txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部

SXSWの「未来が見える場所」からの脱皮

毎年SXSWインタラクティブイノベーションアワードでは「ブレイクアウトトレンド」といって、その年のSXSWインタラクティブ期間中に一番話題になったことというのを発表している。

過去の記事でも書いたが、昨年は「Globally Connected(世界的なつながり)」だった。 ずっと「SXSWは未来が見える場所だ」と言ってきたが、ここ数年私は“未来”という言葉を使うことを極力控え「これからあるべき世界、そして自分を考える」場所なのだと説明をするようにしている。

テクノロジーの進化だけでなく、政治・働き方・家族感など様々な価値観の変化について議論がSXSWでは2015年くらいから多くなる中で、米国内だけに留まらず世界各国から集まった参加者がこれからのあるべき世界、そして自分たちのあり方を議論する姿勢がより求められたのが昨年の象徴的な出来事だったのだ。

今年のブレイクアウトトレンドは「Confronting an Era of Digital Distrust – デジタル不審時代への対峙」と発表された。FacebookやTwitterなど巨大化するテックカンパニーへの不信感があらわに表出し、いま・すぐに議論が必要なこととしてトレンドにあげられたのだろう。いわば「テックカンファレンスのSXSW、未来が見える場所からの脱皮宣言」とでも言うかのように。

日本でもスタートアップや新ビジネスの話題は尽きない。刺激的なビジネスモデル、使いやすいUI/UX、そして斬新な起業家たちのビジョン。私の会社もこのような分野が専門である。

だからこそ今年のSXSWは自分にとっては(沢山ライブに行ったしビールも飲んだしタコスも食べまくったけど)「浮かれてられない」年だった。その心の変化をSXSWのレポートとともに感じていただけたら幸いである。

今年のSXSWの風景となってた自動スクーターだがそれらが放置されたり集めているワーカーの様子を見ると闇を感じる一面もあった。楽しく乗ったけどね

テックカンパニーの「本当の正義」が問われる時代へ

Facebookはケンブリッジアナリティカ問題などをきっかけに、ザッカーバーグの議会証言や#delateFacebook運動など風当たりが強い日々が続いた。そんな中、ザッカーバーグが「Building Global Community」というブログポストを公開した。

残念ながら日本語訳は出ていない。その中身は、貧困の撲滅や地球環境の改善そして何より平和で相互理解のあるグローバルコミュニティの基盤となるべく、Facebookが今後取り組んでいきたい課題を5つまとめているマニュフェストみたいなものだ(Forbes Japanがわかりやすい記事を出しているのでぜひ読んでもらいたい)。

私は単純なので、この記事を読んだ時にザッカーバーグの言っている事は素晴らしい!世界を変えるプラットフォームなのだ!とポテンシャルを感じてしまった。 しかしその考えは大きく変わることとなる。

ザッカーバーグの若き日の頃を知るFacebook初期メンターのRoger MacNamee氏

「Zucked: Waking Up to the Facebook Catastrophe」を出版したばかりの投資家ロジャー氏がSXSW2019のセッションは、ザッカーバーグのポストなどは「PR」でしかないと批判したのである。もっと根本的な方針転換、特にビジネスモデルの変革をFacebookは求められていると彼は語った。

FacebookやTwitterは、個人が自由に自分の意見を投稿・シェアできるプラットフォームである。しかし、そのビジネスモデルはメディアと同じ広告ビジネスだ。そのため人工知能を使って個人に提供される情報を編集・操作し、個人の投稿、そして広告がより効果的に配信されるように日々技術を向上させている。

では、例えばとある投稿が炎上した時に、どのような責任がこれらのプラットフォームに問われるのであろうか?プラットフォームとして「それは投稿した個人の責任」と言い切ってしまっていいのだろうか?

従来の手法に当てはめるのも間違っているとは思うが、単純に新聞社や雑誌社だったら何かしら対応する気もする。だからこそ、Facebookに完全に責任がないとは言い切れないのではないかと私は感じた。

象徴的な事件を取り扱うセッションをもう一つ紹介したい。

SXSWの殿堂にも選ばれたテックジャーナリストのカーラ・スウィッシャー氏と対談をしたのはコメディアンのキャシー・グリフィン氏

コメディアンのキャシー・グリフィンは、血だらけのトランプ大統領を模した人形とともに写っている写真をSNSにアップし炎上したことで日本でもニュースで話題になった。彼女の投稿により、Twitterで彼女がテロリストだというフェイクニュースがどんどん拡散され、彼女は仕事もキャンセルされた。そしてTwitterでの脅迫が続き、最終的にはFBIの監視下に置かれ自由に行動ができなくなる自体に発展したのだ。果たして、この時Twitter側はどう対応すべきだったのだろう?

