「一周回って新しい」KAIROS
放送クラスの映像信号がデジタル化したのは、1980年代半ばから終わりにかけてだった。アナログからデジタルへのパラダイムシフトが一気に進んだことで、ポストプロダクションは「フルデジタル」で湧いた。そしてこの頃のスイッチャーは、フルデジタルになった事で考え方も新しくできるのではないかということで、面白いスイッチャーが色々登場した。
M/E型スイッチャーはアナログ時代から基本であったが、まるでAfter Effectsのようにレイヤーを積み重ねて行く、レイヤー型スイッチャーというのが登場した。M/E列がなく、ただひたすらキーヤーで上に重ねて行くだけという方式で、多重合成が当たり前のCM製作では重宝されたものだった。
しかしオペレーションがかなり特殊で、使いこなすにはかなりのトレーニングが必要だった。そうした事情もあって次第にこの方式は廃れていき、フルデジタルでもM/E方式が主流になっていった。
パナソニックが2019年のIBCで参考出展・初披露し、2020年に正式発表したIPベースのスイッチャー「KAIROS」は、レイヤー型スイッチャーの流れを汲む。だが難解だったオペレーションはグッと簡単になり、スイッチャー初心者でも使えるレベルとなっている。これはレイヤースイッチャーが多数登場した80年代後半から90年代に比べて、現在は多くの人がNLEやPhotoShopを使いこなすようになり、レイヤーとは何かを理解している事も大きい。
多彩なソースを扱う必要がある今、ライブで複雑なマルチレイヤー合成を簡単に実現するKAIROSの魅力を探ってみよう。
LocalAreaNetwerk上で動くソフトウェアスイッチャーシステム
通常中型スイッチャーと言えば、だいたい4Uから6U、大型ともなれば10Uや12Uのハードウェアとなる。一方KAIROSはHD解像度で最大32入力16出力の中型スイッチャーに分類されるが、その心臓部となるKairos Coreは1Uのみ。
それというのも、KAIROSはハードウェアのコントロールパネルを有するが、中身はソフトウェアで動く、いわゆるソフトウェアスイッチャーなのである。従ってレイヤーはすべてGPU上でリアルタイムレンダリングで動いており、GPU使用率がマックスに到達するまで、事実上レイヤー数の制限なく合成できる。
従来型4M/E程度の大型スイッチャーでは、M/E列※を分離して別々の番組で使うといった機能を実現していた。ハードウェアリソースを分割するのは大変で、かなり高額なスイッチャーでしか実現できなかったが、KAIROSの場合はソフトウェアなので、こうしたリソースシェアリングも簡単だ。
※M/E列=A/B 2つのトランジションバスの上に、キーヤーで映像を重ねて行く方式。多重合成の場合は、M/E列の映像を下ののM/Eで受けて、追加でキー合成を行っていく
KAIROSの合成・効果作成は、PCにインストールした「Kairos Creator」で行う。リリース時はWindows 10版のみだったが、Ver.1.1でMac版も登場した。このKairos Creatorは1台のKairos Coreに複数台接続することができる。1つのスイッチャーシステムを使って、複数人が同時にオペレーション可能だ。
さらに言えば、コントロールパネルの動作も自由にレイアウトし、分割することができる。Kairos Controlは一見すると2 M/Eタイプのパネルに見えるが、実際に2 M/E的にも使う事ができるし、上下で別の番組設定にもできる。さらに言えば、1段をさらに2つに分割して別々のエフェクトの実行にも使える。クロスポイントのソースアサインも上下でバラバラに設定できるのだ。言うなればKairos Controlは、Kairos Creatorで作ったエフェクトに対する、テイクボタンの塊と考えれば理解が早いだろう。
そういう点でKAIROSは、コントロールパネルを使って画を作り込んでいくというタイプのスイッチャーではない。映像効果を作るのはあくまでもKairos Creatorである。この方法では、実際に映像ソースがなくても先に効果の仕込みをすることができる点で、複雑な効果が求められる現場ほど効果が大きい。
合成に強いレイヤー型スイッチャーシステム
KAIROSは多重合成に有利なレイヤー型スイッチャーなのだが、そもそもレイヤー型スイッチャーを使ったことがない人にはいまひとつピンとこないかもしれない。ここではM/E型スイッチャーと比較しながら、なぜレイヤー型が合成に強いのかを説明したい。
例えばe-Sportsの現場で、4人のプレイヤーの様子を場内の大画面で見せたいとしよう。背景となる映像の上に4人の顔と名前を順にPinPでスライドインし、さらにチーム名や得点も入れていくようなシーンである。
M/E型スイッチャーでこれを実現するには、合計10~11キーヤーが必要になる。各列4キーヤーを備える3M/Eスイッチャーか、各列2キーヤーを備える4 M/EにDSKが2系統ぐらいのスイッチャーがいるというわけだ。またそれぞれがスライドインするとなると、全キーヤーにDMEリソースが必要になる。そう考えると、かなり大型スイッチャーでなければ実現できないということがわかるだろう。
一方レイヤー型スイッチャーのKAIROSの場合、レイヤーとして重ねたソースは自動的にキーイングされたのと同じ状態になる。つまりクロップして縮小して配置するみたいなことは、わざわざキーヤーを使わなくても、「勝手にそうなる」のである。さらにそれぞれのレイヤーには、トランジションパターンも割り当てられる。
しかもKAIROSの場合はGPUリソースが許す限りレイヤーを無限に重ねられるので、1つのM/E列で作ったものを次のM/E列に下ろしてまた映像を載せていくという発想はなく、無限のキーヤーが1 M/E上にあるという考え方になる。
