筆者がIBC2013に参加したことは先般レポートした通りだ。IBCの舞台となるのは、オランダ、アムステルダム。この地には特有の文化が有り、それは映像と密接に結びついている。今回は、そのIBC会場の外、アムステルダムの町から映像視点でのご案内をしてみたい。

欧州での移動は電車がお勧め

今回、アムステルダムへ行くには、成田からロンドンまでヴァージンアトランティック航空で行き、そこからEUの首都、ベルギーのブリュッセルで電車を乗り継いで移動するという交通手段を用いた。アムステルダムには直行便も出ているのだが、せっかく時間を作って遠路はるばるヨーロッパまで行く以上、一都市だけに移動先を抑えるのはもったいない。それに、詳しくは後述するが、アムステルダムには特殊事情があり、直行便を使う客層が独特で完全に遊びモード。こちらが仕事の場合には気が削がれてしまう面もある。ロンドンはビジネスシティだからどんな時期にでも哀しいくらいにビジネスモードであり、頭の中をビジネスモードのままで持って行くことが出来る。また、IBCなどのコンベンションの時には直行便航空券代金が跳ね上がるのだが近隣空港行きであれば全く影響を受けない。もちろん、到着してからの交通費との兼ね合いになるのだが、私は今回、ロンドン経由にすることで、むしろ平時よりも安く上げることが出来た。

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ヴァージンアトランティック航空の航空機には一機一機に名前がついている。今回はScarlet Lady。彼女は日本便に使われることが多く、非常に良く出会う

ただし、ロンドン・ヒースロー空港は世界で2番目に厳しいと言われるセキュリティチェックを行っている(ちなみに1番は、アラブ諸国と何かと揉め事の多い、イスラエル、ベン・グリオン空港)。これは、長年アイルランド独立運動(IRA)との対立があったのが背景だが、日本の空港のような甘い感じでは無い。小さなスプレー缶はもちろん持ち込み不可。充電器やただのケーブルを含む全ての電子機器、水分は使い捨て目薬でもきちんと別のかごに入れて申請しないとアウトだ。到着便では良いが、乗り継ぎや帰りの便では充分に時間的余裕を取った方がお勧めだ。しかも船舶での伝統から、英国発着の飛行機は、必ず離陸予定時間よりも2、30分ほど早く出発しようとする。他国であれば離陸予定時間の30分前から開始する搭乗も、英国系航空会社では45分前からスタートだ。エコノミー乗客では離陸予定時刻の最低でも5時間前、特別レーンのあるビジネスクラスでも3時間前には空港に到着して搭乗手続きを開始した方がいい。

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ヴァージンアトランティック航空のビジネスクラス。2クラス制の同社ながら、アッパークラスはなかなか快適だ。ヨット風のデザインで、専用ボンクを与えられる乗客は、さしずめ尉官待遇と言ったところ。こうした座席に安く座れるのも、コンベンション時に直行便を利用せず、他都市を経由して鉄道で入るからこそである

ロンドンからは、ロンドン北部、キングスクロスにあるセントパンクラス駅を利用して、ドーバー海峡線であるユーロスターに乗る。ユーロスターのお勧めはPremiereクラスで、これだと、さほどの差額無しに座席が広い上、簡単な食事がつく(更にランクが上のBusiness Premiereクラスでは更に豪華な食事と待合所がつくが、ユーロスターは乗車時間が2時間程度と短いため、お勧めはしない)。

ユーロスターのチケットは、日本で買って置くことをお勧めする。旅行代理店や、RAIL EUROPEのウェブサイトなどで購入できる。ユーロスターへの搭乗手続きは飛行機に似た仕組みであり、出入国や手荷物検査に時間がかかる上、出発の30分前にはチェックインが締め切られてしまう。しかも、荷物の預け入れが出来ないので、大きな危険物を運ぶことは出来ない(例えば、刃物はあまり大きいものはダメ)。とはいえ、飛行機と異なり、電車をジャックしたところで線路からは離れられない上墜落もしないため、飛行機に比べると持ち込める荷物は緩い。カメラの大型バッテリーやスプレー缶、小型の刃物、剃刀、はさみ程度であれば問題は無い。また、乗車手続きの厳しさから車内での犯罪は少なく、トイレもまあまあ実用に耐えるレベルの清潔さであることが多い。

