txt:猪蔵 / 太田禎一 構成:編集部

テレビが変わる?黒船Netflixがやって来た!

2015年秋に日本でのサービスインを予定しているNetflix株式会社が6月18日、青山の自社オフィスにメディアを招いた会社説明会を行った。とくに目新しい発表はなかったが、取材陣はあらためて過去数年間にわたって日本でパートナーシップを推進してきた担当者や経営陣と直接質疑応答し、日本のオフィスを実際に訪れることで、インターネット動画業界の「黒船」がどんな文化を持ち、これからどんなサービスを提供し、日本のユーザーとクリエイターにどう相対していくのかについてより具体的な実感を持つことができる機会になったのではないかと思われる。この記事では説明会の概要と、全体としての雑感をお伝えする。

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説明会ではまずPR担当の中島啓子氏から、事前に受け付けた質問への回答が示された。具体的にはサービス開始の具体的な日にち、料金体系と金額、タイトル本数、コンテンツの内容に関して、であるがそのいずれもが「まだ公表はできない」とのことであった。たしかに「秋」まではまだ数ヶ月あり、現在とりうるオプションの中で最善を模索しながら準備をしている現状では返答が難しいであろうことは容易に想像できる。

国内テレビ受像機メーカーとの協業

実は、6年前から国内のテレビ受像機メーカーとのパートナーシップを構築する任務にあたっているという、ビジネスデベロップメント担当の下井昌人氏からNetflixのテクノロジーおよび配信システムについての説明があった。

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ビジネスデベロップメント担当下井昌人氏

下井氏:Netflix社がそのサービスを国内で普及させるために肝となるのは「タッチポイントデバイス」「Netflixアイコン」「Netflixボタン」の3点です。

タッチポイントデバイスとは、要はNetflixに対応する機器をより多く揃えるということ。そのためのSDKを提供し、それを実装した機器ベンダーはNetflixの本社がある米ロスガトスオフィスに機器を送付、それをNetflix社のエンジニアが動作検証し「Netflix認証デバイス」としてお墨付きを与えたものだけが市場に出るという。

このようなサービス事業者によるグローバルな動作認証は、すべてのユーザーに快適な視聴体験を提供するためには欠かせないものだ。ちなみにこれは数年前にiモードをはじめとするさまざまな移動機に実装されていたリッチメディア再生エンジンFlash Liteで用いられた戦略と非常に似ており、実際にNetflixの認証プログラムはそれにならって構築されているときく。

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Netflixアイコンとは、インターネット接続テレビやタブレットを起動したとき、すぐに目につく場所にNetflixのサービスアイコンが表示され、ユーザーがすぐにアクセスできるように機器メーカーにアイコンの配置について特恵的な対応をしてもらっているという。

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Netflixボタンとは、テレビ受像機のリモコンにNetflix専用ボタンを配置することで、受像機が電源オフな状態からでも直接Netflixのトップ画面が表示されるようにするということだ。このようなリモコンへの専用ボタンの設置は国内受像機メーカーとの密接な協業によってはじめて可能であり、実際にこの2月以降発売が開始された国内メーカー産の2K/4K受像機にはすべてNetflixボタンが装備されているとのこと。

この協業はいまを遡ること6年前からはじまっており、すでにその頃から海外向けの受像機はNetflixボタンとともに出荷されていたという。それら海外向け受像機でNetflixボタンの利用度が1日あたり平均1時間と、ユーザーにとってニーズが高い機能であることをメーカーに認識してもらえたことが、国内出荷版の受像機におけるNetflixボタンの標準装備化を後押しした、と下井氏は述べる。

使いやすいユーザーインターフェイスと「イッキ見」

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このように周到に準備された「入り口」からユーザーはNetflixの世界に入ることになる。その先にあるユーザーインターフェイスは直感的で、とくに説明をしなくても次に何をすればいいか自然にわかるような設計をしているという。また、連続的に次のエピソードを見続ける、いわゆるイッキ見(Binge watching=ビンジウォッチング)をしやすいように、エピソード視聴が終わりに近づくと次のエピソードのプレビューが表示される「ポストプレー」という機能を実装している。

