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新規格CFexpressと「プログレードデジタル」が誕生するまで
2020年のデジタルカメラ新製品は、XQDとCFastを統合した次世代規格のメモリーカード「CFexpress」への対応が話題だ。EOS-1D X Mark IIIやEOS R5ではRAW動画の内部記録、さらにEOS-1D X Mark IIIはRAW+JPEGでの連続撮影枚数1,000枚以上など、一気に新次元スペックが実現してきた感じである。そんなCFexpressとはどのような規格で、何に注意して選んだらよいのか?プログレードデジタル日本代表の大木和彦氏に話を聞いた。
※当インタビューは2020年8月中旬に実施
――SLCタイプのメモリーカードなどで話題のプログレードデジタルについて教えてください。
プログレードデジタルは、1つはCFexpressを実現するための会社です。CFexpressの誕生には色々な理由があります。
まず、デジタルカメラ用メモリーカードの需要減少です。私の現職はプログレードデジタル日本代表ですが、それ以前はサンディスクとマイクロンで約14年間、メモリーカードビジネスに従事しました。業界の過去を振り返ると、フラッシュメモリー業界はメモリーカードとUSBを主要な用途としていましたが2010年を境に行き詰まりを見せ、スマートフォン市場が急成長を遂げました。例えば、2010年のカメラの出荷台数はコンパクトカメラも含めて1億2,000万台でしたが、スマートフォンはその数年後には年間10億台を超えました。
2010年頃までは、カメラメーカー主導で規格を求めればフラッシュメモリー業界もそれに習うと思われていました。しかし、フラッシュメモリー業界にはハードディスクからSSD、スマートフォン、データセンターなど、もっと大きな大口顧客の誕生で、デジタルカメラ用メモリーカードへの関心が一気に薄れました。
さらに、6K、8Kに対応する次世代高速メディアも求められました。2010年までにはSDカードが事実上の業界統一規格になりましたが、SDカードよりさらに高速なメディアが必要な場合はCompactFlashが選ばれました。AVCHD記録であればSDカードやCompactFlashで足りましたが、4Kでもより高画質記録となると60MB/秒の最低保証速度が必要です。
また、高画素化したスチル写真のRAW撮影は1ファイル20MBから30MBと大型化し、10コマ連写で300MBにもなります。すると明らかにUHS-IのSDカードやCompactFlashでは速度は足りなくなりました。
こうした4K高画質動画記録とRAW連写撮影の2つのニーズを満たすために、CompactFlashの限界速度を超えたスピードが必要になりました。そこでキヤノンはCFast、ニコンはXQDを選択しました。しかし、規格が割れてさらにボリュームは小さくなります。私からすると、普及しないメディアを使うハードウェアは普及しない。割れた規格を統一しなければいけないと思いました。
プログレードデジタル日本代表の大木和彦氏
私はその当時サンディスクに在籍しておりました。サンディスクはメモリーカードシェア世界一位で、キヤノンやニコンなどのカメラメーカーと良い関係を築いていました。しかし、CFastやXQD規格時代に移ると、サンディスクはXQDの規格を作ることには参入しましたが、実際には開発しませんでした。私はなんとか日本のカメラメーカーが次世代メモリーカードの統一規格で合意できないかと考えました。
その話を当時、マイクロンCPG副社長兼レキサー部門のゼネラルマネージャーのウェスに相談したら、「レキサーはCFastとXQDの両方取り扱っているので、うちにくればできる」といってくれました。そこで2013年、次世代統一規格(現在のCFexpress)を推進するために、私はマイクロンに移ってレキサーのセールス&マーケティング担当に移りました。
カメラ業界は将来、間違いなく統一規格を必要とすると信じていました。であれば、レキサーのメンバーとして、コンパクトフラッシュアソシエーションで、ソニー、ニコン、キヤノンを巻き込んで一緒になって次世代統一規格を作ろうと考えたわけです。その結果として生まれたのがCFexpressカード規格です。2016年9月のことでした。
しかし2017年、マイクロンのオーナーがレキサーブランドの売却を決定。私達がいたレキサーは売却されてしまいました。ウェスも私もマイクロンを退社し、私はフリーランスとしてCFexpressの立ち上げに関わりました。
2017年12月、ウェスはプログレードデジタルを創業しました。プログレードデジタルでCFexpressを盛り上げようという話になりました。2018年に私も入社し、日本代表として事業開拓を担当しています。
プログレードデジタルはCFexpressだけを扱う会社ではないですが、CFexpressがなければ恐らく存在しませんでした。プログレードデジタルはある意味、CFexpressをメインとするプロフェショナル向けメモリーカードやカードリーダー、ソフトウェアを提供する会社です。
プログレードのカードリーダーはマグネットを搭載し、ノートパソコンの天板に装着可能。世界中のプロからリクエストされて、実現できた製品だという
――SDカードには最低限の書込み速度を定義した「V60」や「V90」などのスピードクラスがありますが、CFexpressにも最低限の書込み速度を定義したものはありますか?
