アメリカ・アナハイムで毎年開催されるNAMM Show。1月なのに気温は20度!

とっても熱い!NAMM Show!

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とにかく広い会場。熱気であふれております

映像業界で一番有名な展示会は、毎年4月アメリカ・ラスベガスで行われる「NAB Show」です。また日本で11月に開催される「InterBEE」も参加される人も多いかもしれません。展示会では数々の撮影機材に触れてみることができるだけでなく、実際に開発者や関係者と会って話を聞くこともできます。数々のデモやプレゼンテーションも魅力の一つと言えるでしょう。各メーカーもタイミングを合わせて新商品を発表したりするため、機材が大好きな私にとってNAB ShowもInterBEEも自分の制作環境を見つめなおすタイミングになったりしています。

さて、今回はNAMM Showに行ってきました。音楽のプロデューサーでもある私の兄と一緒に参加です。NAMM Showと聞いてもピンと来ないひともいるかもしれません。NAMMはthe National Association of Music Merchantsの略で、音楽に関わる機材や楽器の、世界最大規模の展示会です。毎年1月末にロサンゼルス近郊のアナハイムという都市で開かれ、全世界から毎年10万人もの来場者で賑わいます。各国から集まるブースの数も大小合わせて1,500以上で、会場のアナハイム・コンベンションセンターは今年も熱気に包まれました。初参戦となったNAMM Show。映像制作者としての目線でこの展示会のレポートをしてみたいと思います(久しぶりの「ですます調」で!)。

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いろんなジャンルの人が訪れます。見かけが怖い人が多いです

会場に到着して驚いたのは人の多さです。それと各ブースから色んな音が発せられ、会場は会話ができないほどとてもウルサイです。NAMM Showではピアノやバイオリンといった楽器からエレキギターやドラム、更にはDAWといったパソコンに繋ぐような音楽機材まで、とにかく「音」にまつわるものであれば何でも展示されています。そのため、驚くほど多種多様な人たちが集まっています。タトゥー率も高く、ロックミュージシャンもいれば、MAオペレーターもいれば、DJもいれば、クラシック関係者などもいて、そのジャンルの多さは映像業界とは一味違うと言っていいでしょう。

アナログ回帰~シンセサイザーに注目

最近の映像トレンドは「4K」や「IP」などといった分かりやすいキーワードがありますが、音の世界には共通するトレンドが一概にありません。ただそれぞれの楽器や機材が2015年という年に合わせて進化しています。そして私が一番興味深かったのは「アナログ回帰」ともいえる現象が音の世界では起きているということです。アナログの音はデジタルでは表現しきれない深みがあると言われ、改めてアナログの良さに注目が集まっています。

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KORGが復刻したARP Odyssey。価格は当時の約1/5!

その最たる象徴がアナログシンセサイザー展示の多さです。これには驚きです。KORGは1970年代に発売になったアナログシンセサイザーARP Odysseyを10万円で復活させ、大きな話題を呼んでいました。40年以上も前の機材の完全復刻版を、コレクションという意味ではなく、実のプロダクションやライブなどで使用したい人が多いというのは映像業界ではあまり考えられないことです。あのスターウォーズのR2D2の声がARPで作られていると言えば、その古さが分かってもらえると思います。40年前のカメラを使って4Kの撮影は難しいですよね…。今も現役で使えるとは!というのが驚きです。

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MOOGのブースもひとだらけ。System55、35には多くの人が関心を持っていました

そしてMOOG社は1960年代にMOOG博士が作ったモジュラーシンセサイザーを復活。System55、System35、System15と名付けられた大型モジュラーシンセサイザーは、特にLANがついたとかThunderboltが搭載されたわけでもなく、当時のまま再現され、大変多くの注目を集めていました。加えてこのMOOGシンセサイザーのクローンともいえる同様のシンセサイザーを他社が数々と出品。MOOGへの関心の高さを表しています。

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AKAI Professionalの新製品TOM CATとTimbre Wolf。フルアナログのシンセです

