャ―で入力されたRGBの映像をFILLとして、アルファチャンネルをKEYとして設定すれば非常に鮮明なスーパーインポーズを行うことができるのだ。この2入力を加えて、4台のカメラ、2台のパソコンと併せて、8つの入力がこれで全て埋まることになる。
スイッチングではCGを入れるためのMedia ExpressとBroadcast Panelを駆使することになる
ちなみに我々のシステムには数多くのBlackmagic Design(BMD)社の製品が使用されている。先述の1M/Eのスイッチャーやスイッチングパネル、DVI Extender、UltraStudio 3Dに加え、スイッチングアウトをPCで収録するためのH.264 Pro RecorderやSDItoHDMI変換(2個)、また放送用のMacBook Proに映像を入力するためにIntensity Extremeを使っている。Blackmagic Design社の機材はコストパフォーマンスが優れているだけでなく、頻繁にファームウエアが更新されるなどサポートも非常に心強い。今回の放送では使われてはいないが、IntensityやDecklink、Blackmagic Cinema Camera、DaVinci Resolveなど、弊社では多くのBMD製品が制作現場で活躍している。
潤沢に使用できる1M/Eの入出力
最終配信はMacBook Pro Retina13’のUstream Producer Proから。インターフェースとしてIntensity Extremeを使用。また有線LANを繋ぐためにMatroxのDS1を使用
1M/Eは更に豊富な出力を備えている。SDI、HDMIそれぞれ1系統ずつのプログラムアウトと、マルチビューアウト、そしてアサイナブル可能なAUXのSDIのアウトプットが3つ、更にはSDIにはプレビューアウトが1つついている。またコンポジットやコンポーネント、SD-SDIといった信号でもプログラムアウトを出力しており、様々なシステムを組むことが可能だ。我々のシステムでは、HDMIのプログラムアウトをIntensity Extremeを介してMacBook Pro Retina13’に接続し、そのマシンからUstream Producer Proを使って配信をしている。Retinaモデルには有線LANのインターフェースがないため、MatroxのDS1を使用してポートを増設。確実に回線を捕まえられるようにしている。
番組の収録も行う。H.264 Pro RecorderとNinjaの2台構成
また各カメラマンや出演者へのスイッチングアウト出力はSDIのプログラムアウトとAUXを組み合わせて使用している。ちなみに番組の収録もこれらのプログラムアウトからおこなっており、バックアップも含めてH.264 Pro RecorderとATOMOSのNinjaの2系統で記録。ちなみにATEMはLANでつないでハブを介しBroadcast Panelと接続するのだが、同時にPCを使ったソフトウエア(無償)での操作も可能だ。その際にH.264 Pro Recorderの記録もこのソフトウエアから簡単に操作できる。ビットレートの設定なども行えるため、非常に便利だ。またマルチビューはHDMIから立ち上げて、ディレクターが見やすいところにモニターを置いている。
ソフトウエアパネルとハードウエアのBroadcast Panelを併用するのがいい
加えて2台のパソコンの映像を出演者がスイッチングアウト映像とは別に確認ができるよう、AUXアウトの1系統を利用している。Windowsを使っているときはAUXのセレクトをWindowsの入力に、Macを使っているときはMacの入力にスイッチャーで瞬時に切り替える。こういった操作をする際も含めてだが、ソフトウエアによるスイッチングでは細かい切り返しが行えないため、ハードウエアがあると大変便利なのだ。無論その分コストがかかるのは確かだが、確実なオペレーションを望むのであれば、ソフトウエアコントロールとハードウエアであるBroadcast Panelを組み合わせて使うのがいいだろう。
LANでつながるシステムが可能にするオペレーション
ドライバーをインストールするとPhotoshopにATEMへデータを送るプラグインがつく
BMDらしい機能としては、HUBを介して、Photoshopのデータをスイッチャ―に送ることができるのもがある。そもそも1M/Eには2系統のメディアプレーヤーが内蔵しているのだが、このメディアプレーヤーには静止画であればアルファチャンネル付の画像を32枚、またHDの動画であれば6秒の映像をメモリーに配置させられる。今回のシステムでは、番組のサイドスーパーやトークの内容に合わせたリアルタイムテロップなどをこのメディアプレーヤーを使って配置。その際にこのメディアプレーヤーに使用するデータをPhotoshopでオンエア中に作成し、LAN経由で瞬時に送ることができるのだ。これは非常に重宝する機能で、現場でも活躍している。
インターネット放送は「見えるラジオ」
音のシステムはRMEを中心に構成
実はWeb放送で一番注意しなければいけないのが「音」だ。私はインターネットによる番組は、いわゆる見えるラジオと考えている。そのためどれだけ聞きやすく、はっきりとした音をネットの載せるかが、番組のクオリティを大きくかえるものであると言えるだろう。今回の番組では最大5名の出演者がいて、それぞれにワイヤレスのピンマイクを使用。5人が同時にピンマイクを使うとなると、アンビエンスのノイズを一気に拾ってしまう現象がおきるため、それぞれの入力に対してゲートコンプやEQといったエフェクトをかける必要がでてくるのだ。そこで使用したのがRMEのシステムだ。RMEのFirefaceUFXとOctaMicⅡを組み合わせて、5本のワイヤレスをコントロール。またパソコンからの音声入力や、トーク中に流すBGMなども全てを一括して調整している。
Total Mixは非常に使いやすいUIで、効率的なミキシングが可能だ
調整にはUFXのコントロールソフトウエアである「Total Mix」を使うことで、各チャンネルにそれぞれゲートコンプとEQなどを施すことが簡単にできるのだ。最終的な2chの音声は同じくRMEのDigiCheckをつかって目視・確認を行い、RMSで-15db近辺の音声MIXを行えばUstreamなどのWeb放送では聞きやすい音質を得られることができる。UFXは配信で使用するMacBook Proに接続し、USBを介してそのままUstream Producerに繋ぎ、直接放送に利用する。また別途2Mixの出力をATEMに戻しておくことで、番組収録のレコーダーにも適切な音を返すように工夫した。
8人で行えるハイエンドオペレーション
スタッフは8名で放送を行っている。クオリティを保つためには必要な人数かもしれない
放送に携わる人数は8名。3人のカメラマン(1台は無人)とスイッチングをするテクニカルディレクター1名、CGやテロップを操作するディレクターが1名、フロアディレクター1名、オーディオディレクター1名、ツイッターやFacebookを管理するSNSディレクター1名である。カメラマンとテクニカルディレクター、フロアディレクターの5名はワイヤレスインカムでつながっており進行のコミュニケーションが放送中に取られている。インカムはアツデンのデジタルワイヤレスDW-01を採用した。
最後に
ATEMの最大の魅力はその価格もさることながら、豊富な入出力インターフェースにあるだろう。8入力というスペックに加え、メディアプレーヤーが2系統あったり、マルチビューが装備されていたり、システム設計において非常に幅の広い可能性を我々に与えてくれる。それにあいまって次世代のメディアともいえるインターネット番組は、誰でも「発信者」と成り得るわけで、この発展途上の市場には大きな注目が集まる。更に高画質・高音質の放送が安定して行えるようになった今、テレビを超える存在になる時代も夢や空想ではなくなっているだろう。ちなみにAdobe映像塾の最終回は2月27日(水)夜9時からで、ゲストはAfter Effectsのパイオニア、ayato@webの藤井彩人さんを迎えることになっている。