ヒビノ株式会社がHibino VFX Studioの営業を開始したのは2021年7月、日本で最初のLEDインカメラVFXの常設スタジオとしてオープンして早くも2年が経った。この2年間、LEDインカメラVFXという新しい技術で常に先陣を切ってきた。そのスタジオプロデューサーである東田高典氏に話を聞いてみた。
常に最先端を行くメインシステムを導入
――Hibino VFX Studioは2021年7月1日のオープン以来、2年ぶりの取材となります。これまでの2年間で、バーチャルプロダクションのサービスや設備に変化などありましたか?
東田氏:
この2年間で、人や機材、バーチャルプロダクションの仕組み自体も含めて様々なものが進化しました。その進化の波に乗り遅れないように取り組んできましたが、非常に大変でした。
ただ、国内では業界に先駆けてバーチャルプロダクションスタジオのサービス提供を開始した分、リードできているという実感はあります。
――開設から2年経ちますが、サービススタートの時点からdisguiseやROE VisualのLEDディスプレイなど最先端の要素を取り入れたシステムでスタートしたためか、まったく古さを感じません。
東田氏:
LEDディスプレイは、スタジオ開設当時にROE Visual製1.56mmピッチの高精細LEDディスプレイを導入しましたが、まだまだ最先端ではあると思っています。disguiseのメディアサーバーも「vx4」でスタートしましたが、2022年に発表された最新モデル「vx4+」にアップデート済みで最新スペックを維持しています。
――ハリウッドでバーチャルプロダクションに使用されるLEDは、2.3mmピッチから2.8mmピッチが業界標準ですが、それよりも細かい高精細LEDを開設当時から導入したのはどのような理由でしょうか?
東田氏:
Hibino VFX Studioはそれほど大きなスタジオではありませんので、コンパクトで高精細なLEDディスプレイスタジオにしたいという思いがありました。
――2年前のバーチャルプロダクションの実現がまだ手探りだった時点で、disguiseを採用されたのはなぜでしょうか?
東田氏:
当社は大規模コンサートを中心に様々なイベントへ大型映像サービスを展開しており、disguiseは元々ライブやショーの映像演出を実現するコントロールシステムとして早くから導入していました。古くから付き合いがあり、継続的に情報交換も行っています。その流れでdisguiseがバーチャルプロダクション用の機能を搭載したという情報も早くから入手していました。
メーカーとの連携はdisguiseだけではありません。ROE VisualやBromptonとも常に連携をとっています。それができるのは当社にとって大きなアドバンテージだと思います。
――バーチャルプロダクションという技術は、LED、メディアサーバー、トラッカーといろいろな技術の集合体ですが、今後特に力を入れていきたいデバイスはどこでしょうか?
東田氏:
どれも重要なので、総合的にアップデートできるように意識しています。直近では6月の初旬に各種機器の入れ替えを行いました。
■環境光用LEDディスプレイ(天井、側面)
ROE Visual「Carbon5」から「Carbon3 MarkII」
■メディアサーバー
disguise「vx4」から「vx4+」
■カメラトラッキングシステム
stYpe「RedSpy」から「RedSpy3.0」
――世界のバーチャルプロダクションに使われるトラッキングのシェアは、赤外線マーカーばかりではありません。OptiTrackやVICONなどの光学式がシェアを二分すると言われていますが、そのあたりはいかがでしょうか?
東田氏:
当社もOptiTrackなどのマーカーレスは並行して検証作業を行っています。テレビドラマの撮影などでは、カメラに天井が覆いかぶさるような空間が限られたセットもあります。この場合だとマーカーレスが必要になることもあり、将来的には幅広い選択肢を実現できるのが理想だと思っています。
ただ、マーカーレスになるとトラッキング精度は多少落ちる傾向があります。xRは、LEDとバーチャルの境目をピッタリ合わせて一つの世界をつくるのでトラッキングの精度が高くないと実現できない映像演出です。そういった意味では、当社はRedSpyの使用が多くなっています。
2か所の常設スタジオでインカメラVFX撮影システムを提供するメタバース プロダクション
――バーチャルプロダクション関係で、機材面以外に新展開などはありますか?
東田氏:
東北新社さん、電通クリエーティブXさん、電通クリエーティブキューブさん、オムニバス・ジャパンさん、ヒビノの5社体制で、映像制作における温室効果ガス削減とプロセス効率化を目指す共同プロジェクト「メタバース プロダクション」を発足しました。
当社は国内のコンサート・イベント映像を牽引している存在ですが、撮影業界の領域はこれまで関わりはありませんでした。テレビCMなど映像作品の実制作で実績のある電通クリエーティブXさんや東北新社さんと一緒に組めることは、当社にとって大変大きなメリットでした。
バーチャルプロダクションは環境負荷を低減できるシステムでもあります。電通クリエーティブXさんや東北新社さんも、環境への負担低減に資する活動に取り組みたいという要望がありまして話が一気に進み、電通クリエーティブキューブさん、オムニバス・ジャパンさんを加えた5社でプロジェクトを推進することとなりました。
――その中で、ヒビノさんは具体的にどのようなサービスを提供していますか?
