昨年からUstreamを始めとするネット生中継が盛り上がっている。PRONEWSでもInterBEE生中継や年末の放送など、頻繁にネット中継をしているので、読者諸賢にもおなじみだろう。しかし、実はこの盛り上がりが、世界的な動きでは無く日本独自のものであることはあまり知られていない。米国出身のネット放送が、日本で大きく開花した形だ。他にも、世界中の低コスト制作を席巻している一眼レフ動画も、日本から始まった動きだ。今回はこうした日本発の映像の動きを追いかけてみたい。

世界一のブロードバンド環境を背景にしたネット中継

teduka_n20_01.jpg

ネット生放送には既存の映像制作企業も乗り込んできている。他ならぬ私の会社アイラ・ラボラトリもその一つで、キャンピングカーを改装した移動ネット中継スタジオを用意して、様々な映像実験をしている

なにやら、世間では2012年2月の貿易収支速報が329億円の黒字だったと大々的に報じているようだが、これは、季節調整値を加味した正味の数字では3132億円の赤字であり、事実としてはまだ赤字基調を脱したわけではない。数字を冷静に見れば、むしろ安定して赤字であることを示している、とも言える。原発事故汚染の影響による各国の日本製品輸入控えで、我が国は既に貿易加工国としては機能不全を起こしており、正直、先行きはかなり怪しい。肝心の内需の方も、消費税増税で水を差されそうな雰囲気であり、不安極まりない全体状況だ。

そんな中、復興景気は細々と発生しており、なかでも景気に敏感な映像業界では、前回お伝えした中国人件費の高騰の結果、日本に映像制作の仕事が帰ってきていることも相俟って、数年ぶりの活況を呈している。その活気の牽引役となっているのが、Ustreamやニコニコ動画などの、ネット生中継の高品質化だ。ネット中継の詳細については、私などよりも読者諸賢の方が詳しいだろうから、今回は、全体状況のみを軽く流してみたい。

まず、なぜ日本のネット中継がここまで盛り上がったのかと言えば、やはり、去年の東日本大震災と、その後の原発事故の影響を語れずにはいられない。今回の震災は1000年に1度と言われるほどあまりに大規模であったにもかかわらず、その被害は地域毎に全く異なったもので、広域をカバーする、キー局を中心の一元化された電波放送網では全くフォローしきれない状況となってしまった。液状化による建物崩壊や交通網の断絶それによる帰宅難民の状況を危惧しなければ行けない東京近郊と、津波からただちに逃げなければ行けない東北沿岸部では状況も異なり、また、津波被害でも各地域によって逃げるべき場所も逃げるための時間も異なっていたのだが、東京にあるキー局を中心とした構成では、各地域毎に必要な状況は物量的にも全く提供することができなかったのだ。

そのため、結果的にテレビはただひたすらに全般的な精神論を繰り返し語るだけとなってしまい、ほとんど避難の役には立たず、また、その後の各被災地域の生活必要情報入手の役にも立たなかった。そのため、被災地からは実情に合ってない、役に立たないと非難されることとなってしまった。

また、原発事故の影響も、福島第一原子力発電所から230キロ離れた東京のキー局と、福島県の30キロ圏内の避難区域とでは全く異なる状況であったのだが、キー局中心の構成の都合上、それをひとまとめに東京中心の視点で「この程度の汚染は安全だ」「ただちに影響はない」と識者を呼んでやってしまったことから、地域によっては被害実態と放送内容との間に大きな差が生まれ、テレビを見て安心だと思っている状況でいきなり重度の汚染が明らかになったり、被災者視点では唐突に避難命令が出されるなどの温度差を生み、いたずらに被害を拡大し、それが結果的に不信感を生んでしまった。

本来、テレビ放送は、こうした緊急時の放送が主目的であり、国民共有の限られた財産である電波帯域は、そうした緊急放送の「ついで」として緊急放送対応義務と引き替えに、安価に各テレビ局に貸し出されている。そのためこうした緊急放送は「マスターショット」と呼ばれ、その他の全ての番組よりも格上の存在として取り扱われる規定となっている。その肝心要の緊急放送が、1000年に1度の地震が来た本番時に上記のような状況であったため、テレビの信頼は大きく揺らいでしまったのである。

