「被写界深度のコントロール」再考
女優:横張芽衣(公式ブログ『ひつじがいっぴき』)前回解説した「被写界深度のコントロール」という物は、レンズの選択、絞りとNDフィルターの使い方等をマスターしてしまえば簡単にできるようになるだろう。だが、これを「立体感」「柔らかさ」のコントロールといった、より感覚的な言葉に置き換えると、そのコントロールは更に複雑に奥深い物になってくる。クリエイターが表現力として求める画というのは被写界深度がどうこうというものではなく、「もっと奥行きのある」とか「春のように柔らかな」とか、そういった感覚的なものであるはずだし、それはとても主観的な世界だ。
例えば「柔らかさ/硬さ」を何で感じるのかは、コントラストやディテール、色調や彩度、これら全部に関わってくるはずだし、そのバランスで「これだ!」というポイントは人によって違うという事だ。少なくとも被写界深度を浅くして周りをぼかして出来上がり、という訳にはいかない。だからおもしろい。とは言え、最初からバランスを取るという事を考えると混乱するので、まずは一つ一つのコントロールと効果を知っていくしかない。そこで今回はコントラストとディテールに的を絞って解説してみようと思う。ただし、これは全て「私の主観」なのであくまで参考にして頂き、自分の感覚に置き換えて考えてほしい。
この画像は私の作品「気持ち玉」からのカットで一見しっかり撮れているように見えて、実は演出的には少し悔いの残るカットだ。この時の彼女の心情を考えると、画が硬すぎるし立体感が3Dのように陳腐だ。撮影時にもそれは感じていて、いろいろ試してはみたのだが、限られた時間の中、使い始めて間もないカメラだった事もあり、残念ながら追い込みきれなかった。細かく見ていこう。まず被写界深度はこれで適切だったと思う。主体と背景に距離差があり、その間を繋ぐ物がない中で、適度に状況を表現しつつ、主体を浮き上がらせるには背景のボケ方はちょうどいいと考えた。ただ主体の浮き出る感じがきつすぎる。まずはディテールを下げ、主体のエッジを強調しない方向へもっていった。
実はこの時から愛機として使い始めたSONYNEX-FS100のピクチャープロファイルにはディテールの強弱だけでなく、その質感まで細かく設定できるパラメーターが用意されているのだが、残念ながらそこまでの理解がまだなかったし、時間も限られていた。
そもそもディテールというのは明部と暗部の境目を強調する信号で、その輪郭を明るい線にするか暗い線にするか、それさえもFS100では選べてしまうんだが、とりあえずエッジの強調(ディテールレベル)を最小限に抑えた。それでも硬質感と浮いたような感じは取れない。一つはコントラストの影響だろう。テレビドラマっぽさ、或いはビデオっぽさを避けるため、シネトーンガンマを選ぶ人は多いと思う。確かにその目的は叶えてくれるが、一般的にはハイコントラストになる傾向がある。思い通りの画作りをしようと思うなら「映画だからシネトーン」という安直な選択はやめた方がいい。コントラストとは言うまでもなく明部と暗部の差だ。
FS100では明部と暗部を別々に調整できるが、ほとんどのカメラはコントラストの強弱、つまり明部と暗部を同時に調整するので両方を注意深く見ながらバランスをとっていかなくてはいけない。このカットでもブラックレベルを上げることによって、コントラストを少し下げたのだが硬質感はまだ消えない。そこで気付いたのが解像度だ。このSONYの新しいセンサーの解像度は素晴らしく、フォーカスが合っている所のツルっとした感じが物をグッと前に押し出しているようだ。加えてこの時のレンズはSONYα用のGレンズ、高解像度でシャキッとした画質だ。これに限らず新しいレンズはみんな高解像度を誇っていてメーカーによって違いはあっても発色も強くガチッと写る傾向にある。それにこの新しいセンサーの高解像度性能が加わって新しい次元の硬さと立体感を作り出している。もちろんこれは素晴らしい事なんだが、演出意図とは逆の方向であった。まるで切り抜いて合成でもしたかのように一体感のない、浮いた感じになってしまっている。
彩度、コントラスト、ディテール…
女優:笠原 千尋(オフィス モノリス所属 公式ブログ『-雨に濡れた花は太陽を仰ぐ-』)とても同じカメラで撮ったとは思えないこの画像は、現在制作中の「彩~aja~」という作品からの物だが、ここで私は大きな挑戦をしている。物語は絵描きの少女の激しい気持ちを描いた物だが、物語自体がビビッドな要素を持った物なので、あえて色彩感を極限まで落とし、それを浮き立たせようとした。彩度もコントラストもディテールもぎりぎりまで落とし、更にアンジェニューのオールドレンズを使い、とにかく柔らかい画作りを心がけた。最近のレンズと比べて、解像度は低いが、光学上での低解像度という物はデジタルのそれとは違い、決して見苦しい物ではない。ここではフォーカスが合っているところでも変に浮き出る事がなくボケた所との一体感があり、上の物と比べれば、一枚の画として自然に溶け込んでいるのがわかる。コントラストもブラックレベルをかなり上げる事で抑えているのだが、それでもノイズが少ないのはFS100の優れたセンサーのお陰だと思う。
ハイテクの恩恵を充分受けながら、ハイテク合戦に背を向けたような画作りは、クリエイターの挑戦として勇気は要るがとても楽しい。ビビッドな物だからビビッドに捉えるという選択肢もあるだろうが、今回は真逆のやり方で一つのトーンを作ろうとしている。吉とでるか凶と出るか。完成するまでわからないが、いずれにしても冒険的画作りは楽しい。