txt:motordrive 構成:編集部

低予算ながら映えるプロジェクションマッピングを実現

事例の3つめは、福岡をベースに活躍するmotordrive氏に登場いただいた。プロジェクションマッピングがどのように企画され運営されるのか?そのワークフローにフォーカスし解説をお願いした。これから映像制作を生業とする人々が気になる部分を紐解いて行く。

プロジェクションマッピングは、こうやって制作される

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今回は、2/10(日)日中に行われる北九州市市政50周年関連イベント「九州ソーシャルビジネスメッセ」で、3Dプロジェクションマッピング作品を展示した事例を御紹介する。依頼内容は、展示アトラクションの1つとして、話題のプロジェクションマッピングを行いたいが、低予算と環境の条件から、内容はおまかせで検討してほしい、というものだった。低予算ながら、明るさが1万ルーメンある業務用プロジェクターが既に用意可能、ということで実施可能と判断した。

まずは展示概要について、様々な条件や環境の元から検討していったプロセスから解説を始めよう。

屋内展示

大型のプロジェクションマッピング(以下PM)は、野外や屋外の建造物で行われるものという印象が強い。確かにパブリックビューイングとしての効果や、3D・PMの有効視点(後述)の関係から、本来は外で大型建造物に投射するほうが迫力もあるしメリットは大きい。

ただしそうしたケースの場合は、充分な効果を出すためには、プロジェクターの明るさは約2万ルーメン超、しかも複数台を連結する必要がある。また日中に行うことができない。

今回の会場は西日本総合展示場という天井も高い大型施設で行われるため、それなりに大型の投射オブジェクトの設置が可能だ。また屋内だからこそ展示エリアをほぼ真っ暗にすることができ、1万ルーメンのプロジェクターでも充分な3D効果を得られる。

投射オブジェクトを新設
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投射オブジェクト

屋内には投射して面白い既存の物体や場所がなかった、ということもあるが、コンテンツの製作サイドからすれば、形状指定したものを作ることによって、時間がかかる投射オブジェクトのモデリングの作業時間をかなり短縮できる。また最初から3D効果が出やすい形にすることで、PMの理想的な演出効果が得られる。ベニヤの表面を白くしたものを、角度45度でジグザグにした面を多用した投射物を業者に作ってもらった。予算の関係もあり、立体にみえるが、裏から見ると面を立てかけただけのハリボテだ。ただし会場の天井の高さが5m以上あるので、それなりの大きさ(4m×5m)を求めた。

パソコン主体の民生機材で構成する
サウンドは楽曲無し・SE音有り

本来、映像コンテンツに音の要素は極めて重要である。専用の楽曲にあわせて映像を製作すれば、そのシンクロ効果で非常に心地よい作品になる。しかし残念ながら納期の関係上、楽曲を準備することができなかったため、SE音のみ映像に埋め込むことに。ただし音響設備は知り合いのDJに持ってきてもらい、BGMは流すことにした。

実際の展示
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1台目のプロジェクターの床投射

会場の一角のみ、完全に照明を切ってもらうことによって、充分な照度を得ての展示が実現した。前述の4m×5mのオブジェにプロジェクションしたものがメインコンテンツだが、実はもう一台別のプロジェクターが使えることになったので、オブジェの手前のフロアにもプロジェクションすることにした。前者は、物体の変形を見せるものだが、後者は床から文字が突き出たり、床が崩落するように見せる演出を行った。

プロジェクターの位置は投射オブジェクトの8m後方から。観客はプロジェクターとオブジェクトの間のエリアからも見ることができるように、3mの高さにプロジェクターを置いた。

屋内展示の利点によって、イベント開幕の午前10:00から閉幕の16:00までの常時投影を行っており、来場者は開催中、いつ来ても作品を見ることができる。輝度も充分で、全てのパターンの3D効果が充分に体感できるものとなった。

機材

今回は、基本的に民生品のみでシステムを構成している。配線図は下記のとおり。ハードウェアに加えて、内部動作しているソフトウェアについても解説する。

MacBook Pro 15inch Retina(パソコン)

映像の送り出しはパソコンで行った。もし投射物が巨大で、規格外の解像度が求められる場合はメディアサーバーが必要となるが、今回の規模であれば、民生PCで十分なパフォーマンスが得られる。

それでも高解像度の映像データを長時間再生する場合、データの読み込みが安定するSSD搭載のものを使う。また、リアルタイムに再生映像を調整できるソフトを使うため、CPUとGPUもできるだけハイスペックなものが望ましい。

Modul8(VJ・映像再生ソフト)

いつも使っているVJソフトで、作成コンテンツを再生した。このソフトを選んだ理由は、単に通常のVJやスイッチングオペレーション業務で使い慣れているからに過ぎない。

MadMapper(プロジェクションマッピング用ソフト)
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Modul8+MadMapper

