txt:加藤薫(博報堂DYメディアパートナーズ) 構成:編集部
新たな形の情報、メディア、コンテンツ
現在の映像とは、映画館、TV、スマートフォン、デジタルサイネージなど、なんらかのスクリーンに投射されるものが一般的だ。しかし、今後、そのスクリーンの外に出るような、新たな形の情報、メディア、コンテンツが生まれていくとしたら?SXSW2019のInteractiveでは、複数のセッションでそうした議論が熱く行われた。
まず会期初日、マイクロソフト ガレージに所属するM.Pell氏が語ったのは、「スマートインフォメーション」という、これからの情報のあり方だ。
ハットをかぶり、颯爽と登場したM・ペル氏に会場は沸いた
現在の情報は、二次元の平面の中に閉じ込められた、静的なものにすぎない。たとえば、私たちは今、経路案内ひとつとっても、スマホのアプリと実際の道路を見比べながら移動し、駅では構内看板で路線の乗車口を見ては、またアプリを確認して、ホームのサイネージで発車時刻を確認して…を繰り返している。見るべきスクリーンはどんどん増え、いま、ユーザーは分散化した画面を、自分の眼できょろきょろと追うのに必死である。こんな状況が果たしてよいのだろうか、というのが彼からの問いだ。
Pell氏は言う。「情報というものの根本的な性質は、今後、AI+XRによって完全に変容する」と。これまではデータを情報に加工する作業は人の手が加わっていたが、これからは大量のデータからAIによって、意味のある情報が動的に生成され、それはXRなどのインターフェースにリアルタイムに逐次投射されていく。「死んだピクセルと向き合う時代は終わりを告げる」のだ。この、従来のスクリーンを飛び出した動的な情報こそが「スマートインフォメーション」という概念であり、「スマートインフォメーションプラットフォーム」なるものも構築されていくだろう、と提言した。
M・Pell氏が提唱する、情報のレイヤー構造。ビットレベルから、上位にいけばいくほど、人間にとって有意義な「知恵」となっていく。反転している「インフォメーション」のレイヤーが、これから「スマートインフォメーション」として、大きく変わろうとしている
このようにXRやARが、新しい情報のプラットフォームをうみだすのでは、という議論は他にもみられた。「ARは人間の知性を増幅させるのか」というテーマのセッションでは、これからのARの役割を(1)ビジュアライゼーション、(2)アノテーション、(3)ストーリーテリングの3点にあるという。
ARについて13年間研究を続けているHelen Papagiannis博士
「アノテーション」という役割を説明する上で、セッションの中で大きな笑いを誘っていたのが、なんと日本の地下鉄の券売機まわりのインターフェースだ。訪日外国人が日本語だらけの表示にかこまれた券売機を前にまごまごしているところ、様子を察した駅係員が券売機横の小窓からにょっきりと現れるというもの。筆者もこの光景は実際に地下鉄でみたことがあるが、海外の方からすると、非常に奇妙で可笑しくみえるようだ。
こうした状況を解決するのに、今後はARが生活空間の情報を視覚化し、道案内のような付帯情報をユーザーに与えうるはずだ、という点において、強い印象を参加者に与えていた。
「現在のインターフェースの限界」を象徴するケースとしての紹介。東京に住む者として若干複雑な気持ちになった
ARは現在のゴーグル型のゲームのような閉じたストーリーテリングだけなく、ロケーションに応じたストーリーテリングを提供しうるはずである、という提言は、冒頭のスマートインフォメーションの概念にも近いと言えるだろう。
また、新しいメディアとコンテンツのあり方について、大変興味深い議論がなされたのが、「自律走行の乗り物における、メディア、エンターテインメント」というセッションだ。昨年に「メディアと自律走行」をテーマに、脚本家や、ビデオゲーム製作者、UX、AIとロボティクス、オーディオデザイン、ポッドキャスティング、データサイエンス、メディアマネジメントなど幅広い識者を集めて実施したワークショップの内容を紹介する形で、セッションは進められた。
左はクリエイティブサイドの意見を語るBrent Friedman氏、中央はモデレーターのJohn Gauntt氏(ワークショップの主催者)、左は、テクノロジーサイドの代弁者として、Microsoft AcceleratorのNoelle Lacharite氏。前職ではAmazon Alexaのシニアアーキテクトを務めており、Alexaの設計思想への言及も多くみられた
今年1月のCESでも、自律走行を前提とした場合、これから増えていく移動中の可処分時間に対してどんなサービスがありうるのか、という流れでコンテンツメーカー、クルマメーカー、家電メーカー各社からの提案が相次いだが、SXSWでの議論はやはり一味違うものとなった。
彼らの問題提起は、「果たして、家と同じようなサブスクリプションサービスのドラマ映像を、移動体の中で、我々はまた見るだろうか」「閉鎖的なデジタルコクーン(繭)ではなく、もっとよい時間の過ごし方はないのだろうか」というものだ。
例えば(1)移動体ならではの位置情報に応じた、“ロケーションベースド・ストーリーテリング”というコンテンツのつくり方があるのではないか、(2)ライドシェアの移動体などで複数人が一緒に視聴や体験ができるなら、コミュニティで共有していくようなコンテンツ(語学学習などのスクール形式)も移動体に向いているのでは、などのアイデアが登壇者から紹介された。
マネタイズ方法についても議論になったとのことで、前者はロケーションに応じたアドモデル、後者はサブスクリプションが適しているなどの踏み込んだ意見も共有された。
印象的だったのは、このセッションでテクノロジーサイドの立場で語っていたNoelle Lacharite氏の言葉だ。前職ではAmazon Alexaのシニアアーキテクトを務めていた彼女は、「たった5年で世の中はこれだけ変わる」というキラーフレーズを何度も繰り返していた。
Alexaはそれ以前には、私たちの生活に存在しなかったが、いまや、それがない生活が想像できないくらいに私たちの生活に浸透している、現在、想像つかないことも、5年後、10年後には理解されることが十分にある、と。だからこそ、次のメディアと生活の「良い」あり方を、いま我々は議論し、デザインしていく必要があると語った彼女の熱量が、会場に伝わり、質疑応答も含めて、「そもそも論」を大切にするSXSWらしい視点がつまった、非常に活発なセッションとなった。
技術的な要件がだいぶ出揃った現在、次のメディア、コンテンツの姿を考えていく上で、「情報」の定義が変わり、それらが流通する新たなプラットフォームの可能性、そしてこれからのコンテンツのあり方について、多くの議論が行われたSXSW2019。スクリーンの外に飛び出していく映像は、これからどこに向かうのか、引き続き、注視していきたい。
txt:加藤薫(博報堂DYメディアパートナーズ) 構成:編集部