映画を生んだ街、“花の都、パリ”
7月上旬にパリを訪れた。世界に名だたる観光名所にあふれ、その象徴であるエッフェル塔のシルエットは昼夜を問わず観光客を魅了する。100年という年月の流れはこの街には新し過ぎるほど、建物はどれも100年以上前のアール・ヌーボー期の外観をそのまま残したまま、その内側はどこも近代的なリノベーションが施されている。そして街中にはレンタル式のバイク(自転車)と電気自動車が走りまわり、公園には使用毎に自動洗浄してくれる公衆トイレと、しっかりとした先進国のプロフィールを持つ、現代の“花の都、パリ”。
この季節のパリは、肌寒さを感じる朝夕の冷え込みから一転、昼間は、暑夏の陽光が目に眩しい季節でもある。北海道よりも緯度がかなり北に位置するが、その割に日本と同じような気候なのはメキシコ湾流という暖流のため、西ヨーロッパ地域全体が暖かいのは周知の通りだが、日本と大きく違うのは、夏至にあたるこの時期は特に日がとても長いこと。マジックタイムが訪れる日没は午後22:30ごろで、晴天ならば夜中の0:00過ぎまで夕景の薄明かりが残る。
そして、こうした良い光がある地では、歴史的にも優れた光のアーティストを輩出してきた。ハリウッドのある米ロサンゼルスのような強い西日の陽光でとはまた違った、この気候がもたらす独特な光を有するこの地からは、過去に印象派のような名だたる有名画家が生まれ、多くの名画が生みだされたのは容易に想像できる。
そしてまた「映画」という文化も、またここパリで生まれた。映画ファンには良く知られていることだが、1895年のパリで発表され、同年に市内のグラン・カフェで初の映画上映会が開催された。オーギュスト&ルイ・リュミエール兄弟によって発明された初の映像機材「シネマトグラフ・リュミエール(=カメラとスクリーン投射型の上映機材が合体したような映像機材)」によって生み出されたこの上映会こそが、いまの映画のカタチが生まれた起源と言われている。
著作権切れのパブリックドメインのためYouTubeでも公開している
ちなみにエジソンが作った「キネトスコープ」は、箱の中で上映されているものを覗いて観賞するもので、一度に多くの人が観賞出来るスクリーン投影の様式は、このシネマトグラフ・リュミエールが最初である。そして、1902年に世界初のストーリー形式の映画「Le Voyage dans la Lune(月世界旅行:監督・脚本 / ジョルジュ・メリエス)」が作られたのも、またこのフランスである。
自身の商売柄、この「映画発祥の地、パリ」まで来て、映画のことを何も取材しないわけには行かず、滞在中、パリ郊外にあるPanavision Parisを訪れる機会を得た。今回はそこから見えて来た現在のフランス映画界の片鱗を紹介しよう。
パリ郊外の産業エリアへ
パリの北部にあるPanavision Parisは、パリの北側に位置する18区を一歩出たAubervilliersという地区にある。東京に例えて言うなら、荒川を超えて埼玉の川口や戸田辺りといった感じで、周囲にはテレビ収録スタジオ施設や機材レンタルオフィスが集まっている地域だ。パリ中心部からここに行くにはタクシーで30分、€20~30(3,000~4,000円)という距離だが、調べてみるとメトロ(地下鉄)の12号線の北側の終着駅“Front Populaire(フロン・ポピュレール)”とかなり近いことが分かり、€1.70(約230円)でどこまで行っても乗り放題の便利なメトロを使って行ってみることにした。
2012年12月に新たに路線が伸張されて出来たフロン・ポピュレール駅までは、市内中心部のエッフェル塔付近から約40分。地上に出るとすぐ目の前に、大きなスタジオも見える赤レンガの建物が目立つ“Icade Les Portes de Paris”という倉庫やオフィスがあるエリアがあり、その中を歩くこと約10分で到着した。
場所は新しくできた12号線の北の終着駅“Front Populaire”を出てすぐ隣のエリアなので分かりやすい
実はこの取材、全くのノーアポイントで、いきなりの訪問だったのだが、当日、自分の素性を話して取材の申し入れをしたところ快諾を頂き、社内見学と取材をさせて頂く事ができた。
Panavision社はご存知の通り、1954年に設立され今年70周年を迎える、世界に名だたる映画&TV撮影用機材のレンタル会社であり、オリジナルレンズを中心にカメラ、特機などのグリップ機材、照明周りなどの機材レンタルを行っている。米LA郊外のWoodland Hills(ウッドランドヒルズ)にその本社があるが、現在は全世界に拠点を持っている。
日本ではご存知の通り三和映材社が総代理店となっているが、ヨーロッパ圏では英国のロンドンにヘッドオフィスがあるほか、照明機材専門のPanaluxやグリップ機材のPanavision Grip&Remoteなど、関係会社を含めると現在26の拠点がある。ここPanavision Parisの正式名称は関連会社だったAlga Techno社と合併し、現在は“Panavision Alga Techno”となり、ロンドンに継ぐ規模だ。
機材から見たフランスの撮影事情
デジタルカメラセクションに入ると、目の前でソニーF65の調整中。最近、ソニーカメラは評判が良いという
現在ここでは約50名のスタッフが働いているが、フランスの撮影事情についてスタッフに話を聞く事ができた。撮影に関しては現在でもフィルム撮影が10%ぐらいは残っているものの、やはりほとんどはデジタル撮影になっている。よってレンタル機材もほぼデジタル撮影用のものにシフトされており、フィルムカメラ自体は実際に撮影するというよりも、劇中の小道具や展示品としてのレンタルの方が多いというのが現実のようだ。気候の良い夏場にはパリ市内の撮影も増えるので、ここでは、特に5月~6月には全てのテストブースが埋まっている状態だという。逆に冬は気候が厳しいため撮影も大きく減るらしい。
