All images courtesy of 2016 Seki Kazuya
txt:石川幸宏 構成:編集部
スペックだけでは推し量れない機材とその使い方
高解像度化、大判センサー、レンズバリエーションの増拡大や新コーデックへの対応、そしてHFRやHDRといった新たな表現域など、シネマカメラ周辺の機能やスペックの進化が慌ただしい現在。最近ではCMやTVドラマにもシネマライクな表現が求められるハイエンド映像の世界では、機能やスペックといった機械的な通常進化だけではすでに市場は満足しなくなってきている。例えば最先端を行くと言われるNetflixやAmazon.comなどのネット配信系ドラマ制作では、4K制作スタンダード化を含むその映画品質なクオリティキープに加えて、TVドラマ以上の制作スピードアップやマルチデリバリーフォーマットへの迅速対応などがすでに求められている。
ゆえに世界標準の撮影機材には、カメラのスペックだけでは推し量れない。制作現場での多くの工夫や利便性、デザインもしくは撮影者の様々なアイデアをフレキシブルに受け入れられるような柔軟性が必然として求められてきている。しかし、そうした性能や閃きをカメラや周辺機器に持たせるにはどうしたら良いのか?普段は日常の開発業務に追われ、生の撮影現場やポスト作業にはほとんど縁のないカメラ設計・開発者にとって、これはなかなか見えて来ない難題でもある。
2015年12月、ソニーのカメラ・映像機器開発の心臓部でもある、厚木テクノロジーセンター(神奈川県厚木市/以下:厚木Tec)の敷地内で興味深い試みが行われた。これまで数々のプロフェッショナル映像機器、そしてF65、PMW-F55、PXW-FS7/FS5などのシネマカメラ群の設計・開発の拠点でもあるこの敷地内で、実際に映画・TVドラマを想定したロケ撮影が行われ、社員が実際にその現場を自由に見学し、生の撮影現場とスタッフから実地的に現場とカメラの使い方を学ぶというユ二ークな社内セミナーが開催された。
そのモチーフ作品とコンセプトビデオが一般公開されたようなので、その概要と目的、そしてそこから見えてくるこれからのカメラ開発を考察してみたい。
生の現場で思考するシネマカメラ設計
デジタルビデオカメラの進化によって、近年は大判センサーやRAW・Log収録、さらにはビデオ時代から大きく拡がったダイナミックレンジを実現する、シネマカメラが市場を席巻しているのは周知の通り。国内外を問わず各メーカーがしのぎを削るシネマカメラ開発は日進月歩の進化を続けており、常にその中で新たなアイデアを盛り込んだ製品を出し続けるメーカーの苦労は想像以上のものだと思う。そんな中、スペックや数値での進化は、そのものの市場昇華が進み、生産工程が安価になれば、技術的には簡単なのかもしれない。しかし、現場におけるリテラシー(使いこなす能力や常識)や刻々と変化するユーザートレンドは基本的な技術とはまた違い、さらにはユーザー分野によっても様々で、一概に何が正しく何が間違っているとは言い切れない。むしろやり方は異常だが、結果的に良い画が撮れれば、それが“正解”という世界だ。
カメラにどの程度、どんな機能を持たせればよいのか?それを知るのは多くの現場を体験することが一番だが、現場のノウハウやアイデアの展開はちょっと覗き見したくらいで理解出来るものではない。ソニーでも実際に、これまでも撮影現場での視察研修は数限りなく何度も行っており、もちろん国内外を問わず、技術者が現場へ赴いて現場での使用感等のリサーチをして来た。おそらくメーカー各社もそうだろう。しかし1、2回、数時間の見学で、たとえ非常に協力的なスタッフがいたとしても、実際の撮影現場で、撮影目的外の関係ないことを根掘り葉掘り細かくリサーチすることは、慌ただしい撮影現場ではほぼ不可能だ。結局は消化不良やアバウトな感覚でしか理解出来ないことも多いという。
普段はあまり社員も訪れない通称ダクトストリートでは車載カメラでの疾走シーンが撮影された
そこで今回は、あくまで「社内セミナー」という目的優先で、実際の映画撮影を想定したロケ撮影を行い、しかもロケ地を厚木Tecの中だけに限定して行うことで、開発者は仕事の都合を合わせて自由に見学することが出来、しかも撮影中の本番以外、撮影スタッフに様々な質問ができるワークショップ的なセミナーとなった。また撮影後には完成した映像制作工程を一気通貫した制作解説セミナーも実施。プリプロダクションからプロダクション(ロケ撮影)~ポストプロダクションから、最終的なDCI 4Kによるシアター上映までという最先端4Kパッケージ制作を、まさに制作者目線で体現出来るというものだ。厚木Tec内の施設の各所がロケ現場に選ばれ、日常業務で使用している会議室や階段スペースがライティングと演出でどのように変化し、映像化されるのかをこの日、開発スタッフは実体験した。例えるなら「一流の料理を作るシェフのための料理道具を作る人が、その料理の仕方をきちんと知らないで、本当に優れた道具を作ることが出来るのか?」ということである。ならばその料理の仕方をきちんと見て理解しておこう!というのがこのセミナーの主旨だ。