東田氏:
主にスタジオの技術部分のサービスを提供しています。メタバース プロダクションではLED常設スタジオを「studio PX」という総称で呼んでいまして「studio PX SEIJO」、「studio PX HIBINO」の2ヵ所を開設中です。「studio PX HIBINO」はHibino VFX Studioのことなのですが、メタバース プロダクションでは、「studio PX HIBINO」という名称でダブルブランド運用しています。
――studio PX SEIJOの方に関しては期間限定オープンとしていますが、何度か延長のニュースを聞いています。
東田氏:
当初は2022年9月1日から11月30日までの3カ月限定でのオープンを予定していました。おかげさまで撮影案件のご相談を多くいただき、2023年3月末まで延長したのち、現在は2023年12月31日までの延長が決定しています。
――メタバース プロダクションと3D CGデータの提供も特徴としていますね。
東田氏:
はい。マンションやオフィス、教室、海外の街並みなど様々な3D CGの中からロケーションを選択して使用することができます。当社の技術スタッフも関わっており、Hibino VFX StudioのインカメラVFXシステムで検証されたものがアーカイブされています。
――インカメラVFXを使っていて思うのは、「何でもできます」といっても、想像力がないとなかなかイメージができません。そこで、「これがありますよ」とCGデータを例にしたほうが確実に皆さん、イメージを思い描きやすいですね。
東田氏:
そういう意味では、東北新社さんが制作したドキュメンタリームービー「Vocument #1『今、映画監督オダギリジョーが立つ場所。』」はこの作品制作のために作ったアセットが多く存在しており、様々なロケーションを網羅しているので、この作品を見ることで撮影のイメージを描きやすくなると思います。
Vocument #1「今、映画監督オダギリジョーが立つ場所。」
――それがインカメラVFXやスクリーンプロセスなど、様々な方法で試せる。大変にリアリティのあるドキュメンタリーのような絵作りみたいなものが実現できそうですね。
テレビドラマをバーチャルプロダクションで撮影
――ヒビノさんが関わったプロジェクトで公表できるものがあれば教えてください。いろいろな発表を聞くと、ドラマの撮影が増えてきているように思えます。
東田氏:
まさにその通りで、先日メタバース プロダクションに参画する当社とオムニバス・ジャパンで配信ショートドラマ「ひとひらの初恋」に制作協力しました。Unreal Engine 5.1を使用した国内初となる全編バーチャルプロダクションで撮影された作品です。
配信ショートドラマ「ひとひらの初恋#1」
東田氏:
また、ヒビノとしては、連続大型テレビドラマをはじめ、複数のテレビドラマシリーズで、撮影をサポートしています。
――連続大型テレビドラマのバーチャルプロダクションの撮影は、どのような規模で制作されたのかを教えてください。
東田氏:
2022年春から1年以上の長期におよぶ大規模な撮影で、現在も稼働中です。4か所のスタジオを移動しながら撮影を続けており、一時期は2か所同時にバーチャルプロダクション撮影を進行したこともありました。
――LEDセットを2か所同時に仮設対応できるのは国内ではヒビノさんくらいだと思いました。
東田氏:
Hibino VFX Studioでは、自社スタジオでのサービス提供のほかに、外部スタジオに向けたバーチャルプロダクションシステムの企画、レンタル、設置、オペレーションも積極的に行っています。
最近は複数のテレビ局で当社のバーチャルプロダクションが稼働しているのですが、ドラマや映画の作品を撮影する場合は、それぞれの作品に合わせて最適なLEDサイズとシステムを設計・構築し、撮影するという制作方法が最も高品質な作品創りに繋がると考えています。
――最近、テレビ局のドラマ撮影ではバーチャルプロダクションを仮設で組んで撮影に使われることが増えてきているように思います。撮影方法に新しい流れが来ているようですね。
東田氏:
確かにバーチャルプロダクションはテレビ局のドラマで使われる機会が増えてきています。各局でバーチャルプロダクションを推進していこう、という動きがあるようですね。
バーチャルプロダクションは一つの柱として展開
――最後に、コロナによりイベントが縮小した時期がありました。イベントの方は次第に復活してきて、今後ヒビノさんにとってバーチャルプロダクションの位置づけはどのようになりそうですか?
東田氏:
細かい話になりますが、春から私が所属する事業部ヒビノビジュアル Div.が新体制になりまして、「Event/Convention」「Live Entertainment」「Sports Event」「XR and Pro-imaging」の4本柱で事業を推進していくことになりました。バーチャルプロダクションは「XR and Pro-imaging」の中の中核事業として独立し、会社としても力を入れていく方針です。
先日スタジオエントランスをリニューアルしたのですが、エントランスにバーチャルプロダクションのモニュメントを設置しました。バーチャルプロダクションの普及に向けて情報発信も積極的に行っていきます。
――2年前の開設当時は今の状況を想像できていましたか?
東田氏:
2年前のスタート段階では、コンサート・イベント事業の組織の中で始めたので、人材育成やシステム構築で正直不安な部分もありましたが、多くのお客様や協力会社さんのおかげで、ようやく今の形にたどり着きました。さらに業界をリードしていくとともに、作り手の方々に納得いただけるような最高品質のサービスを提供し続けていきます。
Hibino VFX Studioは2023年7月に3年目をスタートさせる。この2年で様々な実績を積み重ねてきたHibino VFX Studioの次のステージが楽しみだ。
小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、SEKAI NO OWARI、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。バーチャルプロダクションのVFXアドバイザーの一面も。CG背景アセット制作会社Chapter9のCTO。