今まで、このコラムでは震災と原発事故の影響による東京の首都機能の低下と、それに伴う日本の国際的地位の低下について触れてきた。原発事故の影響についての日本国内での議論は様々あるが、議論以前の問題として、世界が日本製品を見る目は現実に厳しくなってきており、放射性物質に汚染されない輸出品としての映像コンテンツの重要性は増している。

しかし、東京はもともとコンテンツ特化型の都市では無いため、コンテンツ産業の経済的優先順位は決して高いとは言えない。事実、震災後、首都圏でのコンテンツ産業はどうしても建築業や食品流通産業などの震災復興産業の後回しにされてしまっている。国内復興はもちろん大事だが、外貨獲得を考えると、震災とは影響ないエリアでのコンテンツ重視の地方都市の再開発が急務なのだ。この動きに、元々コンテンツ産業を重要産業と位置づけていた日本各地の地方都市が名乗りを上げている。今回は、コンテンツ産業国際戦略総合特区申請に燃える京都から、最新情報をお伝えしたい。

震災直後から逆転した京都への流れ

京都は風光明媚で映像に適した都市である

私が震災直後に一番衝撃を受けたのは、震災の被害の大きさや原発事故の深刻さもさることながら、何よりも、身内であるところの映像業界各社、各個人事業者たちの素早い動きであった。私の会社がまだどうするか決めかねていた2011年3月末の段階で、もうこれからはエンターテインメントなんて言っている時代じゃ無いとばかりに素早く会社を畳む知人も多く、また、原発事故や計画停電の影響から、西日本やあるいは海外へと移転や業務中心の移動を決めた企業も多かったのである。2012年7月現在においてもその動きは止まっておらず、事務所移転や開設の知らせは次々に舞い込んできている。

また、そうした地方の多くから、ネット配信を中心とした新しい映像発信の動きが盛り上がりつつあるのも話題となっている。最近玄光社から発売された、PRONEWSライター陣も多く執筆するムック「プロモーションのための動画活用術」などでも、主に西日本を中心とした事例が多く紹介されていたのは記憶に新しい。期せずして、日本の映像産業は、西日本を中心とした地方主導の時代へと移り変わりつつあるのかも知れない。

その中でも、震災を期に、古都・京都に移転した企業や個人クリエイターは私の知るだけでもかなりの数に及んだ。単に東日本大震災の混乱を避けての個人移転者だけで無く、2011年末から2012年前半にかけては、CGやデジタル映像系の京都移転・京都スタジオ開設も目立った。元々、我々映像クリエイターなどという職種の人間は、管理社会とはほど遠いところにいるため、ナチュラリストが多数派を占めるような世界である。そのため、原発事故と聞いた瞬間に素早く移動する人が多かったのは、納得ができる。また、放射能汚染を気にしない人にしても、電気が無いと成り立たない業界だけに、いつ起こるかわからない計画停電を気にするよりも、電気が安定している関西地方へと移っていってしまったのも理解ができる。そして、京都に移った知人たちから聞いたのが、京都の映像制作環境の素晴らしさ、であった。

京都のホテルシャトルバスは私以外全員外国人であった。京都には、日本びいきの外国人観光客が大勢押し掛けている。日本通の彼らにとって、京都は震災や原発事故の影響の無い安心出来る街なのだ

元々京都には、北西部の太秦に、東映・松竹の二大撮影所があるだけでは無く、古くは大映撮影所など多くの撮影所が集まっていた、という歴史も有り、また、日本有数の観光地であるところからロケに適した風光明媚な土地が周囲に多数有り、そのため、映像関連企業も多く集まるところであった。時代劇を中心とした大規模セットでの撮影を前提にしたその在り方は、デジタル化による低予算少人数制作のニーズに合わず、2010年ごろにはわずかに残る大手撮影所のデジタル部隊も、その多くが東京へと統合されるという状況になってしまっていた。

しかし、その状況を座視しているような京都府では無い。京都府全面協力の下、2009年からは、時代劇特化型映画祭「京都ヒストリカ国際映画祭」を展開、その周辺展開として映画企画の募集を行うイベントなども行い、2010年秋には、映像特化型クリエイター支援施設「UZU」を設立、さらには、2012年、コンテンツ産業国際戦略総合特区の申請を行うなど、「映像の都 京都」復権に向けた計画を着々と遂行してきたのである。(コンテンツ産業国際戦略総合特区概要

つまり、京都のこの映像クリエイター集結は、単に、震災被災地から遠く、電気などのインフラが安定しているから震災を期に盛り上がったというわけでは無い。震災以前からこういう映像制作環境に対する下敷きがあったからこそ、今の京都での映像文化は盛り上がっているのだ。京都への移住クリエイターの多くが、京都の映像制作環境の素晴らしさを褒めるのも納得できるというものだ。

京都府庁は、歴史ある建物だ。京都府主導の、様々な映画産業復興事業が行われている

日本式動漫基地はクロスメディアを目指す

この太秦の地に、特区を目指した太秦メディアパークが作られる

京都で行われている様々な映像振興計画の中でも、中でも注目すべきは、コンテンツ産業国際戦略総合特区だ。これは、京都の太秦に「太秦メディアパーク」として映画やアニメ関連企業を集積し、「外国人を含む、クリエイターの誘致・支援」「クロスメディアを目的とした著作物の集結と特区内での著作権利の整理」、そして太秦の特権とも言える「オープンセットの常設、共同運営支援」の3つの柱を軸に、コンテンツ制作をリードしていこうというもので、ゆくゆくはこの太秦メディアパークと、京都市内のマンガクラスター、京都リサーチパークに加え、京都府南部の国立国会図書館周辺を中心としたけいはんな学研都市をも巻き込もうという、全府的な活動を狙う、野心的なプランである。