AKAI Professionalもフルアナログのシンセサイザーを新規に2機発表。Tom CatとTimbre Wolfはテーブルトップ型のステップシーケンサーを搭載したモデルで、ここにも沢山の人が集まっていました。また独自のシンセサイザーを展開するガレージメーカーともいえる小さなブランドも、多数ブースを展開。ギリシャやドイツやイタリアなどといったヨーロッパも併せてかなりの数のアナログシンセサイザーが今年のNAMMでみられました。とにかくアナログの音の良さが今注目されているのです。

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ガレージメーカーのアナログシンセにも黒山のひとだかり。相当な盛り上がりです

2人のレジェンドに聞く~アナログへのこだわり

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新しく発表になったProphet 6

なぜ?今?2000年でもなく、2010年でもなく、なぜ2015年にここまでアナログシンセサイザーが盛り上がっているのでしょうか?もしかしたらデジタルの音はある意味「行くところまで行った」のかもしれません。人間の耳が一般的にとらえられる音の解像度は、これ以上デジタルの表現はできなくなっているからでしょうか?NAMMのブースでシンセサイザーの父との呼ばれる2人の“レジェンド”に話を聞いてみました。一人は、あのProphet 5の生みの親でもあるデイブ・スミス氏です。Prophet 5と言えばあのYMOがこよなく愛したシンセの一台です。

■デイブ・スミス氏
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シンセ界のレジェンド、デイブ・スミス氏。未だ現役でシンセサイザーを作り続けています

――どうして今、アナログシンセサイザーが盛り上がっているのでしょう?

スミス氏:本当に不思議だよね。僕はずっとアナログをやってきただけだから、その意味は良く分からないけど、とにかく音が違う。もちろんデジタル技術も大切だけど、アナログにはデジタルでは表現できない音があると思う。やっとそれにみんなが気付いてくれたのかな。

――新製品を出し続けてますね

スミス氏:今度のProphet 6はオリジナルのProphet 5に更に多くのファンクションを搭載している。でもコンセプトは変わらないよ。アナログそのままだ。みんなが評価してくれる。嬉しいよ。

スミス氏は自信満々に答えてくれました。彼のブースは人だかりの山で、Prophet 6などの新製品には列をなすほどの盛況ぶりを見せていました。そしてもう一人、Van Halenの「Jump」のイントロのシンセでも有名なOB-Xaを作ったトム・オーバーハイム氏にも話を伺いました。オーバーハイム氏のシンセサイザーも数々のアーティストに愛されています。

■オーバーハイム氏に訊く
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もうひとりのレジェンド、オーバーハイム氏。この人がいなければ数々の名曲が存在しません。左は筆者の兄です

――今のシンセサイザーブームはすごいですね

オーバーハイム氏:まさかここまでアナログが再注目されるとは思ってもいなかったよ。モジュラーシンセサイザーの初号機は1974年だったけど、今も全く同じパーツを使って作っているんだ。だから今も当時と全く同じ音だし、何も変わらない。素晴らしい音色だと思っているよ。

――アナログの音の良さにみんなが気付き始めたんですかね?

オーバーハイム氏:1980年以降、デジタルがすべての中心になり、アナログは一時期、追いやられちゃったんだ。20年間は正直つらい思いをしていたよ。私はデジタルをやらないから、もう自分は終わりだと思ってたんだよね。でもようやくアナログの良さにみんなが気付き始めてくれて、4年前から復刻版の制作に取り掛かったんだ。ありがたいね。

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新製品のOberheim 2 Voice Pro。使っているパーツは40年前の当時と全く同じだそうです

オーバーハイム氏のアナログへのこだわりは2015年に「Oberheim 2 Voice Pro」という形で復刻にいたりました。彼のブースは、レジェンドと写真を撮りたい人たちで盛り上がっていました。一方でRolandはアナログとデジタルのハイブリッドシンセサイザー、JD-Xiを発表。アナログ回路を用いた製品を発売するのは、Rolandにとって何と約30年ぶりだそうです。デジタルとアナログの融合という考え方は、次世代の設計につながるのかもしれません。

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Rolandの新製品JD-Xi。デジタルとアナログのハイブリッド!

