はじめに
2022年11月にHasselblad X2Dを入手して以来、手に携えた時の圧倒的な心地よさと端正な描写力、そしてプロダクトとしての完成度の高さに、これまでのどのカメラよりも深い愛着と信頼を寄せて使い続けている。
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同じミドルフォーマットの富士フイルムGFX 50R、100Sと使いはしたが、特に100S以降、撮影体験が少しずつ希薄になっていく感覚に耐えられず、Hasselbladに行き着いた。
仕事では、XCD 2,5/90V一本で撮り切ることも多い。撮影のテーマと被写体との距離感をはかりながら、唯一無二の強度のある世界観をつくりあげる。単焦点の潔さと不器用さ。そして、ミドルフォーマットだからこそ生まれる"呼吸の深さ"。その撮影体験は他のフォーマットでは得られないものだった。
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個人的にはそれ以上を望む必要などなく、ましてX3Dなど発売しても買い換えないだろうと思っていたところに驚きのニュースが飛び込んできた。LiDARフォーカスを搭載したX2DIIの発表だ。
映像制作でDJIのLiDARシステムの恩恵を経験していただけに、そのニュースはあまりに鮮烈だった。ミドルフォーマットの死角ともいえるフォーカスシステムに、他のフォーマットでも未開拓のLiDARが、ましてや本体に内蔵される──HasselbladとDJIの融合がここまで深化しているのか、と驚かされた。
少なくとも自分にとっては必要十分なX2Dから「何が変わったのか」、その答えを探るために数週間にわたって実戦投入した。
LiDARフォーカス X 新世代の標準ズームレンズ
同じタイミングで発表されたXCD 2,8-4/35-100Eにも注目している読者は多いだろう。新しいフォーカスシステムと新世代の標準ズームレンズ、この二つが両輪で機能してこそX2DIIの真価が発揮される。
今回のレビューではX2DII+35-100Eを中心に、同時に試用したXCD 3,5-4,5/35-75と筆者所有のXCD 2,5/90Vとも比較している。
Hasselbladのレンズは、これまでXCD 4/45P、2,8/65、3,2/90、38V、55V、90Vと、標準域を中心に使ってきた。特に45P、38V、90Vを愛用してきたが、Vシリーズが必ずしも優れているかといえばそうでもないというのが素直な印象である。
Eシリーズの登場によって、あらためて気づかされたのは、Eシリーズとの比較においても、フォーカスのスムースさとスピード、サイズや重量を除けば、前世代のレンズが劣るという印象はまったくない。"表現の方向性"が違うだけだった。
作例:石鎚山──陰影と線描の"密度"を描く
Hasselblad X2DII + XCD 2,8-4/35-100E
10月の石鎚山は紅葉シーズン直前の山模様。夜が明けて間もない頃の稜線を駆け上がる雲、柔らかな朝日に繊細なシルエットが際立つ木々、そして青空の下の荒々しい山肌と紅葉。X2DIIと35-100Eの組み合わせで構図を自在に行き来できる感覚は、ズームレンズならではの醍醐味だ。
太陽を構図内に取り込んだ逆光下でも階調は破綻しない。RAW現像時のハイライトとシャドウの粘りはミディアムフォーマットの16bitの色情報の特権だ。夜明けの空から稜線にかけての濃淡や木の葉の描写にも、目を見張るものがある。
少し離れた場所から気づかれないように撮影した友人の姿も、一億画素のクロップ耐性のおかげで後から手繰り寄せることができた。
レンズ比較1
描写の"質感"で使い分ける──35-75と35-100E
Vシリーズのコンパクトさや軽量化が旧世代と比べて際立つが、35-100Eについては旧世代の35-75と重量差はほとんど感じない程度だ。描写の質感を厳密に比較するための撮影はしていないが、参考としてそれぞれ近しいシーンで撮影した作品をご覧いただきたい。
モデル 咲くこ
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35-75が被写体の柔らかさを自然に拾い、フレアの滲みを味方にするような"情緒的な写り"を見せるのに対して、35-100Eは情報量の密度が高く、端正でより現代的な写りだと感じた。先ほどの石鎚山の写真の中でも覆い茂る葉の一枚一枚を丁寧に描写している。
- 35-75:空気の層を描き込むレンズ
- 35-100E:その場の情報を刻み込むレンズ
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レンズ比較2
レンズの"機能"で使い分ける──90Vとの比較
一方で違いがはっきりと気になったのはXCD 2,5/90Vとの比較だ。
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比較して気づいたのは、90Vはレンズシャッター音が意外と大きく、また、最短撮影距離で劣ること。ズームレンズの方が寄れる、というのは良くある話だ。ただ、場面によっては撮影の足かせになるのでこの差は大きい。
