変わりゆくモノ作りのあり方
NAB ShowやIBCなど海外の映像機材展示会に行くと、ここ近年は大手メーカーよりも、明らかに中小零細のベンチャーメーカーの進展の方がやたらに目立つ。DSLRのサポートリグなどを発端に、様々なビデオサポート機材メーカーや、GoProなどのアクションカメラやその周辺ガジェット、タイムラプスシステムやiPhoneビデオ関連のサポートツールやアプリ、そして最近流行りの3軸ジンバル等、映像制作のすき間産業を埋め尽くすように、実に種々雑多なメーカーが映像制作ツールの世界でも溢れている。
そしてこのほとんどが「ファブレス(Fabless)メーカー」と呼ばれる、いわゆる自社に工場を持たないメーカーで、企画から設計 / 開発のみを自社で行い、実際の製造・生産はアジア圏などの下請け企業に発注するというメーカーだ。元々半導体メーカーから始まったこの潮流は、アップル社なども含めて現在ではかなりの分野まで拡散している。例えばゲームメーカーの任天堂や飲料メーカーのダイドーなど、様々な分野でこうした製造方法が台頭してきているようだ。
映像業界では、2009年からのDSLRムービーのブーム以降、ビデオ制作自体のすそ野が大きく広がったこと。映像制作ツールの製造、そしてコンテンツ製作にまで細分化され、さらにその2008年10月に起こったリーマンショックによって、大手企業での新規ビジネスへの投資にブレーキが掛かり、またハリウッド映画に代表される大規模映像コンテンツへの投資撤退などもあって、現在のような傾向の起因になっていると思われる。
こうしたファブレスメーカーの多くは、開発初期の資金調達に苦しむケースが殆んどだったが、近年、こうした企業が数多く現れたことを背景に、これを支援する仕組みとして世界中から資金調達する方法としてここ数年注目されてきたのが、クラウドファンディングだ。
すでに周知の概要だとは思うが、おさらいとして簡単に紹介しておくと、Crowd Funding(造語 ※クラウド=Crowd(群衆)、Cloud(雲)ではない!)=群衆による資金調達は、インターネット経由で不特定多数の人からの資金調達を促し、目的達成のための財源協力を求める手法。すでに世界で500を超えるサービスが存在しているといわれる。
クラウドファンディングには、寄付型(見返り無し)、購入(リワード)型、金融型などが存在するが、現在知られていて一般的に分かりやすいのは購入型のクラウドファンディング(製品や作品、イベントプロジェクト、サービスなど金銭以外のリターンが発生するもの)で、日本でもすでに、READYFOR?や、CAMPFIREなど、国内独自の購入型クラウドファンディングサービスが立ち上がっている。
実はこのうち、未公開株式企業にネットを通じて誰でも投資できる仕組みクラウドファンディングは、現行の安倍政権の規制改革会議においても取り上げられており、いまその枠組みが検討されている注目の新型投資機構でもある。また今年4月には「クラウドファンディング協会などの団体も発足するなど、今年2014年は、日本でもまさに「クラウドファンディング元年」と叫べる年なのである。
Kickstarterと映像分野の蜜月な関係
CineGear Expoで見かけた、ラグ状の自由形LEDライトシステム「RagLite」。こちらも現地での話では、現在Kickstarterで出資を募っているということだったが、6月中旬にキャンセルされていた。CGE出展で新たな出資者が見つかったかな?
そんな中でこの存在を知らしめて注目を集めてきたのが「Kickstarter」だ。バイクのエンジンの初動をつける仕組み=キックスターターを、クリエイターと寄付者が共同でモノづくりを行う場として考案され、そのプロジェクトスタートのための運転資金調達を目的としたこの仕組みは、購入型のクラウドファンディングの先駆的な存在として、2009年にアメリカで旗揚げされ、2012年以降のここ2年で急速に成長しその名を知らしめている。
今年6月末の時点で累計152,824のプロジェクトが立ち上がっている。Kickstarterはプロジェクト自体への“投資”ではなく、新商品のテスターとしてその見返りを得るほか、関連イベントへの参加権やオリジナルTシャツの提供、もしくは関係者との食事会参加など、あくまで該当プロジェクトのバックアップのみが出来る仕組みだ。
また目標最小金額の設定義務があり、それに到達しなければ、全額Backer(資金提供した支援者)に返金され、起案者は一部の資金も得る事ができない。2013年には公式のiPhoneアプリまで登場している。このうちJapanからの発起プロジェクトで検索してみると、その数は235、「Tokyo」「Japan」のみで検索すると115のプロジェクトがヒットし、そのうち約半数の126(Japan)、うち60(Tokyo)プロジェクトが、ファンディングに成功(予定額以上の資金が集まり、プロジェクトが遂行)している。
Kickstarterのうち、13の投資ジャンルとその中の36のサブジャンルに分けられており、その中に“Film&Video”というジャンルが存在し、様々なジャンルの映像作品製作を支援するためのプロジェクトが開設され、現在までに世界中で36,535の映像制作プロジェクトが立ち上がっている。またサンダンス、トライべッカ、SXSWなど、いまアメリカで行われている主要映画祭のうち、約1割が、なんとKickstarterによる寄付金で製作されているという。
