最新のレンズはよく写る。ピント面のシャープさやボケの美しさ、開放からキレもよく、絞りによる描写の変動もない。
世の中においてそういった完璧性が求められている中、多くの撮影者はその個性としてオールドレンズや新興メーカーのレンズを使用してみたり、日々レンズ選びに頭を悩ませているはずだ。
その新しい選択肢として、Lomographyより興味深いレンズが発売される。
Joseph Petzval Focus-coupled Bokeh Control Art Lensシリーズと銘打たれたそれらは、19世紀に誕生したペッツバールレンズを現代のカメラ仕様に復刻したもので、後述するボケコントロールという唯一無二な機構を備えている。
過去にも数点販売されていたが、今回はより動画ユーザーへのニーズに応えてフォーカスリング、ボケコントロール、絞りそれぞれに一般的なフォローフォーカスシステムに対応するギアを備えている。
また27mm/35mm/55mm/80.5mm/135mmと一般的な動画撮影に必要十分なシリーズが展開され、統一感のある筐体を用いることによりレンズ交換の利便性やルックに一定の統一感をもたせることが可能だ。
今回その中で、Joseph Petzval 55 f/1.7 Focus-coupled Bokeh Control Art LensとJoseph Petzval 80.5 f/1.9 Focus-coupled Bokeh Control Art Lensの2点をお借りしたので、その使用感や描写などについて見ていきたいと思う。
金属筐体と動画に最適化された操作性
筐体は金属製で、適度な重みがある。レンズキャップははめ込み式、レンズフードはバヨネットタイプで、レンズフードを取り外すと67mm系の円形レンズフィルターが使用可能だ。
レンズキャップをつけたままフードを取り外せるので、ステップアップリング等でフィルターを統一している場合でも着脱がワンステップになる。
各操作リングも同じ位置に統一されていて、レンズ交換時のフォローフォーカスシステムの調整が容易になる工夫がされている。
中央部に搭載されているのがFocus-coupled Bokeh Control(フォーカス連動ボケコントトール)で、クリックレスでシームレスなボケ質の変容を操作できる。
フォーカスレンズを操作してもレンズの全長は変わらない。レンズの伸縮を外側に筐体でカバーしていて、動画ユーザー向けによく考えられている仕様だ。前玉が奥まっていることでレンズの保護の意味でも一役買っていそうである。
ギア付きの絞りリングがマウントと近いため、装着するカメラによっては、カメラのグリップとの距離が狭くなり持ちづらさを感じる場合がある。スチルユーザーや動画ユーザーでも最小限のリグで手持ち運用する場合は注意が必要だ。また絞りリングはデクリック仕様となっている。
各操作リングにギアがあるため、一般的なフォローフォーカスに対応している。フォーカスリングは適切なトルクがあり、操作感は良好。
シネマレンズを意識した筐体によって、頻繁なレンズ交換が必要となる動画ユーザーへの訴求ポイントが高いように感じられた。
ボケ質を自在に操るフォーカス連動ボケコントロール
ここまでですでにその片鱗を感じてもらっていると思われるが、Joseph Petzval. Focus-coupled Bokeh Control Art Lensの描写について見ていこう。
最大の特徴はFocus-coupled Bokeh Control(フォーカス連動ボケコントトール)で、ボケ質を変化させるコントロールリングが搭載されていることによって、いわゆるぐるぐるボケを発生させる。
作例の撮影において、モデルの小湊すみれさんにご協力いただいた。
カメラはa7S3、LightroomClassicにて色調補正を行っているのでご留意いただきたい。
Joseph Petzval 55 f/1.7 Focus-coupled Bokeh Control Art Lens
これこれ!という作例ではないだろうか笑。
背景に盛大なぐるぐるボケが見受けられる。F値開放、ボケコントロール(BC)の値は最大の7に設定している。
