txt:佐々木淳 構成:編集部
リベラル・オピニオンと「エモーショナル」の喧騒
スタートアップ&イノベーション・ショーケースとしての隆盛も一段落し、2000を超すセッションが今やメインとなったSXSW。この大量のセッションでは、様々なビジネストピック以外にも先端の研究報告や社会問題の議論、クリエイティビティの啓発などが一斉に扱われる。次のイノベーションや課題解決、社会想像力がどの辺なのか?を参加者が見取るには大変参考になるものだ。そして、ここまで幅広い議論の場を提供できているのは、世界広しと言えどもSXSWだけである。
トランプ政権下では3回目、今年はオカシオ・コルテスやベト・オロークなど民主党期待の次期候補たちが乗り込み、コルテスがgoogleのアルゴリズムを批判、エリザベス・ウォーレンはGAFAの寡占解体をブチ上げ、セッションタイトルも政治参加やポリティカリーコレクトなネタが満載。
フィルムフェスでも政治的な主題の映画は多く、数年前までのイノベーションイベントはもうすっかり米国リベラル派大集結のイベントに変異したと感じる。テキサスと言えばレッドステート(共和党支持)のイメージだが、その中にあって開催地のオースティンだけはブルー(民主党支持)の都市なのである。
ここ数年でも高層ビルは増加し、さらにビル建設が進むオースティンの街
そして今や、彼らがイノベーションに向ける目も暖かいばかりではない。AIやテクノロジーの負の側面への憂慮は、フロンティアスピリッツでガンガン突き進むシリコンバレー風リバタリアニズムーーこれが数年前までのSXSWっぽさだったのだがーーとの微妙な不協和音を醸す。
昨年ZEN(禅)が流行ワードになっていたSXSWだが、基調は変わらず今年もemotion、inclusive(包括的、包摂的)empathy(共感)といった非言語、感情面のキーワードが食傷になるくらい頻発した。ポストトゥルース、オルタナティブファクトの時代。昨年暴露されたケンブリッジアナリティカの問題。言語空間はいかようにでも操作され得る、テクノロジーのための制度設計が急務、という暗黙のリテラシーのもと、やはり人間にとって大切なのは暖かい気持ちや情動だ、という「非テクノロジーエリアへの回帰」なのだろう。世の中のAI駆動が進展する中、格差や分断を日常とする彼らの心情やいかに、とも思えてくる。
データ化されるコンテンツ体験
筆者はSXSWでは毎回セッションだけに集中するスタイルである。そんな中、今年は自分の研究(文末参照)絡みということで、ストーリーテリング或いは「コンテンツ体験パターン」のデータ化、そしてストーリー生成の周辺諸要素のデータ化、にまつわるセッションを数多くリサーチした。その中から興味深かったものをいくつかご紹介する。後者(ストーリー生成の周辺要素)として、まずはこちらのセッションから。
■The Language of Aroma : Designing for Inclusivity
直接ストーリーとは言えないものの、包括的な体験や記憶に欠かせない「香り」。高級茶葉メーカーのTeaLeavesは、マイクロソフトの研究所や著名な大学研究者と組んで香りの言語化プロジェクトである<Language of Aroma>を進めている。香りを定義してデータ化し、個々人に合う香りを配合したり香りの生成を射程に入れる。単に香りの成分分解ではなく、主観的な体験ワード、或いは色彩と結びつけるなど「人の体験」としてデータ化する方法を採っているのが素晴らしい。香りとは個人のアイデンティティそのものにもなると話す彼らは、五感体験のデータ化が2020年以降のホットゾーンになってくることを察知している。このように、非言語体験を如何に定義・解析するか、の試みが進んでいる。
Language of Aromaのセッション。地道ながら本質を射た研究報告が展開された
次は音に関して。AIスピーカーが大盛況のアメリカでは、もはやAmazon Alexaがベビーシッターになる時代、という台詞が常套句として至る所で飛び交っていた。ポッドキャストも大流行で、大手Gimlet Mediaのセッションも盛況。またご承知の通り、今回SXSWでプロダクトの話題をさらったBOSE社のFrames(サングラス型ヘッドフォン)も、情報を目視させようとしたGoogle Glassを他山の石とするかのように、情報を音声で伝える(音のAR)方向を打ち出した。会話、コンテンツ、一般情報。そんな中、興味深かったセッションがこちら。
■Let AI Hear What’s Going On : Machine Listening
Cochlear.aiのセッションスライド。音のデータ化に意味のラベリングを試みる
Cochlear.aiの韓国系若手エンジニアによる、マシーンリスニングのセッション。さまざまな日常音を物体認識的に判別して、音状況からコンテクストを把握するというもの。すなわち、個々の状況音を画像のようにパターン認識し、その組み合わせによって場のコンテクストを判定する。これを応用して、今いる場所の環境音を検出し、TPOに一番合う環境音楽を生成するプロジェクトを走らせている。単純にディープラーニングでヒアリングするのとは違い、それをある総体的なコンテクストとして仮説定義していくプロセスは、なかなか面白く着眼が良い。認知科学や脳科学と合わせれば、音と記憶の関係づけにも寄与しそうなアプローチだ。
クリエイティブを産むAI
本丸のコンテンツ体験やストーリーテリングについてはこちらのセッションが目を引いた。
■AI For Storytellers : The Good The Bad and The Ugly