さらに、いまではよく知られている、ユーザーの視聴履歴をもとに膨大な数のコンテンツの中からオススメを表示するパーソナライズ機能についても説明があった。それによれば、ジャンルごと、監督ごと、俳優ごとなど、過去のコンテンツ視聴パターンから異なる切り口でのオススメを提示でき、さらに「見れば見るほどNetflixが学習をする」という。全世界で6,200万人の会員それぞれのためにパーソナライズされたカタログをNetflixが提供している、ともいえるわけだ。

すぐに始まり、止まらないテクノロジー

Netflix社はユーザーに最良の視聴体験を提供するためにストリーミングが「すぐに始まり、止まらない」ことが重要だと考えており、そのためのテクノロジーがNetflixの背後で稼働している。具体的には、サーバー側で常にユーザーがアクセスしている地域、機器の種類、接続回線速度をモニタリングしており、再生リクエストが生じるたびにその状況に最適なビットレートの動画を判断して送信する。

例えば就寝前など回線が混雑してくると、適宜画質を落として対処することができ、結果として止まることのないスムーズな視聴が可能になる。同様に「すぐに始まる」を実現するために、再生が開始された直後はSD品質のストリームを送り、徐々にビットレートを上げて、切り替えが不自然にならないように画質を高めていく「アダプティブビットレート」(可変ビットレート)処理も行っている。このようなインテリジェントな画質の切り替えを世界で一番うまくやっているプラットフォームがNetflixだという。

いち早く4Kコンテンツを配信

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さらに4K対応についても説明がされた。Netflixでは昨年3月から世界に先駆けて4Kコンテンツの配信を始めている。4Kコンテンツはユーザーインターフェイス上では「Ultra HD 4K」とラベルされている。実演デモでは、低ビットレートですぐに再生を開始しながら、数十秒かけてフル4Kになるアダプティブビットレート技術がここでも活用されていることを確認できた。

Netflix社によると、コンテンツの内容にもよるが、最も高画質で60fps(表示フレーム/秒)な4K映像を配信するためには25Mbpsが望ましいが、10Mbps程度でも充分美しい映像が楽しめるという。国内での4K展開については、すでに国内発売される4K対応テレビ受像機のすべてがNetflixに対応しており、日本の通信インフラ状況を考えると充分4Kを配信できるとの見解が示された。

テレビ以外の展開

最近国内出荷が始まった2K/4Kテレビすべてに標準装備となったNetflixだが、そのような新型テレビ受像機の普及に時間がかかり、すぐにリビングルームを席巻できるわけではないことは認識されている。そのため今秋のサービス開始時にはPCはもちろんのこと、iOS/Androidスマートフォンおよびタブレット向けのアプリのリリースも行う。

またBlu-rayディスクプレイヤーやその他既存テレビ受像機に接続して使うタイプのデバイス(具体的な説明は避けられたが)もサポートするとのこと。また、米国や欧州ではすでにケーブルテレビ局が提供する、専用の高品質な回線が利用できるSTB(セットトップボックス)にNetflixが組み込まれるケースが増えていることにも触れ、同様なことが国内で起きる可能性も示唆された。

今回の会社説明会では、デモを含めた主な説明はテレビ受像機を中心にしたものだった。「Netflixボタン」などインパクトのある施策のことを考えればそこに注目が集まるのは当然ではあるが、マルチデバイスをその特長のひとつとして挙げるNetflix自身が想定する視聴デバイスの利用比率については「ユーザーはひとつのデバイスに偏らず、いくつものデバイスを横断して使っている」と述べるにとどまり、具体的な見解を聞くことはできなかった。

2013年の米ニールセンの調査によれば、Netflixユーザーの多くがPCまたはテレビ受像機につないだPCでコンテンツを視聴しており、テレビ受像機経由の視聴が突出しているわけではない。米国でもいまだに多くのユーザーがPC経由でサービスを利用していると考えるのが合理的だが、一般的にわかりやすい、革新的なサービスのイメージとしてテレビでの利用を強調したい意向があるのかもしれない。