ぐるぐるボケが出やすいとされるHellios 44-2と同タイプのレンズを所有しているが、なかなかここまでわかりやすいぐるぐるボケを発生させるのは難しいように思う。
周辺部の画質や解像度に言及する必要がないのは言うまでもないが、中心部は適度なコントラストを保ちながら柔らかい解像をしていて、しっとりとした湿度を感じさせるような描写だ。
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この設定値だと、決して逆光耐性が良好とは言えない。しかし、ものは使いようだ。
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特大のハロが発生しているが、ドリーミーな印象を与える。現代レンズではありえない作例だが、使いこなせれば武器となる可能性がある。
同一シチュエーションで、太陽が帽子で隠れるように調整した。コントラストは保たれつつ、ボケのざわめきがノスタルジックな印象を醸し出す。
順光での撮影。高コントラストの状況であるが、肌の明部、帽子の影による中間部、髪の毛の暗部それぞれがどこか柔らかく、切なさを内包するような描写だ。
ここまでF値開放、BC値最大での作例を見てきたが、次に各絞り値やBC値での比較を見てみようと思う。
引きの画での比較になる。
意外な結果だったのが、最周辺部のグルグル感はBC7に比較してBC1の方が大きいように見えることだ。画面の上半分を空が占めているため分かりづらい比較になってしまったが、おそらくボケがざわつく範囲はより中央(ピント面に近い方)に収束しているように見える。
風が吹いていた状況のため、草の様子も刻々と変化しているころもあるが、ピント面のある被写体に距離が近い草に関してはBC7のほうがざわついているようだ。
レンズと被写体、被写体と前景/背景の距離感によってボケ方は異なってくるものだが、そこにBC値という新しい概念が加わることにより、より表現に奥深さと難しさが付与されたように感じた。
また、この状況だとにじみも多く、フォーカスの精度を求めるのが難しくなってくる。BC値を上げると、画面端部でのピントは合わないものと認識したほうがいいだろう。
少し絞ってF2.8での比較。被写界深度が深くなってよりピント面にシャープさがでたことも顕著だが、開放F1.7の状態だと感じられたにじみ感が解消されている。
ボケ感の変化はその量こそ減少しているものの、概ね開放F1.7の状態と同様の変化のようだ。
奥行きのある背景でなく、平面的なグリーンをバックにするとより顕著だったかもしれない。
続いてF5.6。明らかに解像感が増している。しっとりとした描写の印象が、よりカラッとした感じに見えてくる。
ここまで絞るとぐるぐるボケの恩恵はあまり受けられないが、使いやすくもしっかりとした個性が宿るクラシックさがあるようだ。
55mmのボケコントロール(BC)例。各絞り値ごとに比較してみた
55mmのボケコントロール(BC)の例
次に夜のポートレートでの作例を見てみよう。ここでこのレンズの違う顔が見えてくる。
日中でのドリーミーな描写と異なり、しっとりとした質感や強烈なぐるぐるボケを残しつつ、ピント面はなかなかの解像感を見せている。
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1枚目が絞り開放BC7、2枚目が絞り開放BC1の比較。
コントラストは残しながら、ボケ感の差が明らかで興味深い。BC7はより被写体に視線を誘導しそうな没入感があり、BC1は比較的自然なボケ方で被写体と背景がよりマッチングしているように思える。
作品としてどういう印象を与えたいか、という選択を撮影者に強いているようだ。
Joseph Petzval 80.5 f/1.9 Focus-coupled Bokeh Control Art Lens
ポートレート撮影に適した適度な圧縮効果をもたらす中望遠レンズに属するJoseph Petzval 80.5 f/1.9を見ていこう。
描写の系統はJoseph Petzval 55f/1.7に近く、開放F1.9、BC値最大で使用すると、しっとりとした描写感が得られる。
