映像信号の「お守り」的存在、UpDownCrossコンバーター
今回、Blackmagic 2110 IP UpDownCross 12Gを試す機会を頂いたのでいろいろ試してみました。
まず、この商品が何かですが、映像コンバーターということになります。できることとしては、映像のリサイズやフレームレートの変更が挙げられます。通常コンバーターといえば、例えばSDIをHDMIに変換や逆にHDMIをSDIへ変換したり、その全てができるBiDirectionalなど、基本的に受け取った解像度やフレームレートを保持して出力端子を変更するものが多いと思います。
しかしUpDownCrossシリーズは解像度とフレームレートをかなりの自由度でもって変換できます。見た目は他のコンバーターに似ていますが、どちらかというとTeranex AV等が近い製品になると思います。
このUpDownCrossとTeranex AV系コンバーターはどこで活躍するものなのかというところは、多種多様にあるため一概には言えないのですが、よくある使用例の一つとしては、イベント等で会場据え付けのプロジェクターに映像を出したい時、設備が古いとHD解像度不可やプロジェクターのパネル解像度が720pしかない時があります。パネルが720pのものに1080pを入れると文字がジャギったりしますので720pネイティブの方が綺麗に見えることがあります。
そんなときにUpDownCross 12Gで720pにしてあげればプロジェクター内部のダウンコンバートよりも高品質に縮小され綺麗になることが多いです。
また海外からの映像の時もPAL圏だとフレームレート違いでそもそも入力しないこともあるのでNTSCのフレームレートにします。そんな現場での映像信号不適合な事態を避けるために用意するものです。
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前置きが長くなりましたがここからは本体を見ていこうと思います。
製品概要と外観
商品名に2110IPと入っているので2110 IPだけを想定された商品と誤解されがちですがUpDownCross HDが進化した商品になります。UpDownCross HDが4K60P対応になり、2110IPでの入出力も対応したという認識でいいかと思います。
さらに、本体に液晶、スピーカー、ヘッドフォンジャックが追加されて、Teranex Mini系のデザインに近くなりました。
ラックマウントやテーブルの上での運用ならこちらがいいですね。さらにスピーカーがついたのが嬉しいポイントです。
現場で音声に問題が発生した時、切り分けが楽になります。ちょっと音が聞きたいシチュエーションはよくあることと思います。また、新しく液晶がついたのでメニューから出力変更ができます。また音声ディレイが実装されました。
フレームとmsでも調整ができます。音声のディレイマシンとしても使えます(ちょっと贅沢な使い方ですが…)。
検証も含め、使っていてこの液晶が一番ありがたいポイントでした。UpDownCross HDではスイッチを切り替えて解像度、フレームレートを変えていました。これが視覚的でなく、裏に書いてある対照表をよく見て設定します。
据え付けの場合出力設定を変更することは少ない(出力先が固定の場合)ですが、いろいろな現場へ持って行き上手く映像が出ない時に頼る「お守り機材」のような運用の場合、ケーブルが接続された状態で本体を動かして設定せねばならず少し気を遣うポイントでしたが、解消されました。
多くの機能があるBlackmagic 2110 IP UpDownCross 12Gですが使い方はシンプルです。とりあえず入力(HDMIまたはSDI)に接続し本体モニターに画と音が出れば入力はOK。メニューに入って出力の解像度とフレームレートの組み合わせを選択します。
ダイヤルを回してSETで決定です。出力先がSDI、HDMIならこれだけです。なのでどちらかというと操作そのものより「何に変換するのか?」ということをきちんと理解する必要があります。
変換品質、上位機種との比較
解像度とフレームレートを変換して気になるのはその品質です。今回、4KからダウンコンバートとHDからのアップコンバートを試しました。
比較対象は、
- Teranex AV
- UpDownCross HD
- DaVinci Resolveでの変換
です。
再生機は、Blackmagic Video Assist 12Gで素材はProRes 422 HQです。
変換項目は4K59.94pからSDまで様々変換してみました。結構たくさん検証したのですが、結論を先に書くとUpDownCross 12GとTeranex AVでは4Kアップコンバートに差がほとんどなかったということです。
ほとんどというのはTeranex AVはなぜかコンバート時にDaVinci Resolveの「位置」の数値で4Kの場合2下がっていました。縦位置のみあわせた状態でレイヤーを重ねて合成「差の絶対値」モードで比べると差分が検出されないという具合です。
今回、UpDownCross 12GのACにアースがつきましたのでUpDownCross 12GとTeranex AVはアース有りで検証しています。
実際の現場でアースできることは稀です。
このBlackmagic 2110 IP UpDownCross 12Gは、非常に良好な変換品質を持っていると感じました。Teranex AVの考え方が継承されていると思わせる、好ましい結果だと思います。いくつかスクショをのせておきます。
4Kアップコンバートの例
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オリジナルはHDを4Kタイムラインに入れているのでDaVinci Resolve上でリサイズしています。
AIスケールをかけると、
このようにシャキッとしますが、背景の木が少し不自然になってしまいました。自然なアップコンバートを望むならOFFで、リサイズフィルターをバイキュービックまたはキャットマル-ロムにするとUpDownCross 12G等とほぼ同じ結果が得られました。
逆に言うとUpDownCross 12GはDaVinci Resolveのリサイズフィルター「バイキュービック」「キャットマル-ロム」相当と言えると思います。
倍以上する変換専用マシンと品質が似ているのはすごいことと思いつつ検証していましたが、当然違いはありました。
リサイズ品質ではなく機能としての部分について、Teranex AVではSDの際スクイーズとレターボックス等アスペクト比が変更可能ですが、UpDownCross系はHD、12G共に不可となっています。
