この連載では、度々中国の映像、特にアニメ産業が強烈に力を付けてきていることを繰り返しお伝えしてきた。その原動力は、人材集約型の中国産業構造にある。その主体とも言える中国動漫基地について今回は触れたいと思う。場所は、前回に引き続き、大連の動漫基地を取材した。
中国アニメ戦略の要、動漫基地とは!?
大連から旅順へ繋がる太い道の両側に、大連動漫基地は存在。周囲は高新地区(ハイテク工業団地)、その中でも軟件園(ソフトウェアパーク)が海岸沿いに集められている。動漫基地は、その中核にある
中国の映像産業戦略は、徹底した人材集約だ。地方都市にある大学を中核とした産業団地を形成し、12億人強の国民の中から選抜された若くて優秀な才能を各都市に集積し、そこで一気に産業化を図ろうという構図だ。その中核となるのが動漫基地(アニメ産業基地)だ。中国各地にある動漫基地には、動漫基地の事務や許認可を司る公的機関の入るビルを中心に、官民共に様々なビルが整然と並び、そこに政府補助付きで格安の賃料で多くのアニメ関連企業が入居している。今回訪れた大連をはじめ、多くの都市の動漫基地ではゲームや映画、ソフトウェア開発など、類縁の産業基地も隣接され数万人単位の一大ソフトウェアパーク(高新地区、軟件園)を構築していることが多い。徒歩圏内で全ての作業工程が完了するように配慮されているのだ。
どこの動漫基地を訪れても、アニメ制作企業だけで一つの街になっている事にまず驚く。日本国内では日本は世界最大のアニメ大国とされているが、人数と建物の規模だけで言ったら、日本全国のアニメ企業を全て足しても中国にある動漫基地のうちの一つの基地分にも満たないだろう。特に、大連の動漫基地は巨大なもののうちの一つだ。日本制作のアニメ受注がその業務の大半だが、最近ではハリウッドなどの作品制作受注も多く受けはじめており、そのためにビルの建設ラッシュが始まっていた。
アニメ(=中国語では動漫)なんて、日本では食えない仕事の代名詞のような物だが、その日本のアニメを主に受注することでこれほどの大産業が各地に成り立っているのだから、驚く他無い。実は大連は、納品物あたりの人件費では日本の3分の2ほどであり、人件費的なメリットはさほど無くなってきている(人月計算では国内の半額ほどだが、言葉の問題や、まだ速度や技術が低いことが多いため、トータルコストでは3分の2ほどになる)。それなのに、外国へ発注するだけでこれほどの規模を維持できるのだから、広告代理店やキー局、あるいは経産省主導の、中抜きだらけの日本のアニメ産業構造に問題があることを痛感する。
中国のようにちゃんと政府が監視して中抜きさえ減らすようにすれば、我々日本のアニメ映像業界だって、もう少しまともに暮らせるのではないだろうか。
動漫基地に入るハイテク企業
「新鋭天地」の入り口。なんと、CG受付嬢がセンサーで反応して応対してくれる!
