ばってん少女隊
九州を拠点に活動するアイドルグループ「ばってん少女隊」のためだけに作られたプライベートレーベル「BATTEN Records」。BATTEN Recordsのメンバーは本来所属する組織はそれぞれ違うが、個々の得意分野を活かして最新のテクノロジーであるVRやVolumetric Video(実写立体動画)を使用した「ばってん少女隊」の映像作品を世に送り出している。
今回、ばってん少女隊の新たなVRライブ映像制作において、キヤノンのEOS R5 CとRF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEが採用され、8K60Pが実現された。このカメラとレンズのセットに決めた経緯や、VRによるライブ映像撮影のワークフローをBATTEN Recordsの穐本雄介氏、大野悟氏、上田容一郎氏に伺った。なおコンテンツのリリースは2022年内を予定している。詳細が分かり次第PRONEWSでも、お伝えしていく予定だ。
穐本雄介氏
AR/VRの技術開発に長年携わるエンジニア
大野悟氏
数多くの音楽番組を制作し、手掛けるディレクター
上田容一郎氏
フジテレビ技術戦略部で新たな「視聴体験」を研究している技術者
EOS R5 CとRF 5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEを選択した理由とは?
――今回のライブ映像でEOS R5 CとRF 5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEを採用した経緯を教えてください
穐本氏:
我々は今までにばってん少女隊のVR映像を2つ作りましたが、その際は5.7K30Pでの撮影でした。今回はクオリティを上げたいと考えまして、以下2点に注力しました。
・映像の解像度を高精細にしたい
・フレームレートを上げたい
VRの場合、撮影した映像の画角内で実際に視聴に使うエリアは非常に小さいため、元の撮影時の解像度はできるだけ大きくしたいと考えました。VRの場合、一般的なHMDであるMetaQuest2のFOV(視野角)は約90°で、これは人間の視野角よりも大幅に狭いです。
HMD前提のVRの場合、高解像度で試聴する方が、価値が高いのではないかと思っています。その意味で映像解像度を高精細化しました。また、フレームレートについては、アイドルのダンスの動きがメインとなることもあり、30Pですとやや残像感があります。
通常の映像としては問題ないのですが、最終的にHMD(ヘッドマウントディスプレイ)で視聴するとダンスの動きが追い切れていない印象でした。
そのような観点で機材を調べていたところ、昨年末にキヤノンからRF 5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEが発売されEOS R5で使えるということでしたので、当初は8K30Pでテストを始めました。
その後、EOS R5 Cが発表され8K60Pでの撮影が可能ということで、 EOS R5 CとRF 5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEを撮影機材として採用しました。当初の5.7Kからより、この機材選択で、高精細な8Kへ、そして30Pより残像感がなくリアルな60Pになることで、より没入感を高め作品のクオリティ向上が実現しました。
広範囲が映り込むVR撮影の難しさ
――VR作品づくりのワークフローについて順を追って伺いたいと思います
穐本氏:
撮影時のEOS R5 Cの設定は、8K60P、RAW LT、Canon Log 3をメインとして、サブ記録で4K60P MP4を同時に撮影しました。記録メディアは、メインがSUNEAST ULTIMATE PRO CFexpress 2TB、サブがSanDisk Extreme Pro 128GBです。2TBでも8K60Pですと2時間弱しか撮れないので、8K60Pのデータ量の大きさを実感しました。
――撮影現場では、VRで撮影した映像の確認はどのようにされたのでしょうか
穐本氏:
VR用レンズで撮影された映像をそのまま見ても、HMDでどのように見えるかは判断できません。なんらかのソフトを使って画像変換が必要になります。今までのVR撮影では、撮影、変換、プレビューを繰り返していたのですが、今回は作品尺が長いこともあり、撮影時にHMD映像をリアルタイムにプレビューできるソフトを独自に開発しました。