マッドマッパーと読むこのソフトは、リアルタイムに投影する映像を、任意の形状に変形して貼り付けたり、位置ズレを補正したりするためのPM専用ツールである。基本的にはリアルタイムに映像を再生させながら、投射映像を任意のメッシュ上に細分化して、頂点やアウトラインを移動・変形して調整するものだ。

現在ではこれ以外にも沢山のマッピングソフトが発表されており、iPad用のものも登場し始めた。

筆者がマッドマッパーを選ぶ一つの理由は、再生する映像の選択やエフェクト処理を、別の好きなソフトでコントロールできる自由さを持っている点だ。これは同一PCか同一ネットワーク上の映像ソフト間同士で、再生中の映像をリアルタイムにインターフェースできるSyphon(Mac専用)という規格に対応しているためである。

TripleHead2Go(映像分割機)
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Matrox TripleHead2Go

1つのPCからの出力映像を、複数の映像出力に分けるハードウェア。1台で3つ、2台並列利用で6つまで分割可能。つまりプロジェクター6台までで収まる規模のプロジェクションマッピングであれば、パソコンとこれで実施可能、ということになる。

Sparks D-Fuser(簡易HDミキサー)
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Sparks D-fuser

民生機材とPCでシステムを組む場合、トラブル時のバックアップシステムを考慮する必要がある。上記ミキサーは、TVone社の業務用DVI-Iスケーラである1T-C2-750をベースに独自のミキシングコンソールをつけて販売されているものだ。

フルHD映像のミキシングが行える上に、上記のTripleHead2Go(1台)と一緒に使える、というオンリーワンなものであり、これを利用して予備のパソコンを準備しておくことで緊急時の対応が可能となる。

Cinema4DAfter Effects(映像製作ソフト)

製作ソフトウェアについても軽く触れておく。平坦な動画テクスチャを投射物体の面に貼り付けていくだけならば問題ないが、トランスフォーム(変形)効果を出すためには、光の方向や影の出方を正確にシミュレーションした映像が必要となり、3DCGソフトウェアでの製作は必須となる。

筆者はCinema4Dを利用したが、このソフトは、マッピングでよく使う演出効果にマッチした機能が多い。更に比較的レンダリングが速いため、短納期の業務に向いている。また後処理や3D効果のないコンテンツにはAdobeのAfter Effectsを使った。

ワークフロー

企画・検討部分は省略して、製作の順序について解説する。

投射オブジェクトの決定とモデリング

既存のオブジェクトや建造物に対してPMを行う場合は、まず設計図の入手や計測作業からスタートするが、今回は投射オブジェクトを新規でつくるため、その必要がない。

こちらから投射オブジェクトの簡易設計図を作成して組み立て業者に見積もり依頼を行う。予算内の見積回答が得られるまで形状の調整を行う。

レンタル機材の仕様確認
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エプソンプロジェクター

自前でない機材に関してチェックを行う。今回、自前のものでない機材はプロジェクターのみ。まずはプロジェクターのスペックをメーカーサイトやマニュアルから調査し、明るさは勿論、使用レンズの焦点距離と投射角やサイズの調整範囲を把握する。投射オブジェクトが全て投射サイズ内に収まる距離と理想的な設置位置を算出する。

また映像コンテンツの品質や配線計画をたてるために、パネルの最大解像度と入力可能な映像端子の種類も確認しておく。今回のプロジェクターはEPSONのEB-Z10000

設置環境の決定

会場での投射オブジェクト設置位置、プロジェクター設置位置、そしてこの規模のマッピングで大切な、平均的な観客の視点位置を決定する。3D効果を含んだ映像を使うPMは、観客の視点を意識した映像製作を行う必要があるため、製作にあたり、この3つ位置を決める必要がある。3D映像の製作では、ある一点の視点から見た場合のパースや影のでき方を設定して行うため、計算外の位置から見られると全く3D効果がでないからだ。

これは建造物のような巨大なもので行うPMであれば、3D効果が得られる観客ポイントは広く、ズレも誤差程度になるが、今回のケースの規模のものであれば、観客の視点位置の差による影響はかなり大きい。

会場の下見

上記が決まれば、実際の会場を下見する。機材設置の可否や電源位置や容量の確認。投射オブジェクトが大きいので搬入口の広さ等を確認。最も重要な点は、本番時の明るさを確認すること。PMのクオリティはプロジェクターの照度のみならず、周りをどれだけ暗くできるか、という点のほうが重要である。

システム構成の設計

ここまでの情報が集まれば、投射システム構成とコンテンツの製作に入る。投射システムは前述のとおり、パソコンで行う。1台のパソコンから投射オブジェクト用の映像とフロアに投射する用のコンテンツの両方を並べた映像を出力し、TripleHead2Goによってそれらの映像を別々に出力し(2つの映像ラインに分ける)、それぞれのプロジェクターへつなぐ形とする。

コンテンツの製作
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Cinema4D製作

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After Effects製作

映像製作も始める。具体的にいえば、CGソフト上に投射オブジェクトのモデルを構築し、それに対してアニメーションをつけてゆく。ポイントは「客視点」の位置にレンダリング用カメラを設定すること。最終的に自分で設定した観客が立つ目の位置から見える映像を作るイメージである。(※プロジェクターの位置ではあってはならない!)