AIによる脚本分析や生成、そこにまつわるプレーヤーなどについてが紹介された。講演者の設立したCorto社は、脚本分析と映像への生体反応を組み合わせて、逆算的に映像ストーリーを創ることを進行しているという。これは実は筆者が研究している方向に限りなく近い(但し米国スタートアップの癖で、アルゴリズムの説明やデータ解釈の定義は全く話さず。論文も示されなかったため実力は不明)。
クリエイティブAI、と雑駁に言われると普通はオオすごい、みたいな話になるのでやや細かく注釈をつけておく。
実は、「沢山の既存作品にジャンルを細分化してタグを貼るとか」、「ユーザーの嗜好性によって作品同士の関係性ネットワークを生成するなどの「消費嗜好による新たなコンテンツデータベースを作る」ことは以前から行われている。
しかしデキが良いものはかなり稀で、多くの識者が認めるのは(音楽のジャンルになるが)米国Pandora Radioのアルゴリズムくらいだろう。また、これら層の人間にこういうタイプのコンテンツを配信する、というオーディエンスターゲティングという方向も、これまた先行事例はままあるが、デキの良いものが殆どない。
これはコンテンツの中味までを詳細に分析できているものが少なく、視聴者の瞬間的感情だけでなく価値観を詳細に分析できているものが少ないからだ。本気でやるなら少なくとも前者は主に物語論や、記号論、後者は哲学、社会学そしてこれらをハイブリッドに扱う認知科学等の学問的知見との接続が、どうしても必要になる。
だが、実際に個々の作品を視聴者データからコンテンツをアルゴリズムで「自動生成」していくことに<コンテンツプレーヤー自身が本気で>取り組む例はかなり稀であり、またこれは相当緻密なデータ定義を必要とする取り組みだ。Corto社の上記の動きに、特に人文知のアカデミックな知見が接合してくれば相当に強力なものができてくるはずだ。怯えながらも、一方で楽しみでもある。
Corto社によるキャラクター分析アルゴリズムの説明(Vimeoより)
想像力とストーリー
既存のストーリークリエイティブをある程度マシンが構成してくれるようになると、クリエーターはさらに遠くに想像力を飛ばさねばならなくなる、自分の手癖に甘えられなくなる。
こうした「想像力」特に社会に対する想像力、という部分はこれからのコンテンツクリエーターにとって大きなテーマだろう。情報開示の透明性、格差問題、環境問題、差別や不公平。こうした個別の問題に対するポリシーメイクは、個々の文脈でイデオロギー対立にまみれ一筋縄ではいかず、かえって視座を狭いものにしがちだ。こうした現状を踏まえつつも、全く別様の、もう少し広い視座での想像力についてが多くのセッションで取り上げられていたので、その中からひとつ。
■Science Fiction or Future Science?
アフリカで栄える未来の世界首都、という想像上のモチーフを中心とした文化運動<アフロフューチャリズム>、スタートレックその他の影響によって加速されたNASAの開発など、文化もっと言えば<妄想や物語コンテンツ>こそが、その後の科学技術や社会の進展を大きく加速するという話。確かに鉄腕アトムやドラえもんは日本の科学者を大いに鼓舞したのだし、19世紀にはニコライ・フョードロフの思想が後のロシア科学者達を鼓舞し、ロケット開発大国に押し上げた。
しかし今はテクノロジーの進度が先行し、文学やストーリーが後追いになっている、という指摘がついた。目前の社会課題をよくよく注視しつつも、次の社会の姿をどう描けるのか、これこそが実は最も求められているコンテンツの方向だろう。それは、安易に政治的文脈に吸収されてはならないし、「テクノロジーのもたらすディストピア」みたいなお決まりの文法の外にあるほうがいい。
最後に、シルクドソレイユのパフォーマンスを観客側の脳波計測によって分析した
■Defining Awe : The Science Behind Cirque du Soleil
シルク・ド・ソレイユのディレクター(左、女性)と脳波分析をしたMisfitLabのBeau Lotto氏
のセッションを紹介しておきたい。やや乱暴に結論を言えば、「ストーリーは必要ない、それは観客が勝手に作り出す」というものだ。観客の目前には、動きやリズムによる起伏があり、失敗して身体が痛むかもしれない程のスペクタクルもある。しかし言語空間はそこにはなく、言語的に設計されたストーリーもない、それは観客の頭の中で自発的に生み出される、いうのだ。
映像含めコンテンツは、ストーリーで未来を提起するのか、そうではなく観る者に勝手にストーリーを生み出させるのか。そしてそこには五感の感覚がどう影響し、その時コンテンツ体験とはどういったものになるのか、<新しいempathy>のような未確認な感情が産まれるのか。こうした問いをもたらしてくれるのも、SXSWのセッションの価値であり、有難さかもしれない。
そもそもSXSWは音楽とフィルムの祭典、クリエーター達がコンテンツ体験や、読後感としての感情をどうアップデートしていくのか?にも注目していきたい。
佐々木淳
AOI TYO Holdings株式会社
Pathfinder室 エグゼクティブプロデューサー・HIサイエンティストコンテンツ体験による気分変容のパターンを分析し、TVCMのみならず広範なコンテンツ体験のためのデータベース<CreativeGenome>をプロジェクト化。人間の文脈知(HI : ヒューマンインテリジェンス)を用いたコンテンツ分析を行う。人工知能学会、認知科学会等における学会発表の他、WBAI(汎用人工知能若手の会)社会人支部でも活動中。
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