なお、ユーロスターでは、往復共に、乗車前に相手国の入国手続きも済ませてしまう点にも注意が必要だ。乗車前にランディングカード(着陸カード)を記入するのは何とも奇妙な感じだが、ユーロスター独特の風習と思って事前に記入しておくと良い。

THALYSに乗り込む

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タリスの外見は、はっきり言って世界の電車の中で最も格好良い。私は日本の新幹線が最高だと思っていたのだが、タリスを見た瞬間に愕然とした

ロンドンからアムステルダムに行くには、ユーロスターの後、EUの首都、ベルギー・ブリュッセルでタリス(THALYS)という別の新幹線に乗り換える。実はこのブリュッセル乗り換えというのは大変便利で、2年に1度ドイツ・ケルンで開かれる写真の祭典「Photokina」に行くにも、このブリュッセル乗り換えが便利なのだ。ブリュッセルというとあまり日本では馴染みのない街ではあるが、EU本部が置かれている首都だけあって、交通の便などは大変に優れている。

タリスは真っ赤な電車で、外見も車内も大変にお洒落だ。こちらも一等車であればアルコールと食事が出る。非常にサービスも良く快適なので、財布に余裕があれば、差額は食事代のつもりで一等車にしてしまうことをお勧めする。パリ、ブリュッセル、アムステルダム、そして方面違いでケルンと名産地ばかりを通る電車だけに、タリス車内でのビールは飲んでおくべきだ。ただし、大陸ならではのいつものことだがトイレは極めて不潔なので、要注意!また、スリ・置き引きも極めて多いので、大型のスーツケースなど座席に持っていけない荷物に関しては、伸縮式のワイヤーロックなどをあらかじめ持っていって、荷物置場の棚にロックすることを強くお勧めする。もちろんスーツケースの鍵もしっかりとかけること。

OTAKU_vol38_04.jpg 車内のお洒落さも圧巻。食事も美味。ビールも素晴らしい。ただし、乗車に制限がなく、大陸だけあって非常に犯罪が多い。不正乗車も多いため検札は極めて厳しい。国際列車なのでトラブルは問答無用で即逮捕だ。サブマシンガンを突きつけられて駅に降ろされたくなければ、係員の指示には素直に従うこと

このタリスも、事前に日本でRAIL EUROPEのウェブサイトなどで購入しておくことをお勧めする(旅行代理店では扱いのないところも一部ある)。実はタリスの乗り方は独特で、駅での検札が一切無い。そのため、車内で切符を買おうとする者や不正乗車しようとする者が多数いて、そうした人たちを押しのけて座席に座るには、あらかじめ予約した切符が一番の効力を発揮するのだ。とはいえ、タリスの車内検札は極めて厳しい。実は私は毎回タリスに乗る度に逮捕者を見ている。国際線だけあって、不正乗車に対しては全く甘くないのだ。揉めれば、その先に予定があろうが飛行機での帰国予定があろうがお構いなしにいきなり豚箱行きだ。万一チケットを無くしたり、うっかりチケット無しで乗ってしまったりする場合には、余計なことを考えずに素直にその旨申告して、必要ならお金を払った方がいい。こうして到着したアムステルダムは、歴史と文化に溢れた素晴らしい街だ。街は、タリスが到着するアムステルダム中央駅を中心に発展しており、これもまた、タリスによる移動をお勧めする理由だ。

アムステルダムのもう一つの顔

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夜の運河は絵本の中から出てきたかのように美しい。しかし、その両側の赤い光には飾り窓が有り、半裸の女性が手招きしている。これもオランダのもう一面だ

ただし、アムステルダムには歴史と文化の街の他、もう一つ、夜の顔がある。実は、オランダでは買春と大麻、カジノが合法であり、アムステルダムではそれ目当ての観光客が非常に多いのだ。しかもカジノと言っても、ラスベガスのようなきらびやかな感じでは無い。日本の田舎町にある場末のパチンコ屋をもっと柄を悪くして大麻を振りかけたような、日本円で数千円程度の小額のやりとりに命をかける、本物の鉄火場だ。日本からの観光客でも買春やカジノなど、そうした遊びをする者も多いと聞くが、これは全くお勧めしない。

