Vol.01 バーチャルプロダクションスタジオの過去、現在、未来メイン画像

バーチャルプロダクション黎明期から現在まで

PRONEWSの特集「VPFG」を最初に公開したのは2021年3月4日になるわけで、もう2年以上の月日が経つ。グリーンバックのバーチャルプロダクションは既にあったが、LEDを使ったインカメラVFXという新しい撮影手法が注目され始めたのがこの時期だ。

ただ、LED、それも高精細の最上位パネルを使うということもあって、簡単に手の出せる代物ではなかった。そういったこともあって2021年は小規模なシステムで実験的にはじめるスタジオがほとんどだった。 Vol.01の記事は「サイバーエージェントのバーチャルLEDスタジオに見る次世代撮影スタイル」だった。

それが2021年6月の「Hibino VFX Studio」のオープンを皮切りにソニーPCLの「清澄白河BASE」など、通常の撮影にも耐えうる大きさを持つ常設スタジオが出てきて、作品毎や短期間限定で撮影用スタジオにLEDを組んで撮影するという例も多くなってきた。

国内を代表する2大バーチャルプロダクションスタジオ

Hibino VFX Studio
ソニーPCLの清澄白河BASE

映画系大型スタジオにバーチャルプロダクションのシステムが次々と導入

2022年に入って、東宝11stに東北新社+電通クリエーティブキューブ+電通クリエーティブX+HIBINO+オムニバスジャパンの5社合同で構えた「Studio PX SEIJO」。角川大映スタジオの「ステージC」には、ソニーPCLによるバーチャルプロダクションスタジオのシステムが設置された。

角川大映スタジオにバーチャルプロダクションスタジオを期間限定オープン。写真はスタジオ内覧会の様子

そして2023年初めに東映の大泉学園にある東京撮影所には、東映ツークン研究所が長さ30mにもわたる巨大LEDを円形270°に設置したスタジオを設立。

日活調布撮影所のSTAGE 4stには、既に2020年10月から営業を開始している日活+デジタルフロンティア+AOI/TYOホールディングスによる、グリーンバックのバーチャルプロダクションスタジオ「バーチャル・ライン・スタジオ」があるので、2023年初めには主要な映画系スタジオにはバーチャルプロダクションのシステムが出そろった感じだ。

バーチャル・ライン・スタジオ

これだけいろいろなスタジオにバーチャルプロダクションのシステムが導入されているので、オンエアされるCMやドラマ、映画にも、バーチャルプロダクションを使って撮影された映像が増えてきている。ただ、まるでロケに行って撮影したように見えるというのがバーチャルプロダクションの到達点なので、実際のオンエアで分かることは少なく、撮影中のビハインドシーンなどがワイドショーで流れたときに確認できるというケースがほとんどだ。

インカメラVFXよりも先行して普及し始めたスクリーンプロセス

前述のとおり、去年1年間は大型LEDスタジオが浸透してきた年だったが、撮影された映像の多くはバーチャルプロダクションの真骨頂ともいえるインカメラVFXではなく、スクリーンプロセスの撮影だった。ここでインカメラVFXとスクリーンプロセス、マッチムーブの違いに書いておこう。

こちらは三井住友カードローンCM メイキングを見ると角川大映スタジオで撮影されているのが分かる。各地方で撮影された映像をスクリーンプロセスで映写している

バーチャルプロダクションの主な種類

次の表を見てほしい。現状のバーチャルプロダクションという手法を4つのセクションに分けてある。

上がLEDを使ったもの、下がグリーンバックを使ったものだ。それを左右に分けて、左がカメラトラッカーなどを使用してリアルタイム合成される手法、右が旧来からの手法ということになる。

    テキスト
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本来、バーチャルプロダクションと呼ばれるのは(1)と(3)の手法だ。しかし、これらのバーチャルプロダクション用のスタジオを使用してリアルタイムレンダリングを使用しないで撮影されたものもバーチャルプロダクションを使用して撮影した、と言われることが多い。

これらすべてに共通するメリットは、「ロケ地の天候、時間に縛られない」「移動などのコスト削減」「現実的に不可能な場所でも撮影も可能」「快適な環境の下、撮影に集中できる」など、VFX撮影全般に言えることだ。共通のデメリットはリアルを追求するには、撮影スタッフにある程度の経験値が必要ということが挙げられる。

さて、一番馴染みのある(4)のグリーンバック(ブルーや他の色を使う場合もあるが便宜上グリーンと書いている)合成から解説していこう。

この手法は、ご存じの通り1940年ごろから使われている手法で今でも主流になので、方法については述べないが、基本的には背景のパース感や動きとグリーンバック撮影されるカメラの映像が同じことが望ましい。そういった意味でFIXが基本になるが、カメラが動いていたとしても、マッチムーブという手法で対応できる。