KAIROSがユニークな点は、こうした合成の仕込みはコントロールパネルではなく、Kairos Creator上で作ることになる。従って複雑なレイヤー合成やシビアなタイミング合わせも、Kairos Core内の動画や静止画クリップを使ってノートPCなどで事前に仮組みしておく事ができるわけだ。あとは実際に現場でカメラや回線が立ちあがって、微調整するだけである。焦って現場でギリギリの仕込みをやって失敗したり、時間が足りなくて持っていった機材の割には大したことができなかったり、といったガッカリ感がなくなるわけだ。
KAIROSでは、こうした合成パターンのセットを「シーン」という形で管理していく。コントロールパネルには、各シーンを自由にアサインすることができる。オープニングで使用する多重合成シーンを横1列フルに割り当てたり、番組進行に使う4カメスイッチング用のシーンをコンパクトに割り当てたりと、複数のシーンを1つのパネル上にアサインできる。
つまりオペレータは、常時広いコントロールパネル全体を相手に格闘する必要はなく、番組進行に合わせてシーンの割り当てエリアを使い分けていくという格好になる。流れを止めないLIVEオペレーションの中でこそ、このシステムのメリットが出てくる。
柔軟に対応できる入出力
映像信号のIP伝送に具体的な製品が出てきたのは、2015年頃だったように思う。当時の課題だった4K伝送の最適解はIPしかないとして多くのフォーマットが立ちあがったが、同時にSDIも12G伝送が実用化され、これらが平行で走る事になった。日本の放送局内ではまだフルでIP伝送に取り組むところは少なく、内部処理をIPのままで行うスイッチャーもまだまだ少ないのが現状だ。
KAIROSはその数少ない、IPのままで内部処理可能なスイッチャーである。基本的にIPであれば、フォーマットとしてST2110、NDI、UDPといったIP系はEhternet switch経由で直接入出力可能、SDIやHDMIはDeltacast FLEXモジュール経由で入出力が可能になる。もちろんSDIをIP変換すれば、入力の可能性は大きく拡がる。ただスイッチャーシステム上で同時に扱える映像ソースとしては、HD解像度で最大32、4Kで最大8となる。
加えて内部ソースとして、RAM Player、Clip Player、Stiilsを使うことができる。RAM playerはRAM上に展開される非圧縮クリップで、最大8チャンネル使用できる。一方Clip Playerは、エンコードされたクリップを本体内蔵のサーバーディスクから直接再生する。対応フォーマットは、DNxHD、H.264、AVC-Intraとなっている。
Stillsは静止画を扱う部分で、対応フォーマットはPNG、JPG、TGA、TIFおよび内部フォーマットのRRとなる。スイッチャー内で使う静止画は、一旦RAMへロードする必要がある。
これらのソースは、異なる解像度、フレームレートであっても、混在して1つの画面上に合成できる。加えてLAN経由でパナソニック製リモートカメラに対してのコントロールやTally Over IP、Advanced Media Player(AMP)の制御も可能だ。
一方出力については、全てAUXバス出力として扱う。これも複数の解像度やアスペクト比を自由にアサインすることができ、ブロードキャスト用解像度およびフレームレートだけでなく、LIVE会場で使用するマルチスクリーン向けの変則的なアスペクト比であったり、プロジェクションマッピング用のブレンディング領域を含むマルチ出力なども設定できる。出力数は、HDで最大16、4Kで最大4となっている。しかもこれらの処理はソフトウェアで自動で行われる。
つまりKAIROSの入出力は、何も固定された部分がなく、完全にユーザーが自由にアサインできるようになっている。この辺りも、ソフトウェアベースの強みである。
リモートプロダクションへ向けて
現在多くの映像制作現場では、いかにしてリモートプロダクションを実現できるか苦労しているところである。既存のシステムとツールを使って対応しているところもあるが、今後もリモートプロダクションへのニーズは無くなることはないだろう。
これは単に、感染拡大防止の観点からではない。リモートプロダクションが当たり前になれば、地方の仕事を首都圏で、あるいは地方同士を結んだ映像制作へと、仕事の間口を広げることができる。プロダクションやポストプロダクションの営業戦略的にも、重要なソリューションである。
全てがIPベースで構築されるKAIROSは、こうしたリモートプロダクションにも適合しやすい。IPベースの遠距離映像伝送だけでなく、本体であるKairos Coreとマルチビュー、Kairos Creator、Kairos Control制御もIPに載せられる。例えばKairos Coreは現場に置き、オペレーションは遠隔地から行うといったシステムも考えられる。またマルチビューを自宅にいる演出家に伝送し、そこからディレクションを行うなど、働く場所を超越した映像制作も視野に入ってくる。
これまでIPは、映像伝送の軽量化や分配の簡易化といったところに注目されてきたが、大規模スイッチャーシステムのオペレーションまで含めたIP化となれば、これまで実現不可能として燻ってきた多くのアイデアが実現できそうだ。
KAIROSシステムの用途は、ここでご紹介したものに止まらない可能性は十分にある。そしてそれもまた、ソフトウェアのアップデートだけで新しい用途に対応できるところも、大きな魅力と言えるだろう。
ただのアイデアが現実の形になる、KAIROSはそういうシステムである。
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小寺氏が語る「KAIROS」の魅力とは
小寺氏にKAIROSの特長や、KAIROSが次世代ライブ映像制作プラットフォームと呼ばれる所以などを、実演しながら語っていただきました。