次世代放送規格ATSC3.0を巡る動き
アメリカの次世代放送規格であるATSC3.0は、これまでに全米46の地域で放送され、人口の45%にリーチし、70の対応機種が市場に投入されている。
CESの主催者であるConsumer Technology Association(CTA)によると、ATSC3.0対応のNEXTGEN TVの2021年全体の販売台数は当初の予想の3倍以上となり、300万台がメーカーから出荷されたという。 CTAはOTA(オーバー・ザ・エア)とOTT(オーバー・ザ・トップ)のハイブリッドATSC 3.0技術を支持するテレビメーカーの数が増え続けていることから、2022年のNEXTGEN TVの販売台数を450万台と予測している。
NEXTGEN TVは、CES2022開催初日の1月5日に「放送テレビの未来がここにあることを再確認し、CESで業界の大きな勢いを強調する」というニュースリリースで、次の3つの発表を歓迎するという声明を出した。
- 中国のHisenseが、NEXTGEN TVグループに参画し、2022年に市場投入する3機種を発表した。
- 台湾のファブレスメーカーMediaTekが、NEXTGEN TVとパートナーシップテスト契約を締結し、新型受信機の開発および市場投入までの時間を短縮する。
- ソニーがデトロイトでの公道テストで、車載アプリケーション向けATSC 3.0プラットフォームの堅牢性を実証した。
これらの3つの発表を改めて見てみよう。 Hisenseが今年後半に発売予定のATSC 3.0対応モデルは799.99ドルからという予想価格となっている、これはATSC 3.0対応テレビとしてはこれまでの最安値となり、より低価格帯のテレビにATSC3.0が採用されていくのは確かである。
またMediaTekが提供するテレビ内蔵チップ(SoC)と開発ツールによって、テレビメーカーのATSC 3.0の採用がより容易になるのだろう。
ソニーの実証は、ATSC 3.0が実際に自動車と据え置き型機器の両方に同時にサービスを提供し、シームレスにハンドオフサービスを提供できることを証明したものだ。 車載テレビと固定テレビでシームレス放送が見られることのメリットは果たしてどうなのか。
日本のワンセグを見れば答えは見えてしまう。 これら3つの発表はインパクトが無いとまでは言わないが、彼らが言うほど流れを大きく前進加速させるものではない。
ATSC3.0を推進するNEXTGEN TVの展示だが…
こうした発表を受けて、NEXTGEN TVはセントラルホールのメインエントランス付近の一等地にブースを構えてATSC3.0をアピールした。 しかし参加者の反応は残念ながら鈍い。 CES自体の来場者数が例年の3分の1ほどのわずか5万人というのもあるが、その決して若いとは言えない担当者がブースで手持ち無沙汰そうにしていたのが非常に印象的だ。
NEXTGEN TVのロビー展示は、Pearl TV、Sinclair Broadcast Group、Gaian Solutionsといった企業がプラチナスポンサーとしてサポートしていた。 Sinclair とGaian Solutionsはローカルテレビ局の運営会社であり、Pearl TVは他にCOXなどを含めたテレビ局のオーナー企業によって構成される連合組織である。 そこには4大ネットワークは存在していないし、FCCの姿もない。
ATSC3.0はアメリカ政府や4大ネットワークではなく、ローカル局を中心とした流れになりつつあるように見える。 これはかつて通信衛星を利用して全米ネットワークを実現させた、アトランタのローカルテレビ局オーナーのテッド・ターナーが率いるTBSのスーパーステーション構想にも似た部分がある。 ATSC3.0という規格で放送とインターネットをシームレスに接続し、ローカル局の広告セールスを全国化、一元化していく目論見がありそうだ。
そしてそう遠くない将来には電波は止めることになるはずだ。 全国ネットワーク化と言っても、あくまでも地域に根ざしたローカル局というスタンスを残していく考えだ。 地域ニュース、台風や竜巻のような災害情報の重要性も認識しているからである。
こうした議論は日本でも今年は活発になるだろう。 すなわちTVerとローカル局の経営問題と、地域情報の扱いは日本でも議論が加速している。
順風とは言えないATSC3.0の先行きを注視しながら、日本はどうするのかという議論を並行で進めていく必要がある。 ベンチマーク先としては欧州のEBUやDVB-iの動きもATSC以上に重要である。
参考情報として、ATSCのCES2022に合わせた公式映像があるので参照されたい。
CES 2022: A Look Ahead from ATSC