- 参考 各レンズの被写体と像面間の最短距離:
- XCD 90v(0.67m)
- XCD 2,8-4/35-100E(0.4m 0.5m)
- XCD 3,5-4,5/35-75(0.42m 0.6m)
今回、35-100Eを使ってみて一番ストレスに感じたのが、MFクラッチシステムの不在だ。Vシリーズのクラッチに慣れていた自分は、この点に戸惑った。
今回のようなモデルとのセッションにおいてはAFが迷ったりすることも多く、即座にMFに切り替えて撮り進めることも多い。
メニューからMFを選択して切り替える、というのは撮影のスムースさを損ない、セッションの流れを切ることになる。いわゆる親指フォーカスで撮影を組み直したが、90Vのあの気持ちよいクラッチ感を知っていると、物足りなさは残る。この点においては単焦点のVシリーズの強みを身をもって知ることになった。
- 90V:意図して距離を詰めるレンズ
- 35-100E:自然と距離が縮まるレンズ
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LiDARフォーカスによる圧倒的な合焦速度
繰り返しになるが、個人的な一番のニュースはLiDAR フォーカスの搭載だ。前述の動画での使用時には動画に記録するためのフォーカス精度しか体験していないため、写真に適用された場合にどうなのか?強い興味を抱いていた。
先に結論を述べると、整えられた環境ではこれまでとは"別次元の速さ"をみせてくれた。一方で、苦手な環境下ではこれまでと同様に迷いもするしウェビングも発生した。
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LiDARは距離測定に"形のコントラスト"を用いるため、低反射・低コントラスト・薄暗いシーンでは迷いやすい。
ただし、ピント面が明確な状況では圧倒的に速い。従来のXシステムではあり得なかったテンポでフォーカスが追従する。被写体が際立つ状況でのロケやスタジオワークの"効率"を引き上げるには十分な性能だろう。
モデル 須田スミレ
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システムメニューからは、X2Dでは実現しなかった、特に被写体検出において柔軟な設定が可能だ。
"プロが実戦で追い込むためのミディアムフォーマット機"
いつものX2Dから少し距離を置き、X2DIIを数週間に渡り使ってみて「撮影のための条件や環境を整理し、なおかつよりスピーディな撮影体験を求める撮り手に相応しい"超ハイスペック機"」だと感じた。
X2DIIは"速さ"という領域でXシステムを次の段階へ押し上げた機体に違いない。
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もちろん、さらに進化した手ぶれ補正やボディ内HNCS HDR画像、LiDARフォーカスは初心者にとってもフレンドリーなものだろう。一方で、まずはゆっくりと自分のペースで一枚一枚を丁寧に撮り、Hasselbladとミドルフォーマットの魅力に触れ、その撮影体験をじっくりと味わってもらいたい気持ちもある。
X2DIIはそれくらい気安く、まるでフルサイズ機と同じように振り回せるものになってしまったのだ。
これは、進化の過程でLiDARフォーカスを搭載したら「こんなモンスターが生まれたんだよ!」という序章に過ぎない。「ゆえにX3Dの名を冠することにはならなかったのではないか?」と思慮をめぐらせている。
最後に
このレビューを書きながら、3年前にHasselblad X2Dを手にしたことで、これまでの撮影ではなかなかいたることのできなかった"迷いのない一枚"に何度も出会えた。
「あの時、思い切ってマウントを入れ替えて本当に良かった」と。
1人でも多くの読者にその気持ちを味わってほしいというのが本音ではあるが、すでにX2Dを所有しているユーザーに買い換えをすすめるかといえばためらうし、はじめてのHasselbladとしては少し先に行き過ぎている気もする。
それでも──レビューや作例を見て、どうしても心が動いてしまった人には、ひとつだけ伝えたい。
「あなたのその眼は、どのフォーカスシステムよりも優れている」
初心者であろうとX2Dを所有している玄人であろうと、X2DIIを手にしたならその眼で描いた世界線は間違いなく手繰り寄せられるはずだ。
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宮下直樹(TERMINAL81 FILM)|プロフィール
フリーランスのフォトグラファー・シネマトグラファー
写真・映像、ドキュメンタリーから空撮まで。
視覚表現の垣根を超えた小さな物語を縦横無尽に紡ぐ。
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