米カリフォルニア州ハリウッドから、ハリウッド・フリーウェイ(101号線)を5kmほど北上したユニバーサル・スタジオのすぐ近くに、パナソニックの映像研究機関の米国拠点である、Panasonic Hollywood Laboratory(パナソニック ハリウッド研究所、通称:PHL)がある。そして今月2月5日(現地時間)に、これまでとは大きく転換した新スタイルの運営を目指しリニューアルオープンを果たした。
PHLはパナソニックの米国の映像技術研究拠点として、2009年にはアドバンスド・オーサリングセンター、2011年には3Dイノベーションセンターを設置するなど、その時代の最先端技術を検証する機関として運用されてきたが、昨今の4Kなど次世代シネマ映像制作への転換と、昨年度のニューVARICAMの登場によって、再びパナソニックが映画界、そしてハイエンド映像業界に新たなイノベーションを起すべく、場所と設備機材を一新。本格的にデジタルシネマに軸足を置いたシネマ技術の研究施設として生まれ変わった。
今回は再始動直前にPHLの施設内を見学する機会を得たので、その概要とその目的等についてお伝えしようと思う。
PHLの沿革にみる先端映像技術の変遷
実はPHLの歴史が意外に長い。パナソニックがハリウッドに映像関連施設を置いたのは、遡ることいまから四半世紀も前のことになる。1990年パナソニック(当時松下電器産業)がMCA/ユニバーサルを買収して親会社になったことを受け、その後の共同ビジネスとして何をやって行くのか?という中で、当時まずユニバーサル・スタジオの中に出来たのが、アナログHDTVのためのテレシネセンター、HDTC(HD Telecine Center)だった。これがそもそもの起点となったのだが、その後、1996年には、経営方針の違いにより資本の大半をシーグラム社(カナダ)に売却、事実上MCA/ユニバーサルグループから経営撤退する。
しかし、その頃のDVD隆盛の潮流から、その制作技術拠点として、1995年にはDVCC(Digital Video Compression Center)へと進展。当時としてはハリウッドのフィルムコンテンツをDVD化することでその事業を推進してきた。
時代は変わって、2001年。SDからHDへの移行期となり、そのパッケージメディアを何にするか?という議論が世間で話題となる。パナソニックらが牽引するブルーレイ陣営か、はたまた東芝などが推し進めるHD-DVD陣営か?「ホームHD映像市場を大きく分けるメディア戦争!」こんな話題が世間を騒がせる中で、DVCCの隣りに主にデジタル映像圧縮・コンテンツ配信技術の研究開発機関として、この「PHL」が設立されることになる。
そして2004年頃までに結果としてブルーレイが市場を制覇、その後はその技術を押し進めるべく、MPEG-4 AVC High Profileの技術研究機関として、PHLはブルーレイのマスタリング/オーサリングサービスを基幹ビジネスとして運営してきた。ちなみにスタジオジブリの全作品のブルーレイのマスタリングと映像圧縮は、実はこのPHLで行われている。
その次の変革が訪れたのは、2009年。時代は誰もが3Dを追い求め、先行してその研究を行ってきたのもパナソニックである。2011年には同所内に「3Dイノベーションセンター ハリウッド」を設立。3D普及のための体験、教育、ソリューション提案、プロモーションなどを進めてきた。
しかし、ここ近年では3Dもすっかり影を潜めてしまう。この変化の中、2014年春に満を持して登場した同社のシネマカメラVARICAM 35/HS。このために一から開発を行った新型MOSセンサーを始め、これまでのシネマカメラの欠点を克服すべく数々の新機能・新技術を注力したニューVARICAMとともに、次なる映像世界の創造をサポートするため、この2月に新拠点に移設。ハリウッドでの本格的なシネマサポート事業に乗り出した。
ちなみに基幹事業であったブルーレイのマスタリング/オーサリンング事業の多くは、昨年末に東京のパナソニックオーサリングセンター六本木に移管されている。
4Kスタンダード、そしてその先を見据えた設備
各種テストチャートが揃うカメラテストルーム
新たなPHLでは、これまでのディストリビューター側(BtoC)の活動から、撮影制作側(BtoB)というパナソニックが昨今打ち出している方針に沿って、施設内も大幅な設備転換が図られている。
場所はユニバーサル・スタジオ近郊の、ほぼ入り口に隣接した場所で、同社のパソコンや放送業務用機器等、BtoB製品の販売会社PSCNA(Panasonic Solution Company of North America)のロサンゼルス拠点があるビルの5階部分に移転している。これまで主としていたブルーレイ関連が日本国内に移管されたこともあり、以前よりスペース的には規模縮小になったが、各種テストチャートなどを備えたカメラテストルーム、4Kモニターやプロジェクターの映像テストルーム、ミニセミナーも開催出来るフリースペースや会議室、そして本格的なデジタルシアターなど、ハリウッドでの様々な映画・映像制作のトライ&エラーが可能なハイエンドの最新設備が整えられている。