信頼を失ったテレビ放送の代わりとして、被災地で活用されたのが、ネットだ。そもそもが核戦争時のサーバー分散目的で米軍により作られたインターネットは、大変災害に強く、今回の震災でも他の全てのインフラ復旧よりも早くネットが復旧した被災地が多く見られた。

特に、スマートフォンによるネット接続は、その接続局の電波配信の都合上高台に作られることが多かったため、津波被災地でも比較的良好に維持され、震災直後から大活躍をした。ツイッターなどでも各地域毎のハッシュタグが作られ、素早く安否情報がやりとりされていたのを見た方も多いだろう。たまたま、今回の震災および原発事故直前に、検察による特定政治家勢力への政治的弾圧とも受け取れる不審な取り調べとそれに協力する記者クラブメディアの問題が相次いだため、自由報道協会をはじめとする独立系ジャーナリストのグループがいくつか作られていたのも大きかった。そうした人々は、カメラ一つを担いで被災地に入り、実際に被災者に触れ、それを、ネットを通じてどんどん報道していったのだ。そのため自然発生的に被災各地で始まったネット報道は、プロのジャーナリストの手を自然と借りられることとなり、結果的に、テレビにあまり劣らないクオリティで、被災各地区の状況に密着した合わせた報道を行えるまでになった。

中でも、テレビではあまり放送がされなかった原子力保安院による日々の原発事故の会見生中継は衝撃を与えた。原子力のプロでも何でも無い、ただ持ち回りでたまたま担当になっただけのキャリア官僚が、毎回、覇気すら無く面倒くさそうにぼそぼそと、事故当時者である東京電力に与えられたデータを読み上げるだけの姿は、それまでの「世界一優秀な日本の官僚」という幻想を一撃で突き崩した。ネットで見た、あまりにいい加減な記者会見生中継の後、それがあたかも整然と行われた素晴らしい会見であったかのように綺麗に取り繕われたテレビ報道を見た多くの人々は、テレビ放送への不信感をあらわにし、ネット生中継の熱心な視聴者となったのだ。

こうしたネット中継を支えたのが、日本の充実したネットインフラだ

日本のネットインフラは、2000年前後には韓国を始めとするネット新興国に大きく後れを取っていたが、小泉政権の「e-Japan計画」という政治主導で2001年から積極的に光ファイバーに政府主導で投資をした結果、2007年には各国を逆転し世界一のインフラとなっていた。高速な有線ネット網を行かして各地に無線ネット網も設立され、日本は、世界でもまれに見る、居住地域の大半でいつでもどこでも高速通信ができる国となっている。これは、日本が国土が狭く、人口が都市部に集中していることを逆手に取った優れた投資政策であったと言えるだろう。

そもそも政府投資とは、我々の払った税金であり、国民一人一人が少しづつお金を出し合うことで個人や一企業では実現不可能な大規模なインフラ整備をするためのものである。税金を官僚に任せて居てしまっては、彼らには選挙などによる国民への責任担保が存在しないため、事なかれ主義でせっかく集中させた資金を分散させてしまう傾向がある。それを政治強権で集中投資させたのが小泉政権の「e-Japan計画」であり、今回、それが震災で大きく花開いたのだ。

このコラムでは、以前から日本の文化である映像産業への政治主導による政府投資の必要性を繰り返し述べてきたが、一見、政府投資とは最も無縁に見えるネット中継の盛り上がりでも、背景には政府投資が必須であることがよくわかる。

日本のネット生放送を支えるのは、その強力なインフラだ。人の多いとは言えない諏訪湖の畔ですら、WiMAXによる高速通信で生中継ができた。御渡りの氷の成長を生中継した

高品位なネット中継は、こうした世界一のネット環境があって始めて成立するものだ。実は、Ustreamのこうした高画質機能は、Ustreamの生まれたアメリカでは、主に大規模会議向けに考案されたものであり、日本のように番組としてエンターテインメントのHD放送がネットで成立するというのは、なかなかに画期的な状況である。ネット発祥の地である米国はもちろん、中国を初めとする新興国においても、新興国の利点で初めから高速ネット網を整備しているが、いかんせん国土が広いため、物理的な配線を必要とするネットの基本インフラ整備は、日本のようには進んでいない。ネット中継は、米国生まれでありながらも、日本の国土の狭さを生かした実に日本らしい映像文化と言えるのだ。

teduka_n20_03.jpg

新技術導入においては日本よりも先にゆく中国でも、高速ネット網だけは立ち後れている。ようやく都市部中心地で3G網ができて、携帯販売のネタになっているくらいだ。国土の広さの差は大きい