中国では、北京五輪の様々な映像で知られる最大手の「水晶石」社が中国全土に展開し、人材育成の専門学校から制作、果てはコンテンツそのものの販売まで行っていることで知られている。その規模、常勤の正社員だけで3000名。学生や臨時スタッフを合わせるとその数は膨大になる。まさに、共産国ならではの官民一体の企業展開だ。
とはいえ、そうした最大手はあまり日本から見て参考にならないかもしれない。電力会社などの例外はあるものの、資本主義国の日本では原則としてそうした展開は不可能であるし、そもそも中国国内ですらも一社集中は避けるようになってきている。ところが、ここが中国の面白いところで、そうした寡占企業との競争を促進させようと政府が判断すると、寡占企業を応援している政府自身が、ライバル企業へも積極的に誘致・援助を行うようになるのだ。この点は、とかく、省の利権や既存大手の既得権に反した新参企業に妨害をかけてくる事の多い日本の官僚とは全く質が違うと言って良いだろう。中国の官僚は、日本のそれとは異なり、極めて優秀で、なおかつ国家の発展のことを本気で考えている者も多いのだ(無論、昔ながらの私利私欲だけの汚職に手を染めている者もまだまだいるが、その数は激減していると感じる)。そして、これこそが、中国の急激の発展の原動力となっているのだ。ツテを使い、今回は大連動漫基地の中でも、そうした新進気鋭の会社をいくつか訪問することが出来た。そこは驚きに満ちあふれている。
まず訪れたのが、趙総経理率いる、大連CG界の風雲児「新鋭天地」だ。趙総経理は、元々大学で教職に就いており、その教え子と共に数年前に独立したのがこの会社「新鋭天地」となる。独立後はこの大連動漫基地に入り、着実に仕事を取りながら人を増やしてきた。その足跡は順調で、来年早々にもこの大連動漫基地に新しく建つビルにフロアぶち抜きでの移転を行うという。
「新鋭天地」社の展示・プレゼン室。まるでNABやSIGGRAPHの展示だ。奥にいる男性が趙総経理
この「新鋭天地」が他の映像企業と異なるのは、最初から中国市場をターゲットにしたビジネスを行っているという点だ。もちろん、日本企業向けのビジネスも行ってはいるのだが、主な仕事は中国のマンション販売向けCGやその展示システム作りであり、中でも、マンション販売システムなど、システム連携型の案件を得意としているという。事実、大連近郊に次々と建築されているマンションのCGの多くをこの「新鋭天地」社が制作している。
また、この趙社長は、人物も特筆すべきだろう。なにしろ元教員だけあり、酒もたばこも嗜まず、夜の接待も基本的に受けない事を公言している。まるで欧米のIT系起業家のような清廉な人物なのだ。中国ではどうしても昔ながらの接待攻勢で「まずは飲んでから話をする」という企業も多い中、こうした人物が表に出てくるようになった事には大きな進歩を感じる。
「新鋭天地」では、顧客のマンションデベロッパや博物館などに向けて、大規模な展示・プレゼン施設を社内に持っている。中でも、位置センサを利用した動く床画は、まるで米国のNABやSIGGRAPHのようであり、訪問者を圧倒する。社内の制作設備も日本に匹敵しており、中国定番の3DCGソフトであるAutodesk社の3dsMAXだけではなく、Mayaも導入している。また、AfterEffectsも導入し、中国制作で苦手とされる映像編集や映像エフェクトにも果敢に挑戦しているのである。もちろんそこで作られる映像のクオリティは、モーションやアニメーションはまだまだ中国らしい簡単なものに限られるものの、特に建物やモデリングに関しては、日本制作の映像に充分に匹敵するものだ。正直言って、耐乏を強いられる日本の映像クリエイターからすると、羨ましいとしか言いようのない制作環境だ。
タクシーに忘れたiPhone4が帰ってきた!先進国としての中国
「大連Bettop」社の展示・プレゼンスペース。そのテクノロジもさることながら、あまりにお洒落で圧倒される!