日本法人社長グレッグ・ピーターズ氏と副社長大崎貴之氏

説明会の最後では、日本法人社長のグレッグ・ピーターズ氏と副社長の大崎貴之氏がそれぞれNetflix社のビジョンと今後の国内におけるサービス展開およびクリエイターとの協業について説明をした。

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日本法人社長 グレッグ・ピーターズ氏

ピーターズ氏:Netflixでなによりも大事にしていることはユーザー体験であり、技術的な話はそのスタートラインに立つためのものに過ぎません。その体験とは、インターネットで提供するからこそ可能な視聴体験の自由なコントロールと、自分の好みにあわせたパーソナライゼーション。これらの基盤にコンテンツが組み合わさることによって、ユーザーにNetflixならではの体験、すなわち「ストーリー」が提供できます。

日本市場については、実際にはどの国の市場もそれぞれにユニークであり、日本だけが特殊なわけではないとしながらも、日本のユーザーは国内コンテンツを求める傾向はあるとの認識を示し、そのため国内での展開ではローカルコンテンツの需要を満たすことが重要だと述べる。一方で、ストーリーを楽しむのは普遍的な価値であることから、Netflixの国内市場参入はいままで日本のユーザーに知られていなかった海外の豊かなコンテンツに触れてもらえるチャンスでもあると考えているという。

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副社長 大崎貴之氏

大崎氏:マンガ・アニメ作品のなかには優秀なストーリーが数多くあり、それら「日本の宝」を世界の人々に楽しんでもらうことが自身のミッションのひとつです。現在日本のクリエイターとも話をしており、具体的な企画も進行しています。ひとりでも多くの人に見てもらいたいですね。実際にポリゴン・ピクチュアズ製作のアニメシリーズ「シドニアの騎士」は2014年夏に(日本市場参入前の)Netflixでワールドワイド公開されました

日本で封切るNetflixのローカルコンテンツは世界配信もされ、いわば世界中で同時プレミア公開されるという。また、Netflix社の掲げる理念「クリエイティブフリーダム」はクリエイターを信頼し、クリエイティブの自由度を妨げないということだが、ユーザーにもフリーダムを提供することも大事だという。コンテンツを楽しむために邪魔なものを取り去ることが重要で、それによる「ファンベース」の構築がよりよい経済的サイクルと品質を生む。

このような好循環を生むために、従来のテレビ番組のフォーマットを見直す、たとえば決まりきった同じ60分尺のエピソードが13集まって1シーズンを成すのではなく、小説のように章ごとに尺が違い、全部あわせると6-7時間のひとまとまりのストーリーが完成するような形式を導入することも視野に入れているという。

このような「クリエイター」と「ファン」の関係性を重視した動画配信ビジネスを健全に展開するには、Netflixが収集したユーザーの視聴履歴や属性をどこまでの透明性をもってクリエイターと共有できるかがカギになる。今回の発表会ではそのあたりへの言及はなかったが期待を持ちたいところである。

雑感

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Netflix社で提供されるコーヒーは、今話題のブルーボトルコーヒーだった

Netflix社のオフィスは青山にある眺望の良い新築ビルの高層階にあり、内装はシンプルでセンスの良い、クリエイターとの協業が成功のカギをにぎるビジネスにふさわしいものだった。大崎氏によれば、この自慢のカプチーノマシンを設置した上質なオフィスは常に門戸をひらいており、いつでも立ち寄ってほしいとのこと。リップサービスであったとしてもオープンでフェアな文化を持った企業だと感じ、今後のクリエイターとの協業への期待が高まった。PRONEWSでは、引き続きNetflixを追いかけてみたいと思う。

WRITER PROFILE

猪蔵

猪蔵

いつも腹ペコ。世の中の面白いことを常に探っている在野の雑誌編集者。