最初に案内されたデジタルカメラのエリアでは、ちょうどソニーF65のメンテナンスと調整を行っていた。F65で最近撮影した4K映像が非常に評判が良かったそうだ。4Kコンテンツはまだ実稼働していないものの、ここ最近フランスでも4K収録は流行ってきているという。日本と同様にとりあえず素材撮りは4Kで!という作品が徐々に増えてきているようだ。
その点ではF55の稼働率は高くなってきており、ここにも15、6台の保有があり全て稼働中だという。ちなみにこの日はすでに夏場の撮影が始まった時期でもあり、ほとんどのカメラ機材は出払っていて、RED EPIC DRAGON×アナモフィックレンズで、長編映画を撮るという1クルーのみが機材調整をしていた。
撮影のためにカメラとレンズテスト中のクルー。12週間のスケジュールでチュニジアにて撮影を行う予定だという
このスタッフに撮影のロケ場所を訪ねると、北アフリカのチュニジアで撮影するという。しかもそれは野外ロケではなくスタジオ撮影のようだ。制作予算の圧縮と人件費等の費用高騰のバランス調整はフランスの映画界も同様で、近年では物価も安く経費や人件費も安価に抑えられるため同じフランス語圏であるチュニジアなど北アフリカでの撮影が多くなっているそうだ。
またポストプロダクション等においても近隣他国へ行くケースも増えているという。また別の映画制作スタッフの話では、ベルギーとルーマニアがいま流行りのロケ地だそうで、これも税金還付制度などバジェット面での補完措置が充実しているからだという。
RED EPIC DRAGONによるPanavisionのアナモフィックレンズ(写真は新ラインナップ)を使用したシネスコ長編映画作品だそうだ
とはいえ、世界唯一の景観を有し、いまだ世界中の人を魅了する美しいパリ市内の撮影が絶えることは無いようで、TVでも映画でも野外ロケはパリ、スタジオはチュニジアといった撮影が増えているようだ。その他の機材ではやはりALEXAの人気はやはり高そうだ。キヤノン系はドキュメンタリー作品で人気が有り、EOS C300(3台保有)、C500(2台保有)の稼働率も高いという。
気になるレンズの管理だが、かなり厳重で強固な管理の様相を期待していたのだが、なんと事務オフィス用のロッカーにそのまま種類別に陳列してあるだけの、日本人的感覚としてはなんともぞんざいな扱い(笑)で保管されていた。ただその保有数がハンパないところは、さすがPanavisionである。アナモフィックレンズは先月から日本でも公開された「GODZILLA」でも使用されたPanavisionオールドCシリーズを筆頭に、全世界的にも使用率が上がってきているようだ。
また最新のPanavision 70mmレンズは4K対応ということで、まだ本数が少ないものの今後の稼働率も上がりそうだとのこと。他社に販売を許していないHAWK社の製品以外は、ほとんどの種類のレンズが揃っているということだ。
その他の施設では、社内に新製品を撮影監督へプレゼンテーションするためのミーティングルームやVIP向けの試写室、照明とレンズにあわせてメイクの事前チェックができる専用ミニスタジオなども完備されている。その他、ドリーやリグ等のグリップ機材をカスタマイズできるクラフト工房、またバッテリーも各種カメラと全世界の電圧にも対応しているなど、周辺機材のオペレーションサポートも万全である。
試写室は、約20名が観賞できるサイズ
撮影監督等へレンズ等の新製品の発表、プレゼンテーションに使用されるプレゼンルーム
パリ / フランスロケでの機材調達
今回社内の案内と通訳をお願いした、Marie-Claire Vidalさん。学生時代に日本語を専攻していたそうで、とても流暢な日本語で通訳や解説をして頂いた。もし日本から訪問する際は声をかけて頂ければ案内してくれるという
今回、案内して頂いたのは、機材レンタルのスケジュール管理部門であるHire DeskのMarie-Claire Vidal(マリクレール・ヴィダル)さん。
ここまでの取材内容では、筆者がいかにもフランス語が堪能なように思われた方もいるかもしれないが、実は一般観光客どころかそれ以下で、お決まりのご挨拶以外は全く喋れない(笑)。実はこのマリクレールさん、日本語が非常に堪能で、案内とともに同社スタッフへの通訳もして頂いた。お名前も雑誌のマリクレールとヴィダル・サスーンのVidalという、日本人にもなじみ深く覚えやすいこともあって(?)、詳しいお話も伺うことができた。またスタッフとの会話では英語も全く問題無い。
実質上、Panavision Parisの表玄関に位置するところにグッズショップのPanavision Boutiqueがある
マリさんのお話では、最近日本映画もパリでの撮影が増えているので、ぜひ撮影の機会には相談して欲しいとのこと。ここに無い機材も他から調達したりと、細かいサポートも相談に応じることもできるので、パリやフランス撮影の際にはぜひ利用してみてはどうだろうか?日本語通訳として、マリさんも対応して頂けるそうだ。
距離は遠いが、ジャポニズムの時代から200年に渡って親交を深めてきた日本とフランス。映像の世界でもパリやフランス国内での日本の撮影クルーが訪れる機会も何かと多い。ちなみにLAのショップと同様に、同社の正面には撮影&グリップ関連のグッズを取り揃えている“Boutique(ショップ)”も併設しているので、まずは見学とお土産購入を兼ねて、ぜひPanavision Parisにも立ち寄ってみてはいかが?
店内にはレフやスレート、グリップや制作さんの撮影必需品など、様々な品揃えがあった