街に足を運び、目を向ける

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いまだ改装工事が長引いているアムステルダム国立美術館

IBCの取材を兼ねて、先日初めてオランダという国を訪れた。この時期は陽気も心地よくハイシーズンだということもあって、旅費も高騰する時期なので、これまではなかなか足が遠のいていたのだが、もともと個人的には非常に興味を持っていた国である。そんな中で映像関係者として気になるのが、オランダが生んだ画家たちが、どれも光の天才と呼ばれる人たちだということだ。『Everyday is Dark』と言われるほど晴れの日が少ないオランダで、なぜそのような画家たちが生まれたのか?ふと疑問に思っていた。

オランダの画家といえばゴッホ、そしてレンブラントがいる。レンブラント・ハルメンス・ファン・レインは、被写体の人物にスポットライトを当てたような『明暗法』と呼ばれる技法を用い、それが後にカメラ撮影において、3灯法における斜め45°からキーライトを当てる『レンブラントライト』といったカメラの照明技法に発展したのはご存知の事だろう。

しかし絵画の事情通に聞けば、レンブラントという人はそもそも職業画家である。実際には被写体にそのような光が当たっていなくても、彼の明暗法はお金を払ってくれた人を目立たせるための手法だったと言えなくもない。アムステルダム国立美術館に掲示されている名画『夜警』もこの目で見たが、人物画におけるその存在感の表現はたしかに素晴らしいものではあるが、お金を払っている順番に光の度合いが強いとも言われている。今で言う『腕のいいスタジオ写真館のカメラマン』だと思った。まだカメラが存在しない時代に、腕のある画家は時代を切り取る証人として大いに活躍したことは言うまでもない。この時期の絵画では凄い技術なのだが、私自身も実際の絵を見て「これがレンブラントライトの元になった絵なのか…」というほどの感銘は受けなかった。

フェルメールに惑わされて…

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正門のよこには『牛乳を注ぐ女』の大きなバナーが

オランダにはもっと凄い画家がいた。となりの部屋の正面のど真ん中に飾られていた、たった45.5×41cmの小さな絵「牛乳を注ぐ女(乳搾りの女)」に釘付けになった。のちの光の表現とその描写法に大きな影響を与えた画家、それがヨハネス・フェルメールだ。

フェルメールはアムステルダムから南西へ30分ほど電車でいったデルフトという街で生まれた、享年43歳という短い生涯の中でたった三十数点の作品しか描いていないことが近年になって判っている。1800年代には70点ほどあったと言われるがそのほとんどが贋作だったことなど、絵画史上でも何かと物議を醸し出したが、やはりその魅力に取り付かれた人が多かった証拠と言えるだろう。

彼の作品にはいくつかの鋲を打ったあとがあり、これは実際の被写体とキャンバスをひもで結び、正確に被写体の輪郭を映し出す技法を用いたと言われる。また最近の研究では「カメラ・オブスクーラ」というピンホールカメラのような、言わばカメラの原型のような機械(というか当時は大きな部屋の仕組み)を使っていたという説もあるようだ。彼の絵が写真のようにハッキリした輪郭線で描かれていることと、6点の彼の作品はすべて描かれた場所が同じ部屋の同じ場所だということが判っており、「カメラ・オブスクーラ」を使用した証拠となっている。このことが示すようにフェルメールは、光描写の天才でありながら、それを得るために実に技巧派の画家だったのである。今の映像界で例えるならば、デジタルテクノロジーを熟知した撮影監督だと言える。

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オランダの雲は表情豊か

その作品の印象は一言でいえば他の作品がHD画質ならば、フェルメールの作品は4K非圧縮の精度なのだ。かのサルバドール・ダリが歴代の画家の評価について、フェルメールに最高点を付けている点にも注目したい。これはピカソやレオナルド・ダ・ビンチ、モネなどをしのぐ点数だそうだ。他にも『ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車』で風車を初めて描いたヤコプ・ファン・ロイスダールは、実に表情のある風景画を残している。オランダの風土をよく研究した画家のようで、彼の描く躍動感のある雲と空は、西側がすべて海で雲の形状変化が速く、しかも低地ながら強い西日と変化する雲で、光が乱反射して被写体を様々な表情を与えるという、オランダ独特のムードを良く演出している作品が多い。

『オランダの光と影』と言われるように、これらの風土特性も彼らの才能を育んだ要因なのでは?と感じた。残念ながらオランダの映画監督は、ポール・バーホーベンくらいしか知らないが、これからもオランダの風土が、素晴らしい光の文化を届けてくれる事を期待したい。

WRITER PROFILE

石川幸宏

石川幸宏

映画制作、映像技術系ジャーナリストとして活動、DV Japan、HOTSHOT編集長を歴任。2021年より日本映画撮影監督協会 賛助会員。