投射テストは不可能

比較的予算の大きなPMであれば事前に投射テストが可能だが、事実上低予算では不可能。基本的にPMは高価な業務用プロジェクターを利用する必要があるため、レンタル日数が増えれば、その分大幅に予算が増加する。

ケースバイケースだが、今回は、投射オブジェクトはこのために新設したシンプルなものなので、計測ミスの恐れがほぼないため、事前テストは必要なし、と判断した。

本番のセッティングと待機
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セッティング風景

本番当日、搬入とセッティング時間はできるだけ充分にとった。PMソフトを使って、投射映像と投射オブジェクトの形状ズレを、PMソフト(MadMapper)で調整する時間が必要となるためだ。

投射オブジェクトに実際に映像を投射する。前述のPMソフト内で投射映像をメッシュ分割し、各頂点の位置を合わせて、完全にパースや曲線も一致するまで丁寧に進める。ちなみに製作時に、調整用のワイヤーフレーム上の静止画を一枚作っておくと効率がいい。ちなみに当然のことながら、全ての動画について、カメラ設定やライティング設定は同一、もしくは変化する必要があるならば、前後の再生動画からの連続性を考えて作っておくことが前提だ。

セッティング完了し、本番がスタートした後もできるだけマッピングソフトが扱えるスタッフで交代で張り付いておいたほうがいい。PMは、ちょっとした揺れや衝突であっても大幅に投射ポイントがズレる。いざというときに即調整可能な状態にしておくことが望ましい。

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MadMapperによる調整、3Dコンテンツ

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MadMapperによる調整、2Dコンテンツ

個人クリエーターによるプロジェクションマッピングについて

去年の夏辺りからPMの依頼や相談を、大げさでなく毎週のように受けるようになった。しかし受注や実施に結びつくのは、その1/10程度といったところだ。地方では屋外や建造物でPMをやりたいクライアントが沢山いるが、プロジェクターの手配費用を聞いて、その殆どが黙り込んでしまう。まだ正直なところ業務用プロジェクターのレンタル費用は安くないからだ。しかし逆に言うと、環境と機材の問題さえ解決すれば、マッピングは大手のプロダクションなどでなくとも実施できる。PMの理論やツールの使い方さえ押さえられれば個人で受注可能だし、十分受けられる利益がでる仕事でもある、という点は念頭に置いてほしい部分だ。

高いといわれるPMだが、逆にそれはこれまでのマッピングが大型で屋外でやるもの、というイメージが定着している、という一面もある。確かに屋外で派手に大型のPMをやってみたい気持ちは分かるが、今回のように屋内での展示なら、やり方によって予算は一桁二桁下げられる。むしろ超小型のミニチュアに向けてのマッピングなどもカウンターショーケース内でミニプロジェクターを利用して行うことが効果的かもしれない。筆者としては、大規模なものだけでなく、街のあまり大きくないショップの販売コーナーやディスプレイ、オルタナティブスペースでのイベント演出等に対して企画を提案し、実際に、今後は街中や小型イベントスペースでも頻繁にPM演出をみかけることが出てくるだろう。

既にPMシーンは次のステージにあがり、演出や利用方法に面白いアイデアが沢山でてくる時期になった。映像関連には色んな新しい技術が毎日のように生まれてくるが、どれも最後は結局、優れたアイデアとコンテンツクオリティ、確かな運用技術によって効果を発揮する。

「PMは個人クリエーターでできる!」とは何度もいったが、気をつけてほしいのは、新しい技術は使えるように勉強しただけでは無意味であり「できますよ」だけではつらいということだ。どんどんアイデア勝負になる分、「できる」のではなく「優れたPMができる」必要がある。やり方だけなら誰でも習得できるので、やはりアイデアと高クオリティのコンテンツが作れることこそが変わらぬ武器になる。自戒の気持ちも込めて書くが、新しい技術を追い回すのに必死で、そこの基本的な精進を怠るようなことがあってはならない、と思う。そういう意味でも、いいアイデアがあって、映像が作れる個人クリエーターには、どんどんPMにチャレンジしてみてほしい。



Vol.05 [ProjectionMapping] Vol.07