私はこのコラムにおいて、従前より、中国の急速な映像産業の発展の背景には「動漫基地」と呼ばれる、アニメやCGに特化した国家的映像拠点が中国各地にできている事を指摘してきた。そして、日本においても、政府や自治体指導による動漫基地制度が必要である、という主張を繰り返してきた。なぜならば、アニメや映画などの映像産業は、今や国際戦略産業で有り、単にコンテンツ販売による直接的外貨獲得手段であると言うだけでは無く、映像の相手国進出の結果起こる文化的紹介効果により、いわば貿易の先駆けとして相手国に入り込んでゆくという力を持っているからである。日本でもついに、こうした主張を実現する自治体が登場してきたのは、何とも嬉しいことだ。

京都府によるこのコンテンツ産業国際戦略総合特区は、いわば、日本型の動漫基地とでも言うべきプランであるが、単に中国の動漫基地のようなアニメやデジタル映像に留まらず、ゲームなどのエンタメ分野、そして教育分野、観光分野、果ては医療分野にまで幅を広げていこう、という点が大きく異なっている。

これは、そもそもアニメやデジタル映像に使われている技術や機材が、コンピュータグラフィックスや高速なネットによる情報転送技術など、結局のところ、他のエンタメや教育、観光、そして医療にも広く使われているものであることに注目したものだ。つまり、どうせ同じコンピュータと同じソフト、同じようなカメラ、そして同じような高速ネットワーク要求があるのであれば、そうした機材や設備を多ジャンルでクロスメディア利用して投資効率を上げていこう、というのがこのコンテンツ産業国際戦略総合特区の特徴なのである。

これは、単に、インフラをクロスメディアで共用化して投資コスト能率を上げると言うだけで無く、そこで作られたコンテンツもクロスメディアで相互利用できるよう権利関係を整え、最終的には一番高い産業コスト、すなわち、人間の教育コストも能率化していこう、というのがこの特区の目玉となる。

つまり、今までの例えば「映画」「アニメ」「ゲーム」「教育コンテンツ」「観光コンテンツ」「医療映像」etc…などなど、縦割りで人材交流の無かったジャンルに京都府の用意したインフラを通じて交流を持たせることにより、それぞれのジャンル間を人材が移動できるようにして、単独ジャンルの景気動向や技術的制限に囚われない人材育成をしていき、ゆくゆくは全く新しいクロスメディア産業を興していこう、というのが目標なのだ。

どうせ、使っているコンピュータもソフトもカメラも、そして何よりも全ての根本となる映像理論も同じものなのだから、関わるジャンルに縛られてしまうのではなく、それらを総合的にこなせる人材を育成していって、多ジャンルを自在に使いこなすことによるリエゾン効果を狙おう、という野心的なプランなのである。そのために、京都府のこの特区案では、日本の自治体には珍しく、国内の企業やクリエイターの誘致だけで無く、海外の天才クリエイターも積極的に呼ぼう、という姿勢を明記してあるのだ。

こうした、どうせ同じ機材を使うんだからジャンルが異なっても同じ人間が制作すればいいだろう、とでも言いたげなクロスメディア展開というのは一見無茶苦茶なアイディアにも聞こえるが、現実を見るとそうでも無いことに気がつく。実際、例えば、私の率いるアイラ・ラボラトリにおいては、単に表看板のCG合成や映画・アニメ制作だけをやるのでは無く、依頼があれば、ゲーム制作、パチンコの企画立案制作、ネットコンテンツ制作、果ては医療機関や研究機関内部の研究映像まで作っている。そして、その根底を支えるのは、映画を中心とした映像理論で有り、その映像理論に支えられた映像制作技術だ。

弊社だけで無く、大きく古いスタジオ設備を抱えるなどしてよほど一つのジャンルにこだわらざるを得ない企業で無い限り、どこの企業でも、ことデジタル映像制作に関わる会社であれば、表看板にする本業以外の映像を作ったことはあるだろう。特にネット映像や立体視映像などは、ものは試しと、どこの会社でも一、二度は作ってみたことがあるのでは無いだろうか?また、例えば最近では、映画の監督がゲームを作ったり、ネットコーディネーターが教育番組を作成したりといった動きも存在している。実際の運用がそうなのだから、人材育成からその運用にあわせるべきというのは、非常に筋の通った話なのだ。

とはいえ、こうした試みが、まだまだ未知数なのも事実だ。同じ機材や映像理論を使っている者同士で人材交流が必要とは言っても、各ジャンル間の壁は厚い。特区で作られたコンテンツの特区内での各クロスジャンルにおけるフェアユースについても、著作権法との絡みで色々と突破しなければならない問題も多いだろう。

京都府にも予算が無限にあるわけでは無く、今のところはインキュベート施設の提供と、各種補助、セミナー、そしてコンテスト支援を中心としたありきたりともいえる産業振興が中心だ。京都の映像の歴史上やむを得ない面もあるが、先に述べた大規模セットを用いた旧態依然とした重厚長大型映像制作のこだわりも強く、せっかくのコンテストの賞金も、結局はそうしたセット撮影に投資することが前提とされてしまっているという問題もある。

しかし、ようやく日本の映像産業にもこうした自治体主導による集積効果を目的とする地域が誕生したのは素晴らしい事であると思う。この京都の動きは、硬直化してしまった日本の映像産業が変わり始めている証ではないかと思えてならないのだ。私は、この動きをしっかりと見つめ、応援してゆきたいと考えている。

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。