2011年後半からバタバタと映像制作会社が倒産した状況から打って変わり、2012年前半を終えつつあるここにきて、急に映像コンテンツ周辺が熱くなってきた。まだ一部ではあるが、徐々に映像周辺の仕事量が増え、機材展などの周辺イベントなども例年に無く数多く出てくるようになってきたのである。

読者諸氏も、今年に入ってから、そうしたイベントに参加した経験があるのでは無いだろうか?こうした変化はCGバブル崩壊以来長年地味だった映像業界にとって嬉しいことではあるが、どうしてこういう事になってきたのだろうか。

中国オフショア制作の沈静化と香港の復権

こうした現象の要因はいくつかある。まず、このコラムを読んでいらっしゃる読者諸賢には耳にタコだろうが、中国の人件費が値上がりし、日本に実制作業務が次々と回帰していることが、この唐突な事態の要因の一つとして挙げられる。今まで中国には、ゲームやパチンコなどの周辺映像や、アニメ、合成や編集、エフェクト、CG制作などの映像制作が大量に流れて居たが、それらが次々に日本国内制作に切り替えつつあるのだ。

中国本土では人件費の高騰が更に進み、沿岸部ではいよいよ35万円人月を表値とするところが増えてきた。2月の本コラムを書いた段階で30万円人月を越えつつあると記したので、そこから4ヶ月で更に高くなった計算だ。本年6月1日から、日本円と中国元の、間にドルを介さない直接取引市場が始まったが、これも、既に中国が発展途上国とは言えず、主要国の一つになった事を明確に示していると言えるだろう。これで人件費が上がらないわけが無いのだ。

サービス残業や休日出勤を行わない中国クリエイターを日本人クリエイターの制作力に換算すると、大体1.5倍~2倍の人数が必要で、そうなると、現状の中国沿岸部の人件費を換算すると、日本人で言うところの、実質50万円~70万円/人月くらいの計算になる。しかし、今時の日本の制作予算状況を考えれば、日本人クリエイター換算で70万円/人月の仕事を中国外注するというのはあり得ない。そのため、2月の本コラムでも予測したとおり、中国では予算不足によって仕事がこなしきれなくなり、日本に仕事が帰ってきているのだ。

しかし、ここ数年の中国外注ブームで、日本国内の映像制作会社はめっきりその数を減らしてしまった。かといって、いったん中国制作が沈静化したとしても、いずれ近いうちに、今度はタイやマレーシア、あるいは中国内陸部など、より人件費が安い地域でのオフショア制作が始まるのは明白だ。

当然、今更日本で新規に映像制作会社を立ち上げる者は居ない。そのため、残ったわずかな日本国内企業に仕事が集中し、時ならぬ仕事ラッシュが発生しているのである。

以前、20年ほど前のアニメ作画の海外外注ブームでも同じ道を歩んだが、安いからという理由だけの安易な海外オフショア制作は、結局、タコが手足を食べているようなもので、制作予算の更なる低価格化と海外への資金流出、人材流出しか産まない。

長期的視野でオフショア制作を成功させるためには、あくまでも、日本側から人材を送り込み、共同事業として現地市場やそこを通じて世界市場にも食い込むつもりでの展開が必要だ。単にコストを削るために日本向け作品に低賃金地域で制作を行うのは、相手地域の制作技術が上がるまでの一時しのぎというだけであって、現地スタッフの腕が上がれば世界的市場を背景にして高値を付けられて、制作費の安価な日本向け作品からはそっぽを向かれてしまい、莫大な設備投資や教育投資が無駄になってしまう。要するに向こうは勉強代として経験を積むために安価に仕事を受けているだけで、本質的解決にならないのだ。

この中国沿岸部の状況を受け、各社が東南アジア各地に事務所を開いて現地スタッフへの教育を開始したという話は小耳に挟んでいるが、中国沿岸部での失敗に懲り、今度は、単に安いからと何のプランも無しに飛びつくのでは無く、きちんと現地市場や世界市場へ向けた戦略を持って事業展開をして欲しいものだと願わずには居られない。映像作品とはいえどもれっきとした製品なのだから、現地生産したものを最終的に現地に売るつもりが無ければ、海外展開する意味があまりないのではなかろうか。

