映画「スター・トレック イントゥ・ダークネス」映像編集とサウンドデザインの立場から
アビッドは、InterBEE2013期間中に映画「スター・トレック イントゥ・ダークネス」の制作チームのトークショーをプレス向けイベントの中で行った。映像編集担当のマット・エバンズ氏とサウンドデザイナーのウィル・ファイルズ氏に、アレンジャーやベーシストとして活躍している池頼広氏がインタビューを行うというものだ。スター・トレックのいろいろな制作秘話を聞けたので、その様子を紹介しよう。
サウンドデザイナーのウィル・ファイルズ氏
カリフォルニア州にあるジョージ・ルーカスのスカイウォーカーサウンドでサウンドデザイナーおよびリレコーディングミキサーとして活躍中。「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」、「ブレイブ」、最近では「スター・トレック イントゥ・ダークネス」など多数のハリウッドの超大作映画に携わっている
編集担当のマット・エバンズ氏
98年にキャリアをスタートし、長編映画やテレビ番組で編集に携わってきた。製作会社バッドロボットで「スター・トレック イントゥ・ダークネス」、「スーパーエイト」など、いくつかのJ・J・エイブラムス作品でアシスタントエディタとして活躍
効果音で面白さを感じてもらう
池氏:最初はウィル氏に質問です。僕は作曲家をやらせていただいて映画にも関わっているのですが、音楽家としていろんなことを表現できるのは音楽や台詞以外に効果音でも可能だと思います。映画の中での効果音の役割をどう考えますか?
ウィル氏:効果音の役割というのは、体験を現実のものと捉えたり、よりエキサイティングにそのシーンを作り出したりするために活用されていると思います。例えば、感情を表す部分は音楽の部分で表現され、効果音は面白いユーモアな部分を表すのに適していると思います。
池氏:込み入った質問ですが、例えばフットステップがありますね。
ウィル氏:効果音は演出のものとして感じてもらえる効果のほか、面白さを出すことができるものという意味もあると思います。足音の場合は、大変にシンプルな効果音だと思われるかもしれませんが、とても面白いことを感じてもらうことができます。今回のスター・トレックにおける例で説明しましょう。
例えば今回のスター・トレックの場合は、ほとんどのセットが木製でした。しかし、あの宇宙空間を表現するためにあたかも鉄や、プラスチックなどの素材感を出すことが大切です。ですので、実際の足音をハイテックの音に置き換えました。そして、スコッティという愛称の三枚目役がスター・トレックに出てきます。スコッティの場合は、大変怖いドキドキする場面の中でもちょっとしたほっとする瞬間というのをオーディエンスに与えることが重要です。そこで、わざとキーキー鳴るような、あたかも古くなった運動靴を履いているような音を出しました。このように、効果音をうまく使うことで無意識のところに訴えかけることができるのです。
池氏:深いですね。そういわれてみればそうでした。次の質問です。音響的な演出は、日本ではだいたいサウンドエディターが行います。あまり意見は求められないのでそのまま進行していきますが、ハリウッドの映画で音響的な演出は、どなたがされますか?
ウィル氏:ハリウッドのサウンド関係は、チームが編成されています。まず、サウンドエディターという監督的な役割の人がいて、その人がクルーの取りまとめ役をします。どういったスケジュールで進めていくのか?どういった予算でやっていくのか?というのを決めていきます。
もう一方で私のようなサウンドデザイナーという実際にアートの部分を担当する者がいます。通常、私の元に少人数のサウンドエディターがいます。そして、私がその場で作った、または自分が持っているサウンドライブラリーから、このシーンにはこういった音を入れようと決めて、彼らに渡します。
彼らはトラックに必要なカットに合わせる形で盛り込んでいきます。ただ、そのまま彼らは使うのではなく、各トラックに乗せる際に独自のクリエイティビティというのを発揮していきます。チーム編成に関しては、もちろんフィルムがどれだけ長編なのか、それとも短編かによって異なりますが、短編の場合ですと、私は全部を担当するということももちろんあります。ただ今回のスター・トレックのような大作になりますと、チーム編成で作業を進めていくことになります。
池氏:日本の映画ではあまりチームになっていないし、エディターと別れていないですよね。次の質問です。サウンドを作るときに、音楽を想像したりすることはありますか。
ウィル氏:私はサウンドを作るときは常に音楽的に想像します。特にリズム感というのは大事にします。例えば、あるシーンに音楽が付いている場合には、それを元にそれに合うようなサウンド効果というのを作り上げています。具体的な例を挙げましょう。
何年か前に「レミーのおいしいレストラン」という長編アニメーション映画に関わったときの話です。音楽を担当したのは今回スター・トレックと同様、マイケルジアッキノでした。ある場面でねずみが集まって一生懸命夕食を作っている場面がありまして、単にサウンドをカットごとに入れていきました。でも実際にその音楽とサウンドとビジュアルを融合して見てみると、本当はねずみが踊っているわけでなく楽しそうに料理をしているのですが、料理をしながら音楽に乗せたスウィング感が必要でした。そこでもう一度サウンドのリカットを行い、その背景に流れている音楽とビート的に合わせるようにしました。最終的には、4フレームぐらいサウンドのほうが音楽から外れてしまっていたのですが、ビートのところが合っていたのでとてもスウィング感を出すことに成功しました。
左からトークショーのメインホストを務めるアビッドの西岡崇行氏、特別インタビュアーの池頼広氏、ウィル・ファイルズ氏、マット・エバンズ氏
一番素晴らしい効果音は無音
池氏:次にマッドさんに質問です。僕も音楽を作る上で、たまに凄いいエディティングだなと思ったりするときもあります。マッドさんにとってエディティングのもっとも重要な要素はなんでしょう?