これによりEOS R5 CのHDMI出力の映像をHMDで見ながら確認できたので、ダンスのフォーメーションとして人物の配置が近すぎる、遠すぎる、また左右はどの辺りまで広がって良いのかといった確認がその場でできました。今回のライブ映像は3つのシチュエーションで合計30分程の尺を8時間で撮影する必要がありました。そのためリアルタイムでのプレビューはとても重要でした。
――撮影時のダンスや演技の動きについてはいかがでしょうか
大野氏:
歌のシーンについての絵コンテは特にありません。VRの没入感を考えると、通常のMVのようなカメラアングルを変えるカット割りは避けたいので、VR用三脚にカメラを固定した状態で撮影をしました。
ダンスについても通常ステージの振り付けとは違いVRに最適化したものにしてもらいました。ステージでは基本全員が正面を見ていますが、本当の正面を見てしまうとVRにおいては、外側を向いているように見えますので、カメラのレンズの方向を見てもらうのが基本となります。その上で、VRの特徴である遠近感を感じられる、前後の動きや誰かを数人で囲むような動き、カメラの正面を通り過ぎてカメラの後ろに移動するなどの動きを取り入れています。
演技のあるシーンについては、それぞれのメンバーの動き、位置、セリフのタイミングなどを演出家のアイデアをベースに事前にVR撮影し、それを演出家に見てもらいつつ現場で調整をしながら撮影をしました。その中で、ベッドの上で座っている状態から寝転ぶというシーンがあったのですが、カメラを動かさないと画角のかなり下の方に移動するため、クレーンを使ってゆっくりとカメラを移動させました。
穐本氏:
VR撮影中にカメラを動かすという作業は、以前のVRMVで既に様々なパターンを実験しました。あまり早くカメラを動かしてしまうと、いわゆるVR酔いになってしまう場合があります。もしVRを初めて体験する人がVR酔いになってしまうと、その人はおそらく二度とVRを見たいとは思わないでしょう。なので、作り手としてはVR酔いになるような映像だけは避けなければなりません。
上田氏:
だいたい1秒10cm程度の動きでしょうか。多少の浮遊感がある感じで、人によっては気付かない場合もあるかもしれません。
――その他、VR撮影時に苦労された点はあるでしょうか
上田氏:
VRは映る範囲が広いので、ガラスがあるとどうしてもカメラが映り込んでしまいます。今回は、カメラが映り込む場所にカメラに向けるようにライティングを配置して映り込みが目立たなくなるようにしました。
大野氏:
これはドラマとかでもよく使う方法ですね。
上田氏:
また、シチュエーションの1つにガレージ内での撮影がありまして、そこに照明を持ち込んでセットをゼロから作り込みました。通常の撮影ではカメラアングルに映っている範囲がどのように見えるかを基準に照明を作りますが、VRは180°の広い範囲が常に見えてしまいます。なのでガレージの壁、天井など、見えている全ての場所の照明を綺麗に作っていこうとなりました。一般的なテレビドラマでのロケで使用するのと同じ量の照明を用意してセッティングをしました。
また、ダンスの振り付けにポールライトを持ってもらうパートを入れて、メンバー達自身にも「動く照明」となってもらっています。
大野氏:
同様に、物の配置も180°見えていることを前提に考えました。「そこは手を抜いてしまった」という印象になるような隙間をつくることなく、壁に電球を配置したり、天井に鏡を設置するなど工夫を施しました。VRの撮影では「どこを見られても大丈夫なように背景を作り込む」ことが大切だと思います。
穐本氏:
様々なVR作品を積極的に見ているのですが、今回のレベルで照明に力を入れている作品は、日本ではほとんどないと思います。また、以前の機材と比べて、R5 Cの光の映り方がより美しいと感じました。電飾による光のグラデーションがとても綺麗でした。
上田:
レンズのクオリティも高いのではと思います。また、8Kになったことで視聴できる全ての範囲をくっきりと描画できるようになったと思います。
大野氏:
とにかく「正解」がまだない状態なので、撮影現場で演出、振り付け、技術などで話し合いながら、確認しながら、より良くしていくという作業の連続ですね。
EOS VR UtilityとMistikaVRを使ったスティッチング
穐本氏:
今日現在、キヤノンのEOS VR Utilityは8K30Pまでは対応していますが、8K60Pが非対応でした。そこでMistikaVRを使用して手動でのスティッチングを行いました。その際に非常に役立ったのがサブで記録をしていた4K60Pの映像です。
サブの映像をEOS VR Utilityで変換をして「正しい」VR映像が自動生成できるので、それを手本にしてMistikaVRでカット毎にHMDで見たときの遠近感などの微調整を行いました。また、編集作業も4K映像を変換したものを使って仮編集を始めてもらいました。
大野氏:
一般的なノートPCでは8K60Pでの作業は難しいので、4K素材があるのはとても効率的でした。
穐本氏:
MistikaVRでの作業後、ProResHQに変換して出力しました。
VR映像のカラーグレーディング
大野氏:
今回はカラーグレーディングにAdobe Premiere Proをつかいました。とにかく撮影場所が180°の範囲で写っているので明部も暗部もあります。少しビビッドな色調にしようとしても潰れてしまう場所が出てしまうのでその中間点を探るのが大変でした。演出家の意図として、明度差のある映像にしたい、という考えがあったので、カメラが固定のシーンについては、必要な場所にマスクを切って個別に調整を行っています。
穐本氏:
色調については、HMDで見るとモニターとは印象が結構変わることがあります。気になるシーンについてはその都度データを貰って確認をして、フィードバックを繰り返しました。
視聴者の「視線」をケアする編集とは?
大野氏:
気を付ける点としては、視聴者の目線を大きく動かさせないようにする、ということだと思います。例えば画面左側に人物がいる状態で、次のカットでは画面右側に人物がいるような編集は避けるべきですね。これは撮影時にも言えることで、向かって左端に視線誘導させておいて、急に右端を見なければならないような動きは視聴者に負担になりかねません。画面左側に人が捌けたら画面左側にいる人が次に動くような流れをつくることでスムーズな視線誘導ができます。
また、VR撮影では180°全て映っているので、カメラアングルが切り替わる通常の撮影の編集と同じような「逃げる」などの修正はあまりできません。撮影時にどこまで作り込めるかがとても重要だと思います。
――配信クオリティについてはいかがでしょうか
穐本氏:
今回8K60Pで作品を作りましたが、この条件で視聴できる環境は限られています。多くの方々に視聴いただけるように、各種VR配信サービス向け、HMD向けにデータ量を制限する必要があります。最高クオリティからはデータ量を減らしますが、それでも十分なクオリティだと考えています。
また、最高クオリティである8K60Pでの視聴機会も用意したいと考えています。必要十分なスペックのPCでの再生となりますので、体験会のような場を設けてイベントとして楽しんで頂きたいと思っています。
――EOS R5 CとRF 5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYEの組み合わせでの撮影はいかがでしたでしょうか
穐本氏:
とにかく扱いが楽でした。VRのカメラは2つのカメラを繋げたような操作感のものが多いのでそれぞれのレンズの映像用にSDカードを用意したり、そこから各種ケーブルが出ていたりと煩雑になりがちですが、今回の組み合わせではシンプルにカメラボディとレンズのみで、普通のカメラと同じ感覚で作業することができました。
また今回、サブ記録した4K60P素材をEOS VR Utilityで全自動変換してくれたのも非常に助かりました。
上田氏:
通常のカメラ同様に背面液晶で映像の確認ができたり、波形、ベクトルスコープなどの表示が出せるのが撮影時にはとても助かりました。
大野氏:
R5 Cの動画メニューはCINEMA EOS SYSTEMを踏襲しているので、普段使っている馴染みのあるメニューで作業ができたのもありがたいですね。
――今回の組み合わせで今後挑戦してみたいVRコンテンツはあるでしょうか
穐本氏:
音楽系のライブが好きなので、その方向でのモチベーションが高いです。例えば、イベント会場でVR撮影をリアルタイムで配信し、それを視聴者がゴーグルを使ってリアルタイムで視聴し、ゴーグルやコントローラーの動きを配信側に送って配信者が視聴者のリアクションをリアルタイムで確認しながらコミュニケーションする、といったイベントができたら配信者も視聴者も楽しめるだろうなと思います。VRには様々な可能性があるので、今後も探究していきたいと思います。