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人件費高騰で中国本土ブームが一段落して、再び香港が注目されはじめている。写真は香港貿易局イベント

そんな中、再注目されているのが、香港だ。ここ数年の猫も杓子も中国本土ブームの中、埋もれてしまった感のあった香港だが、ここに来て急速に力を取り戻しつつある。

先日も「think GLOBAL, think HONG KONG」と題し、5月15日に、香港貿易局主催のイベントがホテルニューオータニにて大々的に執り行われ、そこでは、映像を中心としたコンテンツ産業が主要テーマとして取り上げられていた。

香港は、中国の一部だと言うだけで無く、世界でも有数の自由な資本主義体制を持ち、さらに、言論の自由や生活の自由も、日本以上に保証されている地域だ。しかも、香港に事業所を持つ企業は中国企業として扱われるので、中国本土でも中国国内企業として様々な優遇措置を受けることができる、そうしたメリットを生かし、香港の事業所をベースとして、中国本土各地で制作を行い、それを中国国内や世界に向けて販売してゆくスタイルのコンテンツビジネスが可能となってきているのだ。

何よりも、香港は、長年香港映画を撮ってきた実績があり、多くの映画投資会社や制作関連企業が軒を連ねている。ここに注目した米国のハリウッド企業なども早速乗り込んできており、今後しばらくは、再び香港が注目されることになるのでは無いかと思われる。

止まらない機材刷新

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Blackmagic Cinema Camera。オープンファイル形式であるCinemaDNGをサポートし、Log圧縮ガンマを持ちつつ連番RAW形式収録。13 Stopsものハイダイナミックレンジを実現。なのに25万円台の超低価格だ

また、上記のような地政学的要素だけで無く、機材の技術進歩が急速に進み、世界的に機材刷新が強制されつつあるのも、この一連のイベントラッシュを導いている。

2011年の地デジ化と、2008年のCanon EOS 5D MarkⅡの発売から始まった大判素子カメラブームで、日本の映像業界も一気にフルHD化が進んだが、それに加え、今年に入ってからはRAWやLogといったハイダイナミックレンジ機能や、4K、2.5Kなどの大ピクセル数カメラが加わり、ハイエンドからコンシューマまで全体的に機材投資の必要性が発生したのだ。お金が回れば、自然にお金が入ってくるのが資本主義の定め。そのため、唐突に映像業界に賑やかさが出てきているのだ。

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Panasonicの新しいVaricam。4K対応で、詳細は未発表ながら、当然、ハイダイナミックレンジへの対応も考えられるだろう

例えば、ここ半年だけを見ても、国内カメラだけでも、CanonのC300、C500、SonyのPMW-F3、F65、NABで展示されたPanasonicの新Varicamカメラなどなど、様々なカメラがRAWやLog、4Kを謳って新たに登場してきた。さらには、RED SCARLET-X、7月発売予定のBlackmagic Cinema Cameraなど、海外メーカーもRAW、Log対応の大判素子、大ピクセル数のカメラ機材を出してきている。これらのカメラには、当然、今までのフルHDの標準ガンマ機材だけでは対応しきれないので、カラーグレーディングやモニタへのLUT適用などの機材刷新の必要性が出てきた、というわけである。

とはいえここ数年の業界を見ると、結局は利益を生まなかったS3D(立体視)機材に投資をしてしまった企業も多々有り、その直前にはSDサイズの機材からフルHD機材対応への多額の投資を求められていた事情もあり、現実問題として高価な機材を買うだけのお金が無い企業がほとんどだ。そのため、今回の機材刷新ブームの特徴として、機材が安い、という点が挙げられる。今までであれば数千万円クラスだったハイエンドのシネカメラシステムでもせいぜい数百万円、RED SCARLET-Xでは何と本体100万円を切ってきており、Blackmagic Cinema Cameraに至っては、25万円台という信じられない低価格帯ながら16bit以上のセンサー信号をLogガンマ圧縮して12bit RAWファイルに落とし込む仕組みを持った、本格シネカメラとなっている。