とはいえ、前述の通り、ネット映像が盛り上がっても、日本全体の経済状況は悪いままで、ここに消費税増税が加われば確実に内需は崩壊する事が予想される。そうなれば、せっかく盛り返してきた映像業界もまた沈没してゆくのだろう。幸い、貿易赤字とは言え債権利息のお陰で国際収支全体は黒字であり、また、消費税増税までにも数年の猶予が設定されている。さらに、映像業界だけに注目しても、中国に代わる安価な映像制作拠点を作り上げるにも2~3年程度はかかるだろう。そうなると、国内の映像市場が崩壊するまでには数年の猶予があると思われる。ひょっとすると、賢い映像屋としては、それまでの間に力を蓄えて作品を作り貯め、技術を蓄積し、海外に打って出るのが正しい道なのかも知れない。

新たな局面を迎えた一眼動画カメラ

teduka_n20_04.jpg

2月に行われたCP+でも、一眼動画の注目度は高かった。スチルカメラに特化した同イベントでのこの様子は、時代の大きな変化を感じる

もちろん、そんな事は百も承知と、震災前から(その多くは政府支援を得て)積極的に海外に打って出ている映像技術もある。特に、機材メーカーは様々な新機軸を打ち出している。その代表選手が、PRONEWS読者諸賢もおなじみの一眼動画だ。例えば、2月に行われたCP+においても、各社から様々なフルHD動画対応機が出され、Canonに至っては近隣会場で業務用動画機C300の説明会まで開催し、一眼動画カメラから始まった大判素子動画機ムーブメントが、ついに本物となってきたことが実感された。CP+は本来、スチルカメラ専門のイベントであるので、そこでこれだけ動画機能について盛り上がるのは、前代未聞のことであると言える。

今まで動画機能を静観してきたニコンも、上記のCP+においてD800を投入して本格的な一眼動画機に参入し、対抗するCanonも、CP+での上記の業務用シネカメラC300の説明会の他、3月には一眼動画ブームの火付け役である5D Mark Ⅱの後継機、EOS 5D Mark Ⅲを投入して話題をさらったのは記憶に新しい。ほんの数年前までは考えられなかったことだが、大抵のカメラにおいて、フルHD動画が撮れるのが当たり前、という状況になってきているのだ。

一眼動画や大判素子カメラを生かすフルHDの制作環境も一気に整ってきており、中でも、Thunderbolt機器の充実は注目に値する。Thunderboltは、PCI ExpressバスにHDMIと同系の映像接続を加えたインテル社とアップル社共同提案の規格で、その特徴は、細いケーブル一本だけで、ハードディスクから高速キャプチャ、モニターまでデイジーチェーンで接続可能なところにある。その転送速度は、なんと、10Gbps 2レーン。現在は、Apple社のMacBook Proシリーズに標準搭載されているが、ごく普通の数万円のRAID 0対応HDDをこのThunderboltで繋ぐだけで、リアルタイムフルHD編集を可能にする、とんでもない技術だ。

国産機材でこのThunderboltに対応した機材はまだ出ていないが、こうした比較的安価な制作環境の充実は、一気にフルHD動画編集を一般化させるものと思われる。

teduka_n20_05.jpg

3月30日に発売されたWestern Digital MyBook Thunderbolt DUO。デイジーチェーンで、HDDの先にキャプチャ機材を繋いでも動作するのが面白い

映像制作において、どうしても日本は各国の後塵を拝してきた。しかし、今回の一眼動画に始まる大判素子カメラによるフルHD動画の流れは、間違いなく日本のカメラ機材から始まったものだ。残念ながら現在は、一眼動画を使った作品は海外の方が圧倒的に多いが、元はせっかくの国産技術である。日本の、元々映像制作費が安いという状況と、安価な制作が出来ると言う一眼動画の技術とは、マッチングが良いはずだ。何とかこうした技術を生かし、日本の映像業界を盛り上げで行きたいものである。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。