ヨーロッパを各地で在外邦人たちの口から耳にするのが、ロンドンが親日で過ごしやすいという噂。中心部ピカデリーサーカスにはジャパンセンターなる日本専門店まであり、非常に日本文化に理解があるというのだ。しかし、反面、ロンドン在留の日本映像関係者は非常に少なく、中でもアニメの関係者はほとんど話を聞かない。そもそもたまに行われるイベントなどを除き、ロンドンでのアニメショップの存在自体もあまり耳にしない。日本のゲームなどが売れるという話も正直あまり聞かない。実際のところどうなのか、仕事のついでで知り合いを頼り、ロンドンに行ってみた。

リニューアルしたジャパンセンター

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ピカデリーサーカスの風景。左手前が三越、奥がジャパンセンターだ

ロンドン中心地には、世界的に有名な劇場とショッピングの街、ピカデリーサーカス広場がある。このピカデリーサーカスにあるのが三越ロンドンと、日本を紹介する大型店舗、ジャパンセンターだ。三越ロンドンは主に日本人駐在夫人向けの高級ブランドデパートであり客層の大半が日本人だ。しかし、その隣にあるジャパンセンターは、ほとんど英国人ばかりでいつも混み合っているという、日本文化紹介基地としての役割を果たしている存在だ。近年このジャパンセンターは三越の横に引っ越し、大型化してリニューアルオープンしたことで話題になっている。

中でも、ジャパンセンターのレストラン「TOKU」と「Umai Sushi Factory」は有名で、持ち帰りのデリや日本食品コーナーだけではなくこうしたレストランなどのイートインも大いに賑わっていた。実は、カレーライスを初めとする日本の多くの洋食は、その原形が英海軍の食事であることは広く知られている。そのため、今の西洋化されつつある日本の食事は、英国人にとって受け入れやすい風味となっているようだ。

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ピカデリーサーカスの大型書店のDVDコーナー。残念ながらトトロくらいしか日本作品がない

こうした食品の盛り上がりに対し、ジャパンセンターの本や映画のコーナーなどは食品からは切り離されてしまっていた。周辺の本屋のDVDコーナーなどを見ても、日本のアニメなどはせいぜい「トトロ」くらい。このロンドン中心街においては、あくまでも「日本文化」とは食べるものであり、読んだり見たり、ましてや鑑賞したりするものではないようだ。映像屋としては寂しい限りである。

コリン・ジョイス氏もその著書「「ニッポン社会」入門」で言っていたが「日本人とイギリス人の共通点は、その両者に似たところが見つからないこと」というくらいに異なる文化である。同じ立憲君主制とは言っても政治制度もまるで異なり、社会常識の多くも全く異なっている。(例えば、英国では食器を洗剤で洗ったあと、すすがない!)だからこそ、異質な食品には互いに興味を持つのだろうが…やはり、映像や漫画の文化交流ももっと盛り上がって欲しいところだ。

大英博物館に陳列される「土偶ファミリー」

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大英博物館外観。世界3大博物館の一つだ

ヨーロッパ通の人々の間でアニメを初めとする「日本ポップ文化がヨーロッパに受け入れられている」根拠として、ヨーロッパ各地の美術館などで積極的にアニメや漫画の展示があることがよく挙げられている。

ここ英国でも、大英博物館には、三菱商事が出資して作られた日本コーナーがあり、入り口に飾られた天下の名工、宮入昭平作の現代日本刀を初めとして数々の日本文化が展示されており、ここにももちろんアニメや漫画の展示があるのだ。

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三菱商事の日本文化コーナーでは、「土偶ファミリー」が展示されていた

大英博物館の日本コーナーでは、オタクパフォーマンスで世界的に有名なアーティスト村上隆氏の「魔女っ子」ポスターに並んで、映画「ゴジラ対ビオランテ」のビオランテデザインで著名な西川伸司氏の漫画「土偶ファミリー」が置かれていた。日本人オタクとしては、こうした作品が大英博物館に展示されていることに、なんだかくすぐったいような誇らしいような不思議な思いに駆られる。

とはいえ、正直なところ、これらの作品を日本国内で知る人は少ないだろう。メジャーな作品が人々の声で押し上げられて展示されるのならともかく、あまりメジャーとは言えない作品がアート表現として寄贈や個展などの経緯で展示されているのを指して、アニメや漫画、ゲームなどの「日本ポップ文化がヨーロッパに受け入れられている」とするのは、いささか早計なのでは無かろうか。

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アニメショップはロンドンにも健在。オタクは世界のあちこちに存在している

オタクのツテを伝ってロンドンのオタクポイントをあちこち歩いてみたが、大英博物館そばのアニメショップは、そのほとんどが米国産のアメコミで占められ、日本の漫画・アニメはごく少量しか存在しなかった。しかも、数少ない日本の漫画などの発売元を見れば何のことはない、そのほとんどが米国での翻訳物であり、米国からの輸入品なのだ。これでは確かに英国での日本アニメなどの売り上げが話題にならないのも当然だ。そもそも翻訳すら多くが米国で行われているのであれば、オタク関連制作者の知り合いが英国にほとんど居ないのも道理である。

ゲームに関しては、さすがにアニメや漫画に比べれば日本産のゲームは多かったが、やはり同じ英語圏の米国の影響が大きいようで、XBOXのゲームコーナーが大きく取られ、売られているゲームもその半数以上が米国産のゲームであった。こうした状況は、海峡を越えた隣国のフランスやドイツではアニメと言えばまず日本アニメなのとは全く正反対の状況で、日本アニメから見て、英国市場が全く未開拓であるのをひしひしと感じた。

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ところがアニメショップですら、日本アニメ・漫画は少数派。このショップでも1棚しか置いていなかった。しかも米国流通のものばかり。これは寂しい

結局のところ英国における日本文化、特にオタク文化とは、博物館に展示陳列して、時折思い出したかのように見学に行くものなのかもしれない。もちろん、それはそれでとても大切なことだし、そもそも異国において根本からの理解など得られるはずもないだろう。しかし、展示されるだけのニッポンで良いのだろうか? 博物館に陳列されるだけのオタクでいいのだろうか?せめて売り上げでもある程度戦えるようにならないと、その国の国民からの本当に理解は得られないのではないだろうか?

実際、日本アニメ・漫画の中でも、宮崎アニメだけはある程度の理解を得ており、ロンドンの街のオタクたちともその内容について熱く語ることが出来た。これは、内容の素晴らしさもさることながら、広く売られているという点が大きいだろう。ゲームについても、マリオなどの話題はごく普通に会話が出来る。自分の職業を紹介するだけで、宮崎アニメについてフォートナムアンドメイソンのレストランで給仕との会話も弾むのは、やはり文化の力だろう。異国異民族同士の相互理解とは、博物館の先にあるのではなく、こうした商業的な繋がりの延長線上にあるのではないかと思えてならないのだ。

今は、ネットを経由したコンテンツ提供や、電子書籍などの方法も出来上がりつつある。宮崎駿氏などの成功例を参考に、もっともっと積極的に英国市場に乗り込んでいっても良いのではないか、そう思えてならない。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。