これらの中でも重要なのが、Blackmagic Cinema Cameraの目玉機能ともなっている、RAWやLogなどのハイダイナミックレンジ収録機能だ。詳しくは、Pronewsの特集記事を読んで欲しいが、これらの機能が上記のようなミドルレンジ機材にまで広まるということは、今まで映画の世界を中心に行われてきた現像処理とカラーグレーディング処理が他の映像制作にも必須になるということであり、これらの機能を導入した映像制作のワークフローが、今までのフィルム映画のものとほとんど同じになることを示している。しかも、ハイダイナミックレンジは、RAWもLogも数十年の歴史を持つ枯れた技術で、いざ導入するとなれば技術的冒険無しに、安定して確実に導入することができる。RAWやLogでの収録データは、いわば「デジタルフィルム」とでも呼ぶべき完成された既存技術なのだ。

こうした「デジタルフィルム」技術の普及は、今までコスト重視で手間を省くことを主題とした「ビデオ」が主導してきた映像業界が、急に画質優先の「映画」主導に切り替わったようなものであり、単にワークフローが変わるという以上に大きな技術的変化であると私は考えている。

無論、タイムイズマネーで高速な制作が常に求められる映像業界において、こうしたワークフローの変化には制作コスト上も懐疑的な声もあるが、一度高い画質を経験すると元には戻れないのが映像の世界でもある。Blackmagic Cinema Cameraのような誰にでも購入できる価格帯でのRAW Log機材が出てきてしまっては、この流れはもう誰にも止められないだろう。むしろ今後は、いかに安い機材でいかに早く現像処理やそれに伴うカラーグレーディングを行うかという点に力を置いた、いわば映画ワークフローの自動化や高速化に力点を置いた機材刷新が始まるのでは無いかと考えられる。

事実、Adobe CS6についてくる「Speed Grade」や、Blackmagicの「DaVinci Resolve」など、今まで数百万円もしたカラーグレーディングソフトが、ただ同然の破格値や、ソフトパッケージやカメラのおまけでついて来ているのが、この大きな流れを物語っていると言えるだろう。

もちろん、最新のカメラが売りにする、4Kや2.5Kなどの大ピクセル数も重要ではあるが、こちらはまだコンシューマの再生環境が無いため、当面はあくまで再生環境を持つ映画産業向きの機能にとどまり、S3D同様、コンシューマ向けとしては、今後発展するべき課題と考えて良いだろう。

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RolandのDV-7HDは、実売50万円台という低価格で、コントローラー付きのフル・ターンキーシステムを実現している。しかも制作素材もパッケージで販売している

こうした動きの中、既存のフルHD編集環境も急速に低価格化と高性能化を進めており、安価なパッケージでの編集環境なども目だつようになってきた。ミドルレンジ以上の機材が映画ワークフローを取り込んでの高画質化に突き進む中、従来のフルHD制作環境においては、いかに早く安く映像を作れるかと言うところに力点を置いてきているのだ。このように、映像業界全体が、機材の低価格化と高速化を突き進めているのが、2012年の新しい流れといえるのだ。

また、昨年の東日本大震災などの影響も見逃せない。関東では、福島原発事故由来の放射性物質による微量汚染に加え、関東直下型地震や噴火への懸念、さらには東京電力による電気料金の大幅値上げや計画停電などの影響から、関西地域など東京電力管轄外の他地方へ事業所を作ったり、従来からあった地方事業所を強化する動きが加速している。そのため、機材が必要になり、一時的にお金周りがよくなっている、という捉え方もできる。こうした地方移転や地方事業所展開の動きについては、次回以降詳しく触れて行ければと思う。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。