マッド氏:映画によって、なにを求められているのか異なりますので、エディットを行うにあたっての重要な要素はまちまちです。ただ往々に言えることは一番大切なのはパフォーマンス。2番目がペーシングです。
ペーシングに関しては、テンプミュージック(仮の音楽)に合わせた形で、初期段階で決めていきますけれども、われわれがカットするときには、テンプミュージックに合わせてカットするということはいたしません。というのもテンプミュージックというのは変更される可能性がありますので、私はあまりテンプミュージックの虜にならないようにあえて心がけています。プロデューサーによってはあまりにも音楽に気持ちが入ってしまって、それが全面にでてしまうということもあります。
例えば映画「クリムゾン・タイド」で活用されましたハンス・ジマーが作曲した曲ですけれども、あれはあの曲が使われたシーンには合っていましたが、あの曲があの映画のすべてのメッセージを伝えるようなものではないと思います。
あくまでもリズムは活用していく。リズムを作り上げることによって感情を高める、ということを私はエディットを行うことによって目指しています。そこにミュージックがあって、そしてそれをエディットすることによって、そのシーンでかもし出そうとしている感情を高めるというふうに考えます。
池氏:エディティングのポイントみたいなところで、プロデューサーと意見が違ってしまうことはありますか?
マッド氏:今回のスター・トレックに関してはありませんが、他の現場で確かにプロデューサーとエディターの意見が合わなかったというケースもありました。その時お互い戦いになってしまうわけですけれども、例えばエディターの意見と監督の意見が同じで、プロデューサーだけが違ったところでカットしましょうという場合ならば、往々にして監督のバックアップがあるエディターが勝つというような構図になっています。
エディター対ディレクターの場合には、ディレクターが勝ちます。今回のスター・トレックはJ・J・エイブラムスがディレクター兼プロデューサーですので、やはり最終的な決定権を持っているのは彼です。常にエディターが、正しいというわけでもありませんので、そういった意味で、J・Jは常に側近をチームメンバーに入れて彼の協力者としてチームを編成しています。
池氏:次の質問です。エディティングをしながら、ここは絶対に音楽がなければ駄目なシーンだなとか、思ったりすることはありますか?また、音楽がここの位置に入るということを知っていてエディティングをするのでしょうか?
マッド氏:凄くいい質問です。例えば、モンタージュのような場合ですと、音楽が必要であると考えています。特に時間的に2人の主人公が出てきて、お互いに違った道を歩んでいくとか、まったく違った方向に進むというようなシーンがあった場合には、なんらかの時間的な広がりをそこで表現する必要があります。そういった場合には必ずといっていいぐらい音楽が必要です。カットしようとしているところに音楽がないときには、テンプミュージックのエディターにお願いするということもありますし、それから自分で自分の好きな音楽をそこに挿入してみて、ここだなと思うところでカットしたりします。
もう一方で、もともととてもドラマがあるようなシーンの場合ですと、私は決してミュージックでカットはしません。というのも、感情が凄く高まっているようなドラマティックなシーンの場合には、音楽がなくてもそれなりに成り立っているので、音楽なしでカットしています。あとで音楽を追加することによってより感情効果というのを増幅することができるかもしれませんが、カットするときにはノーミュージックです。
池氏:ウィルさんに戻って質問します。一番効果音がいいと思われる映画はありますか?ご自分の作品の中からでもかまいません。
ウィル氏:私は“無音”が一番素晴らしい効果音だと考えています。特に今回のスター・トレックがそうなのですが、2~3回この映画の中でも無音効果というのを活用しています。
シーンの中で、エンタープライズのところから2人のキャラクターが脱出するようなシーンがあるのですけれども、その脱出する寸前のときに凄い音が出て、それを見ているオーディエンスはもうどうなるんだろう。ハラハラしているわけなんですね。しかし、実際に脱出するときに取っ手がぱっと開くと、オーディエンスはそこで吸い込まれるような効果音を期待しているわけなのにあえてその瞬間は無音状態にしました。そうするとオーディエンスもまったく自分たちが期待していなかった場面がそこに展開されます。凄く効果的で大変オーディエンスにも気に入られているシーンです。やはり一番良い効果音は“無音”だと思います。
池氏:マッドさんにとって一番エディティングがいい映画ってなんでしょうか?
マッド氏:壮大な質問なので、1つの映画の名前を挙げることはできません。けれども、エディットされたことをオーディエンスに意識させない映画が、一番素晴らしいエディット作品だなと思います。簡単にいうならば、ここのところでカットが存在する事を感じさせないということです。
もちろん、人によってはジャンプカットといって、わざと違和感を与えるためにそういったカットを入れる場合もあるとは思いますが、私自身はカット感が感じられない、ペーシング感が感じられない、なぜ自分はこのシーンを見て、こんな気持ちになるのだろうな、ということを疑問視させないような作品が、もっとも素晴らしいエディットだというふうに思います。
まとめ
「スター・トレック イントゥ・ダークネス」は、現在も一部の映画館で公開中だ。ここで紹介したウィル氏が手がけたサウンドやマッド氏の編集をリアルに体験していただくためにも、DVDで鑑賞するのではなくぜひ大画面の映画館で楽しんでほしい。