マッチムーブは、グリーンバックにマーカーと呼ばれる後で消しやすい基準点をいくつか貼っておき、合成時に撮影画像に合わせて背景の画像を動かしたり、そのカメラの動きを元にCGを制作するという工程になる。3DCGのアプリケーションの多くは、撮られた映像からカメラの動きを解析し合成することができたりと、かなり手間が少なくなっている。そうとはいえ、ポストプロダクションと呼ばれる後処理の比重はかなり高くなるのは否めない。

(2)のスクリーンプロセスも昔からある手法だ。フィルムによるリアプロジェクションなどもあるので、グリーンバックよりも古くから行なわれている。これが質の良いLEDを使用することによって、リアリティも増し、照明の自由度も上がっているということで最近再注目されている手法だ。

DIC株式会社CM。こちらもメイキングからStudio PX SEIJOで撮影されていることが分かる。あらかじめ想定されるアングルで背景を撮影しておくことが必携だ

メリットはカメラの撮影画像がファイナルイメージになることで、現場でスタッフ同士のコミュニケーションが取りやすい。被写体への影響光、反射、透過などがリアル。と、いったところだろうか。

そういったことから、今までグリーンバックが敬遠されてきたシズル撮影や車のシーンなどに絶大な力を発揮する。特に車のシーンに関してはウインドウのからの透過、ボディへの映り込み、ミラーの反射、走行中の人物への影響光など効果は絶大だ。

マクドナルドCM「黒胡椒警部とチキンな相棒」。ウインドウに水滴がついていようとお構いなしなのはスクリーンプロセスの良いところだ

高解像度360°カメラの登場でスクリーンプロセスも次の次元へ

ただ、この手法は最終的な撮影アングルと同じアングル(実際の撮影画角よりも少し広めの方が安心だ)で背景素材も撮影されていないといけないという条件がある。これはLEDでもグリーンバックでも同じことなのだが、これも最近では高解像度の360°カメラの出現によってそれも変わりつつある。Insta360 Titan(11K)やObsidian Pro(12K)などの登場により、360°全天球の高解像度のデータが収録できるようになったからだ。

Insta360 Titan
Obsidian Pro

LEDスタジオでカメラのアングルによって映写素材の方向を変えることが可能になり、かなり自由にカメラを振ることができる。カメラの高さや左右の位置などは撮影素材からは変えられないので、そういった自由度は少ないが、車両の走行シーンなど動いているものだったら少々荒っぽいことをしても問題ない。

制限されているものは背景素材撮影時の天候だろう。こればっかりは後で調整が効くものではないので撮影された素材に現場を合わせなければならない。それでも(4)のグリーンバックに比べると(3)の場合はLED自体が発光するため、天井や手前の映り込み用LEDパネルに同じ360°の映像が映写されていることにより、かなりリアルな環境光が自然とでき上がる。あとは点光源の強い明りだけはLEDパネルでは表現することが難しいので、別にライトを用意することになるが、自然な合成という意味ではグリーンバックよりもリアルにたどり着くのは早い。

しかも、現場で完成形をその場にいるスタッフ全員で共有できるというのは何物にも代えがたい。これがグリーンバックだったりすると、仮合成的なものをスタジオでやる場合はあるが、最終的にはポストプロダクションでの作業になり、その場に居合わせるのはエディターと監督だけだったりする場合も多い。現場で仕上がりに近いものがみれるということは、そのままクオリティアップにつながる。

まあ、このような感じで、背景素材が事前に撮影されていなければならない、CGなどの場合は撮影前の段階で完成されている状態でないといけない、など、本番撮影前の作業、プリプロダクションが長くなり、その分、合成作業が少なく、後処理のポストプロダクションの時間は短くなるというのは(1)のLEDインカメラVFXと同様だ。

事前に背景素材があることから、必然とその背景に合わせた照明になってしまうというデメリットもあるが、従来から撮影方法の応用なので、撮影スタッフにとっても馴染みやすい。現状のバーチャルプロダクションの多くがスクリーンプロセスだというのも頷ける。

次回はバーチャルプロダクションの本道、インカメラVFX解説

さて、やっと本題の(3)のグリーンバック+リアルタイムレンダーに関してなのだが、スクリーンプロセス以上に枚挙を費やしてしまいそうなので、次回に持ち越すこととする。

そこで、今の映像業界に革命をもたらしているUnreal Engineについて触れることになるので、次回にも期待して欲しい。

小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、SEKAI NO OWARI、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。バーチャルプロダクションのVFXアドバイザーの一面も。CG背景アセット制作会社Chapter9のCTO。