かの有名なアムステルダムの飾り窓で妖しく手招きをする女性たちのHIV罹患率は、なんと7%に及ぶ。また、衛生状態の良いところで生まれ育った我々日本人は、大陸の人たちの多くがごく普通に持っている肝炎ウィルスにも簡単に罹患する。女性たちは国家資格を得て仕事をしているためいわゆるぼったくりの類はないとのことだが、遊ぶには覚悟と相当の免疫力が必要だろう。

大麻にしても、現地の人たちは「タバコと違って害がないのだ」と言い張って吸っているが、慣れない日本人にとっては加減も流儀もわからず、危険なことこの上ない。また、とにもかくにも犯罪率が高い。特に、観光客が大麻で酔っ払っているところを狙うのは定番中の定番となっている。カジノなどで遊ぶなら、警備の行き届いて安全なラスベガスのような街で遊ぶべきであり、あくまでも観光に留めるべきだと筆者は思う。

アムステルダムは自由で本当に素晴らしい街なのだが、王宮前の広場に大麻を吸いながらゴロゴロしている人々を見ると、他人事ながら本当にこれでいいのだろうかと悩まないでもない。筆者は母方がオランダにゆかりがあるという事もあり、色々と考えてしまう。筆者が仕事でEUに入る際にいつもアムステルダム直行便を避けるのも、そういう遊びの雰囲気に飲まれるのを避けるためなのだ。

OTAKU_vol38_06.jpg 夜の街を歩けばこういう店にばかり当たる。大麻ショップとXXXショップが軒を連ねている

実際現地の人もその思いは同じようで、飾り窓エリアは年々縮小し、大麻も外でいい加減に吸うのではなく、コーヒーショップと呼ばれる大麻専門の喫茶店の中で吸うスタイルに変わりつつあるそうだ。とはいえ、今のオランダのこの自由さは、アンネ・フランクに代表されるナチス時代などの厳しい弾圧の反省から発達したとも言われていて、映像作家を含む世界中の芸術家や作家がこの街に集まるのも、そうした自由な雰囲気があってこその事だ。と、なれば、アムステルダムが民間風習に厳しい街になってしまうのも大変に問題があるわけで、色々と模索しながら変化は進むのだろう。

ちなみに、筆者は、仕事以外の時間を、王宮前とレンブラント広場周辺に飲み場を決め込み、仲間と共に、ビール三昧、葉巻三昧、ムール貝三昧で過ごした。アムステルダムは悪い遊びなどせずとも充分に楽しめる素晴らしい街でもあるのだ。

古さの中に最新技術の混じるアムステルダムの街

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古い石造りの建物が並ぶアムステルダムでも、ひときわ大きい建物。はたしてこれは?

さて、PRONEWSで夜の街ばかりを紹介しても仕方が無いので、昼のアムステルダムも少しはご紹介しよう。まずはこの建物、一体何だろうか?実はこの建物は、アップルストアだ。ここより北のアップルストアは中央寄りのドイツと、あとはスウェーデンにあるだけということも有り、アムステルダムのアップルストアは、オランダ国内のみならず、周辺諸国から多くの人を集めている。世界の映像仕事には一つの法則性が有り、アップルストアが有るところには映像の仕事が多くある、といわれる。実際、アムステルダムも映画のロケ地になるだけではなく多くの映像施設が集まっており、そのためにIBCがここで開かれているのだ。

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古い建物の中はアップルストア。ガラス張りの階段の、実にお洒落な建物だ。なぜか店内には犬まで居た

映像技術はそこかしこで使われていて、例えば、オランダで最も伝統ある施設の一つである旧海軍省、オランダ海洋博物館に置いてある復元された木造船、アムステルダム号の記念館にも、ブルーバック合成のちょっとした遊びの設備がある。かつて、東インド会社に所属して太平洋まで来ていたこの船が復元されているのも嬉しいが、その体験設備がブルーバック合成を利用した最新鋭の参加型のものであることにも驚いた。

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オランダ海洋博物館のアムステルダム号。オランダはこんな小さな帆船で世界を制覇したのかと思うと、つくづくたいしたものだと思う

