カメラは所有しよう

もういたるところで何度も言ってる事で、ここPRONEWSでも書いた事があるかもしれない。でもあえて何度でも言いたい。映像で何かを表現しようとしているクリエイターが自分のカメラを持たないでどうする?カメラは所有しよう。例えば一本のエレキギターがあったとする。ギターリストであれば誰でも弾けるだろうし、そのギターの持つ基本的なサウンドカラーは出るだろう。だが、直感的に少し優しい音が欲しくなった時、マイクの切り替えスイッチに手を伸ばすかトーンやボリュームノブをコントロールするか、ピックの角度を少し変えるか、アンプのイコライザーを変えるか…。自分の楽器であれば考えるより先に手が動く。クリエイターが使うカメラもかくありたい。

私は発売間もない頃からCanon EOS 5D MarkIIを使い続けている。この自分のカメラで何百カットも撮っているうちに、どのパラメーターが心のどこを突いてくれるか、様々な光の中で、それを吸い込む様々なレンズとの相性も含めて、身体で覚えてきた。ミュージシャンや絵描きさんが自分の道具を使う上では当たり前過ぎる感覚をやっと身につける事ができてきたように思う。最近そこかしこでこのカメラで撮った作品を見かけるが、明らかにプロカメラマンの撮ったものの中にも、まるで擬態語や擬声語を使えない外国人の日本語のように、文句のつけようはないが、面白みのない物がよくある。報道記事であればまぁいいが、そんな日本語で書かれた詩や小説など読みたくもないもんだ。

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改めてこういう事を書きたくなった理由がある。SONY NEX-FS100。久しぶりに本気で欲しいと思えるカメラが発売された。他にもビデオカメラの形をしたデジタル一眼のようなカメラはポツポツ出始めてはいるがそれらとは根本的に違うムービーカメラだ。それはセンサーからソフトウェアまで完全に動画用として開発された物で、それがショッキングとも言えるクオリティと個性を生み出している。同じSONYから先に発売されているPMW-F3でもそれは同じ事だが、放送局相手に仕事をしない限り、ほとんど同じかそれ以上の機能を持って、頑張れば個人所有できる現実的な価格で発売されたのだ。幸運にも発売前にこのカメラで作品を撮るチャンスがあり、その実力と個性にとまどいながらも胸躍った。それでも自分の中で5D MarkIIの魅力が色褪せた訳ではないのだが、この際比べるのはやめて、純粋にこのカメラの魅力を伝えられればと思う。

NEX-FS100を使用した作例から

この作品を撮りながら感じたこのカメラの一番の特徴は画の立体感だ。ちなみに私は今流行の3Dにはまったく興味もないし、むしろ毛嫌いしている。だから始めはとても戸惑ってしまった。「3Dみたいに浮いてくる。」これはもちろん浅い被写界深度による所も多いのだが、いろいろ調整している内にもう一つの要因に気付いた。フォーカスが合っている所の高精細とローノイズが半端じゃない。これによってもう一押し前に飛び出してくるような気がする。へたすると3Dのように紙人形がペラっと立ってる感じがして背景に溶け込まない。

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上の画はこれでもディテールとコントラストをかなり大胆に調整して緩和したのだが、それでもぐっと浮いてきている。これは作品前半の暗い室内のカットでも同じで、普通は全体がべたっとしてしまいそうな所でもフォーカスが合っている目だけはぐっと浮き出るように強い存在感を放っている。そうだ、これは悪い事ではないはずだ。慣れて使いこなせばすごい事になるかもしれない。ここまで背景をぼかさなくても主体はしっかり前へ出てくれるかもしれない。

画作りをしている間、レンズの絞りとカメラのディテール、ブラックレベル、ガンマ等など、ありとあらゆるパラメーターを調整して理想の立体感を作っていったが、正直最後まで追い込めたかどうかは疑問だ。ここが借り物のカメラの限界という事になる。いずれにせよこのカメラの持つ立体感のレンジは恐ろしく広いし、照明や画角の考え方を変えてしまう程の物かもしれない。それをもたらしているのは動画専用に開発されたこのセンサーの高感度、ローノイズ、高精細による物だ。このセンサーの明るさはすごかった。外光のほとんど入らない室内(窓の外の光は作っている)のシーンでは500Wのハロゲンを2灯使っているが、NDフィルターで減光しないとならないほどで、もちろんゲインを上げた事など一度もなかった。晴天の外のシーンでは用意していた4と8のNDを重ねてもまだ足りず、ついにはPLフィルターまで使って減光したカットもあった。別の撮影で夕暮れの町を撮った時でさえ、NDフィルターを付けたくらいだ。その性能がローノイズに繋がっている事は間違いないが、 これはマイナスゲインが欲しいところだ。

この手のカメラはレンズ次第だという意見が多いが、FS100本体の持つセンサーとパラメーターは間違いなくビデオアートのレンジを広げてくれている。次回は無数に感じるほど多く用意されたパラメーターと画作りについてもう少し書いてみたいと思う。

WRITER PROFILE

ふるいちやすし

ふるいちやすし

映画作家(監督・脚本・撮影・音楽)。 日本映画監督教会国際委員。 一般社団法人フィルム・ジャパネスク主宰。 極小チームでの映画製作を提唱中。