株式会社TREE Digital Studio(以下:TREE)は、ソニーピーシーエル株式会社(以下:ソニーPCL)と共同で、横浜・イエロースタジオB Studioにバーチャルプロダクション(VP)スタジオを構築した。
VPといえば「コストが高い」というイメージが強い。実際、スタジオ使用料だけでなく、映像の送出システムやトラッキング、背景制作まで含めると膨大なコストになるのは事実だ。こうしたハードルを下げるべく、TREEとソニーPCLが立ち上げたのが「スマートVPステージ」である。通常のスタジオ撮影クオリティを担保しつつ、"VPを身構えずに使える"場所として結実したのが、このスマートVPステージだ。

LED構成とディスプレイ特性
メインLEDは高さ3m。正面に幅6.5m、右側に幅4mをL字に組み合わせた変則レイアウトだ。2面が繋がるコーナーにカメラを振ってもパースが破綻しないよう調整されており、採用されたのはソニーの「Crystal LED VERONA」(1.5mmピッチ)。現状VP用途として最高クラスのスペックを誇るLEDだ。90°で直角設置されているにもかかわらず、光の影響を極限まで抑え込んでいる。
高さ3mという近接条件では被写体とLEDの距離が詰まるため、従来はライティングの影響を受けやすい。しかしVERONAは独自のコーティングによる優れた低反射性能を有し、被写体照明下でも暗部が浮きにくい。さらに1500cd/m2のピーク輝度と驚異的な黒再現性により、暗幕よりもベルベットと形容したくなる質感だ。
加えて幅4m×高さ2.5m/1.9mmピッチの映り込み用LEDも装備。結果、ステージ全体はコの字型のワークスペースとして成立している。
システム構成
インカメラVFXはEpic Games Unreal Engine 5のnDisplayで構築し、動画の送出はSMODEを利用。カメラトラッキングは「清澄白河BASE」のVPスタジオとは異なりstYpe社のRedSpyを採用している。
スタジオは地下ながらリフトで車両搬入が可能で、カーシーン撮影を想定した導線が確保されている。そうなると天井にもLEDが欲しくなってくるのが心情だが、TREEの知見によれば、フロントウインドウの映り込みは役者の顔に被るリスクが大きく、ポストプロダクションでの合成のほうがコントロールしやすい、という。こうした判断も、数々のVFX案件をこなしてきたTREEならではの経験値に裏打ちされている。
天井が塞がれていないことで、従来から使っている電動バトンが使えることも撮影スタッフにとっては嬉しいことだろう。
TREEとVPの歩み
このVPFGでも、2021年秋にTREEが中心となってVPを駆使して制作されたVaundy「泣き地蔵」のMVを取材した。
VP黎明期から携わってきたTREEだが、スタジオ運営に関わるのは今回が初。ソニーPCLという日本のVPシーンを牽引する存在と共同で展開することで、日本の映像シーンにVPという手法を根付かせてくれるのではないかという期待が膨らんでくる。
正直、7月30日のPRONEWSによるスタジオオープン記事を見た段階では、そこまでの期待は抱いていなかった。
ただ、実際に今あるLEDスタジオで撮影するとなるとかなり身構えなくてはならないし、安価な場所もいくつかあるが、撮影スタジオとしては使い難い。そんな両極に寄っている現状の中、スマートVPステージはフットワーク軽く使え、しかもLED・トラッカー・システムすべてがハイエンド。これは希少なポジションだ。
今後の運用シナリオ
現状、全カットをLEDスタジオで撮影するケースは限定的だ。しかしグリーンバックに比べ、実写とのマッチング性能が格段に高い点はLEDステージの大きな強みである。
たとえばクルマの走行シーンやドローンによる遠景はロケで収録し、その時に撮影した背景プレートをLEDに送出して車内シーンを撮影する。海外ロケでイメージシーンと背景素材を撮影し、多忙なタレントのショットだけはLEDを前に撮影ということならこのスペースでも可能だ。
さらにソニーPCLがVP制作に活用するソニー独自の3DCG生成技術を使用すれば、現地での短時間収録で高品質なアセット化が可能なので、こうしたワークフローにスマートVPステージは絶妙にフィットする。
VPを"特別な手法"ではなく、"映像制作の新しいスタンダード"へ。
スマートVPステージからは、その確かな意志とビジョンが伝わってきた。