音と映像の「遠いようで近い存在?」

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NEUMANNのブース。未だに50年前から同じUシリーズが展示されています

映像業界はとにかく「技術の進歩」ありきです。SDからHDになり、4Kへ進んでいます。カメラはほぼデジタル化され、テープやフィルムはいよいよ過去のものになってきました。10年前の機材は古くて全く使えないと言っていいでしょう。一方で楽器や音楽機材は違う一面を持っています。ビンテージの楽器はびっくりする様な価格で取引されたり、コンデンサーマイクの王道NEUMANNのUシリーズなどは50年以上前に製造されたものが、コレクションではなく現場で普通に使われていたり、高値で取引されたり…。なんだか不思議です。

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クラシック楽器の展示。「新製品」といのもあるんですね

おそらく目で見るものと耳で聞く情報には根本的な違いがあると思います。また音を操る人は「アーティスト」と呼ばれますが、映像を制作する人をアーティストと表現されることはあまり聞きません。技術的な面からみても、音のデジタル化の方が映像よりもずっと先を進んでいました。一方で音の技術の行く先にもいろいろな問題があったりします。サラウンドは何年たっても家庭にはなかなか浸透せず、ハイレゾも限られた場所でしか展開されていません。音のデジタル技術は相当発展しましたが、まだ30年前のCDが現役のメディアです。それどころか、アナログレコードすら、まだまだ元気です。

ただ一つ明らかなのは、音と映像はいつも一緒です。映画にしてもテレビにしても、この二つの要素は絶対に切り離すことができません。ハリウッド版ゴジラの監督でもあるギャレス・エドワーズ氏がこんなことを言っていたのを思い出します。

「3人しかクルーがいなかったら僕がカメラを回すよ。なぜならサウンドにはちゃんと人を配置したい。どんなにキレイな映像を撮っても音が酷かったらダメだ。汚い映像でも音がよければ、そっちの方がずっといい」

僕もこの意見に同感です。音は映像に命を吹き込む、最も大切な要素です。今回のNAMM Showで見た「アナログ回帰」のトレンドは、映像制作のマインドにも大きく影響しそうです。

誇り高き日本の技術

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展示会最大のYAMAHAブース。ブースというよりはドデカい会場です。すごい!

ちなみに今回のNAMM Showで一番僕が気になった商品はRolandのAIRAシリーズのパフォーマンスミキサー「MX-1」です。従来のDJスタイルを一新する「演奏する」ミキサーです。単純に人の曲を繋げるDJスタイルはもう流行らないのでは?と感じました。

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RolandのMX-1を使ったデモ演奏。AIRAはこれからのDJシーンを変えるような気がします

あらゆる音をMIXし演奏するようなコンセプトの商品です。これからはDJにも「演奏する」という実力が問われてくるのかもしれません。

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KORGのデモに集まる人。満員電車状態

まぁ、それはさておき、映像業界と音楽業界で大きな共通点があります。それは日本の企業が業界を大きく牽引しているということです。映像の世界でいえばSONYやCanon、Panasonicなどがそうですが、このNAMM Showでも最大の展示を展開するYAMAHAを始め、RolandやKORGなど数多くの日本企業がその中心にあります。メイドインジャパンのマインドがエンターテイメントの根幹を支えていると思うととても誇らしく感じました。次世代規格のハードウェアを作り続ける日本の技術力を後押しするような、そんなコンテンツ制作をこれからも目指して行きたいと思います。

WRITER PROFILE

江夏由洋

江夏由洋

デジタルシネマクリエーター。8K/4Kの映像制作を多く手掛け、最先端の技術を探求。兄弟でクリエイティブカンパニー・マリモレコーズを牽引する。