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フレアをいれるとよりノスタルジックな印象になる。ハレーションによる解像感の低下は否めないが、こちらのレンズもいかに描写をコントロールしていくかという面白さと難しさが共存している。
絞り開放、BC7の値で、太陽を大胆に入れたまるで五光がさしているような一枚。いじわるな状況ではあるが、こういった傾向もあることは頭に入れておきたい。
このような特性を知った上で避けるか、作品に活かすかどうかは撮影者の意図次第となる。
日が暮れてきた状況での開放BC7で撮影。かすかな光を捉えたしっとりとした質感は55mm以上のように感じた。
ブルーアワーに差し掛かる。開放BC7。
少ない光の中で、優しく被写体を包み込むような質感だ。背景圧縮の効果か、ぐるぐるボケ状態を作り出すのが若干難しいと感じた。しかし、この人物を引き立たせる感覚は魅力的だ。
それでは比較に入っていこう。
F1.9mとF2.8で光線状況が変わり、F2.8のほうがよりフレアが入ってしまい、解像感とコントラストが低下している状態なのはご留意ください。
ボケの状態としては、F1.9、F2.8共にBC値を上げていくことでよりざわつきが出ることが顕著だ。木々の隙間から漏れる玉ボケがより細くなっていくような変化が、ぐるぐるボケと言われる特徴を形作っていくようだ。
またF1.9の帽子の周辺にでている色収差が、BC値を上げることによってより大きくなっていくことも目に取れる。
時間が足りずF5.6の比較が撮れなかったことは悔やまれる。
80.5mmのボケコントロール(BC)例。各絞り値ごとに比較してみた
こちらも夜の描写を見ていく。
強烈な外光のハレーションから解放されると、80.5mmF1.9もしっかりとしたコントラストと解像感を取り戻す。開放、BC1の値で撮影したこの一枚では、玉ボケの形が素直で落ち着いた印象を見せる。
BCの値を7に変更すると、画面端の玉ボケが細まっていく。
引き目のアングルで撮ると、新たな特徴が垣間見えてきた。画面右上のビルの窓明かりのボケが、漏斗状に変化している。
トドメの一枚。絞り開放、BC7。変化していく玉ボケの形が、どんどん彼女に迫っていくような印象を与える。中望遠域の圧縮効果によって、ぐるぐるボケを出す状況は限られてくるが、ボケの大きさによる迫力はやはりポートレート王道の焦点距離のように思える。
最後に
今回はスチルベースにレンズの可能性を探ってきたが、今後35mm、27mm、135mmとリリースされたらレンズ一式を持って動画制作に積極的に使用してみたい。
最初にも書いたが、現代のレンズはどれも優秀で、ストレスフリーに素晴らしい描写をもたらしている。それゆえに、どういったレンズを選ぶかはスチルユーザー、動画ユーザーのいずれにしても個性となり特徴となる。
その新しい選択肢としてのJoseph Petzval Focus-coupled Bokeh Control Art Lensは、強烈な個性と、その個性を目指したい表現に近づける柔軟さを両立させた稀有なレンズだと思う。 はじめにこのレンズを知ったときは、個性の強い、いわば飛び道具のようなものだと思っていた。
しかしその最大の特徴であるFocus-coupled Bokeh Control(フォーカス連動ボケコントトール)の搭載によって時に強烈に、時にしなやかに変幻する表現力は、使いこなしの難しさこそあるものの、使い手の個性をより際立たせる。
絞り値による描写の変化、BC値におけるボケ質の変化というレンズの物理的な描写の変化を、能動的に作品に影響させるという面白みは、現代の優秀なレンズでは得られない醍醐味であり、撮影者への芸術的な選択肢をもたらすように思う。
19世紀に誕生したクラシックな描写が、21世紀へとつながる、時代を行き来するようなレンズだと感じた。
牧野裕也
関西を拠点にしているフリーランスの映像ディレクター / シネマトグラファー /
スチルフォトグラファー。
映画畑で制作部、助監督をしていた経験から、映画的な映像を探求してます。
福井県出身。大阪芸術大学映像学科卒。
WRITER PROFILE