SDカードのビデオスピードクラスに対して、CFexpressには「VPG」(ビデオパフォーマンスギャランティ)があります。例えば、「VPG400」は400MB/秒の安定した映像記録を保証します。SDカード規格で例えると「V400」ということになります。ソニーCFexpress Type AカードはVPG400に対応しています。
さらに、フラッシュメモリー「SLC」「MLC」「TLC」の種類を知っておくことも重要です。プログレードの「CFexpress Type B COBALT」はSLCメモリーを採用しています。「SLC」か「TLC」などのメモリーの種類を公表しているのはプログレードだけです。他社は発表していません。
左がProGrade Digital CFexpress Type B COBALTカード。右がProGrade Digital CFexpress Type B GOLDカード
SLCメモリーには、2つメリットがあります。1つは書込み速度が安定して速いことです。プログレードのCFexpress COBALTならば、1400MB/秒の最低継続書き込み速度が可能です。もう1つは、SLCメモリーは熱くなりにくい特徴です。SLCメモリーはカメラの電源をたくさん供給しなくても高速です。EOS R5は熱問題が話題ですが、ひょっとしたら撮れる時間が伸びるかもしれません。
プログレードのCFexpressには、GOLDとCOBALTがありますが、高精細動画の記録メディアとして選ぶならば、速度の落ちないCOBALTをお勧めします。全てのCFexpressカードの最低継続書き込み速度を公表しているのは私達だけです。
――CFexpressには、3種類のサイズの規格があるのに驚きました。なぜでしょうか?
CFexpressにはType A、Type B、Type Cと3つあります。1つのサイズでは、需要を網羅できないと考えたからです。
CFexpress Type Aは、SDカードより少し小さいサイズで1レーンの最高速度理論値は1GB/秒。SDカードの後継になると考えられています。Type Bは、最高速度理論値は2GB/秒。Type Bカードの寸法とコネクタはXQDカードと同じなのを特徴としてます。Type Cは、完全にプロカムコーダー向けの規格、4レーンの最高速度理論値は4GB/秒。8KのRAW記録などに最適ではないかと考えられています。
――SDカードスロット対応カメラは手持ちのメディアを使用でき、新規メディア購入のコストがかからないのを特徴としています。一方、CFexpress対応カメラは、約5~10万円の新規メディア購入コストがかかり、どうしても割高に感じられます。
そこには誤解があります。現在のCFexpressと高速モデルのV90対応UHS-II SDカードの価格を比べると、ほとんど変わりません。メーカー間で比較すればCFexpressの方が安い例もあります。最新のカメラを買ったのに、これまで使っていた遅いUHS-Iカードを使うのでは、せっかくの投資がもったいないです。
UHS-IIの高速モデルは最大読込速度300MB/秒ですが、パソコンのM.2 SSDの帯域は2GB/秒や4GB/秒が当たり前です。この違いは、5年後の世界でUSB 2.0のデバイスを使うようなものです。
より大きな問題は3~5年後の未来です。フラッシュメモリー業界の人間からすれば、200~300MB/秒のSDカードが3~5年後のパソコン環境でどのような存在として存続しているか?とても疑問です。
UHS-IIの高速モデルは最大読込速度300MB/秒ですが、今やパソコン用M.2 SSDの速度は2GB/秒や4GB/秒が当たり前になっています。現時点で10倍前後の差がありますが、3~5年後にはどれくらいの差になっているでしょうか?