大連で新進気鋭のCG会社と言えば、もう一社「大連Bettop」社も訪問した。こちらは先ほどの「新鋭天地」社とは反対に、設立当初より日本とのビジネスに力を注いでいる企業で映像制作を得意とする会社である。老舗だけあり、数フロアを使った大規模開発環境を誇り、日本の大型案件もいくつもこなす実績ある企業だ。もちろん、映像だけではなく、最近は中国のマンション案件などもこなすようになってきている、という。
「大連Bettop」社の特徴として、中国では苦手とされていた手描きのキャラクターデザイン画を日本クオリティで作れる、という点があり、日本のアニメ映像制作の上流工程から制作参加が可能な態勢を整えている。こちらもやはり、中国らしく、モーションやアニメーションよりも、人海戦術の効きやすいモデリングを得意とする企業である。また、この「大連Bettop」社では、日本との関係をさらに強化するために、日本での窓口支店の設立もするということで、今後は日本のクリエイターたちとも強い繋がりが出来てくる事が予想される。
この「大連Bettop」社で特筆すべきは、そのスタッフの素晴らしさだ。実は、恥ずかしながら、私はこの「大連Bettop」社を訪問する際、タクシーの中にiPhone4を忘れてきてしまったのだが、それを取り戻すために同社の李宝副社長と、郝冠冠氏が、二人して一生懸命タクシー会社などに連絡を取ってくれたのだ。
ここで驚いたのが、なんと、ちゃんとiPhoneが私の手元に帰ってきたこと。中国でその手の忘れ物をしたらまず戻ってこないものだと思い込んでいただけに、大変驚くと共に、この二人の助けに、心から感謝をした。にっこり微笑んで言うには「最近は中国もすこしずつ先進国になってきているんですよ」と。確かにその通りだ!iPhone4なんて置き忘れたら、日本でだってほとんど帰ってこないだろう!この「大連Bettop」社にも、立派な展示・プレゼンスペースがあり、こちらはデザイナー風で、大変おしゃれな感じであった。中国はまだ、肩書き上は発展途上国の筈だが、これでは、どちらが先進国かわかったものではない。始終圧倒されっぱなしであった。
日本に一番近い街、大連
白石総経理と、新井CGデザイン部長。二人とも夢が溢れる中国に骨を埋めることを覚悟した日本人だ
無論、中国で日本に一番近い街での一つである大連の動漫基地には、日系の企業もいくつか進出している。その中からたまたま見つけた「e-Trust」社にもお邪魔させて貰った。ここの社長は白石総経理。広島文化学園大学をはじめ日本各地で教鞭も執るれっきとした日本人だが、中国に骨を埋めることを決め、この大連動漫基地に、中国籍企業として会社を興したという。
「e-Trust」社はシステムプログラムの会社ではあるが、CG制作や日本企業の中国制作のアテンドなども行っており、日本企業を応援したい、という熱意に溢れる心強い会社であった。元々、大連のCG産業導入の時に活躍したという経緯もあり、多くの日本企業がこの「e-Trust」社を利用して大連に入っているという。実際、偶然にも筆者の知る取引先も同じビルに入っていて、それが白石総経理の紹介での中国進出と聞き、驚いた。日本の映像制作の世界は、本当に狭く、中国は本当に広大なのだ。大連では中国の先進パワーに圧倒され続けていただけに、こうして頑張っている日本人を見ると、ちょっと安心する。
とにもかくにも、今回は始終圧倒されっぱなしの大連紀行であった。以前、3年ほど前に大連に行った時には、こんな先進国のような状態になるとは夢にも思っていなかったのだが、今年は既に、部分的に日本を越えているところも見受けられる制作環境になっていて、度肝を抜かれた。もちろん、まだまだモーションやアニメーションでは日本の方が数段上であり、費用対効果も日本国内政策の方が優れていると感じるが、モデリング、特に建物の制作に関しては、既に中国制作でも日本のものと遜色ないレベルになってきている。なによりも、中国は急激な経済成長のまっただ中にあり、膨大な制作要求をこなしきれずにいる状態というのが、羨ましい。
今まで、私が中国に行くときには、発注側の立場として肩で風切って訪問することが多いのだが、いやいやどうしてどうして。これは、間違いなくこちらが受注側になる日も近いと確信したのだった。
情けない話だが、実はこの後、日本への帰路、大連空港での日本円への両替の際に、私は空港にある銀行に両替金額を誤魔化されてしまった。気づいたときには既に飛行機の中で後の祭り。1000円近くも誤魔化されてしまっていた。
当方、こんなコラムも書いて旅慣れを気取ってるので、もちろん騙されて悔しかった。とても悔しかった。……だが、今回の旅では始終圧倒されっぱなしだっただけに、ようやく発展途上国としての中国を見れた思いがして、この誤魔化しで、なんだか少し安心をしてしまったのも事実であった。しかし、そうした微妙な優越感を感じる中国への旅も、ひょっとするとこれが最後なのかも知れない、と感じざるを得ない。次回はきっと、こうした銀行の誤魔化しすら無いのが当たり前の国になっているのではないだろうか。そうなったときに、果たして今回のように、日本から仕事を持ってきたというだけで歓迎されるのだろうか?