またノイズリダクションも非搭載のようです。Teranex AVにはカラーコレクションやマスク機能もありますので、UpDownCross系はリサイズとフレームレート変換に特化したものであると言えます。
ただ、逆にTeranex AVに対してBlackmagic 2110 IP UpDownCross 12Gが持つ優位性として、静音性があります。UpDownCross HDはファンレスでしたので一番静か、というか無音ですが、12Gもかなり静かでファン音は気になりませんでした。Teranex AVが若干爆音気味になることがあったので余計に感じたと思います。静かな会議室や音を気にする場面で、4K12Gまで扱えて静音性も良いコンバーターは重宝しそうだと思います。
他にある優位性としては動作がかなり軽いという点です。Teranex AVはOUTのインジゲーターから出力したい組み合わせを選んで、液晶に表示されるchangeで変換が開始されますが、2−3秒待つ必要があります。
UpDownCross 12Gは出力項目から選んでSETを押してすぐに変換が開始されます。頻繁に変えるものではないのですが、レスポンスがいいのは好印象でした。
また商品名でもある2110IPに対応しているのもアドバンテージです。Blackmagic Designは近年急速に2110IPに対応した製品を出していますが、こちらもその一つになります。これなら普及した際に使いたくなっても買い足し等が発生しません。
しかし、実際に普及するのかNDIより多くの機材が対応するのかまでは誰にも分かりません。先行規格のNDIは転送品質とライセンス料を考えなければOBS等のPCソフト上でも受信が可能ですが、2110IPはまだそのようなプラグインは見つけられませんでした(私の探し方が悪いだけかもしれません)。まだ周りが追いついていない印象です。
ただ、別の機会に転送された画を見た感想としてはかなり良好ですし、ここ最近は10Gイーサネットハブもかなり安くなってきましたし、後2、3年のうちに普及するならしていると思っています。
そんなBlackmagic 2110 IP UpDownCross 12Gですがここまでは上位モデルというかTeranex AVとの比較でした。
UpDownCross HDとの比較
UpDownCross HDとの比較ではどうでしょうか。今回は1080から720へのダウンコンバートで比較しました。
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ここでも同じ品質となりました。ただTeranex AVは少し違う結果となり、
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少しエッジの目立つ結果となりました。これはUpDownCross系の方が好ましい品質なのでこれでいいかと思います。
UpDownCross 12G は4KアップコンバートはTeranex AVと同じ720pはUpDownCross HDと同じという結果になりました。
機能的には解像度が4K60Pまで対応している安心感がかなり大きく、お守り機材的な運用ならば大は小を兼ねるところと思います。
また、電源がACとDC両対応になったのも進化点です。本体紹介で触れたスピーカー等の音声まわりも大きな優位性と感じます。値段は数倍なので後継機種と言うより上位モデルと言う認識です。UpDownCross HDも併売されていますので用途に合わせてというところでしょう。HDまでの運用ならUpDownCross HDで十分な業務も多いと思います。
数倍の値段と言いましたが、値段を見ていて一番驚くのがTeranex Mini SDI to HDMI 12G等のTeranex Miniと比較すると、値段が同じ税込90,980円であることです。 UpDownCross 12Gは映像処理のための遅延等、純粋なコンバーターとは違いがあると思いますが、SDItoHDMIやその逆等、Teranex Miniシリーズと機能が被るところがあるので、お得感はあります。
さらに音声のディレイは映像処理OFFでも働きます。入力映像を変換せずに出力できるのです。簡易的な測定ですが、遅延も測定しました。1080p30fpsでHDMIを分配し一つはそのままスイッチャーへ、もう一つをUpDownCross 12Gで入力しHDMIで出力映像処理をOFFでの映像の遅延は1fでした。4K等の遅延測定は私の機材環境では難しかったので未測定です。
まとめ
ここまで触ってみての感想ですが、Teranex AVに近い性能があることに非常に魅力を感じました。
私は、10数年前にTeranexがまだTeranex社だったときの製品でTERANEX XANTUS(ザンタス)という製品をよく使用していました。このザンタスもTeranex AVのような変換器でしたが、大きさが縦に5倍、奥行きは多分10倍ぐらいある巨大なコンバーターでした。音も大きく起動にも時間がかかる代物でした。
当時ヨーロッパの映画祭や展示会向けにPALでデジタルベータカムにコピーする仕事があり、その時よく使ったのですがNTSCの60iを非常に高品質にPAL50iへ変換してくれました。価格も、結構良い車ぐらいと聞いていましたので、高品質で当然かもしれません。もちろん、個人で手が届くようなものではありませんでした。
そのTeranexがBlackmagic Designに買収されてTeranex AVになり、価格が20数万円になった時は大変驚きましたが、今回UpDownCross 12Gはその半値以下の税込90,980円と、ついに10万円を切りました。必要になれば買うことができる値段です。レンタル利用でもきっと安価に借りられるでしょう。
私が行う配信等の現場では4Kはまだまだ少ないですが、PC出力ではあり得るので対応が多いに越したことはありません。この商品を知らなかった方も覚えておいて損のない商品と思います。
補足の情報としてBlackmagic Design社には報告済みですが、日本語表記の中で、
HDMI出力をクリップというメニュー内の表記が、「適正レベル」と「不正レベル」で、「不正」となっているとギョッとします。これば日本風表記で言うとリミテッドレンジとフルレンジです。
英語表記にするとこのようになります。おそらく修正されると思います。
松尾直樹|プロフィール
2005年から2014年まで大阪にてポスプロ勤務後、現在はフリーランスとして東京・大阪を中心に活動中。過去にさまざまな編集ソフトを使用した経験があり、現在はDaVinci Resolveをメインに使用。他に専門学校大阪ビジュアルアーツアカデミーにて講師として、編集を教える授業も行っている。