前述のアップルストアもそうなのだが、ごく自然に、古い伝統と最新鋭の技術とが融合しているところが、このアムステルダムの街の最大の魅力なのでは無いかと思う。古い町は、どうしても意図的に最新技術を排除しがちだが、そうすると不便さが少しずつ進み、いずれは寂れてしまう。外見や主要な部分ではしっかりと歴史と伝統を守りつつも、変えられるところは大胆に最新技術を取り入れるあたりに、かつて世界を制したオランダの強さを感じるのだ。

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博物館の施設には、なぜかブルーバック合成設備が。これは同博物館の体験ツアーで重要な役目を果たす。ぜひ、参加してみて欲しい

伝統を守りつつも最新の機材を、という所は実は先月行われたIBC会場でも現れていた。会場内では木造のログハウスが駐車場に置かれ、そこがちょっとしたパブになっていた。建物内でも、フルーツジュースバーは本物の八百屋が展開していて、とても最新映像機器の会場内とは思えない雰囲気であった。

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Cmotion社のブースにあった無線フォローフォーカス展示用のカメラは、木造のお洒落なモックアップだった。適当な古いカメラでもくっつければ良いものを、わざわざこうした木造の洒落たモックアップを作るあたりに美意識を感じる

例えばそれは、RIGにも現れていた。映画の世界を塗り替えたREDシネマカメラやCanon EOS 5D MarkIIから始まったHDSLR動画などでは、どうしても本体機能だけでは十分な撮影を行うことが出来ないため、ここ数年はRIGブームが起きている。そうしたRIG先進国である日本やアメリカでのRIGは、皆さんおなじみの、19ミリ、あるいは15ミリのアルミパイプを基本にした、黒塗りの極めて無骨なものだ。そうしたRIGは、よく言えば質実剛健。悪く言えばミリタリー趣味で味も素っ気も無いものだ。しかし、IBCで見かけたRIGは、そうした概念を覆すものが多くあった。木造で、しかも、非常にお洒落なものが多かったのだ。

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ユーザーが持ち込んで使っていたRIGも最高にお洒落だ。一眼レフでもここまでやれば、立派な業務用カメラだ

よく考えて見れば、オランダのお隣、ドイツのカメラであるARRIのカメラでも、RIGにはハンドルなど、木造パーツや皮が多く使われる傾向がある。欧州の美的センスでは、パイプを繋いだだけの無骨なカメラで映像を撮影することは、許しがたいことなのかも知れない。

もっと言えば、昨年ケルンのPhotokinaで発表されたハッセルブラッドの「Lunar」などは、Photokina会場では、中身がSONYのNEX-7であることを隠してもいなかった。NEXに両面テープで木のパーツや革のパーツを貼り付けた分解展示を見せつけて「これがハッセルブラッドの次のカメラだ」と展示していたのだ。光学や機械部分、電子パーツが同じでも、RIGや外装によるデザインの良さや使い勝手の向上だけでも十分な意味や価値がある、と考えるのが欧州流なのだろう。思えば、私が好んで使う英国の鞄、グローブトロッターも、色や四隅の皮の材質が違うだけで値段が倍も違ったりする。そういう見た目に価値を見いだすのが、欧州の文化で有り、歴史がある国の矜持なのでは無いかと思える。

オランダでは、自国が落ち目になったときにも出島にて特別待遇を続けてくれた徳川政権下の日本に対する認知度が高く、我が国日本の文化は非常に高く評価される傾向にある。日本風というだけでものが売れるため、多くの日本工芸品の贋作が生まれ、未だにそれは国内に流通しているという。そうした現象が起きるほどに世界に誇れる文化を持つ我が国が、未だにパイプむき出しの無骨なRIGや撮影機材、鉄骨とガル板だけのむき出しのスタジオを使っているというのも、思えば不自然なことなのかも知れない。

せっかく東京オリンピックも開かれることが決まったことであるし、ここは一つ、デザイン的にも使い勝手でも優れた、一目で我が国の文化がわかる撮影機材や撮影環境作りにもチャレンジしてみても良いのかも知れないし、また、オリンピック関連の映像設備では、国の顔としての役割からも、そのあたりを真面目に考えてみた方がいいだろう。特にRIGであれば、ちょっとした工作で誰にでも作る事が出来る。身近な工夫から始めてみようと思う、オランダ・アムステルダムの旅であったのだ。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。