プロやハイエンドユーザー向けカメラのライフタイムは、中古市場も含めれば、短くとも5年、長くて10年はあります。つまり5~10年後にも普通に買って使えるメモリーカードを採用していなければ、カメラの中古価格が厳しくなると思います。フラッシュメモリーの進化の速度を考えれば、最新のカメラは、最新のメモリーカードに対応して丁度良いくらいのスピード感かと思います。
7~8年前まではプロ用カメラで主流であったコンパクトフラッシュが良い例です。速度が最大160MB/秒とCFexpressカードの10分の1ですが、価格はCFexpressよりもかなり高いです。しかも進化の速度は、今後10年は過去10年より遥かに早いものとなるでしょう。
その中でソニーはα7S IIIで、CFexpress Type AとSDカードの両対応スロットを開発したのは優れたアイデアだと思いました。今はSDカードをメインで使っていたとしても、数年後にはCFexpress Type Aを使えるわけです。この方法は、ひょっとしたらブームになるかもしれません。
――記録メディアのトラブルを回避するためにはソニーのカメラにはソニーのメディアを選ぶように、カメラと記録メディアはブランドを揃えたほうが良いのか?メモリーカードメーカーでは、メディアの相性問題をどのようにお考えでしょうか?
デジタルカメラに限らず、デジタルデバイスに相性問題は付いて回る問題でもあります。デジタルカメラの場合、主なメモリーメーカーはカメラメーカーにサンプルを提供するなどして相性問題によるトラブルを事前に解決しています。プログレードもその一社です。
メモリーカードはSSDやHDDと違って着脱式なので、カメラに挿入する度にカメラ本体とコミュニケーションを取ります。「あなたはどんなカードなの?」「私はこんなカードです」「これから動画撮るからねー」「了解!」みたいな感じです。このコミュニケーションはデータ記録中、その前後でも常に行われています。ここに相性問題が発生する素地があります。カメラはパソコンと違い即時のレスポンスを求めますので、メモリーカードの反応が遅かった時点でエラーとなる場合があります。
こうしたことは本来規格の範囲内で定められているのですが、数年前のSD UHS-IIや今年のCFexpressのような新規格メモリーカードの導入時に、カメラもカードもお互いの動作特性を十分に理解しきれていないことによって、コミュニケーションの齟齬、すなわち相性問題が発生することがあります。メモリーカードはメーカーによって使用するコントローラー(CPU)が異なり、そのコントローラーによって速度はもちろん動作特性も異なるからです。
しかし、カメラ開発時に使用されたメモリーカードの場合、この相性問題は事前に解決されている可能性が高くなります。そういう意味でいうと、ソニーのカメラはソニーのメモリーカードで開発されているのであれば相性がいい。だからトラブルが起こりにくいということはあると思います。
昔から、サンディスクのメモリーカードは安定性がよく、トラブルがないと言われています。その理由の一つは、サンディスクはメモリーカードシェア世界1位であり、多くのカメラメーカーがサンディスクのカードを使って開発をしていたからです。サンディスクのカードが何か特別であるというよりは、カメラがサンディスクのメモリーカードの動作特性を十分に理解しているからです。
ちなみに、キヤノンやニコンのカタログには、「撮影可能枚数、連続撮影可能枚数試験基準」を紹介しています。この情報を見ると、どこのメーカーをメインの記録メディアとして開発したのかが分かるかもしれません。キヤノンのEOS-1D X Mark IIIとEOS R5は、「撮影可能枚数、連続撮影可能枚数(CFexpressカード)は、キヤノン試験基準325GB CFexpressカード使用時の枚数」と紹介しています。ちなみに、325GBのメモリーカードを出しているのはプログレードだけです。
――最後に、今後のプログレードの事業展開を教えてください。
プログレードデジタルは、プロフェッショナルおよびハイエンドユーザー対象マーケットを狙った小さな会社です。カメラ市場が縮小するとしても、このプロマーケットは不滅です。プロやマニアが写真やビデオを撮らなくなることはありません。大きなカードメディアメーカーの企業からすると、プロマーケットは規模が小さすぎるかもしれません。しかし、私達たちのような小さな会社からすると、ちょうどいい規模の大きさです。
ウェスも昔、何十年も記録メディア市場ビジネスをリードしており、SLCメモリーのような信頼できる高速カードのニーズがプロマーケットにあることをわかっています。だから、私達はSLCメモリーを取り扱っています。でも、パソコンの世界も含めて、SSDの中でのプロダクトポートフォリオで考えたら、「なんでそんな小さいマーケットでSLCメモリーなんだ」と思うかもしれません。
私達はそうではない。ニーズからきている。今後もプログレードのプロマーケット向け製品にご注目ください。