憩いの場でもある中央のフリースペースは、簡単な製品発表会やミニセミナーなどにも使えるオープンスペース
その中でも注目なのは本格的なデジタルシアター「Panasonic Digital Theatre」だ。天井までの高さが充分に確保できる様、PHLはビルの最上階にあたる5階に設置。普通のオフィスビルながら天井まで13ft(約4m)の高さを確保できたことで、専用のシアターには対角280インチの大型ワイドスクリーンが設置されている。座席数も20名強が入るキャパシティを確保。
現行設備としてプロジェクターには、ポストプロダクションに導入実績の多いCHRISTIE社の「CP4230」(35000lm)の4Kプロジェクターをメインに、デジタルシネマ上映館に実績のある2K用の「CP2000i」も設置。その隣りには、大型イベント施設やオリンピックで活躍するパナソニックの自社プロジェクター「PT-DZ21K」など、今後開発されるであろう最新のプロジェクターをすぐにテストできるよう、自由に入れ替え可能な昇降台が設けられている。
またシアター内にはカラーグレーディングシステムとして、FilmLight社のBaselightが設置されており、4K映像対応のグレーディングルームとしても活用可能。専用のデータストレージも50TBの容量を確保している。
280インチのスクリーンが設置された4K対応のデジタルシアター。Baselightも完備し、本格的な4Kカラーグレーディングまで対応する
特筆すべきは、この施設の使用を多くのハリウッドのクリエイターやカメラマンにオープンにしているところで、パナソニックのシネマ機材のテストで使用したければ、正規ルートでの紹介や申し込みがあれば基本的には誰でも使えるとのこと。例えばVARICAM 35で4Kテスト撮影してきた収録素材をすぐに取り込んで、この4Kシアターですぐにチェックしたり、カラーコレクションができるのは何とも理想的な環境だと言える。
こうした施設はハリウッドにも実はあるようでなかなか無い。さらには日本国内で探そうと思うと、いま4Kカメラはすでに多く存在しているにも関わらず、そのクオリティのまま直で4K映像を大画面で観ることができる場所は現状ほとんどない。また各メーカーや販社でも国内にはこれほどユーザーに対してオープンな環境は持っておらず、本格的に4K映像を確認するためにポストプロダクションなどの施設を借りるとすれば、それ相応の費用がかかってしまう。メーカーがクリエイターにこのような場所をある程度開放しつつ、自社製品開発のためのR&D拠点として今回新たに設置したのは、ワークフローオリエンテッド(ワークフロー優先)な現況のデジタルシネマの世界に必然かつ、これからは必要不可欠な流れになるのではないだろうか。
VARICAMを筆頭に次なる映像テクノロジーを拓く
エミー賞などこれまでのパナソニックの業績を随所に展示
パナソニックは日本が誇る世界規模の映像機器メーカーではあるが、ここ数年は企業内の諸事情もあり、ハイエンド映像、シネマ映像に関しては主だった動きが見られなかった。しかし2014年のニューVARICAMの発表・発売を機に、久々に映画業界へ再び急進する動きをみせている。PHLはまさにその急先鋒とも言える存在であり、PHLの経営も元々パナソニック本社傘下であったが、2013年からはAVCネットワークス社傘下へと移管され、より本格的にハリウッドの映画制作と密接な位置関係になった。
PHLのバイスプレジデント・ディレクターRon Martin氏(写真右)とシニアマネージャー木本高幸氏(写真左)
今後のPHLが果たして行く役目、目的については、現在数少ない日本人常駐スタッフであるシニアマネージャーの木本高幸氏に聞いた。
木本氏:PHLの存在意義として、ハリウッドという地の利で最も先端のスタジオやポストプロダクションに近い位置を利用して、パナソニックの様々な映像技術・商材をハリウッドに対してプロモーションしていく反面、ハリウッドから生まれる最先端の情報を、現場レベルで本国にいち早くフィードバックしていくことと、彼らと共に研究を重ね新しいソリューションを開発していくことです。
また、1月初頭のInternational CES 2015で発表された、今秋に予定されている4Kブルーレイの発表・発売に向けても、ハリウッドで作られる4Kコンテンツのクオリティ追求はさらに重要性を増してくるだろう。そして今年の技術トレンドの一つとして、すでに注目が集まるHDR(ハイダイナミックレンジ)技術施行へ向けてのトライ&エラーでも、PHLがパナソニック内での、その活動最前線基地としての機能も果たして行くという。
生まれ変わったVARICAMシリーズを中心に、これからのデジタルシネマを切り開く拠点を目指す
余談だが、取材の前日にはTVドラマ「24」の撮影監督であるRodney Charters氏がふらりと訪れたりした。このように著名なハリウッドの撮影監督やカメラマン、クリエイターが気軽に訪れて利用できるオープンハウス発想のラボ・コンセプトは、今後のデジタルシネマにおける最先端の生の声を直接交換できる場所として、メーカーにとってもユーザーにとっても、非常に有機的であり、新たな発見と価値を生む場所となっていく予感がする。これからのパナソニックの新シネマ戦略に注目だ。