txt:宏哉 構成:編集部

シンガポール CIQからの脱出

シンガポールのTuas CIQ。あとすんでのところまで来て、我々の旅は終わらなかった。

入国手続きは終わり、カルネ処理も通過し、あとは迎えに来てくれたロケバスに乗って「今回は大変な旅になりましたね~」とディレクターと笑いながらこの旅程を振り返り、宿泊先のホテルに入るだけなのだ。

だが、まだ振り返る事はできない。このCIQから出られない!という、まさかの事態を乗り越えるのだ。

方法はただ1つ。正攻法だ。CIQのバス停に止まっている路線バスに乗って、最寄りのバス停で降りる。この方法でしかCIQからは出られない。

まずは、手元に残された自分とディレクター2人分の荷物を移動させる。バスを待つ行列にならび、その場でチケットを購入。チケット代も支払いもどうしたか、もはやその記憶は無い。シンガポールは何度も来ているので、手持ちのシンガポール・ドルを出したのかもしれない。列に並ぶ一般客も、チケット売りの係員も、奇異の目で私を見ている。とでも1人で運ぶ量ではない荷物を必死になって運んでいるからだ。

私よりも後ろに並んだ一般のお客さんも含め、皆さんには先にバスに乗ってもらう。大量の荷物を抱えた私は、一番最後に前方ドアから荷物をせっせと何度かに分けて積み込み、そのまま荷物の上に座る。これが、ラストミッションだ。行ってくれ。

シンガポールに入って最初に止まるバス停、それが目的地だ。そして、そこはどうやら越境旅客のバスが集まるターミナルのようだ。バスが、CIQのバス停を離れる。先ほど逆走を止められたセキュリティーゲートを抜ける。出口の脇の路上には、私が乗りこむはずだったロケ車が、ハザードを点けて停車中。

出発前からディレクター電話を繋ぎ「このバスです。いまゲートを抜けました」と伝える。「OK。こっちは後ろから付いていく」きっとディレクターは「あのバスを追いかけてくれ!」みたいな人生で一度は言ってみたい台詞を言って、意気揚々バスの後ろを付いてきてくれているのだろう。なぜだか心強い。

バスが走ること10分ほどだろうか?ほどなくして、大きなバスターミナルにバスは進入。私の目的地だ。

バスが停車して、前方のドアが開く。私は直ぐに荷物を何往復かしてバスから降ろす。途中で、ロケ車から降りたディレクターが合流。再会の感動を分かち合った…という記憶は無いが、二人して安堵していたのは間違いない。

無事にシンガポールに着いた荷物達

その後、バスターミナルの外で待っていたロケ車に乗車。ホテルに向かった。

これで、私達の海外ロケは通常モードに戻った。ホテルにチェックイン後、我々に数時間遅れて日本から飛行機でシンガポール入りしたロケマネージャーさんとも合流。これでもう何が起こっても怖くない。

その夜は、ディレクターとロケマネと私の3人でホテル近所の韓国焼肉屋で夕食をとりながら、今回の珍道中を振り返ったのだ。

Orchard Rdにて。いつもの場所から撮影中

撮影ビザとパスポート

マレーシアでの放送・報道関係取材は、事前にビザの発行を必要とする。この記事を書いている丁度一ヶ月前にも、私はマレーシアで取材をしてきたのだが、その際も撮影ビザの発行が必要になると、事前に連絡を受けていた。

撮影ビザは日本国内でマレーシア大使館領事部への申請を所定の手続きに従って行う。とは言っても、このあたりは私自身で行う事はなく、詳細は知らない、海外ロケマネジメントの会社を通しての手続きになる。私がする事と言えばパスポートと証明写真を預けて、必要な質問事項に答えを返すだけだ。

パスポートの撮影ビザ

パスポートが返ってくると、1ページを丸々使ったスタンプが押されている。日本国内でビザ発給を受け付けたという仮の証明印だ。それをマレーシアでの入国審査の際に見せて、イミグレーション職員が必要な追記を行う。その後はマレーシア滞在中に正式なビザの発行を受けてパスポートに貼付する。発行は入管などの役所で行っている。

ポイントは、正規のビザ証の発給はマレーシア滞在中であればいつでも良いということだ。今回の“求めざる羇旅”を招いたのは帰国日の、それも空港に向かう直前に手続きに行ったことが全ての始まりだったと言えるだろう。

公私の軽重で言えば、ビザ発給>カルネ処理>飛行機搭乗――という順となるが、この一番肝心のビザ発給で躓いたのが元凶だ。

先日行ったマレーシア取材では、この時の失敗を受けて…と言うわけではないが、マレーシア到着初日に現地政府のインスペクターにパスポートを預けて、早急にビザ発給手続きを行って頂いた。後顧の憂いを無くしておくのは、取材に専念できて精神衛生上も良い。

日本のパスポートは、世界最強のパスポートだと言われている。ビザなしで渡航できる国が190ヶ国にも及び、世界第一位だからだ(2019年・ヘンリー&パートナーズ“パスポートインデックス”調べ・アライバルビザ発給を含む)。

ただし、これは一般的な観光目的での話だ。我々の様に取材目的の場合は、撮影ビザなどの職業ビザの発給を受ける必要がある国も多い。

手元にある私のパスポート見てみると、韓国・中国・オーストラリア・インド・マレーシア・インドネシアの撮影ビザが貼られている。他には、アメリカなら報道取材用のジャーナリストビザであるi-VISAもある。珍しいところで言えば、サウジアラビアのビザはイスラム教徒でもない日本人としては結構レアだと思う。

これらのビザはパスポートのページを丸々1ページ消費してしまうので、44ページしかスタンプを押せるページがないパスポートは、有効期限の10年を待たずして消費しきってしまう。

私の今のパスポートは昨年のうちに増補手続きをしており、さらに40ページを追加してもらったのだが、今年までで既に10ページほど消費している。日本入出国時は電子認証でスタンプを押してもらう事は無くなったが、それでも世界各国の空港で順調に消費中だ…。

残された宿題…

さて、5回に渡って綴ってきた“マレーシア発シンガポール行きの旅次”は如何だっただろうか?こちらの落ち度と、飛行機のディレイと私の英語力のなさと、バスの運ちゃんのフリーダムがコンボになって、私のこの10年あまりの海外ロケの中でも記憶に残る旅となった。こんなにシンガポールが遠かったのは初めての経験だった(笑)。

Helix Bridgeから市街地を望む

振り返ってみれば、旅のトラブルも貴重な思い出となる。終わり良ければ全て良し!…と言いたい所だったのが、実はこの後、日本にまで持ち帰ってしまうことになる宿題がシンガポールには残されてしまったのだ。

今一度、シンガポールに到着した時の写真と、それまでの写真を見比べて欲しい。何か、足りなくないだろうか???

荷物:コタキナバルの空港

荷物:クアラルンプール空港にて

荷物:空港難民となった我々

荷物:シンガポール到着時

WRITER PROFILE

宏哉

宏哉

のべ100ヶ国の海外ロケを担当。テレビのスポーツ中継から、イベントのネット配信、ドローン空撮など幅広い分野で映像と戯れる。