キャシー氏が言うには、Twitter側からの連絡は一切なく、CEOのジャック・ドーシーを壇上で非難した。このような炎上はTwitterにとっては「稼げるチャンス」でもある矛盾を抱えているからだろう。コミュニティガイドラインを作ったり、フェイクニュースをなくしていく技術的な改善をもちろんプラットフォーマーは尽力しているが、小手先の修正ではない根本の解決を探る姿勢がもっと必要なのだと感じた。

収益性の高いビジネスを作り、立派なビジョンを持っていても、それだけでは済まされない。今後より深刻に「本当の正義」を考えながら仕事をしていかなければならない時代に突入したと切に痛感したSXSWであった。

テクノロジーや新ビジネスの光と闇。その両面を見据えるチカラをもらえる映画たち

私は「本当の正義」を議論する上では知識人だけが集まって議論するだけではよくないと考えている。すべての生きる人が自分で考え、それこそSNSなどを通じて議論できる世界を望んでいるからだ。

そういう意味でも、今年のSXSWのFilm部門は多くを議論を生み出す作品を輩出した。待つ列が激しく観れなかったものも多かったが、いくつかその作品を紹介したい。

■Human Nature -遺伝子編集技術についてのドキュメンタリー

遺伝子編集技術のCRISR Cas9はSXSWでもここ数年話題になっている技術だ。2016年にはアワードで遺伝子編集シミュレーションソフトウェア「Desktop Gene」が受賞し、その翌年のキーノートでは研究者のジェニファー・ダウドナ氏が登壇した。

この作品はCRISPR Cas9が過去の遺伝子診療・治療とどう違うかを解説し、モーショングラフィックを多用しながら誰でもわかるように技術を説明をした上で、その技術に対して衝突している価値観を交差させながら物語を展開する。

この技術によって引き起こされるかもしれないデザインベイビーの問題などを提示するだけでなく、この技術により助けられる病人やその家族の発言なども並行して取り上げる。見た後の読後感としては「答えがなくて悶々とする」わけであるが、よりこの技術に対して議論が必要なものなのだと確信することができた。

■Autonomy – 自動運転について考えさせるドキュメンタリー

トレイラーがなくて残念だが、今年のSXSWでは自動運転についてのドキュメンタリーが上映された。

この映画は私は見ることができなかったが、見た人の話を聴くところによると、先ほど説明したHuman Natureと同じように特に結論があるわけではなく、少し悶々とする=議論したくなる作品だったと言う。昨年のこの記事でも取り上げさせていただいたが、ジャーナリズムのスタンスが「講義」から「対話」に変化しているのだと感じた。

その他にも、投資家、シリコンバレー、そしてスタートアップ界の闇を描いた作品も上映された。史上最悪のスタートアップ詐欺とも呼ばれたサイノスのCEOのエリザベス氏を取り上げたドキュメンタリーだ。

ちなみに、セッションの紹介もしたキャシー・グリフィン氏が自身で製作をしたスタンドアップコメディ・ドキュメンタリーもSXSWで上映された。

このように、セッションだけでなく、映画にもその年のテーマが表れている。インタラクティブ部門だけでなく、是非フィルム部門にも目を向けてもらいたいし、日本においてもこのようなテクノロジー⇄コンテンツの交差がもっとみられるようにしていきたいと感じた。

来年のSXSWに向けて「自分への眼差し」を強化したい

テクノロジーや新ビジネスに関してネガティブな発言が続いているように見えたかもしれないが、私はその進化は止めるべきではないと考えている。私が言いたいのは、議論ができる環境を整えるべきだという事だ。

「SXSWで話題になった事は2-3年後に日本で話題になる」ので、このようにテックカンパニーへの風当たりが強くなる時代もくるかもしれない。その時に備えて置くためにも、いま自分ができることは何なのか?を考えたいと思っている。

日本人で「SXSWには解はないが問いはある」と言う素晴らしい言葉を考えてくれた方がいたようだ。その通りで、SXSWは対話が全てである。様々なラベルを取り払い、解がない議論をグローバルに行う素晴らしさは滅多にない体験なので是非体験してほしい。

更にいうならば、SXSWで一番得られるものは「自分」との対話なのだと自分は考えている。自戒の意味を込めてSXSWに行った人は改めて「世界」ではなく「自分」にも眼差しを向けてほしい。

あなたが今すべきことは何ですか?それが「これからの世界」につながるんだということをもっと感覚を研ぎ澄まさなければならない局地に立たされていると感じ、自分は来年のSXSWに向けて日々精進していきたいと思っている。

txt:曽我浩太郎(未来予報) 構成:編集部


Vol.08 [SXSW2019] Vol.01