東映東京撮影所No.11stに設置された「東映東京撮影所バーチャルプロダクションスタジオ」最大の特徴は、270°の弧を描いて配置された1.56mmピッチの高精細LEDウォールだ。直径12.6mのステージ中央に立てば、視界のすべてが高さ5mのLEDに包まれる。さらに、天井にも12m×11mのLEDが設置されており、照明が仕込まれている開口部を除いて全面が覆われている。まさに、LEDウォールだけで世界観を構築できる、国内では類を見ない規模のバーチャルプロダクションスタジオだ。
ステージ中央で立つと、深い暗闇の中に突如としてジャンボジェット機が姿を現す。まさに格納庫の中に立ち、正面の扉が開いて滑走路へと視界が広がっていく感覚だ。LEDの描写力は圧倒的で、機体の細部までが美しく表現されている。メインLEDの解像度は19,200×3,200ピクセル。カメラの動きに応じて24〜30fpsでリアルタイムレンダリングされるという点も驚異的だ。
いまだに日本国内では、LEDウォールは「動く書き割り」という印象が根強い。しかし、決定的な違いは"自発光"であることだ。東映のLEDはAOTO社のRM1.5を採用し、1.56mmピッチの高精細ながら1500nitという高輝度を実現。天井のAOTO M3.7Hにいたっては6000nitの明るさを誇る。
「そこまで明るくなくてもいい」という声もあるが、最大輝度を使うことでダイナミックレンジを最大限に活かせる。撮影時に露出を絞ることで、画面全体の黒が引き締まり、映像のトーンがより深まる。
このスタジオの醍醐味は、やはり270°を生かしたドライビングシーンにある。ステージは床面から高さ15cm上がって構築されているが、ラダーを使用すれば車輛を乗せるのも容易。中央には直径6mの円が切られており、車用のターンテーブルを設置することもできる。だが、270°のLEDによる背景があれば、カメラ自体が回り込むことで動きのあるカットも自然に撮影できるうえ、車体への映り込みまで完全に再現できる。車輛の置く位置もセンターに縛られないという利点もある。
さらに、天井のLEDは分割して昇降可能で、下げることでメインLEDとの隙間を埋め、車体への映り込みにも対応できる。従来のように外側から照明を当てるのは難しい構造だが、メインLEDの上部には、ARRIのSkyPanelやOrbiterが常設され、DMXによる制御が可能だ。
撮影機材としては、スタジオ常備のALEXA 35と、ARRI Signature Zoom 24–75mm、Signature Prime 18mm/125mmが、破格のレンタル価格で提供されている。
トラッキングシステムにはMo-sysのStarTrackerを採用。特筆すべきは"デジタルマーカー"方式を用いていること。一般的には赤外線反射マーカーを天井に設置するが、車体やガラス面に映り込んでしまうリスクがある。
その点、ゴーストフレーム技術を用いて、カメラのシャッターの隙間を狙って発光させることで、この問題を解消している。走行シーンなどはカメラトラッキングを使わないケースも多いので、そんな時消えていてくれるのは非常にありがたい。
続いて紹介されたのは、吉原の大通りを再現したシーン。
東映といえば東映太秦映画村(京都)も有名だが、そのリニューアルに合わせて、2週間に及ぶフォトグラメトリ撮影を敢行。のれんや提灯の細やかな動きまで再現されたアセットは、画面に圧倒的な臨場感を与えていた。
このスタジオの強みは、撮影所内にあるという利便性と、東映が主導して作り上げた環境にある。大道具、美術、装飾など、熟練のスタッフが近くにいる安心感は大きい。加えて、バーチャルプロダクション部を新設するにあたり、ILMから人材を迎え入れ、CGアセット制作も社内で完結できる体制が整っている。現場と制作が地理的にも近いことで、In-Camera VFXにとって重要な「再生スピード」と「画質」のバランスを、きわめて高い水準で実現できるという。
東映のLEDスタジオは、映画系としては後発にあたる。LED自体の導入は早かったものの、横19Kもの超高解像度を活かすには、運用面で多くの試行錯誤が必要だった。そのため、これまでは社内作品中心で使用されていたが、今後は本格的に外部利用にも開放していく方針だという。
東映のLEDスタジオは「セットの中に背景を持ち込む」場所ではなく、「コントロール可能なロケーション撮影」を行う場所と考えた方がしっくりくる。実際のロケではライティングで人物周辺をコントロールするが、このスタジオなら太陽の位置も自由自在。雲待ちも必要ない。未使用のLED部分は輝度を上げて環境光として活かすことも、逆に落として背景を黒く締めることも可能だ。
明確なビジュアルイメージを持つクリエーターにとって、これほど理想的な環境はないだろう。ただし、従来のスタジオ撮影と同じ発想で臨むと、LEDに囲まれた空間の制約や勝手の違いばかりが目立ってしまう。
バーチャルプロダクションはプリプロとポスプロの時間や予算の配分の違いがよく語られるが、実は"撮影そのもの"の考え方も変革を求められている。
最近は背景としてLEDを活用するスタジオも増えているが、ここまでLEDを軸に据えた"ハリウッドスタイル"の設備が、国内映画撮影所内に誕生した意義は大きい。
今、問われているのは技術だけでなく、作り手の「意識」の変革なのかもしれない。