また“Theater”ジャンルでは上映会イベントの開催や、“Technology”ジャンルの中では、Camera Equipmentなどのツール製作も多く見られ、映像とKickstarterの関係は非常に密接だ。
miggo:Photonext 2014 / 銀一ブースにて展示
製品関係でいえば、例えばこの6月中旬に開催されたPHOTONEXTに出品されていたニューブランド「miggo」は、マンフロットに吸収されたKATAからスピンオフしたメンバーが新たな製品を企画して、Kickstarterを発端に起業したブランドだ。今年の3月には見事に1,551名のBackerを集めてファンディングを成功させ、目標額の約4倍(404%)に当たる80,863ドル(約825万円)を集めた。
製品はラッピング状態のカメラ・ソフトケースを解くと、そのままネックストラップやグリップホルダーに変身するという2ウェイに使えるアイディア商品。小型のDSLR用ストラップ&ラップと、ミラーレス一眼に対応したグリップ&ラップの2種がある(国内では銀一から8月出荷予定)。
また、今月7月5日に出資期限を迎えるフランス製の360°全周囲がMP4で撮影できる、フルHDカメラ“The 360cam”も話題沸騰のニューガジェットだ。
こちらはすでに3,500人以上のBackerから、当初の目標額150,000ドルを大きく上回り、その800%以上となる1,250,000ドル(約1億2800万円)以上を集めている。ファウンダーの開発者の一部は元アップルで働いていたという経歴を持つ技術者たち。このケースの出資プランを見てみると、最低1ドル以上の出資が可能であり、まず1ドル以上で、サイトへの名前の掲載&360camのアップデートのお知らせの送信サービス。
そして25ドル以上になると、Tシャツ(別途送料15ドルが必要)が貰え、いよいよ329ドル(約3万3600円)以上からThe 360camの実機として、本体と水中用のレンズキャップ(ゴーグル)のセットが貰える。その後、349ドル~579ドルまでグレードアップしたキットがあり、最上位の689ドル(約7万円)以上の出資者には、The 360camと全アクセサリ(水中レンズキャップ・電球ソケットアダプター・イーサネットビデオストリーミングベース)のセットが送られるという仕組みだ。
さらに面白いのは、資金調達の達成度で、その内容がグレードアップされ、Stretch Goal(伸長ゴール)が3段階設定されているところだ。当初の15万ドルを超えた段階で製品の製造が成立するが、50万ドルの段階でカラーバリエーションがで作られ、75万ドルを超えると全周360°モードに加えて、130°×3方向(各1440×896p / 40fps)と107°×3方向(1280×720p / 60fps)の撮影モードが追加される。
さらに100万ドルを超えれば、1180アンペアのリチャージャブルバッテリーも搭載するとしている。そういう意味ではすでに100万ドルを超えているこの製品は、Stretch Goal 3を確実に達成されたことになる。
このように、これまでの固定化、画一化したモノづくりとは一線を画した、お金集めとユニークなアイディアをクリエイターと共有できるのも、こうしたクラウドファンディングでのモノづくりをさらに魅力的にしている点だろう。
お金儲けが不得意?!な日本の映像制作業界
CP+2014でも展示されていた、古いハッセルブラッドにiPhoneを装着してデジタル撮影できるBADASS CAMERA(AMBIVALENT)の「Hasselnuts」。これもKickstarterで出資を募り、結局、目標額の327%にあたる、32,678ドルの出資が集まり、昨年10月にファンドを終了している
海外の展示会視察を見終えていつも思うことの一つに、InterBEEに代表される日本の映像関係の展示会やトレードショーでは、あまり映像自体のビジネスにおけるお金儲けのためのセミナーや講演会というのはあまり開催されていない。元々技術系の展示会であるから関係ないといえばそれまでだが、例えば先日シンガポールで開催されたBroadcast Asiaなどでは、4K、8Kといった最新の映像技術の議論と同等に、最新の映像ビジネスについて、どうやったら儲かるのか?マネタイズに関する議論される場が用意されているケースは非常に多いのである。
日本の映像人は、技術とマネジメントの隔たりが大きく、どうもその間のお互いの関与への偏見からか、この分野におけるビジネス研究やPRも不得意であり(少なくともそのように見える)、またこれまでの日本の映像業界はテレビ局を頂点としたヒエラルキーによって成り立っていたことで、組織のなかではその議論はあまり必要ではなかったように思う。
しかしいまや映像自体が細分化され、誰もがこの分野に参入出来る状況である。そうなれば必然的にビジネスのすそ野も拡げて行く必要があり、技術者やクリエイターがもっと積極的にビジネスに参画することは必須になるのではないだろうか?
いま日本には、約1600兆円におよぶ個人資産が眠っていると言われている。そこに「金のなる木」の鉱脈があるかどうかはさておき、アベノミクスに乗じたクラウドファンディングに着目される今、あなたの思いついたアイディアを実行に移し、独自の映像ビジネスを世界に向けて切り開くチャンスが訪れているのではないだろうか?
こうした仕組みを利用しつつ「モノづくり日本」の魂を受け継いで、映像制作自体、そして映像制作ツール開発の分野でも、世界中をアっと言わせるような製品を連発して欲しいものである。