現場見学、スタッフへのヒアリングと同時に、エキストラとして参加するソニー社員の方々
メーカー関係者でない方は「そんなことも知らないでカメラ作ってたのか?」といった疑念も湧くかもしれないが、いまやカメラの専門家ばかりだけがカメラ開発をしているわけではない。多くの他分野技術が必要になっている。例えばWi-Fiシステム関係の設計者は、昨年まで携帯電話やスマホの開発部門にいた人が参入していたりするわけで、そうした技術者達にとってこのプロフェッショナルな映像制作という不可解な世界は、何とも得体の知れないラビリンスに迷い込んだようなものだ。その知りたい世界を実体験できるチャンスとあって、今回はシネマカメラ開発スタッフのほかにもαカメラの開発スタッフも含めて数多くの技術者が参加し、のべ総勢200名に近い参加となった。
「海外TVドラマ」制作をモチーフにライティングとカラーグレーディングを重視
Into The Deep
今回のモチーフ作品「Into The Deep」(出演:仲村瑠璃亜、鈴木秀和、Jermy Eaton、日辻大河、猿田守一)は、近未来の荒廃した地球を舞台に、やがて海底に沈もうとしている地表から逃れるため海底都市計画への不穏な陰謀に紛れ込む男女の模様を描いたSF風のストーリー。Netflixなどネットドラマ制作を意識した作風を目指して制作された。
監督と撮影監督を兼ねて制作の陣頭指揮をする貫井氏
監督・撮影監督を務めたのは映像作家であり、αシリーズで世界遺産を定点撮影で撮り続けている「αCLOCK」企画のフィーチャーアーティストでもある貫井勇志氏。貫井氏は2000年台初頭まで10年以上ロサンゼルスを拠点に活動しており、スチルとともに映像撮影の技法に関しても、その撮影ノウハウやライティング設計、編集やサウンドへのこだわりなどもハリウッドをベースで培われ、今回も本格的なDPシステムで現場制作された。
メインカメラはF55を使用、室内のメインカットはARRI Master Primeレンズで撮影、すべてフル4K収録、S-Log3で収録された
また、メイキングやコンセプト映像の撮影には、最新機種のPXW-FS5が使用されている
Libec のSwift Gibでのシーンなど効果的にα7Sがセカンドカメラとして投入
使用カメラはPMW-F55をメインカメラに、レンズはARRIのMaster PrimeレンズとCarl Zeissのコンパクトズーム、CZ.2シリーズを採用。また特殊アングルなどのサブカメラとして随所にα7Sが使用されている。
カメラオペレーションは古屋幸一氏が担当
実際のカメラオペレーションには古屋幸一氏、DIT&ポストプロダクションにはPRONEWSでもおなじみの林和哉氏が担当。その他撮影部、照明部、演出部、制作部はもちろんのこと、本格的な設定を創り出すために脚本家、プレビズ制作、サウンドデザインなど、小規模ながらも本格的な撮影&制作スタッフが揃えられ、特にライティングとカラーコレクション、また“コンティニュイティエディティング”と呼ばれるカットの連続性を意識した編集技法や、ハリウッドのサウンドデザイナーが音響面を担当するなど、綿密な制作設計が施された。
プラズマ光源による次世代の照明機材、HIVEも導入、短距離でも強いビーム光を演出
照明は従来の照明機材に加えて、限られた空間の中でより効果的な演出効果を得るために、いま海外の現場では評判になっているプラズマ光源を使用したHIVE Lighting社の「HIVE BEE プラズマフラッドライト」「HIVE WASP プラズマパーライト」と、ARRIの新世代LEDソフトライトの新製品「SkyPanel(S-60C/RP)」を投入。
「HIVE」(国内取扱:ケンコープロフェッショナルイメージング)は、HMIに変わる光源として注目されるプラズマ光源(非電極光源)を採用した照明機材で、小型ながら過度な発熱がなく演色性に優れ、耐久性も30,000時間とバルブ寿命も長いのが特徴だ。今回の撮影では短距離でシャープな光線を演出するなど随所で使用された。
ARRI SkyPanelも随所に投入。演出の指示により微妙な色調整もS-60Cのカラー調整機能で簡単に実現できたという
ARRIの新製品「SkyPanel」(国内取扱:ナックイメージテクノロジー)はスリムな筐体の中に最新技術を盛り込んだLEDパネルライト。カラー調整が可能なCシリーズは2,000個の赤、緑、青、白色のLEDにキャリブレーションを施し、フルカラー調整、サチュレーション調整のほか、色温度(2800~10000K)、プラスマイナス両方向にフルレンジのグリーン相関が可能。また燐光タイプで青色LEDのみを使用してCシリーズよりも10%光量アップのRPシリーズがあり、その双方が使用されている。
