「所有」すべきクリエイターズカメラSONY NEX-FS100
前々回より「所有」すべきクリエイターズカメラとしてSONY NEX-FS100を紹介してきたが、日本国内よりも欧米を中心にかなりの評価を得て、売れているようだ。これはおそらく欧米のビデオグラファー達がスチルカメラマンと同じ意識で、カメラを愛機として所有する概念が浸透しているからでもあろう。
では彼らはなぜ、Canon EOS 5D MarkIIの約三倍ものコストをかけてFS100を選ぶんだろう?確かに音声収録面での機能はずば抜けている。だが、本当の理由はもっと深い所にあるように思う。残念な事に、深い部分はなかなか人には届きにくく、単純にセンサーの大きさだけで勝負をつけてしまっている意見が大勢を占めているが、これはこのカメラの本質を見極める上で大きな誤解を招いてしまう。
フルサイズセンサーとCanonの技術を持った5D MarkIIは、実はFS100を新しい愛機として「所有」した今も、すぐには手放す気にはなれない紛れも無い名機だ。これからも作品によっては使う事があると思う。だがSONYの開発したこの動画専用センサーは、その大きさだけでは語れない新しい画質を提供してくれる。これは勝ち負けではなく、二つの個性なのだと思う。更に今回、その一部をお見せするピクチャープロファイルによる細かい画作りは、5D MarkIIにはどうしてもできない業務用ビデオカメラならではの魅力なのだ。これが有用かどうか、また、三倍のコストをかけるに値する物かどうかは個人の判断だが、少なくとも知っておいてほしい。
まずは上の二枚の画像を見比べてほしい。左がSONY NEX-FS100JKに付属しているキットレンズを何のコントロールもしないで使った物で、さすがに忠実再現性を重んじるソニーらしく、見たままのトーンを記録している。右は全く同じセッティングでフランスのクラシックレンズ、アンジェニューに付け替えた物だ。PCの静止画だけでお伝えする事は難しいかもしれないが、明らかにトーンが違う。色はレンズのコーティングのせいで青、緑に少し偏っているし、解像度も低い、さらにディテールがソフトに感じるのはレンズ内部の細かいハレーションのせいもあろうか。
もし私が報道カメラマンであったり、忠実な記録映像を撮る人間であれば、迷わず左のソニーレンズを選ぶ。だが、アートとして作品を作ろうとした時には、右のアンジェニュートーンはなんとも魅力的な物だ。また、映像作品という物は長い時間視聴者を拘束する物で、この小さな差が視聴者の周りを包む空気感を作ると言っても過言ではなく、スチルで見ているよりも大変重要な意味を持つ事になる。
今回はピクチャープロファイルを使ってこのソニーのキットレンズをアンジェニューのトーンに近づけてみたい。なぜなら私の持っているアンジェニューレンズは広角側が28mm(35mm換算44.8mm)までで、広い画を撮るにはこのキットレンズの18mm(35mm換算28.8mm)という画角が必要だからだ。もちろん100%は無理だし、そんなテクニックを覚えた所でほとんど役に立つ事はないだろう。ただ、そういう一つのシチュエーションに応えてくれるFS100の懐の深さを知ってほしい。
FS100の懐の深さ
まず取りかかったのはコントラストの調整だ。明らかにアンジェニューの方が浅い。それに近づける為に基本的なガンマはスタンダードのままにしておいた。何となく映画っぽいからといってシネトーンにするのは間違いで、むしろ高コントラストになってしまうからだ。また、民生機やデジタル一眼によくある「コントラスト」という項目が見当たらないが、あれは暗部と明部を同時にコントロールしてしまうので細やかな設定ができない。ここがまず業務用ビデオカメラFS100の実力で、暗部をブラックレベルとブラックガンマで調整し、明部はニーで調整する。見ての通り、ブラックレベルをかなり明るく上げているが、これくらいでノイズが乗ってくるような事はまずない。
また、ブラックガンマも調整する範囲とそのレベルを指定できる。今回ニー(明部)を+2としたのは少しハレーション感が出てほしいからだ。さて、色味を調整するにはまずホワイトバランスと考えてしまいがちだが、ホワイトバランスは各シーン、各カット毎に調整する物で、それを基準としてすべてのカットにおいてどうシフトするかという物も設定しておける。色の深さというのはR(赤)G(緑)B(青)C(シアン)M(マゼンダ)Y(黄色)の各色毎に明るさを調整する物で、WB(ホワイトバランス)シフトはフィルタータイプを選択した上で、LB-CC、またはR-Bゲインのどちらでも調整できる。更に色の濃さ(彩度)、色相といったパラメーターも併せて調整していく事で微妙な色味を作り上げる事ができる。
最後にディテールを調整してソフト感を出したい。いわゆる輪郭強調の調整で簡単にやるにはデジタル一眼にも付いているように+か-かで設定するのも良いが、その奥のマニュアル設定を開くと、垂直方向と水平方向のディテールを調整したり(V/Hバランス)、輪郭を暗で強調するか明で強調するか(B/Wバランス)等、とんでもなく細かい調整が可能だ。他にもクリスプニングで「面」の中の小さなディテールを緩和して滑らかな面を作るとか、高輝度部分のディテールのみをコントロールできるパラメーターも用意されている。
さて、これがソニーキットレンズをアンジェニュー風にしてみたピクチャープロファイルの画像だが、いかがだろう?正直言ってしまうと、もう少し追い込める余地があるようにも思える。それはまだこのカメラを所有してから日が浅いからなのだろう。私もまだまだ全てのパラメーターの相互関係と癖を知り尽くしているとは言えない。これからも経験を重ねていかなくては自分の物にはなってくれないのだ。こういった行動をただの手間と考えるか愛機での画作りの醍醐味と考えるか、それは各クリエイターの姿勢に依るところだろうが、もし、こういったレベルで作品のトーンを、編集室ではなく撮影現場で作り上げたいと思うのなら、このカメラはきっとそれに応えてくれるし、逆にスチルカメラでは全く不可能と言わざるを得ない。なぜならスチルの世界でここまでやるなら非圧縮(RAW)で撮って来て、現像という行程でやる物だと相場が決まっているからだ。動画の場合、非圧縮で撮るにはまだまだ特別な機材が必要だ。だからこそ撮影現場での画作りはとても重要なのだ。それに、これはとても楽しい!
告知:「気持ち玉」上映会とFS100セミナーイベント
最後に一つお知らせをさせて下さい。このFS100を使って撮ったショートムービー「気持ち玉」がソニーの公式サイトに制作事例として紹介されています。更に、寸前になってしまいますが、今月9/12(月)に、品川のソニー本社内のシアタールームでこの作品の上映会とセミナーイベントを開催します。ここでは各カットの画作りの解説や、皆さんからの質問にお答えする時間、更に実際手に取って頂けるハンズオンの時間を作り、私とソニーの技術者の方々で皆さんをお迎えします。ぜひ上記ページからお申し込みの上、ご参加下さい。当日会場でお会いできる事を楽しみにしています。