照明技師の渡辺大介氏によると、
渡辺氏:2人の役者の間を下からのビームライトで演出するカットでは、当初サーチライトで演出することを検討していましたが、セリフを同録するシーンだったので、サーチライトでは電源の音が大きいため、ここにHIVE BEEを使用することにしました。結果は小型で静音、しかも短距離でもキレイで強くシャープなビームライトが演出できました。とても光軸がしっかりしていて、色も非常に良いですし、あの消費電力であの光量は非常に使いやすかったです。
SkyPanelもとても明るい強力なLEDパネルで、特にCシリーズは細かい色調整も非常に簡単に素早くできることも便利で、今回のような時間のない中での大掛かりなセッティングにはとても有利でした。
さらにDCI 4Kによる劇場上映を考慮して音響面にも細部にこだわり、米カルバーシティにあるソニー・ピクチャーズ エンタテインメント内で実際にTVドラマのサウンドデザインを手がている石川孝子氏によって本格的なサウンドデザイン処理が施され、その結果は演出上でも大きな役割を果たしたようだ。
貫井氏:怪しげな部屋での男女の会話シーンでは、スモークの代わりに片栗粉を粉塵として使用し、その中に強いビーム光を当ててその空気感を演出しました。実はこのカットではキラキラと光る片栗粉の粒子一つ一つに対してカラコレで調整を施しています。ここまで細かく出来たのもこの照明機材とMater Primeレンズの圧倒的な解像感があって実現したもので、とても演出の助けになりました。
Master Primeレンズはやはり大型映像向きなレンズだと感じた瞬間でしたね。サウンドデザイン面では未来の不安を予見させるようなサウンド効果を随所に入れてもらうように細かい要望を出しました。出来上がってきたサウンドは要望を満たしつつ全て詳細にトラック分離していてミックス作業での効率が良く、MA時のミキサーさんの作業も非常にスムーズに行う事が出来ました。
機能スペックから現場感覚シフトの時代へ
普段は会社施設として使用されるスペースが異空間へ変わって行くことを、技術者たちは目の当たりにできる貴重な体験となった
機能やスペック面では各社のシネマカメラもさほど差異がなくなって来ている現在において、表現世界の道具としてシネマカメラがこれからどういう発展を遂げて行くのか?4K、8Kといった単なる解像度アップは進んで行くだろうが、あとは機材の個性とユーザーの嗜好で作品によってどういう選択をするかということで、いまは創る側としてとても選択肢の多い恵まれた環境でもある。
しかし、それと同時にあくまで個人的な意見だが、いまデジタル技術のある意味での限界、もしくは表現世界での臨界点というのが見えて来たような気もする。映像のアナログ感覚=“フィルム撮影”というわけではないが、これは非常に感覚的な表現だが、どこまで行ってもデジタルはデジタルでしかなく、その時代の歩留まり技術だ。過去に映画の世界が体験してしまったスーパーアナログにはどうにも追いつけないといった感覚もある。ここ近年、「スター・ウォーズ」のような大バジェットの映画作品の多くがフィルムで撮られているのも、素材はフィルムで撮影しておけばデリバリーだけはその時点での最新デジタルで配信すれば良いのだ。
また、コダックなどが進めているフィルムとデジタルのハイブリッドカメラといった新展開や、フィルムスキャナー技術の見直しや新製品の登場など、業界全体にアナログ技術への信奉とも窺えるような動きが、いま少なからずある。音楽レコードも印刷など、どの業界にも一度死んだはずのアナログ技術が、新たなファッション性や文化的付加価値を伴って市場に蘇生する例はこれまで幾多となく見て来た。フィルム回帰でなくとも、現場でのアナログ感覚の重要性などは、今後の映像の世界でも大きく注目されてくるかもしれない。
とはいえ、すべてをいまデジタルからアナログ撮影に戻すことは、他の業界と同じく不可能なわけで、再びフィルムが市場を席巻する、ということにはならないだろう。しかし現場のアナログ感覚の中にある撮影ノウハウの摂取は今後のデジタルシネマカメラ開発においても重要なポイントになることは間違いない。そこを見据えた製品展開も、メーカー内でのこうした試みで開発者が実際に生の現場を体験し、数値には表れないアナログ感覚を感じることで、とても重要だ。4月中旬に控えた2016 NAB Showでの新たな発表も含めて、今後のソニーの展開にも大いに期待したい。
タイムラプス撮影などで使用するKessler社のCineDriveにα7Sを装着して、自立回転させながら特殊なアングルでの撮影も行われた
なお、今回のセミナーコンセプトやその目的については、下記のサイトで公開されている。